2-9
「すごい光景ですね」
「うん、まあね」
街に襲来した竜と勇者が戦っている。
住民はすべて避難し、残っているのは勇者一行と彼らを影ながら見守る僕と千夏だけ。
数少ない観客の間に緊迫感はない。
戦っている藤間君は色々と必死なのだろうが、僕らには結果が見えていたから手に汗は握れなかった。勇者が負けるかもしれないなんて、考えるのもあほらしい。
「あと何分耐えますかね?」
「さあ、五分くらいじゃないかな。そろそろ藤間君も覚悟を決めるだろうし」
もちろん、竜という生き物は強い。
吐き出す火炎は鎧を溶かし、人間など一瞬で灰に変える。
鋭い爪は鉄を裂き、有り余る膂力は易々と人体を叩き潰す。
鱗による防御は堅牢で、生半可な剣/魔法では傷一つつけることができない。
魔物の中でも最強クラス。
そんな化け物を、我らが勇者はひとりで相手取ることができる。それだけの力を持っている。たとえ初陣だろうが関係ない。戦闘経験の不足など圧倒的な基本性能差の前では屑にも等しい。
千夏の話を聞いたとき、僕は藤間君が生き物を殺せないと言った。
たしかにいまの彼は竜を殺せずにいる。
しかし、それがなんだというのだろう。
建物を薙ぎ払おうとする竜の尾を剣一本で阻み押し返す。振るわれた腕はご丁寧に爪だけ斬り飛ばして回避。自分に向って放たれた灼熱は不可視の力場で無効化。ここまで隔絶した性能差を見せつけられるとむしろ竜が可愛想になってくる。
結末は火を見るより明らかだ。
藤間君が僅かでも勢い付けば容易く竜は死ぬ。
いまは一歩を踏み出しあぐねているだけ。さっきから必死で行っている呼び掛け(「もうやめろ」「勝てないのはわかっただろう」などなど選り取り見取り)もそろそろ効き目がないと悟るだろう。
戦いが始まってから早十数分。
藤間君の表情は険しいが、それは精神的な負荷によるものだ。怪我がないどころか息すら切れていない。
「お兄さん」
「ん」
「さっきから勇者さんの体がぶれて見えるんですが、これって私だけですか?」
「いや、僕も彼の動きははっきり捉えられないよ。これでも武闘派聖職者で通ってるんだけどなあ……。自信失くしちゃうよね、まったく」
いよいよ覚悟を決めたのか、藤間君の剣が光り輝く。まさに必殺技という雰囲気。
竜が憎々しげに咆哮する。びりびりと空気が震えるが、その迫力もいまや虚しい。
ああ、うん。
この一件は勇者におんぶにだっこでなんとかなりそうな気がしてきた。アウェーだろうがなんだろうが、藤間君ひとりで全部蹴散らしてくれるだろう。深刻ぶっていた自分が馬鹿みたい。敵がどれだけ策をめぐらそうと、それを根底からひっくり返してしまうような存在がいる僕らに負けはなかったのだ。
勇者が剣を振り下ろす。
儚が何かを叫ぶ。
轟音ともに視界が真っ白になる。
断末魔の声が徐々に小さくなり、竜が完全に息絶える。
光が収束する。
視界が元に戻る。
竜が聳えていた場所には、体を縦に断ち切られた男が倒れていた。
藤間君がその場にくずおれる。
やられた。
そう思う他なかった。
藤間君が殺したのは魔術で竜に化けた人間。つまり、僕らは彼に人殺しをさせてしまったのだ。それも覚悟が伴わないままで。
竜化の魔術は相当な高等技術だ。使い手はほとんどいない。だから無意識のうちに安心しきっていたのだ、あれは魔物だから大丈夫だろうと。
まんまと罠にかかってしまった。
焦げた臭い。痙攣する肉体。貼り付いた苦悶の表情。
それらは藤間君の心を折ってなお余りある衝撃を与えただろう。
いまの彼は腑抜けだ。
いかに勇者が強くとも、それは肉体面の話。藤間君の精神面までは神様も責任を持ってはくれない。立ち直れないことはないだろうが、いますぐにというのはいくらなんでも不可能。どうしたって時間がかかる。もちろん、僕らの敵は彼が復調するのを待ってくれるような相手ではない。たたみ掛けるなら間違いなくいま。
「ひーくん!」
儚が焦った様子で僕を呼ぶ。
千夏と共に隠れていた路地から出て、戦いによって少し拓けた通りで儚たちに合流。
姫様と観那は放心状態の藤間君を必死に起こそうとしているが、おそらく効果はないだろう。となると、戦えるのはたった三人――僕、儚、そして観那。
「やっぱり囲まれてる?」
「街の周囲をぐるっと。数は数百人規模。住民と盗賊の混成軍っすね」
「住民の方は素人だろうから問題ないとして、盗賊をどうするかが問題か。竜化が使える魔術師なんて化け物がいるのは本当に予想外だった」
「そうっすね、この分だと敵の戦力は過大に見積もった方がよさそうっす。他にどんな規格外がいても不思議じゃないっすよ」
もはや生き残れる気がしない。
たった一人しかいない前衛が僕という時点で詰んでいる。補助・攻撃の後衛は優秀でも、僕一人では前線を維持できない。単純な実力不足はもちろん、昨日から一夜明けたお陰でだいぶ回復したとはいえ、僕の魔力はすぐに底を尽きるだろう。儚という巨砲があっても、これでは宝の持ち腐れだ。
普段なら「仲間のピンチに立ち上がる勇者」という想像は僕を不快にさせるが、このときばかりは藤間君を応援したくなってしまう。
さて、どうしたもんか。
ほそぼそと続きます。