文明の利器の偉大さを知った
おかみさんを含めた話し合いが終わった後、公爵様に屋台の許可証をお願いしに行ったのだが、まぁ、びっくりするくらい簡単に許可証くれたよね。屋台の場所もそれなりに良い場所に出せることになった。
なんでかな…そんなに俺のこと怖がらなくても待たされたくらいじゃ何もしないって…
それからはあっという間にだった。宿のご主人、あ、名前はバランさんっていうんだけどね、そのバランさんの働きが凄まじかった。ご主人は街でそれなりに顔が広く、ハンバーガーの噂はあっという間に広がった。売り子さんも酒場の常連さんの娘さんたちが手伝ってくれるということになった。やっぱり売り子はおっさんよりも女の子だよね。
使用する屋台はまさかの公爵様が用意してくれた。金はあるからどこかで買うなり借りるなりできたのだが、せっかくなので甘えさせていただいた。
だが、それによりちょっとした問題もあった。屋台にはデカデカと公爵家の家紋が彫られているのだ。つまり、俺たちの屋台は公爵家のお染み付きを受けているということが丸わかりである。むしろ良いことではあるのだが、おかみさんが…
「わ、私なんかの料理が公爵様のお墨付きだって?冗談じゃないよ!確かにお兄さんのハンバーガーはバツグンに美味しいよ?でも、作るのは私だし、公爵様に万が一恥を欠かせるようなことになったら…ああああああ……!」
と、まぁめちゃめちゃ緊張してしまっているのだ。あ、ちなみにおかみさんの名前はサディアさんっていいます。たぶんご主人もおかみさんも名前で呼ぶことはないけど、一応ね。
おかみさんをなんとかなだめて、おかみさんも落ち着きを取り戻してくれた。
俺が公爵様の知り合いだと知り貴族様だったのかと驚かれたが、ちゃんと否定しておいた。貴族などではないからね。まぁ、それより上位なのかもしれないけど、権力はないから。たぶん。
そして、現在はすでに祭当日となっている。勇者はまだこの街に来てないらしい。まぁ地球なら電車や飛行機やらの都合で何日に到着するなどほぼほぼ確定して伝えることができるが、長距離移動でも馬車、金がなければ徒歩だ。ちゃんとした日にちを指定することはできない。
なので、このくらいに来ますよーという情報を元に、今日からだいたい1週間ほど祭が続く予定なんだってさ。1週間続く祭りを突然開催しなくてはならなくなったら、そりゃ忙しいわ。お疲れ様です、公爵様。
そんなことより(かなり失礼)、俺はちょっと気まずいことになっていた。ご主人が集めてくれた売り子さんなんだが……なぜ、シスターさんたちが?
「は、ははははくとさまぁ?!な、なぜここに!?」
「あー、いえ、このハンバーガーを考案したのが俺でして…」
「ああ、なるほど…先程食べさせていただきましたが、ハクト様なら納得です…全く新しい食べ物をであっても」
炊き出しでも料理は振る舞ったからね。簡単なスープだったけどめちゃめちゃ感激されたし。俺が料理出来ることを覚えてたんだろう…じゃなくてさ。
「皆さんの方こそ、なぜここに?」
「いえ、バランさんが売り子を探していると聞きまして、お給金も出るということなので少しでも孤児院の足しになればと思いまして…」
「ああ、なるほど。大変ですね」
どうやらシスターさんたちは時々教会とは関係ないところで働いて孤児院や運営の足しにしているらしい。そういえば経営かつかつとか言ってたもんな。ていうか、え?酒場の常連さんの娘さんシスターなの?そっちの方がびっくりなんだけど…まぁいっか。
個人的にお金を提供してもいいのだが、孤児院はあまり大きな額を一度には受け取らないんだと。信用できる相手には単純に申し訳ないから、知らない人は何が目的かわからないからだとか。
「子供達にも楽にお金が手に入ると思われないようにするのにも、その方が良いのですよ」
なかなかシビアだなぁ。贅沢させてあげるのは違うかもしれないけど、経営が厳しいなら受け取ってもいいと思うんだが…まぁ豊かな国で暮らしてた俺とは根本から考え方が違うと思って納得しておこう。
「しかし、まさかハクト様の屋台だとは思いもしませんでした…しかも、この屋台の家紋…公爵様のものですよね?」
「あ、本当だ…流石はハクト様、公爵様のお墨付きとは…」
その話はあまりしないでもらいたい。ほら、おかみさんがまた緊張しはじめちゃうから。
「と、とにかく、俺のことは気にしないでください。いるのは最初だけの予定なので」
祭を見て回りたかったので少しはここを離れるかもと思い、売り子さんの手伝いを探すよう頼んだのだが、そんなにこの屋台を開けるつもりはなかったのだが、シスターさんたちが手伝ってくれるなら俺たちがいない方がいいかもしれない…というか俺たちがやりづらい。
「お、おい、兄ちゃん本当に何者なんだ?ハクト様っていったい…」
「ご主人、気にしないでください。お願いですから」
眷属の3人も困ったように苦笑している。
なんだかなぁ、この街早く出て行きたい…違う街なら俺の存在もばれてないだろう…と、思う。なんか神様が俺の存在を1部に公表するとか言ってた気もするけど、お偉いさんとかなら会わなきゃいいだけだしな…。
「ほらほら、もうすぐ開店ですよ!準備しましょう!」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「やっと終わったなー」
「つ、疲れたわ〜」
「た、大変でしたね…」
「………」
夕方、本日の営業が終わった時、俺たちは疲れ切っていた。祭の見学に行く余裕もないほど人が来た。休む間もなく働いてたよ…
ララとマリーは見るからにヘトヘトで、システィに関しては机にうつ伏せになって動かない。死んでるんじゃないだろうな?
「すごい人気でしたね…」
「ええ、驚きました。あんなにお客さんが来てくれるなんて」
それに比べてシスターさんたちは疲れてはいるみたいだが割と元気だ。タフだね。俺たちが慣れてないってこともあるのか。
俺に関してはバイトづくしの生活してたから慣れてるはずなんだが、やっぱり便利な道具があった世界とほとんど人力でやらなきゃいけない世界とは違うって実感したね。
金勘定もレジなんかないから全部いちいち計算しないといけないし、肉を焼くのでも薪を使ってなので火の管理も大変だ。公爵家の屋台だから魔法を使ったコンロ的なものがあるかと思ったがそんなものはなかった。そのかわり、煙なんかの排出機構はきちんとしていたため煙たくなることはなかっただけでもありがたいと思わねば。
本当に、文明の利器の偉大さを知ったよ。
「いやー!すげーぞ!初日でこんなに儲かるなんてな!」
「当たり前じゃないか!お兄さんのハンバーガーは売れるって確信してたさ!」
一方で宿屋夫婦は超元気だった。おかしいな、1番働いてたと思うんだけどな。ていうか奥さん、売れるって確信してたならあんなに公爵様に恥かかせたらどうしようとか言わなくてもよかったのでは?もう突っ込む元気もないのでスルーしますけど。
「兄ちゃん助かったぜ!途中で食材がなくなった時はどうしようかと思ったぜ。客はまだまだいたからやめるにやめられなかったからな!」
「しかもあのパン!途中からパンも美味しくなったって2回3回と来てくれる人がいたからね!」
「あー、それで午後からも人が減らなかったのか…」
食材がなくなったと聞いて、急いでたから食材を適当に出したが、そういえばハンバーガーハンバーガーって思ってたからもともと使ってた食パンのようなパンじゃなくてハンバーガーっぽくなるパン出したからな。いや、ていうかあれいわゆるバンズと呼ばれるハンバーガー用のパンだったような…そんなの持ってたっけかな…神様が追加したとかかな…疲れて考えるのも面倒だ。
「あら、皆様ずいぶんお疲れのようですね」
そこに1人の少女が現れた。以前孤児院で出会った公爵様の娘さんのレミリア様だ。
「レミリア様!レミリア様のおかげですよ!」
「私は美味しいものを美味しいと言っただけですよ?」
「それが美食家として知られるレミリア様なんですから効果は抜群ですよ!本当にありがとうございます!」
レミリア様は今日のお客様第1号だ。お付きの騎士たちと一緒に俺たちが屋台を出すと聞いて来てくださったとか。
そしてこのお嬢様、どうやらかなりの美食家として知られているらしい。そういえば俺も公爵家付きのコックにならないかと言われたな…
領民からはその可憐な見た目と孤児院の手伝いもすると知られているので人気もあり、それが今回のハンバーガーバカ売れの原因となっている。
疲れすぎて恨み言を言えばいいのかお礼を言えばいいのか微妙なとこだよ。
「ハクト様の料理は本当に美味しいですから。本当に、神の子でなければうちで雇いたいですのに…」
「あーストップレミリア様、あんまり広めないでいただけるとありがたいです…」
「あら失礼、気をつけますわ」
神の子?と、ご主人とおかみさんが疑問に思ってるけど、スルーさせてもらう。よくわかってないならわかってないままにしておこう。
「まぁどちらにしろ旅人なんて職業ですもの。一箇所には止まらないのでしょうね」
旅人…職業…あ、そうだ!俺はそのために今回本気を出したのだった!
急いで職業欄を確認すると…よっしゃ!変わってる!
俺の職業は無職から食の伝道師に変わってた。
…なにこの職業?あれか、新しい料理をこの世界にもたらしたからなのか?え、普通こういうのって何個か普及させたら手に入るものじゃないのか?1個でもらえるんだ…
まぁなんにせよ無職じゃなくなったらかなんでもよし!いやホッとしたよ…
「あれ…この感じは…?」
「ん?どうしたマリー?」
俺が1人ホッとしていると、マリーが何かに気がついたようにキョロキョロしはじめた。
「いえ、忙しくて今気がついたのですが、あの嫌な感じがもうすぐ近くに来ているように感じるのです…」
「え、まじか?」
マリーからそのことを聞いたのとほぼ同時に、
「おお!なんと可憐なお方だ!」
と、なんだかやたらでかい声が聞こえてきた。な、なんだ?
声のした方を見ると、立派な鎧に身を包んだ男がこちらに向かってきていた。 鎧はすごく立派なのだが…なんかすごい違和感を感じる。
というのも、その男結構太っているのだ。装備してる物は一級品なのだが、お世辞にも強そうには見えない。よく身の丈に合わないものを着ていると、服に着られているなんて表現するが、まさに鎧に着られてるって言った方がいい感じだった。見た目完全に三十代の小太りのおっさんで、イケメンでもないしね…そこはあんまり関係ないか。
しかし、見た目で判断してはダメか。俺だっておそらく全く強そうには見えないはずだ。髪と目が変わってる以外は一般的な18歳の日本人だから。強そうなわけがない。
そんなことを考えていると、男がドスドスと走りながら俺たちの、というよりレミリア様の前にたどり着いた。
「美しいお嬢様!どうかお名前を!」
「え、ええ…?」
おう、何かと思えばいきなりナンパかい。
ていうかレミリア様引いてるよ。そりゃ見た目三十代の小太りのおっさんが額に汗かきながら迫ってきたら引くわな、うん。
「ゆ、勇者様!お待ちください!」
その小太りのおっさんの後ろからなんか妙に疲れた感じの初老の男性が追いかけてきた。こっちもかなり良さげな鎧を着ているが、こっちはとても似合ってる。
見るからに鍛えられた肉体で、そこそこ年はいっているようだが全く老いを感じられない。顔もダンディでイケオジ様だし。男でも憧れる類の魅力を持っている…って、待って、今、なんて言った?
「ゆ、勇者様…?」
「いかにも!私こそは聖剣デクスカリバーに選ばれた勇者、リチャード・ロビンソンである!」