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1-5

 閃光が収まり、陣の中心に出現した少年は不安そうな表情を浮かべていた。

 もう少し堂々としようよ。此処にいる人たちは、一部を除いて無条件にフィルタが掛かっているから問題ないけど、これじゃあ先が思いやられる。

 ま、こういう子だから誘いに乗ったんだろうけどさ。

 召喚された勇者は超美形ってこともなく、著しく醜いということもない所謂普通の少年だった。

 短髪。中肉中背。押しの弱そうな顔立ち。事実、その辺に転がっていそうな奴である。彼が異世界人だと言うことを証明するのはその服装。パーカーにジーンズなんて格好をしている奴はこの世界にはいない。特にパーカーの素材、ポリエステルは科学の発達していないこの世界には存在しないものだ。

 伝説の勇者サマの身分証明がポリエステルとは、ご立派過ぎて笑う他ない。

 刻印を残すとか、目の色を変えるとか、もう少し気を利かせてやればいいのに。

 どうせ逃げられない籠の鳥に意地悪してどうするってんだ。

 広間が大歓声に包まれる中、お姫様が勇者に口付け、隣に立って宣言する。

 勇者サマも顔赤くしちゃってまあ。僕ならその子はやめとくけどな。

「今、此処に、勇者の到来を告げるッ!」

 さあ、今度は宴が始まる。

 これから何日かはお祭り騒ぎだろう。

 社交性皆無の僕には辛い日々が始まるよ。



 儀式を行った広間がそのままパーティー会場になる、というのは実に効率的で素晴らしい発想だ。

 ありとあらゆる職種の人々が入り乱れ、口々に喜びを伝え合う。そんな乱痴気騒ぎ。

 才女の観那は各界の大物の下へ引っ張りだこ。

 この場に似つかわしくない、異端の僕と逸般人(アウトロー)の儚は騒ぎの中心を離れ、酒を片手に隅のほうで談笑していた。

「いやー、流石ひー君! 偉大なる勇者サマ召喚の儀式で、あそこまで舐めた態度を取るなんて何処のどいつかと思ったら、やっぱりアンタっすか!」

「儚こそ堂々とサボりなんて、大した度胸だね。一部の奴はきっと気付いてたよ?」

「問題なし! あの程度の連中にやられる儚様じゃないっす。それに、万が一の時はひー君が身を挺して助けてくれるっすよね?」

「…………」

「そこで黙るのはどうかと思うっす」

 いや、だって、ねぇ。

「ああ、惜しいなー。ここでひー君が格好良いこと言ってくれれば、私も落とされることを検討したのに」

「生憎と年下に興味はないよ」

「私とひー君じゃ、そんなに年齢変わらなくないっすか?」

 いいや違うよ。異世界滞在十数年。向こうに居た頃と併せれば僕だって結構な年長者だ。

「気にすることないさ。儚も結構可愛いんだから、僕なんかで妥協しなくても、適齢期になれば貰い手見つかるって」

 これでも一応褒めているのに、不満気な様子で儚は溜息を吐く。

「ひー君。期待はしてなかったけど、その反応はあんまりっす」

 うわぁ。観那の時同様また不味いパターンだ。

 話題逸らし。話題逸らし。

 話の種を探そうと視線を泳がせる内に、大勢の人々――特に女性――に囲まれる勇者が目に入った。使える。

「勇者さんは早くも人気者だね」

「……なんかやけに唐突っすね。ま、待望のヒーロー到着だから無理もないっすよ。今回は偶々召喚の間隔がが短かったけど、生きてるうちに一代見られれば良い方っすからね」

 勇者は客寄せパンダかよ。

「だからといって、これだけ盛大に儀式をするのも変な話じゃないかい? 別に今すぐ、というか何時まで待ったって、魔王が攻めて来るわけじゃない。故に勇者は庶民の生活とは乖離し過ぎている」

 魔王は人類を蹂躙しようとはしない。むしろ何もしようとはしない。

 完全なる無気力、無関心。

 ただ在るのみ。

 この世界の人々に言わせれば、魔王は存在そのものが害悪らしいのだが、余所者の僕からすれば納得いかない。別に勇者はいらないんじゃないかと思ってしまう。

 実際、魔王が復活したからといって、急激に世界が変わるわけではない。

 空に暗雲が垂れ込めたり、魔王城が出現したりといった劇的なことは一切起こらなかった。

 この広間の鍵が開く時、それが魔王の復活を知らせる唯一の変化。

 故に、田舎にいた僕は観那が来るまで、気が付きもしなかったのである。

 全く、可笑しな話だ。

 勇者が正義だと定義されるのは、対極の悪、即ち魔王が居るからだというのに。

「ひー君、この場でそういうことはあんまり言わないほうが良いっす。皆興奮状態にあるから、油断してると酷い目に――」

「おい! てめぇ、さっきから聞いてりゃあ言いたい放題じゃねぇかッ!」

 儚の言葉を遮って、僕に罵声を浴びせたのは甲冑に髭面の巨漢。

 怒りと酒のせいで顔が真っ赤だ。酒臭い息が僕の顔にかかる。

「ほら、やっぱりこうなったっす」

 やれやれ、という風に肩を竦め、儚は僕に責めるような一瞥をくれた。

「仕方ないじゃないか。僕は思ったことは直ぐ口に出すことを信条にしてるんだ。汝嘘を吐くことなかれってね」

「それでも空気は読むべきっす」

「儚、そんな矮小な価値観に捉われていたら人は大きくなれないよ。独立独歩の精神が大切なんだ」

「また屁理屈っすか」

「屁理屈だって突き詰めていけば理屈とそう変わらないものだよ」

「だったら、それで其の騎士さんを論破してみるっすよ」

 それだけ言うと儚は騒ぎの中に紛れてしまう。

 置いてかれたね。完璧に。なんて無責任な奴だ。

 儚が行ってしまっても、件の彼の怒りは収まらない。あ、そもそも根源が僕なんだから、儚は関係ないか。

「えーっと、じゃあ僕の主張の何処が気に入らないかを端的に述べてくれるかな」

「その糞生意気な面がむかつくんだよ!」

 対話不可能。

 生まれ持っての顔だから直せないのに。これじゃあ、歩み寄りようがない。

 さて、如何したもんかな。

 武器なしじゃ、僕の腕力でこんな筋骨隆々の大男に勝つことは無理。だからといって、大人しくぶちのめされて襤褸雑巾と化すのは却下だ。治るとはいえ、痛いのは嫌だし。

「あのぅ」

 僕が一人で煮詰まっていると、控え目な声がかかった。

 ふと、声の主に目をやると、そこにいたのはなんと勇者サマ。隣に儚が居る所を見ると彼女が連れて来てくれたのかな。恨み言言った上に脳内で君をボコボコにする予行演習を100回くらいやって悪かったよ。

「その人もきっと悪気があって言ったわけじゃないと思うので、許してあげてくれませんか?」

 一斉に僕らの視線が向けられたせいか、どこか居心地が悪そうに、ぼそぼそと言う。

 いや、悪気どころか悪意しかなかったんだけどね。

 それでも、喧嘩相手は収まらないらしく、僕には敵意を勇者には敬意を剥き出しにして反論しようとする。

「しかし、こいつは、勇者様を侮辱して」

「その辺にしておいた方が良いっすよ。まさか、勇者の御御言葉に逆らうつもりじゃないっすよね?」

「ぐ……わかったよ」

 騎士って奴は権威に弱い。僕を人睨みし、何時の間にか集まってきていた野次馬たちを乱暴に押し退け、彼は何処かへ去っていった。一先ず助かったみたいだ。

 はあ、それじゃあ僕は、この勇者に取り敢えずのお礼をしなきゃならないよね。一応、危機を救われちゃったし。

 舌を噛み切ってのた打ち回りたいくらい、嫌で嫌で仕方がないが、犬に咬まれたと思って諦める他ない。

 明日になったら、口内炎が山ほど出来ていそうで恐いよ。

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