2-11
立ち込める煙を突っ切って、一足飛びに距離を詰める。
狙うはただ一人――蘇鉄だ。
この状況を打開するのに、やるべきことは単純。
無差別大量殺戮を行い、恐慌状態に陥ってるうちに、向こうの頭を潰してしまえばいい。もともとが寄せ集めで、大した意志も持ちあわせていない烏合の衆などそれですぐに瓦解するだろう。先頭において数は非常に重要な要素だが、統率されていない集団が相手ならやりようがないわけじゃない。というかあってくれないと死ぬしかないから困る。
炎の光で眼をやられ、忌々しげにうめいている蘇鉄の頭に、勢いのままに跳び蹴りを一発。
さすがにこれで即死とはいかず、吹っ飛びはしたが、まだ頭はくっ付いていた。脳みそを思い切り揺らしたので、すぐに立ち上がれはしないはずだ。さてどう料理してやろう。
周りは熱と焼け焦げた肉の臭いに満ちており、儚の魔術にもろに巻き込まれた人々は地面の黒いしみと化している。
呆然と立ち尽くす人の群れは、まだ目の前の事態を把握できていないようで、微動だにしない。奇妙なほどの沈黙の中にあって、子どもの上げる泣き声だけが虚しく響いている。
この状況。ダメ押しの一手を叩き込むなら今だろう。できる限り惨たらしく、一切の容赦はなしに殺してやる。
口の端を吊り上げ、右の拳を開け閉めする。
蘇鉄の傍へ寄り、すっと彼の胸に手を当てた。
「お前らぼさっとしてないで俺を助けろッ!」
まだ動けない蘇鉄の叫び声に応じて皆の視線がこちらへ向く。見せしめにはちょうどいい環境が整った。
「ヒール」
僕の掌から淡い光が漏れ、魔力が蘇鉄に流れ込んでいく。
治癒魔法のどこまでも白く暖かな光は、使用者がたとえ僕であっても変わらない。
蘇鉄は驚愕に目を見開き、周りの人間もただただ僕達を見つめている。
さてこの光景。彼らの目にはどう映っているのだろう。
敵味方問わず、傷ついたものに癒しを与えるのは理想的な聖職者の姿だが、はたして僕もそう見えていたりするのだろうか。
だとしたら、申し訳ないけれど、これはそんなに感動的な出来事にはならない。
「独、あんた……!」
これから起こることを知っている観那が咎めるように僕の名を呼ぶので、空いた方の手で親指をぐっと立てて返事をしておく。笑顔を添えるのも忘れない。
そろそろだろうか。
「ごふっ」
蘇鉄が血を吐いた。
眼球がひっくり返り白目を剥き、双眸から血が流れ出す。
がくがくと身体が痙攣し、狂ったように手足をばたつかせる。
起き上がって暴れられては台無しなので、胸を踏みつけ無理やりに押さえ込んだ。
「当たり前だけどさ、どこの世界に自分のこと殺そうとした馬鹿を助ける人間がいると思う?」
問うてやるが、まともな返事はない。
言葉ならない叫びが血の泡とともに零れ、彼が味わっているであろう地獄の苦しみを嫌がおうにも周囲に理解させる。
「もしかしてさ、助けてもらえるとか思っちゃった? だったらごめんね、そもそも助けたくても助けられないんだ」
僕の治癒魔法は人を癒せない。
軽い切り傷一つ満足に塞ぐことができず、その代わり身体の内側から傷つけることができる。僕の魔力が流れ込んだ蘇鉄の体内は、内蔵、血管、筋肉、骨――本来の治癒魔法なら治せるであろうありとあらゆる部位が蝕まれ傷つけられずたずたにされているはずだ
「もう聞こえてないかもだけど、僕も力が全てっていうあんたの考え方は悪くないと思うよ。でもさ、その理屈に従うなら、力がないあんたはすぐにこうなっちゃうよね。王家はお前みたいな屑を生かしておかないからね。残念だったね」
粘っこく嫌みったらしく、蘇鉄を嘲笑う。のぼせ上がった馬鹿の末路なんてこんなもんだろう。
「街の皆さんも、王家に逆らっちゃうと、こうなりますよ? いまならまだ同情の余地があるでしょうし、なんとちょうどここには我らが姫様がいらっしゃっていますから、忠誠誓っちゃった方がいいんじゃないですか。姫様は僕と違って慈悲深い御方なので、生活が苦しいなら直接嘆願すれば聴いてくれますしね」
そうですよね、と姫様に念を押せば、「ああ、約束しよう」と力強く応えてくれる。
これだけやれば十分だろう。
放っておいても蘇鉄は苦しみぬいて死ぬし、すでに見せしめとしての役割は全うしてくれた。
自分の作戦が功を奏したことを確かめるために周りを見渡せば、さっきまで調子付いていた街の連中は皆武器を置いて降伏する構え。蘇鉄の一味であろうちょっと柄の悪そうな人たちも呆然自失である。
なんとかなりそうでよかったけど、治癒魔法はすっげえ魔力食うし疲れるから早く休みたいところだ。
ため息を吐き、観那たちに声をかけようとすると、頬を引っ叩かれた。
「痛い」
「痛いじゃないわよ、馬鹿!」
観那は本気で怒ってるようで一仕事終えた僕に対する手加減など一切ない。
「あんたね。聖職者が治癒魔法で人を殺し、おまけにそれを見せしめにするなんて、何考えてんの!?」
「あれが最善策だったからそうしたまでだけど。実際上手くいったでしょ?」
「そういう問題じゃない! 人を癒す聖職者が、人を癒すための魔術で人を殺すなんて、あっていいわけないでしょう!」
「いいわけとかよくないわけとかそういう問題じゃなくない? 僕らも命かかかってたわけだしさ」
そうだよね、とばかりに儚を見やると、うんうんと頷いてみせる。
「観那さん、ひーくんの活躍なくして私達はここに立っていないわけっすから、あんまり責めるのはよくないと思うっすよ」
「あんたは黙ってなさい!」
「黙らないっすよ。魔術なんてただの道具なんだから、どう使うかは人の勝手っす。それに、ひーくんは結果的に私達の命を助けたわけっすから、ある意味聖職者らしいことをしたと言えなくはないっすよね?」
「罪のない人間を何十人も焼き殺したことの自己弁護でもするつもり?」
「向こうが武器を取って私達に危害を加えようとしたから、同じ事をしてやったまでっす。自分がやろうとしたことをやりかえされて怒るのは自分勝手って言うんすよ。私が責められる謂れはないっすね」
「まだ話し合いで解決できる余地だって――」
「あんた馬鹿ですか。んなもんないっすよ。姫様の言葉を聴く気になったのは、自分達が不利になったときに助かる可能性をちらつかせたからっす。そうでなきゃ、姫様を強姦するくらいはやってのけるっすよ、彼ら」
いままでになく冷たい声音で儚が言う。わあ、怖え。
観那の怒気もさることながら、儚もけっこう頭にきてるっぽい。
「平和的解決がお望みなら、それが出来るだけの力をつければいいんすよ。それなしで何にでも慈悲をかけようなんて、ただの自己満足っす。理想に生きるのは勝手ですけど、他人を巻き込んでやることじゃないっすね」
儚はそれだけ言うと、ふんと鼻を鳴らし、僕の傍にやってきた。
「ひーくん、お疲れさまっす。いやあ、やっぱりひーくんは最高っすね」
そう言って、僕をぎゅっと抱き締めてくれる。やわらかい。
「儚もお疲れさん。やっぱ頼りになるのは君だけだよ」
「それはお互いさまっす。私もひーくんがいなかったらどうなってたやら……」
珍しく素直な儚にちょっと感動していると、服の裾を引かれる。そちらに目線をやれば、千夏が僕を見つめていた。
「お兄さん、ありがとうございました」
ぺこっと頭を下げられる。
「えげつないもの見せちゃってごめんね」
確実に18歳未満お断りな感じだったしね。この子の今後が心配です。
「やり方はえげつなかったですけど、最低なやつら相手なのでしょうがないです」
「あー、もう手遅れだったか」
「ええ手遅れです。なので買主として責任とってくださいね」
「善処します」
ゆるいやり取りをしていると、不意に藤間くんが目を覚ました。
何がどうなったのか把握できていない様子で、目をしばたたかせる。彼の記憶はドラゴンを斬り殺したら人間だったわあどうしよう、ここで止まっているはずである。自分達を取り囲むようにして街の人がおり、少し離れたところには血反吐撒き散らして愉快な死体になった見覚えのない男(蘇鉄)がいるのだから、困惑しても仕方ないだろう。
手短に状況を説明してやると、一言「ああ、そうなのか」と呟き、何事かを思案し出す。
その態度はあまりにも冷静で平静で当然のようで、彼の中の何かが確実に変わったのを感じるくらいには異様だった。
人を斬ったことを忘れている、というわけではなさそうだ。となればなんだろう、ボスを倒してレベルが上がった、そんな感じなのだろうか。経験を積んだことで成長したというにはあまりにも急激な変化だ。勇者の力は精神にも作用するのかもしれない。
とすればぼくも――
「独」
そんなことを考えていると、不意に姫様に名前を呼ばれる。傍には観那が控えており、彼女らが僕に向ける視線は凍てついていた。どうも賞賛を送ろうって感じではなさそうだ。
嫌な予感がする。こういうときの直感は間違いなくあたるのだが、
「お主を不敬罪で拘束する」
やはりというかなんというか、僕もただでは帰してもらえないらしい。
「勇者よ、この者を捕らえるのじゃ」
言われて弾けるように動き出した藤間君に、抵抗する間もなく地面に押し倒される。腕を極められ身動きはとれない。馬鹿力でやられているものだから、間接が外れそう。しかし、命令から行動までの速さといい、やっぱり内面的な変化があったのは間違いなさそうだ。
「僕、そんなに悪いことしましたかね?」
「王家の名を騙って、好き勝手なことを吹聴するのは重罪じゃ。お主の言うとおり、ここでは王家が力あるものであり、法じゃからな。悪いが従ってもらうぞ」
「いや逃げ出そうにも逃げ出せませんし」
あちゃあ、そこか。後悔するも後の祭り。調子に乗りすぎたようだ。
勇者相手に勝てると考えるほど僕も馬鹿じゃない。今回の遠征でわかったこともあるし、いったん拘束された上で身の振り方を考えよう。そんなことを考えていると、首の後ろを強く叩かれ、あっさりと意識を刈り取られてしまう。
ああ、まったく世界は僕に冷たいよ。
ずいぶんと時間が空きましたが、数年越しに第2部完結ということで。
過去の文章で手直ししたいところは多々ありますが、先に進めることを第一にほそぼそやっていければなと思います。