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2-2

 一日の終わりを迎える場所が、必ずしも暖かなベットの上であるとは限らない。道中にある宿の位置は予め決まっているのだから、そこまで歩くことが出来なかったときは、野宿をせざるを得ないのである。勇者御一行様に路銀が充分あったとしても、肝心の宿泊施設がなければ話にならないというわけ。

 といっても、普通はそういうことが起こらないよう、上手い具合に宿が置かれているものだ。僕等が利用している街道が、王都と辺境を結ぶ唯一の整った道ともなれば尚更だろう。仮に、僅かな空白があったとしても、「そこに宿を作る=利用者を独り占め」の法則でまず放っておく奴がいない。……よっぽど治安が悪かったり、強力な魔物が徘徊していたりしない限りは。

 故に、問題があるのは僕等の側。

 要するに、移動手段が徒歩であることが駄目なのである。

 通常の旅では馬を使っているのだから、街道の規格はそれに合わせて作られている。隙間なく置かれている筈の宿の配置は、あくまで一日に移動出来る距離を馬基準で算出したものだ。だから、徒歩の僕等には当て嵌まらない。

 人間と馬の移動能力の差は歴然。

 どうしても屋根の下で眠れるのは数日おきになってしまう。

 宿に泊まれない日は、外で寝る他ない。

 つまり、野宿だ。

 野宿には危険が付いて回る。

 無防備な寝込みを襲われたら、どんなに屈強な騎士とて易々殺されてしまう。だから、監視の目を絶やすことは出来ないのだ。常に誰かが起きていて、周囲に目を配っていなければならない。

 僕等が向かうのは辺境。つまり、僻地。

 王都から離れれば離れるほど治安は悪くなる。それだけ危険も増えていく為、見張りの必要性はどんどん上がる。

 こんなことは馬鹿でもわかる。

 むしろ、わからなければそいつが馬鹿だ。

 だというのに――




 思わず嘆息する。

 近くから上がる静かな寝息。

 暖かな焚火を囲むように輪になっている一行。

 毛布に包まって、ぐっすり眠っているのが三人。

 目の下に隅を拵え、濁った瞳でぼうっと揺らめく炎を見つめるのが二人。

 前者が姫様、観那、藤間君。後者が僕、儚だ。

 満天の星空の下、寝ずの番をしている真っ最中である。

「なあ、儚」

「はい、ひー君」

「なんで起きてるのが僕らだけなんだ?」

「今更、それを訊くんすか?」

 草臥れた様子の儚。

 時折、首がかっくりかっくり揺れる様から、相当眠いのが伝わってくる。一日中歩いた後で見張りだ。無理もない。斯く言う僕も、遠くなっていく意識を繋ぎ止めるのに必死だった。

「人から言われて漸く認める気になることもあるのさ」

「そうっすね。……もう三日?」

「だね。三日、殆ど寝てない計算になる。僕らもそろそろ限界だよ」

 頭数が二人では、へヴィー・ローテーションにせざるを得ない。分母が少ない以上、一人一人にかかる負担はどうしたって重くなってしまう。

 本来なら五人いる筈の一行で、きちんと見張りが出来るのは僕ら二人だけだったのである。その必要性を理解していても、実行出来るかどうかは別問題なのだ。

「ま。見張りってのは、ただ起きていればいいものでもないっすからね」

 儚が半ば諦めたように呟く。僕も思わず溜息。

 見張りの意図は言わずもがな。

 夜襲をさせないことである。

 その為には、真っ暗な闇の中から、ほぼ完全に気配を殺して近づいてくる不届き者を見つけ出さなければならない。これがネックだった。

 例えば、魔力の扱いに長けた魔法使いと聖職者は、四方に自身の魔力を散布することでかなりの精度を持った警戒網を張ることが出来る。

 例えば、鍛えられた五感を持つ戦士は、微かな足音や、空気の乱れから、気配を察知することが出来る。

 では、ここにいる面子はどうか。


 まず、藤間君。

 如何に勇者とて、圧倒的な経験不足を補填することは出来ない。見つけ出さなければならない対象を知らないんじゃ、どうしようもない。

「探し物をしまーす。でもそれが何かわからないでーす」――馬鹿丸出しだ。

 また、僕の私的な感情として、彼に自分の命を預けたくなかったというのも大きい。

 信用出来ない。

 信用しようという気にもならない。

 だから、彼は没。


 次に観那。

 こいつは筋金入りの箱入り娘である。

 不出来な僕とは違って、我が妹は優秀だ。異例の速さでエリートコースを駆け上る観那が、こんな下っ端の仕事を経験している筈がない。

 今から魔力による探査を手解きしても構わないが、正直この技は勘による所も大きい。藤間君同様に探す対象がわからないんじゃ話にならないのである。

 よって、観那も没。


 最期に姫様は……当然無理。没だ。

 箱入りどころか、金庫入りだった彼女にそんな芸当は不可能だ。そもそも、上流階級の人間がこんな旅をしていること自体が間違いだと僕は思う。

 足手纏い。

 そう、はっきり言ってしまえば、彼女は足手纏いだ。

 その存在が一行に害をなすことはあれども、益をなすことは殆どないと言っても過言ではない。

 なのに、勇者にはお姫様が同行するのが常。

 おかしな話だ。

 実に可笑しい。


 そうやって引き算を行った結果、どうにか残ったのが僕と儚であった。

 たまたま次の宿が遠かった為、この三日は、時折二人の間で交代を挟みつつも、寝ずの番を繰り返しているというわけ。

 回復魔法やら、儚秘蔵の怪しげな薬物やらで、どうにかこうにか保たせてはいるが、正直辛かった。おそらく明日は屋根の下で眠れるだろうが、こんなことを何度も何度もやれるわけがないのは明白だ。

 さて、どうしたもんか……。

 誰かに責任があるなら話は簡単なんだけど、これはそういう類の問題じゃない。原因は、経験不足やふざけた勇者関連の決まり事の様な、どうしようもないことなのだ。

 ああ、面倒臭い。

「ひー君」

 思案に耽ろうとした僕に儚がストップを掛ける。

 表情は真剣。

 同時に、僕の方でもそれを感じ取った。

 此処から十数メートル後方。

 何者かが動き回る気配。

 散布した魔力は勿論、空気の乱れや僅かに鳴る足音が、僕にそれを伝える。

 鋭敏になって行く感覚と昂って行く感情。

 これは、そう、間違いなく――

「敵っす」

 そう、敵だ。

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