2-6
勇者様御一行は街の人間から歓待を受けた。
めかし込んだ街娘たちが藤間君をぐるりと取り囲み、その一挙手一投足に黄色い歓声を上げる。輪の中心にいる藤間君は照れ臭そうに笑いながらも、まんざらではない様子。有名人気分ってわけ。
勇者召喚はこの世界の人間にとってかなりの関心事だ。だから、王都で行われた<帯剣の儀>でもそうだったように、それはある種の祭りへと発展する。どこぞのスターが来日、といった感じだろうか。勇者は謂わば芸能人の様な扱いを受けているのである。
召喚されてすぐ、王都の周辺部からは勇者を一目見ようと人が大挙して押し寄せた。これが辺境ともなれば、中々目にすることがない勇者への注目度は自然と増す。そうやって出来あがったのが、この人混みというわけだ。
あー、羨ましい。路傍の石も同然な扱いの僕に少し分けて欲しいね。
そんな中、姫様やその他の女性陣も、街の人間から熱い視線を注がれていた。綺麗所が集まっているのだから、当然そうなるのも頷ける。美しい女性に男が群がるのは、世界を超えても通用する普遍的な価値観ということらしい。
僕同様に寝不足な儚も、腑に落ちないものを感じているらしい観那も、ここは一先ず人々の期待に応えることにしたようだ。
そうやって、自分を除いた面子がきゃーきゃー騒がれている間、手持無沙汰な僕は睡魔と格闘しながらボーっと立ち尽くす他ない。
というか、明らかに僕は勇者様御一行だと思われてないよな。
通常なら四人編成なのだから無理もないけれど。
「駄目だ。暇で暇で死んじまう……」
「だったら、私と遊んでくれませんか?」
僕がこぼした愚痴に反応が一つ。
疲れきった僕の幻聴でなければ、背後から聞こえたのは小さな子どもの声だった。
「勇者のお兄ちゃんにお願いしなよ」
相手の方を振り返りもせずに、しっしと追い払う動作をしてみせる。
いくら暇だからって子どもの遊び相手なぞご免だった。
「お兄さんがいいんです」
「僕なんかと遊んだってつまらないよ? 勇者みたいに凄い力を持っているわけでもないし、おまけに酷く疲れてるからね。勇者に頼めば分身くらいは見せてくれるかもしれない」
適当なことを言ってあしらう。
それでおしまいかと思ったのだが、
「勇者はきっと私の相手なんてしてくれません」
なーんて、拗ねたような調子で返されてしまう。
「どういうことかな?」
「駄目な私には駄目なお兄さんがお似合いということです」
ひょっとして僕は馬鹿にされているのだろうか。
というか僕はそんなに駄目な奴に見えるのだろうか。
ちょっと凹んだ。
「あのね」
面と向かって人に悪口を言ってはいけません、言うなら本人のいないところでこっそりやりなさい、と教えてやろうと振り向く。
そこにいたのは案の定子ども。
十歳くらいだろうか。無地の班袖に短パンという装束、小奇麗な顔をしているせいか、性別は不詳。そして――全体的に薄汚れていた。
「ついさっきまで外で遊んでた?」
「本当にそう思います?」
いや、思わない。
棒切れのように細い手足や、こけた頬から普段の生活は一目瞭然。
頭の天辺から爪先まで、じーっと観察する。そんな僕を真っ直ぐ見つめ返してくる。
「へえ、豊かな街だと思ってたけどね」
「豊かな街ですよ。少しの例外がいるだけで」
「いやいや、本当に豊かなら、君みたいに可哀想な子どもを放っておかないだろう?」
「お兄さん、ここは辺境ですよ? 王都の人間の高潔な精神が田舎者にまで当て嵌まるなんて思わないでください」
随分ヒネてるなあ。
この年でこれじゃあ将来が心配だ。
思わず溜め息を吐いた。
「それで。憐れな哀れな子羊ちゃんは、この僕になにをご所望なのかな。まさか本当にただ遊びたいだけなんてことはないだろ?」
「ええ、勿論です神父様」
挑むように僕を見る。
幼い容姿には似合わないシニカルな笑みを湛え、
「私を買ってくれませんか?」
そう言った。
身売り。
この内容は概ね予想通りではあったけれど、よりにもよって僕がその買い取り先に選ばれたというのがわからない。見るからに金を持っていそうな奴ならもっと他にいるだろうに……。
「生憎、僕は大してお金を持っていないよ」
「一緒にいて、養ってくれさえすればそれで構いません」
「それだって他を当たった方がいいんじゃないかな。はっきりいって、僕は君が言った通りの駄目な奴だぜ?」
「出来ることなら私もそうしたいんですけどね。お兄さんじゃなきゃ、私を買ってはくれませんから」
「悪いけど、僕だって君を買う気はないよ」
もうこれ以上、足手纏いを増やすつもりはない。
そういうのは姫様で十分。
だというのに、この子の余裕は崩れない。
「いえ、必ず買いますよ」
「どういうことかな? 僕はこれでも神父だからね。いくら君が可哀想な子だとしても、率先して人身売買をするつもりはないよ」
勿論、完全に嘘。
利益がないからやらないというだけ。
立場なんて後付けの理由に過ぎない。
むしろ本当に慈悲深い聖職者なら、自らの立場を投げ打ってでもこの子を助けるべきなんだろう。僕が今まで見てきた連中の中にはそんな奴は一人もいなかったけど。
「お兄さんが私を買えば、私が持っている情報を知ることが出来ます」
「情報?」
「例えばそうですね。『この街の秘密』とか」
なるほど、そういうこと。
確かにこの街に秘密があるのは間違いない。
後ろ暗いものがあると勘繰っている僕にとっては非常に魅力的な提案ではある。
とはいうものの――
「それってさ。君にとってはかなり不利な提案じゃないかな?」
「そうですね。私が提示できる利点はお兄さんに情報を話した時点で失われてしまう。土地勘を情報の中に含むとしたところで、お兄さんがこの街を去る段階でそれも完全に失われてしまうでしょう。私を保護する意味がなくなったとき、お兄さんが私を見捨ててしまわない保障はどこにもありません。これは、私とって端から非常に不利な取引です」
「ご明答。じゃあ、そこまでわかったんだ。僕が言いたいこともわかるよね?」
「そこまでしてお兄さんに取り入る理由がわからない。もっと言うならば、どう考えても怪しい、これはあなた方を陥れる罠かもしれない、そんなところでしょうか」
「正解」
最近の子って頭良いんだなあ。
もしかすると、栄養不足で発育が不良なだけで、実際はもっと年齢が上なのかもしれない。
「じゃあ、逆にお兄さんに質問です。私がそこまでしてお兄さんに取り入る理由はなんでしょうか?」
今すぐに保護者を手に入れなければならない理由。
僕が保護したこの子を守らざるを得なくなる原因。
「差し迫った危機――それも僕まで巻き込まれるようなドでかいやつがある、とかそんな理由かな?」
大穴で、色香を用いて僕を籠絡する自信があるとかそんなところ。
「ご明察です、お兄さん」
どうやら、僕の答えはこの子を満足させられたようだ。
「さて、御聡明なお兄さんのことですから、どうすることがお互いにとって一番良い結果をもたらすかはわかりますよね?」
得意気な笑みを浮かべたまま、僕に問い掛ける。
自分の勝利を確信した表情。
うへぇ、こりゃ完敗だ。
「負けたよ。君を買おう」