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一般人ボコって調子に乗ってたら、自分より遥かに強い奴にヘコまされた。というのが、つい昨日の夜、我が身に降りかかった出来事である。実に格好悪い。
誰が悪いかって、勿論、勇者が悪いんだが、僕はこの苛立ちを直接本人にぶつけるわけにはいかないから困ったものである。だからこそ、これまでの道中僕は多大なストレスを溜め込む羽目になったわけだし、だからこそ、昨夜のような行為に走った。おお、ひっでぇ悪循環。兎にも角にも、勇者という精神不安定剤のお陰で、僕の心はすっかり荒みきっていたのであった。
「ひー君」
「なんだい、儚」
「いつになったら次の宿に着くっすか?」
「宿どころか目的地が間近の筈なんだけどね」
「ひー君」
「なんだい、儚」
「魔法って全然使えないっすね」
「そんなもんさ」
「ひー君」
「なんだい、儚」
「目が死んでるっすよ」
「君だって同じだろう」
「ひー君」
「なんだい、儚」
「朝日が眩しいっすね」
「そうだね。眩しいや」
眠らないように眠らないように。とずるずる会話を続けて、ようやく朝日が昇る時刻となった。濁った僕等の瞳に容赦無く陽光が射し込む。頬を熱いものが伝うのは、現状への嘆きなどではなく、ただ眩しいからだと言い聞かせた。言い聞かせないとやってられない。
昨晩思いっきりはしゃいだ後始末で体力を消費し、僕も儚も体力が底を尽きかけていた。
全身にこびり付いた体液を落とし、服を着替え、何事もなかったことを演出する。
言葉にすればそれだけだが、これが案外大変なのである。
徹夜生活四日目。
ぶっちゃけなくてもそろそろ限界だ。
「――――とか深刻に考えていたのがつい数時間前のことだとは思えないよなー、ほんと」
目の前に出来た黒山の人だかりをボーっと眺めつつ、一人ごちた。
ゆうに百を超えるであろう人間が勇者様とお姫様を取り囲んで、きゃーきゃーと騒いでいる。五人編成の勇者様御一行だけじゃ、どう頑張っても生まれない光景。
ということは、ということは、だ。
現在地=目的地。
信仰心なぞ欠片も持ち合わせていない僕だが、今回ばかりは現代人の癖でつい天に感謝してしまった。そのくらい嬉しかった。
神様、ありがとうございます。ついでに、僕を元の世界に還してその勢いで死んでくれ。
「独」
観那が咎めるように僕の名前を呼んだ。
「あんた、なに考えてる?」
あれ、罰当たりなモノローグを読まれたかな。
「これで温かい布団で眠れる」
脛を蹴られた。痛い。
「そんなことを訊いてんじゃないわよ、バカ! 私が言いたいのは、この街が平和過ぎないかってこと」
「平和が一番だよ」
「ええ、そうね。でも、だったらなんで王様は私達を此処に送り込んだのよ?」
権力者の気紛れって答が正解なら幸せなんだけど、そうもいかないのが現実だ。
生まれてから何度目になるかわからない溜息を吐いた。そろそろ仕草が堂に入ってきた気がする。嬉しくないけど。
ようやく辿り着いた目的地は、辺境にあるにしては随分と規模が大きかった。村というより街と形容した方が良さそうな大きさである。こういうときこそ、現代人らしく東京ドーム何杯分って単位を使おうかと思ったが、そもそも僕は東京ドームの大きさを覚えていないことに気が付いた。残念。
ちょっと脇道にそれたが、要するにでかいのである。不自然なほどに。
この地域が何故放置されたのかといえば、それは魅力がないからだ。農産物が豊かに採れるわけでもなく、鉱物等の資源が潤沢なわけでもない。おまけに位置は王都から遠く離れている。つまり、将来性が見込めなかった。だから、無視された。
しかし。
今、ここには街がある。
王都との交流もなしに、独力でここまで発展出来るとは考えられない。この異常な成長には、必ず「誰か」が関与している。そして、その「誰か」はほぼ間違いなく、昨晩の襲撃者を送り込んだ連中だろう。
隠さなければならないような、後ろ暗い「何か」がある。
僕らがこの地で為さなければならないことは、その「何か」を暴き、「誰か」を始末することである。
で。観那が疑問に思ったのは、それにしては街に活気が有り過ぎないかって事だろう。
僕も街に入ってすぐに歓待を受けたことに不自然さを感じてはいた。本当に平和なら勇者を送り込む必要はない。査察だけなら、適当な人間を数人送れば十分なのである。
勇者を起用するということは、武力を奮わなければ解決が困難だということだ。なのに、この街にはその相手がいる気配がしない。
明らかな不審。その陰に敵がいる。
観那はそう言いたいんだろう。
僕もそう結論して終わりにしたいんだが、どうにも納得がいかない部分があった。
昨晩の襲撃者のことが引っ掛かっていた。
普通な思考の流れをすれば、「何か」が露見するのを防ぐために僕らを亡き者にしようと目論んだことになるのだが、これではどうもおかしい。
消そうとした相手は只の人間ではなく――勇者だ。
勇者の圧倒的戦闘能力は周知の事実だ。誰をけしかけたところで、ほぼ百パーセント返り討ちに遭うことなど子供でもわかる。昨日僕が殺した連中は、僕らが勇者様御一行だと教えられていなかったに違いない。でなければ、いくら金に困っていたからといって、こんな無謀な話に乗る筈がないのである。
万に一つでも成功の可能性があるとすれば闇討ちだが、素人集団を利用した時点で、それに賭けていたとは考えられない。
つまり、絶対に失敗する襲撃を敢えて行ったことになる。
それは自分達の存在をわざわざ僕らに教えたということに他ならないだろう。
敵の得体が知れない。敵が何を考えているのか読めない。
実に嫌な展開だ。
勇者がいる以上、正面からの戦闘ならまず負けないが、絡め手だったらどうなるかはわからない。勇者は最強だが、藤間君本人はただの学生だ。つけ入る隙は幾らでもある。僕らをここまで招き入れたということは、天下無双の勇者に打ち勝つ術があり、敵はそこに賭けている筈だ。
十中八九、何かが起こる。
あけすぎです。おめでとうございました。
三か月以上更新がありませんを未然に防ごうってことで久々の更新です。相変わらず遅筆です。すみません。
第二話は「陰謀渦巻く辺境編」
場面転換や説明が多い回だったので、わかり難ければそう指摘して頂けるとありがたいです。
青色眼鏡