2-7
「あんた最低! ばっかじゃないの!」
「こんなちっちゃな女の子を買うって……」
「勇者の仲間が犯罪の片棒を担ぐとは。父上も存外人を見る目がないのぅ」
上から順に、観那、藤間君、姫様。
女の子を買うことにしました、という僕の宣言を受けて皆が見せた反応は、怒りや軽蔑を通り越し、呆れに近かった。
ま、無理もない。
僕だって藤間君が「この子を買うことにした」なんて言い出したら、大喜びで槍玉に上げるもの。「勇者が幼い女の子を買ったぞー、蛆虫にも劣る最低の変態野郎だー」ってさ。
あの後、晴れて女の子の保護者になった僕は、宿に通された勇者一行に合流することにした。ところが、街の人間から勇者一行だと思われていない僕(おまけに子連れ)が賓客滞在中の宿に入るのは一苦労。おかしな奴だと勘違いされて騒ぎになりかけ、仕方なく正攻法を諦めて云々し、どうにかこうにか彼等のいる部屋まで辿り着いた時には、溜まりに溜まった疲労も手伝って、もう指一本動かしたくないくらいにまでなっていた。
とはいえ、連れている女の子の素性を説明しないわけにはいかない。
本当の購入動機を隠したかった僕は、確実に厄介事になるのを予期しながらも、そこを伏せいいかげんな事を言うことにした。そして、結果はやっぱりこの様。罵詈雑言の嵐である。
信頼ねぇなあ、僕。
「あんたね、自分の職業忘れたの? 聖職者よ、聖職者。いくら落ちこぼれでも、こんな真似するなんて、ほんと信じらんない!」
ばっくれた自分が悪いとはいえ、妹に言われるのは結構傷つく。
ていうか、身内にまじで人身売買すると思われる僕の人生ってなんなんだろうね。
「あんたがこんなことしたって、父さんと母さんに何て伝えればいいのよっ!」
「観那さん……」
「最低の屑じゃな」
正に四面楚歌。
僕の株大暴落。
観那は怒りつつも僕の行為に本気でショックを受けてるし、姫様は僕をゴミでも見るような目付きで見てるし、藤間君は――やっぱり「これが、異世界の厳しさ」とでも思ってんのかね。異世界なんてそんなもんだよ。さっさと夢なんか捨てちまえっての。
そんな中、儚だけは僕を責めるでもなく弁護するでもなく、ただニヤニヤ笑ってこの状況を静観していた。こいつなりに何か考えがあるんだろうが、とりあえず後で殴ろう。
皆がヒートアップしていく中、僕は唯一の味方である女の子に小声で話しかける。
「いやー、うん。なんていうか、やばいね、僕の立場。超ハンパねぇよ」
「……ハンパ、ねぇ?」
「異世界語だから気にしない」
「ああ、お兄さんは立場どころか頭も駄目な人なんですね」
「返品してもいいかな?」
「駄目ですよ。責任は取って下さい」
溜息を吐く。
「めんどくせぇ」
僕に反省の色がないことを悟ったせいか、観那の怒りはさらに激しさを増している。姫様の視線は冷たくなる一方だし、藤間君まで何か僕のことを軽蔑し始めてるっぽい。
どんどん不味くなる状況。
この分じゃ、直に爆発するだろう。
「大体が『ムラムラしたから買った』なんて言うからいけないんですよ。保護でも何でも、もっとマシな言い様があるでしょうに」
「だって、それくらい言わないと仲間から追い出されないじゃん」
「お兄さん、そういう嗜好があったんですか」
「嗜好って言うか、そうしなきゃやってけないからさ。つまり、最早必然なの」
「このド変態ッ!」
「…………」
「あれ、悦ばないんですか」
「悦んで欲しいの?」
「いいえ、それは困ります」
心底嫌そうな様子。
だったら言うなよ。
今度は女の子が溜め息を吐く。
僕に買われて、生活が安定するかと思いきやこれだもんな。無理はない。ちょっと可哀想だけど、我慢してもらわなきゃ。情報とやらをを聞きがてら、後で食事くらいはきちんと宛がってやろう。
「ちょっと、独! あんた私の話聴いてんの!?」
僕と女の子が話している間に、とうとう観那の怒りは限界突破したらしい。ここまで起こっているのを見たのは本当に久しぶりだ。
「ま、まあ、観那さん。いくらなんでも、独さんだって考えあっての行動ですって。ですよね?」
「そりゃあ勿論。決まってんだろ。大きい子より小さい子の方がいいなー、とか僕もいろいろ考えた上での行動さ」
慌てた藤間君がナイスパスを繰り出す。
待ってましたとばかりに僕はゴールを叩き込む。
これぞ感動のフィナーレ。
凍り付いた空気に溢れる涙が止まらない。
さらば勇者様御一行。
今の今までありがとう。
僕は独りで生きて行きます、これからも。
*
「あー、くっそ、体中痣だらけだ。めちゃくちゃ痛いぞ、これ」
観那に杖でしこたま殴られたせいで、全身がずきずきと痛む。魔法が存在するこの世界じゃ、後衛専門の観那の打撃だってかなり堪えるのだ。おまけに手加減なしだからやってられない。
ボコられた後に、晴れてクビを言い渡された僕は、観那たちの妨害に負けじと女の子を奪い去り、無事脱出。咄嗟のことで藤間君が反応出来なかったのは本当に助かった。勇者とガチンコするなんて真似は絶対にご免だ。僕じゃ一秒も持たないっての。
そんなこんなで、今僕らがいるのは、とある酒場兼宿屋の一室。ついさっきまでいた部屋ほど豪華じゃないが、最低限の衛生は確保されているし、食事だってそう悪くはない。その分ちょっと高いけど……ま、少しは贅沢したっていいだろう。こんな様だが、僕とて立派な社会人だ。多少の持ち合わせくらいはあるのである。
今は、小さなテーブルに女の子と向かい合って座り、並べられた食事をかきこむ彼女をぼーっと眺めている。女の子は余程お腹が減っていたのか、食べる食べる食べる。小さな体のどこに入るんだってくらいの量を詰め込み続けている。僕はといえば、そんな彼女の様子を見ているだけで満腹になってしまった。実に勿体無い。
「さて、と」
女の子が食べている間に、やれることはやっておこうと椅子から立ち上がる。
聴力を強化――床に耳を付け、音を探る。
足音から察するに、この店の主人を除いて、周囲に人はいない。街中が勇者様歓迎会で手一杯というわけだ。これから内緒話をする僕らにとっては、都合の良いことである。念の為辺り一帯に魔力をばら撒き、警戒は怠らないようにしておく。体調最悪で、ここまで気が利けば上出来である。
元々カスみたいな魔力量しか持たない僕は、さすがにこれでガス欠。全身の打撲治療は明日まで我慢する他ない。平々凡々な僕では、観那や儚のようにはいかないのだ。ちくしょうめ。
「ごちそうさまでした」
そうこうしている内に、女の子の食事が終わった。
膨らんだお腹を満足気に叩きながら、幸せそうな顔をする。
「何日くらい食べてなかったの?」
「二日振りです」
随分とハードな生活だ。
僕も修行期間中に一週間食事抜きとかやられたっけ。一緒にいた同期のやつらはちゃんと食べてたみたいだから、明らかに虐めだよな。
「よし、それじゃあ、一心地ついたところで、自己紹介といこうか。よくよく考えたら、まだ君の名前も訊いてなかったもんね」
「生憎と私に名前はありませんけど」
「………………あー、路傍の石に名前なんていらないもんな」
「その通りです。お兄さん」
随分とネガティヴだな、おい。
「でも、今はそれだと不便なんだよ。何なら僕が適当な名前付けてやろうか?」
「遠慮しておきます。お兄さんの適当はテキトーの間違いでしょう。酷い呼ばれ方をするのは嫌ですから、自分で付けますよ」
「そいつは残念」
色々良さそうなのを考えてたのに。
「私は自分の名前を考えていますから、その間にお兄さんが自己紹介していて下さい」
「お前聞く気ないだろ、それ」
「滅相もない。ただ、短い付き合いとはいえ、お兄さんのことはもう随分理解しているつもりですから、そんなに身を入れて聞くまでもないかと」
「僕ってそんなにわかりやすいか」
「ええ、重度の変態で重度の捻くれ者ですよね」
「後ろはいいとして、前は何だ」
「違うんですか? わざわざ自分の妹に罵倒されたがるなんて、余程倒錯した趣味の持ち主なんだと思いましたけど」
おいおい、なんて誤解だよ。
「いや、あれは僕にも一応考えがだな」
「わかってます。冗談です」
ふふん、と女の子が笑う。
うぜぇ。
こんな子どもに嘗められるなんて、僕も丸くなったもんだ。
誰が主人か教えておく必要があるな、これは――って、ん?
「なんだ」
部屋の傍に何者かの気配がある。
本当に微弱だが、間違いない。
僕の撒いた魔力に感知されないよう、自身の魔力で隠蔽しているようだが、身体的な存在感は隠し切れていないようだ。呼吸や衣ずれによる僅かな音が聴こえている。
つーか、この感じは。
「儚じゃないか」
「やっぱりばれちゃったっすね」
扉を開けて謎の気配の正体――儚が部屋に入って来た。
おさげを弾ませて、なんだかやけに楽しそうな様子である。
こんなところで何やってんだ、こいつ。
歓迎会はどうしたよ。
そんな僕の考えは余所に、儚は、
「話は聞かせてもらったっす。その名付け、この儚様に任せるっす!」
と素敵な笑顔と共に、女の子をビシッと指差して吠えるのだった。
4か月ぶりの更新です。
これからもゆったり頑張ります。