1-7
宴は続く。
あるものは喜びに浸り、また、あるものは憎悪に沈む。
肩を組み合ってはしゃぐ者があれば、一触即発の雰囲気を醸し出す者もいた。
宛らそれは一つの縮図。
宴は続く。
宴の息遣いが、日常から遊離したその熱気が、等しく人を蝕み、本来の姿から遠ざける。
平素では考えられないような振舞いと、それを不思議に思わぬ観衆。
宛らそれは一つの病理。
そして――
有象無象。ありとあらゆる感情を呑み込み宴は終焉を迎える。
<帯剣の儀>。
その完遂を以って勇者候補は真の意味で勇ましきモノとなるのだ。
「あー、全力で妨害したいなー」
流石に冗談だけど。
藤間君が喚び出された広間。
その中心に破魔の剣を持ったお姫様と勇者が並び立っていた。
不眠不休で宴に参加していたため、衣服は汚れていたし、彼らの顔色も良くない。
それでも、仕切りなおさず、儀式に入るのにはちゃんと理由がある。
どんな姿をしていようとも、姫は姫、勇者は勇者であるという誇示。言うなれば、高貴な見た目ではなく、高潔な中身が彼らをその身分たらしめているのだ、ということを象徴する行いなのである。
僕たち外野はその周囲に円を描く様にして傅いていた。
貴族、騎士、平民。
分け隔てなく、様々な身分の人々が皆一様に平伏すのも、また象徴的行いなのだろう。
儀式と言っても、やる事は単純極まりない。
威厳に満ちた長口上もなく、ただお姫様が勇者の方へ剣を差し出す。勇者が同じく無言でそれを頂戴すれば、契約は成立したことになるのである。
外見より内実。
ここまで徹底するとは、腹立たしいほどによく出来た儀式だ。
だが、生憎と不快な見世物を凝視する被虐的趣向は僕にはない。
一切の動が感じられないほど、静謐な空気を利用し、二日分の疲れを癒すため居眠りをする、そう決めた。どうせ儀式に夢中で誰も気付きやしないだろう。
意識が堕ちるまでは一瞬。混濁した思考は瞬く間に霧散し、清涼感すら漂う闇が訪れた。
「――君! ひー君! さっさと起きるっすよッ!」
なにやら必死な儚の声が鼓膜を揺らす。
朦朧とした意識が急激に覚醒状態へ。
危険が一杯、異世界生活十数年ともなれば堂に入ったものだ。
地面に伏した上体を起こす。パキパキ、関節から音が鳴った。
腰を折り曲げたままの姿勢を長時間維持していたせいで、体の彼方此方が痛い。
辺りを見回せば、あれだけ人が密集していた広間も今は閑散としている。
本来、すぐに片付けをする役割の人間も、お休みを貰っているのだろう。
「なんだよ、儚。僕の安眠を妨げるって事はよっぽどのことなんだろうな?」
「ええ、そうよ。アンタが儀式の最中に堂々と寝ていたことに関して問い詰めたいけど、それすら出来ないほどにね」
苛立ちを含んだ、儚ではない女性の声――というか観那だ。
流石にばれてたか、居眠り。
「アンタと私と其処の魔法使い、三人を王様がお呼びよ」
「なんでまた?」
僕の問いに呆れたような表情を見せる。
「なんでー、ですって? ほんっとーに素晴らしい記憶力を持ってるわね。事前に散々言っておいたじゃないッ!勇者の件よ。勇者の件」
「ああ、あれか。なんか事前に面接がどうのこうのってやつ。面倒だから忘れたことにしてたよ」
殴られた。
広間を出て、観那と儚の後をついて行く。頻繁に王様の住居へ出入り出来るような身分ではない僕は、入り組んだ通路の何処が何処に繋がっているのかさっぱりわからないのだ。
扉を一つ越え、右に曲がり、二つ越え、三つ越え、左に折れ、数え切れないほどの扉を通過した所で、ようやく目的地と思しき部屋の前に来た。
他とは明らかに異なる作り。
一時の学習の成果で、僕とて魔法に関する知識はある。高密度の障壁に覆われているのが見て取れた。中に居る者の許可なく無闇に開けようとすれば、手首から先が無くなりかねないだろう。王様直々にお呼びが掛かったのだから、僕らは大丈夫な筈。
「それで、誰から入るんだい?」
「アンタ以外にいる?」
「ひー君が行くほかないっすよ」
うわー、虐めだ。数の暴力だ。
この二人を前にして、逆らうことが出来ない僕は、大人しく扉に手を掛け中に入る。
後手に扉を閉め、磨き抜かれた執務机に座る王様と対面した。
今年で四十五歳。食事の良さから成る、恰幅の良い体型。王冠は被っていないが、そんなものが無くとも、ある種の風格とでも言うべきものが備わっている。疲れを窺わせ、やはり眠そうではあったが、その視線は力強かった。
王様に机の前の椅子を勧められ、そこに着席する。
彼はゴホンと咳払いを一つし、話を始めた。
「久し振りだね。君は覚えていないだろうが、こうして一対一で会うのは君が赤ん坊の時以来かな?」
予想していたより、砕けた調子でそう切り出す。
僕は、まだ若い頃の王様に対面したときのことを確り覚えていたが、見に覚えが無いようなふりをした。
「あの時は、本当に吃驚したよ。魔王は封じたが、勇者は死んだという報告。それだけなら珍しくないが、身元不明の赤ん坊が発見された。今まで魔王は人間を攫うなんて真似は唯の一度もしなかった。王国始まって以来の珍事だよ。正直、不吉の前触れじゃないかと肝が冷えた」
僕にとっては不吉以外の何者でもない。
「実はね、君を勇者の護衛に付けろと命じたのは私なんだよ」
「そうだったんですか。何処の物好きが僕なんかを推薦したのか疑問に思っていたんですよ」
「迷惑だったかな?」
「いえいえ、とんでもない。身に余る栄誉です」
それは良かった、と微笑む王。人好きのする笑顔だ。
可能性を考えてはいたが、本当に余計なことをしてくれる。
「義理とはいえ君の両親も先代勇者の護衛だったからね。君の両親の推薦もあって、目を掛けていたんだ。君に異論が無いようなら、護衛役として参加して貰うことになるが、いいね?」
「わかりました」
僕の快諾を聞いて再び王は微笑んだ。
後々正式な連絡が行くから、それまで実家で待機していて欲しいと告げられる。
失礼します、と一礼して部屋を後にした。
廊下に出てみれば、儚が扉に耳を当てていたの丸出しで、観那は「非常識だ」と呟きながら、不快そうにそんな様子を眺めていた。胃が痛くなる光景だ。
喜色満面の儚が僕に声を掛ける。
「ひー君。目を掛けれらていたとは良かったっすね」
「嫌がらせかい? 儚」
「なんでそうなるのよッ!?」
「目立ちたくないからね」
儚がニヤニヤ笑い、観那は当惑した表情で「非常識だ」と呟く。非常に胃が痛くなる光景だ。
「さ、次は君らの番だよ。順番は好きにしたらいいさ。僕はもう家に帰るからね」
背後で上がる不満の声を無視して、足早にその場を歩き去った。
僕、道わかんないんだよな。
王宮の壁に宮内地図なんて、ないよね。
それにしても、目を掛けていた、か。
彼はどこまで僕のことを知っているのだろう。
独。肉体年齢十八歳。他人を癒せない聖職者。荒事解決専用の人員。
そして――異世界人。
僕という異端児の悪評――自分を癒す際にのみ発揮される異常な治癒の力――は教会という閉鎖的な狭いコミュニティーの中だけでのものだ。
教会は僕という汚点の存在を大っぴらにしたくないし、僕自身も目立ちたくない。双方の利益が一致していたのだから当然の帰結だろう。
最高権力者なのだから、この程度調べればわかることではある。実際、彼もご存知に違いない。
なら、何故、僕を推薦したのか?
両親の意見に突き動かされて……は有り得ないだろう。
聖職者枠なら観那がいた。魔法使い枠なら儚がいた。勇者枠なら剣君がいる。
例外的に用意された、僕の役割は何か。
僕に闘うことは求められていない。大抵の事は勇者単独で片が付く。外見の変化こそ無いものの、それほどまでに異世界が――正式なルートで訪れた――異邦人に与える加護は絶大だ。彼らを前にしては、僕にとっては雲の上の存在である、熟練の戦士すら霞んでしまうだろう。
故に、特殊な技能を持った補助役とお姫様以外のメンバーは同行しないのが原則なのである。足手纏いはいらないってわけ。
そうでありながら設置された、新たな枠。
僕以外の人間がその枠に該当しない理由は何か。
決まってる。異世界人でないから。それだけだ。
知る筈のないことを、王様自身が知っていたのか、誰かがリークしたのかはまでは分らない。
でも、この人選はそういうことで間違いないだろう。
そして、その目的は――
十数年集めに集めた情報と史実から見当は付く。
――魔王の討伐。
封印ではない。討伐。二度と復活させないということ。
勇者が魔王を倒すのに至らない原因は力不足ではない。
自分も死ぬからだ。
魔王を封印した勇者は使命を終え、元居た世界に帰ったといわれているが、それだってきっと嘘。
異世界人だって我が身が可愛い。
僕が此方で初めて目にした、一人を除いて一切の目撃者が存在しない、地下室の光景が雄弁に物語っているじゃないか。
だが、僕の仮定では、主原因はそれ以外にも存在する筈だ。
だってそうだろう? これだけじゃ、理由としては弱い。事実とするには脆い。脆弱すぎる。
自己を省みない――最早妄執に近いレヴェルで――正義感の強いタイプの勇者だったらどうなるんだって反駁に返す言葉が無い。
だから調べた。過去の記録を辿れば、そういう種類の勇者は皆一様に人類に反旗を翻していることが分る。
結果として、ある者は死に。また、ある者は消息不明。
何かがある。確実に、だ。
此度の勇者の道中を観察すればきっとその訳はわかる。
本当は陰から見張る方が良かったのだが、こうなってしまっては些細な相違だ。
思惑を、陰謀を、誰かの筋書きを許しはしない。
幕を引くのは僕の仕事だ。
人垣となった数多の勇者。
真相を知っている彼らは、僕を杞憂者だと哂うかもしれない。
だけど、だけどだ、やってみなければわからないだろう。
元の世界に対する郷愁。
元の世界にいるであろう家族や友人に対する恋慕の情。
耐難きは耐えた。
今更何を畏れることがある?
驕った存在を否定するのは、舞台の外からやって来た僕の仕事だ。
さあ、この傲慢な世界への復讐を始めよう。
...to be continued
区切りもついたので、初後書きです。
はじめまして……ですよね?
どうにかこうにか、一章、起承転結の「起」と「承」の一部に当たる部分を書き終わりました。
物語が始まるぞって雰囲気が皆無なのは、どうなんだろ。
さて、拙作は小説を書く事に関してはずぶの素人である私が、勢いに任せてガガガッと描いたシロモノです。
粗が目立つのは承知の上。
今後の糧として、誤字・脱字の指摘は勿論、厳しくとも、感想や評価など戴ければ、物凄い勢いではしゃぎます。
それでは「次章も宜しくお願いします」と挨拶もそこそこに後書きを締めたい思います。
ここまで読んでくださった方、本当に有難う御座いました。
青色眼鏡