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1-2

 聖職者の朝は早い。

 鶏が刻を告げるより早く起き、大聖堂で朝礼に出席しなければならないからだ。

 異端者で、落ち零れで、忌嫌われる僕であっても其処は、其処だけは皆と変わらない。叩き込まれた癖は劣等感と併せて簡単に抜けてくれないから。

 屋根裏部屋。睡魔を振り払うように、簡素な木製のベットから体を起こし、窓越しに外を見る。

 喉かな牧草地に水車小屋。

 厄介払いで、田舎の教会に放り込まれた僕。

 現状は変化せず。

「あー、またもや寝ても帰れず仕舞いか」

 ――今日も、腹立たしいくらいに世界は平和だ。


 たとえ其れが誰かの犠牲の上に成り立つものであっても、人は喜んで其れを享受する。

 遥か昔、この大陸が生まれたときから魔族の王――即ち魔王は在った。 

 何代になるかわからない大勢の勇者が屍を晒し、幾度となく魔王は封じられた。

 曰く、初代勇者は破魔の力を持った聖なる剣を振り翳し、一刀の下に魔王を封じた。

 曰く、二代目勇者は尋常ならざる魔力を行使し、一言の下に魔王を封じた。

 曰く、三代目勇者はその両方を兼ね備えていた。だが、心の弱き彼は力に溺れ人類に反旗を翻してしまう。人対勇者。多くの死者を出した戦いは人の勝利に終わり、裏切り勇者は野垂れ死んだ。

 曰く、曰く。繰り返し、繰り返し。

 僅な差異はあれど、本質的には変わらない。

 魔王の復活と共に勇者は召喚され之を打ち滅ぼす。打ち滅ぼそうとする。

 そういうシステムがこの世界には存在した。

 法則は揺るがない。規則は絶対。

 如何に強力な力を持っていても何故か勇者は魔王を封じるのみ。決して倒さない。何故?

 誰も疑問に思わない。おかしな話だ。

「――っと、こんなこと考えてると罰が当たるんだっけ?」

 此処は僕のような不敬者が管理しているとはいえ、紛いなりにも教会だ。

 信仰心の欠片も兼ね備えていない僕だが、一応の気遣いはしなければ。

「客人も来ることだしね」

 僕を手招きする暖かい寝床から体を引き剥がす。昨晩の内に井戸から汲み上げておいた水で顔を洗い、草臥れた簡素な法衣に着替えた。男の一人暮らしだ。朝の身支度なんてあっという間に終わる。

 昨日配達されて来た書簡によれば、今日は教会本部からの使者が来るらしい。

 面倒なことこの上ないが、対応だけはキチンとこなさなければなるまい。あんまり下手なことをして怒りを買ってしまえば、ぺんぺん草一本生えないような不毛の地に左遷されかねないのだ。今だって十分僻地に追いやられてはいるが。

 清廉潔白な教会。何人にも分け隔てなく接します。こんなものは表向きで、所詮は縦の社会なのである。

 ほんと、建前ばっかりの世の中だ。

「何人たりとも勇者を貶めることは赦されない」

 これも。

「……彼の者が勇ましいモノで在り続ける限りは、でしょ?」

 これも。

「よく出来ました。本部からの使者さん」

「当然じゃない。落伍者のアンタと私じゃ出来が違うのよ、出来が」

「嫌味な所は相変わらずだね。観那(みな)

「アンタこそ変わり映えしない間抜け面ね。(ひとり)

「おいおい、久しぶりの再会だ。昔みたいに『おにーちゃん』とは呼んでくれないのかい?」

「死ね」

 おっと、残念。



 老婆が死んで、男が死んで。

 何処とも知れぬ地下室に取り残された僕を発見したのは、男の仲間達だった。

 魔法が炸裂した馬鹿でかい音を聞きつけ、慌てて降りてきた彼等が目にしたのは剣と赤ん坊。

 魔法使いの少女。

 杖を構え、先陣切って降りてきた彼女は泣き崩れた。

 聖職者の青年。

 悲痛な表情でそんな彼女を支え、宥める。

 お姫様。

 鉄面皮。無表情。無感情。無感動。

 最後の最後で欠けてしまった男――勇者。

 残骸すら存在しない。

 ハッピーエンドは訪れなかった。

 彼等の物語は遺恨を残したまま幕を引かれる。

 僕は保護され、剣と一緒に王様の元へ届けられた。

 この時の僕の肩書き。魔王に攫われ幽閉されていた可哀想な子供。

 魔法使いの少女と聖職者の青年は結婚し、夫婦となった。

 若き夫婦は「勇者の忘れ形見だ」と僕を引き取ることを申し出て、無事に受理。

 僕も目出度く身元不明の異世界人から、魔王を封じた仲間達の息子へと格上げだ。

 妹の観那が生まれ兄となり、でも、人生そう上手くいきはしない。

 義母が教え込もうとした魔法は暴発し何故か僕の体を傷つけた。

 義父が教え込もうとした魔法は暴発し癒すどころか他人を傷つけた。

 何回やっても、全然、全く、成功しない。

 誰かが呪いだと言った。

 ほら、迫害が始まる。排除が始まる。排斥が始まる。

 都合の悪いことに僕は魔王の根城出身だ。

 義理の両親は謂れ無き誹謗、中傷から僕を庇おうとしたが、才能が無いのは事実。

 最終的には修行の名目で山奥の寂れた教会に放り込まれた。

 死物狂いで、血反吐を吐いて。数年間の努力の結果、僕が身に付けられたのは自分を癒す術と少しばかりの武術のみ。何時まで経っても、どれだけ試行錯誤しても他人を治癒することは出来なかった。

 事件鎮圧要因としての戦闘能力を買われ、なんとか第三種聖職者には踏みとどまっているが、教会内に僕を軽蔑する人間は多い。

 妹――観那もその一人。

 僕より年下でありながら、既に第一級聖職者の資格持ち。両親譲りの美貌も手伝って内外問わず高い人気を誇っている。

 優秀な妹と駄目な兄。

 彼女が僕を兄と呼ばなくなったのはいつ頃からだろうか。

 もう、覚えていない。

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