2-10
勇者がいて魔王がいて魔法があって魔物までいるこの世界の戦いは、必ずしも量では決まらない。
とはいえそれは、一振りで数十の命を散らす剣技や一度に数百の人間を焦がす灼熱あってのものであり、もちろんそんな力を持っている人間は少ない。
僕ら5人の中でそれが可能なのは藤間君と儚。
そのうちの1人はショックで寝こんでおり、残る一人は完全な後衛型。
つまり、包囲された時点で詰んでいた。
観那が張った、急ごしらえの結界内に退避している僕らをぐるりと囲む混成軍の皆々さま。箱入りだった二人は町人が敵にまわるという事態に呆然としているし、さすがの儚もこの状況では表情が硬い。千夏はぼくの服の端をぎゅっと掴んでうつむいている。ぼくはぼくで、藤間君が起きてあいつら皆殺しにしてくれないもんかなあと拾った木の枝で彼の頬をつつくが、残念ながら反応はなし。まいった。
「なぜ」
震える声で姫様が言う。
「なぜ、彼らはこんなことをするのじゃ」
そりゃあまあ王家が絞りとるだけ絞りとるわりに、こんな辺境にはなんもしてくれないからでしょ、という言葉を呑みこ――もうとしたら、一人の男がぼくの代わりにそう答えてしまう。
「だからって盗賊の味方をしなくても……!」
「彼らがいなければ、私たちの生活は成り立たないんだよ。王家が私たちのことを助けてくれない以上、それが犯罪者だろうが頼る他ないんだ」
観那の訴えもばっさり斬られ、まわりからはそうだそうだの大合唱。
負けじと観那も切り返す。
「だけど! それは他の誰かを傷つけて手に入れたものでしょう!?」
言われた男が口ごもり、場の空気が一層緊張する。答えは決まっているし、それに納得してもいるが、いざ言い出すとなると躊躇わざるをえない、そんな間だった。
と、不意に包囲網の一角が割れ、そこから筋骨隆々の大男が姿を現した。
剃り上げた頭、眼帯、鋭い目つき、そして、この状況が楽しくて仕方がないというように歪んだ口もと。おそらくこいつが盗賊の頭なのだろう。どこからどう見ても悪人だよ、こいつ。
「まさしく、他の誰かだからいいのさ」
「どういう意味よ?」
にやにや嗤う頭に観那が食ってかかる。
「この街の人間でなければいいってことさ。俺達はこの街の人間は襲わない。代わりに外で人を襲ってそこで得たものをこの街にもたらす。たとえばそうだな、さっきあんたとおしゃべりしてた男の娘、あの子が病気に罹ったとき、薬を用意したのは俺達だと言ったらお前はどう思う?」
「……その薬だって他の誰かを殺して奪ったものなんでしょう。だったらそれは」
「それがなければその子は死んでいたとしてもか? 薬はこんなところまでほとんどまわってこない。あっても高くて手に入らない。駐留している聖職者は呼んだって来ない。そんな状況だったとして、君はあの子に『犯罪はだめだから諦めて死ね』と言えるのか?」
観那が口をつぐむ。
一方、ぼくは頭の話しぶりがけっこう理性的でびっくりしていた。
いままでぼくが始末してきたようなやつらとは明らかに違う。ついでに外見とも噛みあっていない。インテリか、こいつ。
「誰だって自分の命が大事だし、赤の他人よりも近しい人を優先するのは当たり前だ。まるで交流のない他所の人間がどうなろうが関係ないし、何もしてくれない王家の定めた法に従う必要なんて感じないのが普通だろう」
間違っているが間違っていない。だから観那は何も言い返せない。
「……それでも」不意にいままで押し黙っていた千夏がつぶやく。「それでも、あなた達は私のお父さんを殺したじゃないですか……」
「それは必要な犠牲というものだ。かつて王家の軍隊が他国に対してやったことを俺達もなぞっている。ただそれだけだ。君のお父さんは俺達を受け入れなかったから死んだ」
「そんなことが通るわけ……!」
「通らない。が、それは君が古い立場に固執しているからだ。変化の前後で正しさの規準は変わる。過去はともかく、今この場所を支配しているのは俺達だ。だから、許す許さないは俺達が決める。君に許してもらう必要はない」
子どもとはいえ、千夏は聡い。
たとえそれが承服できないものであったとしても、彼の言い分に彼なりの筋が通っていることはわかるんだろう。
今、この場は頭の言葉に呑まれかけていた。
えー、誰か言い返さねえのかよ、と一行のそれぞれを見る。ぶっ倒れている藤間君は戦力外だし、姫様も観那もうつむいたままだ。千夏は泣くのをこらえているのか、歯を噛みしめているためしゃべれない。最後に儚、なんだけど、彼女はむしろ僕がなにか言わないのかと言いたげにこちらを見返してくる。
ああ、うん、わかったよ。
まったく損な役回りだ。
腹をくくって口を開く。
「そうだね、あんたの言うことは正しいと僕も思うよ」
「それはどうも」頭が楽しげに言う。
「で、あんたが盗賊の親玉?」
「そうだ。自己紹介がまだだったな。俺は蘇鉄。ここらを支配する新しい王だ」
「あ、ご丁寧にどうも。僕は独。いちおう聖職者やってます」
ぺこりと頭を下げておく。
「だけどさあ、期待にそえなくて悪いけど、さっきの問い、僕は『犯罪はいけないことだから大人しく死ね』が正解だと思うんだよね」
「お前……!」
周囲の怒気が膨れ上がる。
「いやいや、さっきそこの人も言ってたけど、変化の前後で正しさは変わるんでしょ? あんたがどうかは知らないけど、僕らは王家――つまり変化前の側の人間なんだから、当然そう言うよ。法に従え、さもなきゃ死ね。原則は同じなんだ、わざわざ覚え直さなくていいから楽だろ?」
蘇鉄同様、僕も努めて口の端を曲げる。
誤解なく、僕がこいつらを嘲笑しているとわかるように。
「ああ、そうだな。だが、今ここを支配しているの強者は俺達だ。他所者であるお前らは、この街に滞在している以上、俺達の法に従ってもらわなきゃ困る」
「嫌だと言ったら?」
「力づくで従わせる」
「こっちには勇者がいるけど?」
「今は使いものにならないだろう?」
いやまあそうなんだけど。
「あんた、ここまでやっといてなんだかんだで詰めが甘いね。それだけ部下を信頼してるのか、あわよくば僕らを抱きこもうとしたのか、なんだか知らないけど、時間かけすぎ」
「あ?」
「ひーくん、時間稼ぎお疲れさま」
儚がそう言った直後、地面に巨大な魔法陣が浮かび上がり、発光。
結界の外で火柱が上がった。
ちゃっかり続きました