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2.ジタイハスイイスル

 嘘を吐くのは案外容易だ。

 一点の曇りも無い目で、絶対の自信と共に、淀み無く雄弁に語ればいい。

 それだけで愚か者はコロッと騙される。

 もし、少し利口な相手が頭上に疑問符を浮かべる様な事があれば、また畳み掛けるように嘘を重ねていけばいい。一層、二層、三層、と段々分厚くなっていく嘘。矛盾が生じた際は、それをこれまた嘘で覆い隠せば済む話。

 自分が相手より多くの情報を持っていて頭が切れさえすれば、少なくともその場じゃ誤魔化しきれる。

 だから、万人にとってそうであるように、僕にとっても嘘を見破れというのは正直結構な難題に相当し、それ故に今置かれている状況を上手に分析することは殊更困難なことなのだ。

 ふむ、一体何をどう取り繕ったら、勇者の初仕事が同じ『人間の悪党退治』などというものになってしまうのだろうか。甚だ疑問である。

 勇者御一行に王様が命じたのは、


 ――辺境で好き勝手やっている連中をとっちめてこい。


 なんて、僕でも、というか僕が今迄教会の仕事でやっていたような使命だった。

 僕としては、「至急、魔王の根城に突貫。これを殲滅せよ。敗走は許さん」とかそんな感じの、所謂イカニモな命令を期待していただけに興ざめだ。勇者の犯罪抑止力としての効果がどれ程のものなのかは、完全にデータ不足で未知数だが、この扱いには疑問を覚えざるを得ない。

 だってほら、勇者ってのは魔物討伐のために存在する、人類の最終兵器にして希望の星なのである。

 魔物やそれを率いる魔王という人外討伐の為に勇者を呼ぶのが本来で本質だ。同じ人間の同胞――同族にあだなす犯罪者をそう呼んでいいのかは疑問だが――を駆逐する為に勇者を用いるのは何か違わないだろうか。

 例えるならそう、僕のようなオツムの足らない落ちこぼれの底辺聖職者がでーんと執務机に座って、観那のような成績優秀将来有望株を顎で扱き使う、みたいな違和感。適材適所とは言い難い。

 確かに勇者の力は強大だ。平和な日本に住んでた藤間君だって、此方に来ればそれだけで最強の戦士の仲間入り。ゲームで例えれば、初めから全ステータスカンスト状態みたいなもん。強くてニューゲーム。うわー、マジで反則くせぇ。

 だから、彼の手に掛ればならず者なんて何の障害にもならないだろう。僕ら随行の人間は一切手を貸さなくたって良い。遥か後方の安全地帯から、そのチートっぷりを眺めてさえいれば、それだけで万事が円満に解決する。武力を行使するいう意味では、この人事は適切と言えないことはない。

 だけど、勇者である藤間君本人は異世界初心者なのである。

 要するに、この世の中の事を何一つ知らない赤子も同然だ。

 餓鬼の喧嘩じゃないんだから、圧倒的な力で相手をぶちのめせば、それで全部御仕舞というわけにはいかない。さっきの比喩をまた持ち出すなら、ゲームみたいに壺を割りつつ山賊退治をして宝箱を漁り「ハイ、サヨウナラ」ってな具合に単純ではないのである。

 戦略面は、まあ不安要素を差引いたとしてもなんとかならないことはないだろう。しつこいようだが、それだけ勇者ってのは強い。

 問題なのは、政略面や精神面だろう。

 治安を守るのは騎士達の仕事である。余所に所属する人間がわざわざ参加することはない。互いの領分は基本的には不可侵だ。だから、僕のような下級の聖職者は其処に消耗品として参加させてもらう。魔法使いだって一応の敬意は払われるが、立場は似たようなものだ。騎士は自分達の仕事と伴う責任に誇りを持っているのである。

 其処に勇者が参戦というのはどうなんだろうか?

 宴の際の騎士の態度を見る限りじゃあ、間違いなく勇者は彼等にとって尊敬の対象だが、その仕事を取られてしまってはどうなるかわからない。縄張り意識ってのは厄介なものだ。

 そして、それ以前に、藤間君に人を殺せるかって問題がある。

 此処は平和な日本じゃない。日常的に人が死ぬ。人間一人分の命が割りと軽い。でも、異世界人の彼にそれが理解出来ているとは思えないのである。

 いざってときに躊躇いなく出来るか、否か。

 僕の見立てじゃ間違いなく不可能だ。彼に自分と同じ人の姿をしている存在を殺すことは出来ない。それどころか、きっと自分の目の前で人が死ぬのすら良しとはしないだろう。彼は確実にそういう人間だ。常識人過ぎる。だから、面倒。

 向こうでの常識なんて、こっちじゃゴミ同然の非常識だというのにそれを理解出来ない。

 魔物や魔王退治ならそれでも務まるが、十中八九血生臭いことになるであろう本件にそれはそぐわない。

 あー、ほんと暗雲垂れこみ過ぎだと思うんだ。きっとこの任務は碌なことにならない。

 僕の杞憂で終われば万々歳何だが、きっとそうもいかないのだろう。




 王都を発って数日、早くも僕の頭と胃は神経質な痛みを訴え始めていた。

 陽光を遮るものなど一切無いだだっ広い街道。燦々と降り注ぐ光が僕の頭痛を助長させる。酷い状況には慣れているが、何度経験しても嫌なものは嫌だ。糞暑い今日に限って、無風なのが更に辛い。

 勇者。お姫様。魔法使い。聖職者。おまけの僕。

 五人という史上最多数の勇者様御一行は、王都から延々と伸びている街道を歩いて辺境へと向かっていた。馬を使えないのは、勇者は徒歩で移動しなければならないという原則があるから。当然の如く、御供まで巻き添えである。

 先日の宴のような豪奢な装いは誰もしておらず、全員が質素な軽装である。僕と儚は元々大して飾り気のあるほうではないので、これが普段着みたいなもの。普段から身なりに気を使っている、若しくは使わなければならない、観那や姫様も各々かなり抑え気味の恰好である。

 ……あ、藤間君は相変わらずパーカとジーンズだ。元々着ていた服が勇者の旅装束。喚ばれたときに入浴中で全裸だったら、一体どうするのだろうとかつい考えてしまう。元の世界じゃ、赤いワンポイントが眩しい車が来るような出で立ちで、往来を闊歩させるのだろうか。

「さっきから一人でコロコロ表情を変えて忙しいっすね?」

 隣を歩く儚が不思議そうに僕を見る。

「只でさえ間抜け顔なんだから、これ以上に締まりの無い顔してどうすんのよ? バカ」

 前を歩く観那が鬱陶しそうに振り返り、僕を見て言う。

「ん? いや、藤間君が全裸で歩き回る姿を想像したらついにやけてしまっただけだよ」

 隠すようなことではないので正直に言ったが、彼女等の反応は芳しくない。

「ひー君にそういう趣味が……」なにやら深刻そうに顔を伏せる儚。

「うっわ、最低」心底嫌そうに吐き捨て、もうこちらを見向きもしない観那。

 なんか僕は不味いことを言っただろうか。これから勇者の服装に関して徹底討論が始まってもおかしくないくらいに、重大な疑問だと思うんだが……。

 これから結構長いこと一緒なのに、僕ら三人の間には未だ円滑な会話がない。ちゃらんぽらんな儚と生真面目な観那の組み合わせで上手く回るわけがないし、其処に口下手な僕が加わったのでは尚更だ。

 その点前の二人は、

「へぇ、そんなことまで。姫様は本当に凄いですね」

「ば、莫迦もの。王族ならこのくらい当たり前じゃ!」

「それでも凄いですよ。俺じゃ考えられないです」

「そ、そんなに褒めるでないっ!」

 ……なんだろうね、この微笑ましい光景。

 素直に褒められたことが余程嬉しいのか、顔を真っ赤にして表面上は怒りつつも、もっと言って欲しそうな姫様。大人びてはいるが、その辺はまだ年相応。十四歳の感覚らしい。

 腰の辺りまで伸びた、軽くウェーブのかかった煌びやかな金髪と、精巧に作られた人形のように整った顔立ち。姫様ほどの絶世の美人は国中探したっていないとの評判である。

 姫様に観那、儚だってちょっと幼い印象があるが可愛らしい容姿をしている。噂じゃ歴代勇者もそうだったらしいが、どうも彼等の周りには綺麗所ばかりが集まるようだ。眼福眼福。勿論僕は平々凡々だが、それは当たり前。男が格好良くて喜ぶ勇者サマなんて勘弁してほしい。

 そんなわけで、ついつい、姫様と乳繰り合ってる藤間君がちょっと羨ましいなんて思ってしまった自分に自己嫌悪。

 全く、前途多難である。




お久しぶりですみません。

大幅なんてレヴェルじゃないほどの時間がかかってどうにか二章突入です。……そもそも、覚えてる方がいるのでしょうか?


牛歩で時折停滞しそうですが、見守って下さる方がいれば嬉しい限りです。



青色眼鏡

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