結局神だったけど、人でもあったので人として生きて行く
「ほらお前らー。焦らなくてもちゃんと足りるから大人しく並べー」
公爵に話をつけてから2日後、俺とシスティはリリルカの町にある孤児院で教会の人たちに混ざって炊き出しの手伝いをしていた。なぜそんなことをしているかというと、話はこの前の日に遡る。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「よし、今日は町の観光といこうか」
公爵様が伯爵とことを構えるまで暇になってしまったので、俺はそんなことを言ってみた。
最初はシスティの母親が、殺されることはないにしても少々やばい目というかエロい目にあうのではないかと心配していたのだが、システィいわくそんなことになれば母は間違いなく死を選ぶと断言したので、公爵を待つことにした。伯爵も苦労して手に入れた龍人族を死なせてしまうようなことはしないと思うので、ひとまず心配することをやめた。システィも生きてるなら大丈夫だと信じてはいるが、病気のことだけが心配みたいだ。しかしおそらくはその辺は伯爵があれやこれやするためになんとかしそうなのが喜んでいいのかどうか。
ともかく、そうなるとやることがない。能力の確認はやってもやっても終わる気がしないので、その都度確認しようと半ば投げ出した形になっている。
なので、町の観光をしようと提案してみたわけだ。システィは基本的に俺のやることには反対しないみたいなので、お伴しますと同意してくれた。
特に目的もなく町を散策する事にして、俺は改めて異世界にきたと実感している。とりあえず、町並みからして俺の知っている世界では無い。地球で言えば中世あたりの時代を思わせる石造りの建物が基本であった。俺の想像するファンタジーな世界と一致してなかなかに興奮する。
また、人種というか歩いている種族も、様々なのだ。ここは人族が治めている町なのだが、住民には犬耳が生えていたり猫耳が生えていたり羽が生えていたりとただの人間以外にも多種多様の種族がいる。この世界は基本的にはどの種族間の仲も悪くはなく、普通に共生しているのだとか。
中には魔族となっている人もいた。俺の勝手なイメージだと、魔族は魔物を操り人族や他の種族と敵対しているイメージだったのだが、この世界では魔族と魔物は全く別物であり、魔族も龍人族や人族と同じ1つの種族でしかないそうだ。見た目は肌の色が黒かったり薄い青っぽい色だったり、頭に角が生えていたりと俺のイメージのまんまだった。
ステータス的にも他の種族よりも高いことが多いというのもイメージ通りだった。ただ、1人で軍隊を壊滅させられるほどの強さを持っているような魔族はほぼ皆無なんだとか。まぁそうでなくては共生などしてないだろうなとそこは納得している。俺もシスティも自分たちのことを棚に上げすぎだとは気づいていたが口には決して出さなかった。ちなみに魔王も魔族でなく時々出現する知性を持った魔物なんだそうな。その辺りの違いはよくわからないが、簡単に言えば人っぽい見た目をしているかどうかで大体判断して良いらしい。
そんなファンタジーな異世界を堪能しつつ、俺は俺にとって最大の懸念事項である食事についての調査を行うことにした。なんとなくそれっぽく言ってみたが、ようは買い食いである。町にはちらほらと屋台が出ており、俺の心配とはうらはらにとても良い匂いがしている。見た所、肉を串に刺したシンプルなものから、パンに味付けした肉を挟んだジャンクフード的なものなど種類も様々。どうやらあの宿の食事が特にひどかったようだ。システィは普通なのではないかと言っていたが、母親ととてもではないが裕福とは言えない生活を送っていたので、食べられるだけありがたいと思っていたのか、食事に気を使ったことがなかったのが原因みたいだ。
「システィ、何か食べてみたいものはある?」
「………」
「……システィ?」
呼びかけても反応がない。何事かと思ったが、システィは肉串を売っている屋台から目が離せなくなっていた。口が半開きで、涎を垂らしそう。ていうか垂らしていた。女の子としてそれはダメだろう…。
「すみません、2つください」
「はいよ。焼きたてやるからちょっと待ってな」
そんな女の子としてダメな姿をいつまでもさせておくわけにもいかず、俺はすぐさま購入を決定した。
「え、あ、ご、ご主人様、申し訳ありません!」
「いやいや、俺が食べたかったんだよ。システィも付き合ってね」
申し訳なさそうにしているが、昨日聞いた話だと龍人族は種族的に肉が好物だそうだ。正直野菜が好物と言われたら俺はショックを受けていたと思う。勝手なイメージだが。
「はいよ、2つで銀貨1枚な」
「はい、ありがとうございます」
何気なく銀貨を払ったが、この国の物価がよく分からない。あの宿で食べた最高級だと言われた食事は銀貨3枚だった。昨日の宿で食べた良くも悪くもない食事も銀貨3枚だった。そして串2本で銀貨1枚。高いのか安いのか。この辺りは慣れていかないと、ぼったくられても気がつかないかもしれない。なにせ、お金はばら撒くくらい持ってるから…いかん、持っているとわかるとまぁいいかという考えでどんどん使ってしまいそうだ。ダメなことは何もないんだろうが、人としてダメな気がする。
「ご、ご主人様、食べないのですか…?」
そんなことを考えて両手に串を持ったままぼーっとしていたら、システィがお預けされた犬のような目でこちらを見ていた。可愛いなおい。
「じゃなかった…食べようか。はい」
片方をシスティに渡すと、とても感動したようにそれを受け取り、嬉しそうに肉にかぶりつく。なかなかにワイルドにかぶりつく様は、可愛い見た目とのギャップがなかなかにすごい。しかし、俺のイメージ通りの龍人族なので問題なし!
さっきからイメージがどうのこうのばっかり考えてしまっているが、やっぱり夢の異世界生活でテンション上がってるみたいだ。
「んー…?」
嬉しそうにかぶりついた割には、システィはなんだか微妙な表情だ。匂いは美味しそうだけど、味はそうでもなかったのかな。
俺も一口食べてみる。少し硬い気もするが、これはなかなかにうまい。十分合格点だ。と、俺は思うのだが、2口目を食べたシスティは、やっぱり微妙な表情だ。
「どうした?口に合わなかったか?」
「い、いえ、美味しい、とは思うのですが…その、なんだか満足できなくて…?」
自分でもよく分からないと言った感じだ。本当に味に文句はなく、どんどん食べているみたいだが、何か違和感を感じるらしい。美味しいけどなー?
早々に串を一本食べ終わり、システィは目を閉じて何かを考えで始めた。俺はまだ残っている自分の肉を食べながらその様子を眺めたいた。すると、何かに納得したようにシスティがうなづいた。
「わかりました。ご主人様が焼いてくださった肉の方がはるかに美味しいです」
「……うん?」
「ですから、野営でのご主人様の焼いてくださる肉に慣れてしまったようでして…もう、ご主人様でないと満足できなくなってしまいました」
「システィ、ストップ」
なんか人に聞かれたら激しく誤解されそうなことを口走るシスティ。というか実際今横を歩いていた犬耳の女性2人がヒソヒソと話しながらこちらを振り向いている。
「買い食いも以前はできないような贅沢なのですが…やはりご主人様の料理が1番美味しいです」
「うん、ありがとう。でもさ、やっぱり店前でそういうことは言わないで欲しいな…」
店の人はあまり気にしておらず、むしろお熱いことで、なんて言って茶化してくれたからよかったけど、この辺はしっかり教え込まなきゃダメなのかな…
その後もいくつか買い食いしていたが、システィの感想は同じだった。その割には食べるスピードは半端なかったので美味しかったことには変わりはないのだろう。
そんな風に買い食いしまくりながら歩いていると、ふと視線を感じた。悪意のあるものではなさそうだ。どこからだろうと振り返ってみると、幼い子供達が3人でじーっと指をくわえながらこちらを見ていた。食べたいのかな?
スキルを使い何者なのか調べてみると、どうやらこの町の孤児院で暮らしている子達らしい。システィと俺が食べまくっているのが羨ましいらしく、相変わらずじーっとこっちを見ている。
「…食べるかい?」
そう言って俺はそこで買ったさっきとは違う野菜と肉の両方刺さった串を差し出してみる。
「いいの!?」
「食べていいの…?」
「本当に本当?」
すると、すぐにその提案に食いついてきた。よくみると3人とも人族ではなく、犬耳のついた犬人族であった。耳だけでなく尻尾もついており、嬉しそうにその尻尾を振っている。やべぇめちゃめちゃ可愛い。その可愛さにやられて思わず新しく3本串を買ってあげていた。
「ありがとー!」
「美味しーね!」
「ガツガツガツ…」
犬人族の女の子2人は笑顔で1つ1つ大事に食べており、唯一の男の子は一心不乱にかぶりついている。本当に犬っぽくてすげー可愛い…別にケモミミ属性は持ってなかったけど、実際に目にするとこれはなかなか素晴らしい…
「……」
「……システィ、お金渡すから好きなだけ買ってきなさい」
だから子供達が食べてるのを見て涎を垂らすのをやめなさい。というか、さっき俺の料理じゃなきゃ満足できないとか言ってたのはなんだったんだろうか。嘘ではないかと疑うくらい食べてますやん。
システィは、さすがに悪いと思ったのか最初はお金を受け取ろうとしなかったが、食欲に負けたらしく、結局満面の笑みで屋台へと出撃しに行った。まぁシスティも俺の懐事情は知ってるからってのもあるのだろう。
「ほらお前たち、あのお姉さんについて行ったらまだ食べられるぞ」
「え!まだ食べていいの?」
「わーい!」
「りざーどまんのお姉さん待ってー!」
嬉々としてシスティを追いかけて行く犬耳三人集。尻尾をパタパタ振ってて可愛い。
というか、やっぱりシスティは蜥蜴人族に間違えられるんだな。俺からしたらシスティこそが龍人族なのだが、そのうち実際の蜥蜴人族や龍人族も見てみたいね。システィのお母さんは普通の龍人族らしいのでちょっと楽しみ。なんて余裕をぶっこいてるけどちゃんと助けられるのだろうか。なりふり構わなければすぐにでも助けられるのだろうが、あんまり大暴れしても他の問題がでそうなので我慢かな。
そんなことを考えながらとてもいい笑顔で肉をほうばっている4人を眺めていた。なんでもいいけど、野菜も食べようね?
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
そんなこんなで孤児院の犬人族の子供たちと仲良くなった俺たちは、その3人を孤児院に送り届けることにした。
システィは何気に子供の扱いが上手いらしく、女の子2人に懐かれて、右手と左手片方ずつで手を繋いでいる。もう1人の男の子は俺に肩車されてご満悦だ。この体はやっぱりチートらしくて、肩車していてもなんの問題もない。以前ならさすがにちょっとは疲れていたと思う。
なんか家族みたいだなとちょっと思ったが、見た目で言えば人族と蜥蜴人族と犬人族の組み合わせだ。家族とは誰も思わないだろう。そして実際は神の子と龍人族と犬人族の組み合わせである。さらに訳がわからなくなる。主に俺のせいで。
わいわい楽しく歩いていると、前方に所謂シスターと呼ばれるような格好をしている人が歩いている。日本じゃ見たことなかったので、地球でもそんなに珍しいものではないのだろうが、俺には新鮮だった。
「あ、シスターマリー!」
「本当だー!」
「おーいシスター!」
おや、孤児院の子たちの知り合いだったのか?教会が孤児院の子たちと仲がいいというか、面倒を見ているってのは異世界物ではよくあることだけど、ここでもそうなのかな。
「あら、ケンにミミにハナじゃない。そちらの方々は?」
シスターマリーと呼ばれた人は、こちらを振り向くとすぐに子供達を認識し、笑顔でこちらに寄ってきた。この子たちはケンにミミにハナというのか。安直なネーミングだなとちょっと失礼なことを考えてしまった。
というか、それにしても、なんというか、これは、なんてことだろうか。
「初めまして、私はシスティーナと言います。こちらは私の主人のハクト・イナバ様です…ご主人様?」
なんともまぁ、これはこれは、うん、なんて言うかな、うん。
「ご丁寧にどうも。この町の教会で働かせていただいております、シスターマリーと言います…あの、どうかされましたか?」
いやぁ、うん、異世界って素晴らしいなぁ、うん。
「ご主人様!大丈夫ですか!?」
「…はっ!?す、すみません、少しぼーっとしてしまいまして…」
「ケンを肩車していただいて、もしかしてお疲れでしょうか?すみません、ありがとうございました。ケン、いつまでも肩車されてないでおりなさい?」
はーいと素直に俺からおりて行くケン。実際全く疲れていない。システィも俺がその程度で疲れるとは思っておらず、訝しげな顔でこちらを見ている。
やばいやばい、本当にちょっと意識飛んでた。それと言うのも、このシスターマリーという女性、めちゃめちゃ美人なのだ。というか俺の好みにドンピシャすぎる。いや本当すげー美人。長い睫毛、白く透き通った肌、輝くようなブロンドの髪。シスター服のおかげで体のラインもはっきりわかるのだが、出るところは出ていて、引っ込むところは引っ込んでいる、理想のボディ。
なんだこの人。神か。神なのか?いや神様違う人だったわ。なんでもいいけど、本当に俺の好みをそのまま具現化したかのような人だ…
「ごふっ?!」
「ご主人様、あまりそのように女性の顔を見られては失礼ですよ」
「あはは…」
システィが怒った顔で俺の脇腹に肘を入れ、マリーさんは困ったように苦笑いしている。ていうか、システィ結構本気で肘鉄した?俺のHP割と減ったんだけど?自然回復能力のおかげで俺はすぐ回復したけど、これその辺りの人にやったら一撃死するんじゃないか?システィも手加減を覚えないとやばそう。
「す、すみません、あまりにもお綺麗だったので少し見惚れてしまいまして…」
「あらお上手ですね。ありがとうございます」
俺がお世辞を言ったと判断したのか、そのように返された。余裕のある大人の女性って感じもまたいいね!
「ご主人様…?」
「システィ、槍はやめようか?痛いじゃすまない(かも)だろう?」
肘鉄でさっきのダメージだったのだ。槍、しかも魔槍なら下手したら死ねる。
ちなみに今の魔槍はシスティの空間庫から取り出したものだ。昨日発覚した急激なステータスアップで、空間庫をシスティも手に入れていた。俺のアイテムボックスより性能は劣るが、ほとんど同じものだ。呼び方は人それぞれ。俺のスキル欄の名前も空間庫となっているから。
性能の主な違いは、許容量である。システィのは数に上限があるようだが、俺のは上限がない。入れる物の大きさも、システィのは上限があるが、俺のはどんな巨大なものでも入るっぽい。チート万歳。
というか、システィはなぜそんなに怒っているのか。あれか、主人があんまりにもだらしないのは見過ごせないって事か。
「あのねあのねー!」
「お兄さんたちがお肉くれたのー!」
「おいしかったよー!」
などと少々危険な主従漫才を繰り広げていたら、子供達はマリーさんにさっきの買い食いの報告をしていた。そんなに嬉しかったのかな。
「あらまぁ、それはよかったわね。ありがとうございます。こんなに元気そうなこの子たちは久しぶりに見ました」
「お腹いっぱいだもん!」
「お肉いっぱい食べたね!」
「俺はまだまだ食べられたけど、満足したよ!」
ケンよ、それは満足したといえるのか?実際うちのシスティは完全に満足はしていないと思うぞ。
というか、話を聞く限り普段はそんなに食べられていないのだろうか?
「この子たちの孤児院は、経営がかつかつでして…教会からの援助もあるのでなんとかやっていけてるような状態なんですよ」
マリーさんが俺の顔に疑問が出ていたのを察して、事情の説明をしてくれた。どうやら、数年前に魔物との間で大規模な戦争があったらしく、孤児の数がいっきに増えたそうだ。国側からも可能な限りの援助が出ているそうなのだが、どうやらそんなに多くはないらしい。
そのため、食事は必要最低限なものしかとらないそうだ。
「なので、お腹いっぱい美味しいものを食べられるなんてこの子たちにとってはとっても嬉しいことなんですよ」
「なるほど、そういうことでしたか…」
私はあなたのその優しいそうな笑顔が見られてとっても嬉しいです。ごめんシスティ馬鹿なこと考えるのはやめるから器用に俺個人にだけ殺気をぶつけるのはやめてくれ。一点集中したせいで殺意の濃度が濃すぎて泣きそうになる程こわい。
「教会が月に何度か炊き出しを行うのですが、それも質素なものばかりで…」
「…ふむ、ちなみに次の炊き出しはいつですかね?」
「明日、ですけど…?」
それがどうかされましたか?と言わんばかりの顔をしているマリーさん。
ここでこの子たちにあったのも何かの縁だ。
「よろしければ、私たちにも炊き出しを手伝わせていただけますか?材料もこちらで用意しますよ?」
「え…よ、宜しいのですか…?」
任せてください。軍資金はいくらでもあります。こういうことのために使うお金は全くもったいないとは思わないから使っていいよね。
マリーさんは本当に困っていたのか、とても嬉しそうに遠慮することなく俺の提案を飲んだ。よい笑顔です。
あとでシスティにはマリーさん目当てですがと聞かれたが、そんなことは考えてないよ。3割くらいしか。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
なんてことがあり、現在の炊き出しとなっている。
因みに、料理の材料だけでなく、料理自体も俺が用意した。美味しく大勢で食べるものでまず考えたのがカレーだったが、残念ながら香辛料の類が揃わず断念。白米もこちらではそんなに手に入るものではないらしい。
そんなわけで、俺は簡単に鶏ガラのスープを作った。もちろん野菜やら肉やら具材のたっぷり入ったものだ。
カレーがダメになったあと、最初はやるなら徹底的に豪華にしてやろうかと思っていたのだが、システィに止められた。あんまり豪華にすると、その後子供達があれが食べたいと我儘を言うようになるかもしれないということと、俺の本気の料理など食べたら、涙を流すことは確実なので大変なことになる、と言われたのだ。
後半は何を言ってるんだという感じであったが、前半には納得した。なので、いつもよりは豪華なスープというところで妥協したのだ。
「はーいみなさん、ハクトさんのいう通りに一列に並んでねー?」
俺とマリーさんの2人で皿にスープをそそいで配っている。システィは列の整理を手伝っている。なかなかに人数が多くて、大変な仕事なのだが…なんだろう、すごくやる気が出る。なんか俺、生き生きしてる気がする。マリーさんの隣だからかな?と思ったが、それとは関係なく、仕事してることに喜びを感じている気がする。あれか、ここ最近ゆっくり過ごすことも多かったから久しぶりの労働にやる気を出しているのだろう。きっとそうだ。そういうことにしておこう。
などと何に対してか知らないが言い訳がましいこと考えていると、あっという間にスープは配り終わっていた。
「美味しい!」
「具がいっぱい!」
「スープだけでもすごいおいしー!」
どうやら俺のスープは好評らしい。ちゃんと味見もしたが、なかなかの出来だった。今回は効率化スキルを使用ぜずに料理スキルのみを使い1つ1つ注意して作ったからか、前の時のように泣いて喜ぶ人はいなかった。やっぱり効率化スキル使用中のトランス状態だと何か変なものが混入していたのだろうか。
「え、何これすごい…」
「美味しいですね!」
「ちょっと自信なくすなぁ…」
などと言っているのは孤児院で働いている人やシスターさんたちだ。大人の方々にも好評なようでなによりだ。やっぱり美味しいご飯ってのは人を幸せにできていいね。
「ハクトさんすごいですね、作るところを見てましたけど、そんなに難しいことをしていないのにすっごく美味しいです」
「マリーさんにそう言っていただけるとは、俺も幸せです。なんなら、あなたのために毎日料理してもいいですよ?」
「も、もうハクトさんてば何を言ってるんですか?」
いや本当に俺は何を言ってるんだ?いくら好みのタイプの人だからって、昨日出会った人に対してこんなこと言うやつだったか俺は?昨日もいきなりお綺麗で見惚れてましたなんて言ったし。浮かれすぎだろう。
なんて思っていたら、あることに気がついた。ナンパスキルなどという絶対に生きて行く上で必要のないスキルが発動してやがる。慌ててオフにすると、全知全能先生がちっと舌打ちをしたような気がする。待って、全知全能先生、称号のくせに自我でも持ってるの?ていうか勝手なことするなよ!?ありがた迷惑ですよ?!
などという思考とは別に、恥ずかしそうに顔を赤らめて俯いたマリーさんの姿を脳内ハードディスクに永久保存しておく。子供達に混ざって料理を食べているはずのシスティの方向からドス黒い何かが感じ取れたが黙殺した。
みんなが満足してくれてる様子を俺は良い仕事をしたと眺めていると、ふと1人の少女が目に入った。孤児院の子ではないみたいだ。でも、周りの子達からは慕われているようで楽しそうに会話している。孤児院の子でないと判断したのは、着ている服のせいだ。派手ではないが、一目で高級とわかる品の良いワンピースのような服だ。誰だろうと思い、鑑定スキルを使用すると、ちょっとびっくりした。名前はレミリア・リリルカ。公爵様のご息女だった。三女らしい。
「レミリア様をご存知なのですか?」
そんな俺の視線に気がついたのか、マリーさんが俺に尋ねてきた。知っていてはおかしいので、しらをきる。
「いえ、ただ高貴な身分の方なのかなと思いまして」
「ええ、彼女はレミリア・リリルカ様。公爵様のご息女であらせられますよ。高い身分の方にも関わらず、炊き出しの時はいつも手伝ってくださるのです」
なるほど、と俺はさも驚いたかのように演技する。こういう時もポーカーフェイススキルは何気に役に立つな。
「後で挨拶とかしといた方がいいですかね?」
「ハクトさんは貴族でもないでしょう?それなら、あまりそういうことを気にされる方ではないので大丈夫じゃないでしょうか」
貴族なら自分より目上の人がいたら挨拶は必須なのか。俺は一般市民(神の子)なのであんまり気にしなくてもいいみたい。貴族に取り入ろうとも考えてないしね。
そんなわけで俺はシスターや孤児院の職員に混じって食器類の片付けをすることにした。システィは本当に懐かれたらしく、子供達に混ざって遊んでいる。システィも笑顔で楽しそうでなにより。
「あなたが、ハクト・イナバさんですね?」
「はい?そうですけど…あ」
声をかけられたので振り向くと、なんと先ほどのレミリア様が話しかけて来ていた。
「初めまして、私レミリア・リリルカと申します」
「は、初めまして、ハクト・イナバと言います!」
驚いて力が入ってしまったというのもあるが、半分は演技だ。一般市民が貴族に話しかけられた時ならこんな感じかなって思って。俺は身分制度に不慣れなため正直年下のお金持ちの女の子が話しかけて来たくらいにしか思えないんだよね。
「そんなに固くならなくてもよいのですよ。今日は我が町の孤児院に多大な寄付をしていただいてありがとうございます」
「いえ、ここの子供達と知り合って、これも何かの縁だと思いまして。それに、人に料理を振る舞うのは好きなので」
「あら、その割には職業は料理人ではなく…旅人、ですか?なんだか珍しいですね?」
「え…?」
「ああ、すみません、私人のステータスボードが見えてしまうのです。力の制御が上手くできずに、常に見えてしまうのですよ」
まじか。それはちょっとまずい。俺のステータスボードには問題しかない。職業こそ旅人だが、種族は神の子。能力値はわけのわからない数値。スキルも数多く、称号なんて1人で持ってるような量ではない。そのくせレベルはとても低い。人に見られたら大騒ぎ間違いなしだ。
「えっと、それってどこまで見えるのでしょうか…?」
「今は名前と種族と職業くらいのものです。レベルが上がるとさらに見えるらしいですが…あら?ハクトさんの種族がよく見えない…?」
よかった、能力値やスキルは見えないみたいだ…そしてご都合主義的に神の子もなんか見えてないみたい。流石にその辺りは神様も考慮してくれたのかな。
「何故でしょう?普通の人族なのですが?」
「ですよね?まぁそういうこともあるのでしょう」
レミリア様もあまり気にしてないようなのでよかった。いまのうちに話題を変えよう。
「あの、料理はお口に合いましたでしょうか?」
「ああ、そうでした。そのことで話しかけたのでした。あの料理本当に素晴らしかったですわ。高級な食材を使っていないようなのに、公爵家の食卓に並ぶ料理よりもはるかに味わい深かったです」
え、それはどうなんだ…?普通に作ったなんの変哲も無いスープのつもりなんだが…やっぱりこの世界の食事情って問題ありなのか?いや、違うか。問題なのはたぶん俺の料理スキルだな。なんだか最適な温度やらタイミングやらがわかる。スキルには熟練度という目に見えない数値のようなものがあるようなのだが、たぶん俺のスキルは熟練度も高いかマックスなんじゃないかと思う。そのせいで極上の料理が完成してる可能性が高い。自分で食べてそんな風に感じないのは謎というか理不尽な気がするが。
「どうです?うちの料理人になりませんか?」
「え?公爵家のですか?!」
まさかのスカウトだ。しかし、俺は異世界の気ままな旅を満喫すると決めている。
「大変ありがたいお誘いなのですが、私の職業が旅人となっているように、世界を気ままに旅する方が性に合っているのですよ」
「残念ですね…まぁ無理強いしてもいいことはありませんわ。気が向いたらいつでもいらしてくださいね?」
そう言って片付けに参加し始めるレミリア様。ていうか片付けまで手伝ってるのか。
レミリア様は、話した感じ、年下とは思えないほど知性的だった。将来はすごい人になるんじゃなかろうか?孤児院に手伝いに来るくらい領地の民にも優しいみたいだしね。
「可愛い腕輪ー!」
「システィーナお姉ちゃん、私もつけさせてー!」
「あ、ちょ、ちょっと…!?」
ん?なんかシスティの焦ったような声が聞こえるな。子供達にイタズラでもされたかな。
そう思ってシスティの方を見ると、思ったよりまずい状況だった。
システィには奴隷の証の代わりに神の印という俺にはなんかよくわからない物を俺が刻んでしまった。システィいわくとっても神聖なものであるそうなのだが、それが何を意味するのかは知らないとか。ようは、やっぱりよくわからないものがシスティの腕に刻まれているわけだ。誰かに見られるとまずいかもしれないので、アイテムボックスにあった腕輪をつけさせていたのだが、子供達にとられてしまったみたいだ。はっきりと神の印が見えている。それにまわりのシスターがすごい反応してる。
「そ、その証は…!?システィーナさん!それはいったい…?」
「あ、えっと、なんなんでしょうねー?」
実際わかってないのだから嘘ではないのだろうが、システィが曖昧な返事をする。俺が刻んだものとは流石に言わないみたいだが、もうちょっと見られた時の言い訳を考えておくべきだったな…
「これ、眷属の証ですよ…」
わっほーいばれてーら。シスターさんたちは知ってたんですねー…というか、眷属の証とは神または神の子の眷属に与えられる証であるとか当たり前のことを今更ながら全知全能先生が教えてくれた。知ってたならもっと早く反応してくれてもよくないですか?などと自分のスキル相手に文句を言ってる間に騒ぎはどんどん広がっていった。
「眷属様?!システィーナ様は神様の眷属なのですか!?」
「いや、神様というか、なんというか…」
「神様にお会いしたのですか!?」
「あの、ですから神様ではなく…」
システィがめちゃめちゃ困っているが俺もどう助けたものかと困っている。
「神の子の眷属…?」
レミリア様が彼女の鑑定スキルでシスティの職業を言い当てた。そっちは見えるんかーい。
「神の子?それって現人神様のことですか?」
「現人神様の眷属なの!?」
「あれ、そういえばシスティーナ様、確かハクトさんのことご主人様って…」
全員がばっとこっち見た。ちょっと怖い。
ていうか、神の子って現人神の事だったのか…現人神って言えば神様が人の姿で顕現したときに使われたり、人の身でありながら神であったりする存在に使われる言葉だ。あ、はい、俺、神でした。
「ハクトさん、種族が見えなかったのはもしかして…?」
「神の子…?」
うん…これは、そうだね。
逃げるか。
「システィ、町の外で合流で」
「え?あ!?ご主人様?!」
俺は瞬動を用いて即座にその場を逃げ出した。システィも瞬動使えるようになってたし大丈夫だろ。確か500mは移動できたからきっと逃げられるはずだ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ご主人様!置いていくなんて酷いじゃないですか!」
「お、逃げて来られたか」
俺が瞬動連発して町の外に逃げてから数分後、システィも瞬動を使って逃げて来た。瞬動は簡単に言えばとっても早い直線移動なので、町中では少々使い勝手が悪い。他になにか考えないとなー。
「聞いてますかご主人様!?本当に大変だったのですからね?」
「いや悪い悪い、俺もどうすればいいかわからなくてさ」
俺は神でしたーとか言われても困る。ていうか神様に断った筈なのだが。
「それにしても、よくふりきって来られたな?」
「これ以上ご主人様を待たせると怒りを買いますよ、と脅してきました」
おいこら待たんかい。やめてよそういうの…仕返しのつもりか?
「それて引き下がる方もどうかと思うがなぁ…」
「神様の怒りなど買いたくないでしょう?」
そりゃそうだろうが…俺は人間のつもりなのになぁ…チートは認めるけど。
「しかし、これからどうするかなぁ」
「町の中に戻ればシスターさんたちに騒がれますからね。見つからないようにすることはできるでしょうが…」
「こそこそするのもめんどくさいよなぁ」
「もう堂々としてればいいのに。自分は神の子だー崇めよーって」
「嫌ですよ…騒がれるのは慣れてないんで。普通に暮らしていきたいです……って?」
「えーハクトちゃんは私のお気に入りだからもっとみんなに知って欲しいのにー…え、何?」
うん?なんだ?俺は誰と会話してる?
「ご、ご主人様、その方は…?」
「……神様?!」
「はぁーい、お久しぶりー」
気がつくと俺の横でふよふよ浮かびながらひらひらと手を振っている神様がいた。相変わらずとても大きい物をお持ちで…じゃなくて!
「なんで神様がここに!?」
「こっちの世界なら割と簡単に干渉できるのよー。今はハクトちゃんっていう子供もいるし余計にね?」
「は、え、神、様…?」
俺もシスティも混乱している。俺よりシスティの方がわけがわからないだろうが。
「システィーナちゃんだっけ?ハクトちゃんの眷属になってくれてありがとー」
「あ、いえ、こちらこそご主人様に拾っていただいて…」
混乱と驚きが一周回ってむしろ冷静になってるっぽいシスティ。まぁその方が楽でいいけどさ…
「神様、俺はのんびりと暮らしていきたいです。人にちやほやされるのは別にどうでもいいんです…」
「そう?ハクトちゃんがそういうならしょうがないなぁ…じゃ明日までに神殿に神託として神の子の存在は教えておくね。それでその存在を見つけても騒がないようにって言っておくよー」
「神殿に、ですか?」
「そうそう、神殿の巫女にね。この世界じゃ時々私が神託を与えてるのー。それは各国のお偉いさんや教会のお偉いさんに伝えられるから、だいぶ動きやすくなるんじゃないかな?」
「そうですか…?」
自分から存在を提示して大丈夫なんだろうか…?
「あ、ハクトちゃんの名前は隠しておくわよ?でもなにか困ったことがあればお偉いさんを頼れるのはいいことでしょ?」
「まぁそれはそうですが…逆に利用してこようとしてる人もいるのでは?」
「大丈夫大丈夫、この世界のお偉いさんたちはみんな人格者だから。末端の人たちまでは知らないけどね?」
「神様なんですから悪人なんて無くしてくれてもいいんですよ?」
「んーそれはねー…」
ちょっと悩んだような神様。やっばりそんなことは流石に難しいのだろうか?
「やろうと思えばできるんだけど、ハクトちゃん、全く悪意ない世界って、どう思う?」
「悪意のない世界ですか?それは、平和でいい世界なのでは?」
「みんなが常に良い行いをして、規則正しく動いて、なにも事件の起こらない世界だよ?」
「それは…」
想像してみて、それは大変気味の悪い世界だと思った。きっと誰もが正しい行いしかしない世界というのは、平和だがおもしろくもない、のでは?
「つまりはね、この世から悪というものを消し去ると、この世界で生きてる住民の心が耐えられないのよ。きっとそのうちロボットのようになるわ。無駄な行動はせず、日々を淡々と生きて、仕事のように子孫を残して死んでいく。嫌でしょ、そんな世界?」
「嫌、ですね」
「喜びの感情はね、負の感情があるから生まれるものなの。その片方がなくなると、必然的にもう片方もなくなって、最後には感情なんてものはなくなるの。必要悪ってのは本当に必要なのよ。まぁ、私の持論なんだけどねー」
神様の持論ってのもなんかも面白いなと思ったが、神様の言いたいことはわかる。人が人らしく生きて行くためには、様々な人、それこそ悪人も必要なのだ、ということなんだろう。
「だからね、あなたがこの世界であくまで人として生きて行くというなら、完全に安全にはしてあげられないの。嫌な思いもきっとするわ。だから、私はあなたを神にしたかったんだけどね」
「いや、今も神の子で現人神じゃないですか…」
「あら、現人神は、間違いなく人よ?神が人として顕現したとしても、人であり神である存在だとしても、根本は人よ?」
「なんか屁理屈に聞こえなくもないですが、そうですね」
「本当に神様になる?」
「いえ、神の子でいいですよ」
「まぁ現人神はどこかの世界の管理をしなければならないとかのお仕事もないのだから、ようはあなたの大好きなチート人間と変わらないと思うのだけど?」
……それもそうだ。別に世界を救うとか管理するとかの仕事や使命がない現人神なら、確かにチート人間となんら変わらないわけか。ちょっとバレたら人にびっくりされるのも一緒だ。
「あれ?そう考えると別に神の子でいいのか?」
「そうよー、難しく考える必要はないわ。じゃあ私は神託の準備しに帰るわね。またねー」
ひらひらと手を振りながら消えて行く神様。なんというか、何しに来たんだか。
俺はずっと黙っていたシスティの方を向く。
「えっと、というわけで俺は現人神らしい。それでもやることは変わらないみたいだが…それでもいいかな?」
とりあえず、現在俺の眷属となっている旅のお供にそう尋ねた。返事は、簡単だった。
「ええ、ご主人様がすごいのは、最初からわかっておりましたので」
「うん、ありがとう」
最初に眷属になったのがシスティで本当に良かったと思う。この子となら、楽しく旅ができそうだ。
こうして、俺は自分が一応は神であることを認め、それでいてあくまで人として生きて行くことを決めたのだ。
「あの、それで現在起こっている町での騒ぎはどうするんですか?」
「……どうしようか?」
神様、これから先のことはなんとかしてくれるみたいですが、今現在起こっている問題もなんとかしてくれてもよくないですか?