2-3
忍び寄る気配は三つ。
悟られないようにと頑張っているのは窺えるが、正直拙い。
殺しきれない呼気。
一帯に漂った臭気。
草や枝を踏む足音。
此方へ向けた殺気。
どれもこれもバレバレだ。
聞かれているのを承知で、儚と会話をする。
「皆を起こすっすか?」
「いや、寝かせたままで構わないよ。どうせ雑魚だ。僕一人で十分。儚はここでお留守番ね」
僕の言葉に苛立ったのか、連中の怒気が空気を介して伝わって来る。
堪え性が無いな。だから駄目なんだよ。やはり、大した相手じゃない。
僕だって伊達に異世界で18年生き残ってきたわけじゃない。そこまで強いわけではないが、年季相応の力は備えているつもりだ。この距離で気配を悟られているような奴等に負けるつもりは毛頭なかった。
それに、
勇者や姫様にぎゃあぎゃあ喚かれても面倒だ。効率を重視するなら、こっそりと秘密裏に片付けてしまった方が良い。
見敵必殺は基本中の基本。
泳がせて様子をみようとか、特別な意図がなければ、さっさと始末しておくに越したことはない。少なくともこの18年、僕はそうやって生きてきたし、そうしなければ生き残れなかっただろう。
「それじゃあ、此処は頼んだよ」
儚の返事は待たず、下半身に魔力を集中。
次の瞬間には、狙いを定め、地を蹴り跳躍する。
月明かりしか光源が無い辺りは相応に暗い。明るい焚火の傍にいた僕の眼は慣れるまで役に立たないだろう。張り巡らせた魔力と、鍛えた直感を頼りに跳んだ。
一回。二回。三回。
それで、距離は零になる。
おそらくこいつ等は、魔力の何たるかも理解していない様な人種だろう。
だから、十数メートル程度の距離で自分達は安全だと錯覚を起こす。
本当に、御目出度い頭だ。
目の前には驚きを顔面に張り付けた、汚い身形の男が三人。
やつれてはいるが、全員体格は良い。仕事を頸になり、路頭に迷った元労働者って所かな。困りに困って犯罪に手を染めちゃいましたー、みたいな。
全員剣を構えてはいるが、武器を持ったところで素人は素人だ。何ら脅威にはならない。死んでしまえ。
三人組の一人に悠々と歩み寄るが、彼等は動かない。動けない。瞳にはきちんと僕の姿が映っているのだろうが、それを解する余裕がない。脳髄は氾濫する恐怖を処理し切れず、結果、身動きが取れなくなる。彼等に出来るのは、引き攣った表情で、僕を見つめることのみ。
わかるなあ。その気持ち。
でも、同情はしない。
魔力で強化した拳を顔面に叩き込む。
ぐしゃり、とそんな間抜けな音を立てて、呆気無く男の頭部は爆散した。
一人目、死亡。
漸く事態を把握したのか、凍っていた他の二人が動き出す。
片方は奇声を上げながら、僕に斬り掛った。
太刀筋は愚直で粗雑。我武者羅にただ振り下ろしただけ。火事場の馬鹿力を発揮しているのか、素人にしては速い動きだ。だけど、それでも、結局、無駄。
遅い遅い遅い。実に、遅い。緩慢過ぎて蠅が留まる。死に物狂いなだけじゃあ圧倒的な力の差は埋められない。残念でした。
軽々避けて、心臓を抉る。
二人目、死亡。
最後に残った奴は、一人目が死んだ時点でさっさと逃げ出した。
場合が場合なら正解。でも今回は不正解。
僕はそんなに甘くはないぞ。
難なく追いつき、背後から足払いを掛ける。
男の両脛が耳障りな音を立てて、あらぬ方向に曲がった。とはいえ、それだけで今まで走っていた分の運動エネルギーを殺しきることはできず、男は顔面から前のめりに倒れ込む。うわ、痛そう。
同時に、彼の口からくぐもった悲鳴が漏れる。おっと危ない。あまり騒がしくされると、残してきた三人が起きてしまうじゃないか。
慌てて、倒れたその背中に圧し掛かり、後ろから頭頂部と顎掴んで抑え込む。血と汗と涙でぬるぬると滑るせいか、力加減を誤って歯を数本砕いてしまった。ま、話をさせるのに支障はあるまい。
そう、僕は話をしたかった。
「さて、と。余計なことを喋ったら即座に殺す。……いいね?」
男の耳元で囁き、彼が頭を上下に振ろうとするのを両腕越しに感じ取ってから、顎部の拘束を解いた。これで良し。
「それじゃあ、えーっと……何でこんなことをしたのかお聞かせ願えるかな?」
男は折れた歯を血と共にペッと吐き出し、
「や、雇われたんだ! 職を失って、酒場で飲んだくれていた時に声を掛けてきた奴がいて、あんた等を殺せば金をやるって……。頼むから、殺さないでくれッ!」
涙ながらにそう懇願した。
ふーん。雇われた、ね。
「誰に雇われたんだい?」
「知らないんだ! そ、そいつは、そもそも名乗らなかったし、山高帽を目深に被っていたせいで顔がよく見えなかった。ただ、前金として結構な金額をその場でくれた。だから、乗ったんだよ。ほ、本当にそれだけなんだッ!」
山高帽ってことは魔法使い? いや、安直過ぎるか。
何にせよ、僕等の邪魔をしたい奴がいて、この旅の目的を知っているであろうことは間違いなさそうだ。普通に考えるなら、依頼人はこれから潰しに行く連中なんだが、第三者の可能性も否定出来ない。早くも面倒臭ぇよちくしょう。
「な、なあ、あんた聖職者だろ!?」
そんなことを考えていて、注意が逸れた。緩んだ頭部の拘束を振り解き、男が必死の形相を此方へ向ける。涙と血でぐしゃぐしゃになった顔だった。
「いかにも。確かにそうだね」
「だったら、助けてく――」
そこから先は言葉にならなかった。いや、させなかった。
情報は引き出した。
つまり、こいつは、もう用済み。
頭部を掴んで、思いっきり地面に叩き付ける。ただそれだけの行為で、彼の頭は柘榴のように砕け散った。
三人目、死亡。
「あー、残念。僕は先輩からも後輩からも、聖職者失格の烙印押されちゃってるからね。哀れな哀れな子羊君に憐憫を垂れてやる気なんて、さらさら無いんだなー、これが」
ちくりと僕の胸を刺すのは、それでも僅かに残った罪悪感。
まあ、その、なんだ。
来世なんてあるのかどうか知らないけれど、次はもっと楽に死ねるといいね。
まさかの連続更新。
一番驚いているのは、他ならぬ自分でしょう。
さてさて。
今回はちょっと残酷描写多目な回です。
一応、次回もそんな感じになりそうなので、苦手な方すみません。
青色眼鏡