プロローグ
一億二千万分の一。六十七億分の一でもいい。
日本の総人口分の僕。世界の総人口分の僕。
人が異世界に召喚される可能性はざっとこんなものだろう。
高く見積もっても、低く見積もっても、宝くじが当たる確立よりは遥かに低い。
そんな幸運。そんな不運。
僕には生涯関係のないものだと思っていた。
どうせ自分なんて……という卑屈な諦めではない。
心底どうでもよかっただけだ。
有り得ないことを思考の枠に入れるほど僕は夢想家じゃない。冷静に現実を見据えている。
なのに、なのにだ。
――気がついたら、そこは異世界だった。
前兆、なし。
吉兆、なし。
瑞兆、なし。
凶兆、なし。
トラックに轢かれて死んだわけでもなし。
突然目の前に発光する扉が出現したわけでもなし。
夢の中で誰かに語りかけられるでもなし。
偶然出会った美人さんが実は異世界人でしたーってこともなし。
なし。なし。なし。なし。なし。なし。なし。なし。とにかくない。
ないもの尽くしの大安売りだ。
元の世界では、世間に掃いて捨てるほど存在する、ごくごく普通の大学生だった僕。
朝起きた。
朝御飯を食べた。
大学の講義に出席した。
昼御飯を食べた。
バイトに行った。
下宿先に帰った。
晩御飯を食べた。
風呂に入った。
寝た。
徹頭徹尾、終始一貫、そんな毎日の繰り返し。
通常通りなら、先頭に戻って、四畳半の僅かに黴臭い畳の部屋で目が覚める筈。
ところが、起きたら異世界だ。
吃驚しすぎて言葉もない。理不尽すぎて涙が出る。
事前審査は不必要? 適正検査など捨て置けと?
だったら文句は言わせない。
何が起きても、何をやっても僕に咎められる謂れはない。
相手は世界か、運命か、僕の代わりに責任は負ってもらう。
建前は召喚。実態は、拉致、監禁、束縛。
予定調和は許さない。
大口開けて飲み込むからこんなことになる。
腹壊しても知らないぞ。
――何事も事前にしっかりご確認下さい、だ。