2-4
消えて欲しい。
死んで欲しい。
そして、僕は帰りたい。
頭骨を砕き、脳髄を砕き、それで頭部が砕けた。首無しになって一人が死んだ。
筋肉を貫き、肋骨を貫き、それで胸が貫かれた。串刺しになって一人が死んだ。
頸椎が潰れ、顔面が潰れ、それで顔が陥没した。挽き肉になって一人が死んだ。
どれもこれも僕がやったこと。
一人目は認識が追い付かないまま殺された。
二人目は立ち向かったが力及ばず殺された。
三人目は痛めつけられた挙げ句に殺された。
どいつもこいつも僕が殺した。
戸惑うわけがない。躊躇うわけがない。日和るわけがない。
そんな余裕はない。そんな余地はない。そんな猶予はない。
僕には度胸がない。僕には勇気がない。僕には覚悟がない。
何処の誰でも殺せなければ死んでしまう。
だから出来た。だからやった。
必要悪だから。必然悪だから。
手段は二の次。結果が最優先だ。
道を選べるのは強者の特権。
道を選べないのは弱者の力。
僕は弱者だ。選ばない。
死にたくないから誰かを殺せる。
死にたくないから自分を殺せない。
死にたくないから誰かを赦せない。
死にたくないから自分を赦せる。
手前勝手。自分勝手。自由勝手。
何もかもが間違っている。
だけど、
何もかもが噛み合っている。
消せばいい。
殺せばいい。
それでも、僕は帰れない。
殺人現場に漂うのは、当然濃密な金属臭。
血で死を洗うことは出来ない。
つい先程まで男達が放っていた臭いは、転がる肉塊が放つ死臭によって塗り潰されていた。幸いにも今日は風の無い日らしい。日中はうんざりしたが、御蔭で助かった。
「あっちゃあ……。ちょっと調子に乗り過ぎたかな」
全身にべっとりと塗りたくられた、まだ生暖かい返り血と脳漿。それは、しつこく纏わりつく人殺しの証にして生命の残り香。後先を考えずに暴走した代償とも言う。
実際、困った。
真っ赤な格好のままで残してきた三人の前に行けば、僕の人殺しが発覚してしまう。全身赤く染まっているからといって、「季節外れのサンタクロースだよー」なんて言い訳はまず通用しないだろう。いや、そもそも此処にはそんな概念が無いか。
兎に角僕は、とっ散らかった一帯を始末する術を考えなければならない。ふむ、暗い中で思案。正に暗中模索である。ちょっと上手いこといったかな?
どうしたもんか、と考えたところで、
「ひー君、もう終わったっすか――って臭!」
事が済んだことを悟った儚が、お下げを揺らして此方へ駆け寄って来る。
途中までは僕を労う柔らかな表情だったが、血の臭いを嗅いだ為か即座に顰め面に変った。やっぱりぶちまけ過ぎちゃったかな。反省反省。
なんにせよ。
「ちょうど良い所で来たね。さあ、片付けを手伝ってくれ」
「ず、随分いきなりっすね」
儚はキョロキョロと辺り一帯を見回し、ガックリと項垂れた。ああ、僕も君の気持ちは痛いほどよくわかるよ。なんでこんなことになっちゃったんだろうね。不思議で仕方がないや。
「聖職者どころか人間としても落第なのは昔から知ってけど、流石にこれは拙いっすよ。皆が起きたら大顰蹙は免れない。そもそも、なんでこんな馬鹿なことをやらかしたんすか?」
「えー、なんでだろうね。僕が起きてるのにユウシャサマが寝てることとか、僕が君と観那の間で苦労してるのにユウシャサマが姫様と楽しそうなこととか、ユウシャサマと四六時中一緒にいなきゃならないこととかが関係しているのかもしれないや。あ、誤解を招くといけないから補足すると、別に藤間君を悪く言うつもりはないよ?」
「どう考えても恨み節っすよ?」
「いやいや、悪いのは勇者であって藤間君じゃないさ」
「同じことっすよね、それ」
「違うよ。全然違う。さっきも言ったけど、僕が嫌いなのは勇者だ。藤間君一個人には、寧ろ何の関心も感慨も抱いちゃいない」
「勇者が剣さんなら同じことじゃないっすか? 勇者が嫌いなひー君は、勇者である剣さんも嫌いだってことになる筈」
「んー、本当にそうかな? 例えば、藤間君が志半ばで死んでしまったとする。そのとき僕は、使命を全う出来なかった勇者を足蹴にした上で指差して嘲笑いつつ、藤間君が死んだことを嘆く……まではいかなくともちょっと残念くらいには思うだろう。つまり、僕は勇者が嫌いだけど、藤間君個人に対しては特別な感情を抱いちゃいない。どうかな?」
儚は腕を組んでちょっと唸った後、こちらをビシッと指差して、
「詭弁っすね。実際に勇者なのは剣さんだから、結局ひー君が嫌いな人物は彼と言うことになるっす。今の話はひー君が勇者を嫌っていることの証明にはなっても、剣さん本人を嫌悪していないことの論拠とはならないっすよ」
「ま、その通りだろうね」
反論しようがないから、僕は素直に認める。
儚はちょっと得意げに胸を反らした。……やっぱり無ぇな、こいつ。
「なんにせよ。ひー君の勇者嫌いは筋金入りっすね」と付け加え、儚は苦笑した。
僕は肩を竦めてみせる他ない。
そんな僕を見て、何が可笑しいのか儚はまた笑った。
「全く、仕方ないっすね。それじゃあ、ひー君に機嫌を直してもらう為にも、ちゃっちゃと片付けしちゃいましょうか」
そう言って呪文を詠唱し始める。
儚の唇が言葉を紡ぎ、呼応するように彼女の魔力が螺旋を描く。一切の歪さが排除され、最適化された軌道は驚くほどに流麗。
周る。
――方向を指定し、
回る。
――総量を調整し、
廻れ。
――魔の法を成す。
散乱した血肉は灰に。
散乱した死臭は風に。
僕じゃ到底及ばない領域の技。
それを儚は、何でもないことのようにやってのけた。
これが性能の違い。これが才能の違い。
決定的で致命的で覆らない絶対的な差。
やっぱり、僕は、弱い。
気が付けば、そろそろ30000字突破。その割に大して巧くなっていないような気が……。
青色眼鏡