こんにちは神様
「まーにーあーわーなーい!」
俺は自転車を朝の街中を全力で漕いでいた。時々すれ違う人が驚いた顔をしていたので、たぶん結構なスピードが出ていたのではないだろうか。
「まさか佐藤のばあちゃんの話があんなに長くなるとは思わなかった……!」
今俺は朝の新聞配達の帰りである。話好きの佐藤さんというおばあさんに捕まり、話をしていた(一方的に聞かされていた)のだが、想像以上に話が長く、いつもより30分も遅くなってしまった。そのため、次のバイトに遅れそうになっているところだ。
「あのバイトは時給が他より高いんだ……! クビになるわけにはいかん!」
現在俺こと因幡白兎18歳は、いわゆるフリーターをやっている。両親はともに他界しており、残してくれた遺産も高校を卒業するまでに使いきった。
高卒ではあるのだが、就職はしていない。中学からいくつもバイトを掛け持ちしており、生きていけるくらいには稼げていたのでその生活を続けていこうかなーと思ったためである。
友人からは明らかに働きすぎだと言われたこともあるが、俺にはこれが普通となっているので、特に気になっていない。
しかし、そんな生活を脅かす危機に直面している。最も稼げるバイトに遅れそうなのだ。レストランの厨房で働かせてもらっているのだが、時給が高いだけあり、なかなかに厳しい。
きちんとした理由なしの遅刻や欠席は許されず、仕事中のサボりも許されない。俺は幸いにして料理の腕もそこそこで、勤務態度も真面目なので気に入ってもらえているが、以前先輩が一度の遅刻で辞めさせられているのを目撃したことがあるため、現在自動車に匹敵するのではないかというスピードで自転車を飛ばしているのである。
だからであろうか。俺は事故の多発している見通しの悪い交差点でも、スピードを落とさずに突っ込んでいった。
「あ……」
そう思った時には既に手遅れであった。真横に見えるのは大型のトラック。ちらっと見えた運転手の顔は驚きに満ちていた。
ドンっという衝撃とともに、俺の意識は一瞬でブラックアウトした。
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「う……うーん……?」
気がつくと、なんだか明るいところにいた。白一色の部屋だ。しかもこの明るさは、電気などの明るさではなく、窓から入ってくる日光……なのだろうか?
それにしては明るい気がするが、自然光によるもののようだ。
そんなことよりも、気になることがある。
「あ、あの……? どちら様……?」
「うふふ」
俺はなぜか膝枕をされ、優しく頭を撫でられているのだ。それも見知らぬ女性に。
女性は部屋と同じで真っ白い……服? なのか?
なんか布を体に巻いてるような、よく西洋の昔の絵画なんかで見かけたことあるような神様とか天使みたいな格好をしている。なんだこの状況?
「お疲れ様です、因幡白兎……」
「は、はぁ……ありがとうございます?」
なぜか労をねぎらわれたので、とりあえずお礼を言っておいたが、そんなことよりも状況の説明をお願いしたい。
「えっと、これはどういう状況なのでしょうか? 説明していただけると嬉しいのですが」
「そうですね、何から説明しましょうか?」
どうやら質問には答えてくれるようだ。
「じゃあ、とりあえずどちら様でしょうか?」
「神です」
「……ほう」
訂正、どうやら質問に真面目には答える気はないようだ。そしてその格好は本当に神様イメージだったのか。
「神様がなぜにわたくしなんぞを膝枕して頭を撫でてくれているのでしょうか?」
「あなたが愛しいからです」
「ああ……はい……」
やばい。俺はもしかしたらやばい人に拉致されてしまったのだろうか。しかし妙なのが、この人が嘘を言っているような気が全くしないのだ。それはそれでやばい気がする。
「じゃあここは……天界とかそんな感じのところですか?」
「その通りです。ここは天界にある私の私室です」
ふむ、神様にも私室なんてものがあるのか……じゃなくて、天界ですと? それじゃまるで俺が死んだみたい……あ。
「そうか……確か俺、トラックに……」
「そうです。あなたは死んでしまったのです」
そうか……まぁ大型のトラックにあのスピードでぶつかれば助かりはしないだろう。ということは、だ。
「本当に、神様……?」
「ええ、本当に神です」
「し、失礼しましたー!?」
ガバッと飛び起きて即座に土下座の体制に移行した。神様って……本物の神様ってさ!?
死んだと思われる記憶があるため割と普通に信じられる。
「あらあら、もう少し撫でさせてくれてもいいのに……」
「い、いえいえ! さすがに神様に膝枕させるなんて恐れおおいです!」
「ふふ、あなたは本当に神に敬意を払っているのね」
「え?」
「神がいるかどうかも半信半疑で生きている人の方が大多数ですよ? 私は地上には直接関与できないので当たり前のことですが。しかし、あなたは生前から私、というより神を信じ、敬意を払ってくださっていましたよね」
「え、ええ、まぁ……」
それは、母親からの教えであった。神様にはちゃんと感謝しなさい、と。別に変な宗教に入っていたわけではない。ただ、私たちの日々の何気ない生活、ひいては生まれてこれた奇跡は神様のおかげである、と母は信じていた。
なので、毎日お祈りというほどではないが、神様に感謝することにはしていた。俺もそれにならって、両親が死んだ後も習慣化していたのだ。
「あなたの思いは、ちゃんと届いていましたよ。あなたは、とても純粋で、綺麗な心の持ち主です」
「そんなことはないと思うのですが……」
俺だって人並みの欲は持ってるし、多少の悪いことも考える。まぁさすがに犯罪に手を染めたことはないが……そんなのは普通に生きてる人なら当たり前のことだろう。
「それをあのような無残な死に方をさせてしまったことを、私はとても心苦しく思っています……」
「え、あれって神様のせい……なんですか?」
神様ってば殺すにしたってもうちょっと人生を謳歌してからでもよくない? まだ18ですよ俺は? それにもっと良い死に方をさせてくれたって……いや違う。今、死に際のことを思い出した。あの死に方は、俺が選んだようなもののはずだ。
「ええ、私は地上には干渉できません。今あなたが思ったように、あの死に方は、あなたが選んだ死に方です。私は、あなたを助けるために手を出そうにも出せなかったことを詫びているのです」
「いや、そんなことで謝られても……」
ただの人間1人を救うため神様が力を貸していたら、今頃よほどの悪人でもない限り事故死する人はいなくなってるだろう。それよりも……
「あの女の子は……無事、だったのでしょうか?」
「はい、あなたのおかげで怪我だけですみましたよ」
そうなのだ。俺は猛スピードで交差点に突っ込んだのは、ただ急いでいたからだけではなかった。小さな女の子が飛び出していったのが見えたからだ。
俺はその子に自転車ごと体当たりしていた。車にひかれるよりはダメージが少ないだろうと判断してのことだが、十分危ないことしたなと、今になって思う。怪我で済んだらしいので、よかった。
「あなたは、自分が死んでしまったのに女の子が無事でよかった、と、思えるのですね」
「え? あ、ああ、はい。そりゃまぁ、文字通り命がけの行動だったので、助かってくれたなら嬉しいですよ」
「見ず知らずの子のために……あーもう無理! やっぱりあなたはとってもいい子だわー!」
「えっ、え!?」
なんか突然神様に抱きつかれたんですけどー!? しかも、とっても豊満な2つの膨らみの中に顔が埋もれている……今気づいたがすっごい大きいな……
「あ、あの、神様……?」
「ごめんなさい、あなたの神様のイメージがさっきまでみたいな落ち着いた感じだったから我慢してたんだけど、ちょっとあなたが愛しすぎて我慢できなかったわ!」
どうやらこっちのフレンドリーな感じが素の神様らしい。確かに俺のイメージではさっきまでの方が神様のイメージであったが、これはこれで悪くない。柔らかいし、いい匂いがするし、なんだか落ち着くし、柔らかいし(2回目)。
「そうそう、それでね、そんな愛しいあなたの願いを叶えてあげようと思ってるの!」
「願い、でふか?」
未だに胸に抱かれているため少々喋りづらい。柔らかいので一向に構わないのだが(3回目)。
「そうです、あなたの誰にも言っていない願いがあるでしょう?」
「ま、まふぁか……!?」
俺の誰にも言ってない願いで、この状況で叶えてくれる願いというのは……まさか、まさかなのか!?
「その通りです! 異世界転生です!」
「ま、マジでふかー!?」
な、なんということだ! 何を隠そう俺はライトノベルやアニメなんかの異世界転生物が大好きで読みまくっているのだ。それこそいつか俺にもこんなことが起きないかなーって恥ずかしいことを思ったりもした。誰にも話したことはなかったが!
「そして更にお望み通りチートなキャラにして転生させてあげる!」
「おお……!」
そしてまさかのチート性能つき! やっぱり転生者って言ったらよくわからないチート性能つきだよね!
「安心して! 神様の私権限で可能な限りのチート性能にしてあげる!」
「お、おお……?」
え、いや可能な限りって……?
「異世界の神にしてあげるわ!」
「ストーップ!」
ガバッと抱擁から解放される。なんかテンション的におかしなことになりそうだと思ったら案の定だった。
「いやいやいや神様とかにはさすがになりたくないですよ?!」
「そうなの? 異世界を自由に作り変えられるのに?」
「いや、あくまで異世界で暮らしてみたいのであって、異世界を支配したいとかは思ってませんから……」
支配というレベルではもはやないが。
「そっかー……まぁでも、私の可愛い白兎ちゃんがまた死んじゃうのもいやだから、チートキャラにはするよ?」
「それはお願いします! ……あ、でも勇者とかはやりませんよ?」
「もちろん、自由に暮らしてくれればいいわよー。気ままに旅をするのもよし、家を手に入れて静かに暮らすのもよし!」
「おお……マジっすか……」
異世界転生者には、なんだかんだ巻き込まれる形で世界を救うとかいつの間にか勇者になってたりするものが多いのだが……きっと俺は自由に生きて良いと言われれば本当に自由に生きていく。チートな能力をくれるみたいだからちょっとくらい人助けもするだろうが、基本的にはのんびり暮らして行くつもりだ。
「うふふ、白兎ちゃんなら異世界で時の人になれるわよ」
「いや、そんなつもりはないんですけど……」
確かに転生者がみんなに認められる勇者になる話は好きだけど、自分には向いてないと思う。
「まぁいいわ。じゃあ早速転生しちゃいましょう! あ、ちなみにお望み通り剣と魔法の世界よ!」
「おお……剣と魔法の世界……!」
「さっきも言ったようにちょっとやそっとのことじゃ死なないようにしてあるからね! それにあっちの世界なら時々なら私も干渉できるから、どうしてもどうにもならないことがあったら頼ってくれていいわよ!」
「おお……さすが異世界……神様が普通に信じられている世界なんですね……」
違う世界なだけで神様ができることまで変わってくるのか……
「あ、軽くでいいんでその世界について教えてもらってもいいですか?」
「ああ、そうね。ちょっとくらい知ってた方がいいわよね」
その後、神様から俺の転生する世界……イナバニアについて教えてもらった。
……名前については俺に似てる名前の世界を神様が選んだそうだ。