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「ところで、あの扉って誰でも自由に行き来出来るものなの?私以外のもっと聖女っぽい人を代わりに連れてこればいいじゃない。」
元の世界に帰れるのは嬉しいけど、私にとってこの人達がついてくるのは想定外だ。このままではこれまた面倒くさい事になる。私はさり気なく聖女役の返上を申し出てみた。
「いや、あの扉はタカギリナ殿しか通れない。ただ、タカギリナ殿と体を繋げていれば他の人間も通れるはずだ。」
「体を繋げるって??」
「一番簡単なのは手を繫ぐことだな。」
ああ、なるほど。私はエルの説明に頷いた。
でも、それは私以外の人を連れてきて私が向こうに戻ると、その人は扉を開けられないから本当に帰れなくなるということだ。
「手を繫ぐとなると、最大2人だね。」
「腕を掴んでても渡れるはずだ。」
横からサスケが話し掛けてきて、私は気絶させられたことを思い出してイラッとした。人を気絶させといて未だに謝罪の言葉もないなんて。
「サスケは来なくていいよ。手を繫ぐなんて真っ平ごめんだし。」
私は強い調子で言い返し、サスケを睨みつけた。
「お前、本当に可愛げがないな。」
呆れたように呟きサスケは肩を竦めた。本当にとことん失礼な奴だ。
「まぁまぁ、2人ともやめろ。確かに1人か2人はこちらに残ってこちらから扉の監視をした方が良いかもな。」
長身のロンが私とサスケを嗜める。
「タカギリナ殿、帰りたいのは毎日か?」
エルの質問に私は首をかしげる。
「どういう意味?」
「夜はこちらの世界に戻って頂きたい。」
え?まさかの異世界からの長距離出勤?
それは考えてなかった。
「えーっと、勤務があるから週5日は絶対。あとは追加で帰れればなおのこと嬉しいな・・・」
「おまえ、それほぼ毎日じゃねーか。」
「サスケには言ってないから黙ってて。」
即座に突っ込んでくるサスケに私はキツい言葉で応酬した。
「では、初日は私とジル、ロンの3人がタカギリナ殿と異界に渡ろう。以降は交代制だ。多くの目で見た方が新たな発見が得られるだろう。」
傍らでいがみ合う私とサスケを無視してエルは素早く今後の方針を決めていった。
「では明日、謁見の間で。」
まわりの人が立ち上がるのを見てやっと、私はこの話し合いが終わったことに気付いた。
くっ、サスケのせいでどうなったか聞きそびれてしまった。この疫病神め、と私はにっくき宿敵の茶色い頭を睨みつけ、ばれないようにこっそりとあっかんべぇをした。
***
「えーっと、私の世界に行くに当たっての注意事項を教えます。皆さんメモしてくださいね。」
国王陛下の謁見ではエルとロンが上手いこと説明して、私は打ち合わせ通り異世界からの長距離出勤をすることになった。仕事中はどうしても異世界人3人から目が離れる。私は最低限の注意事項を事前に教えておくことにした。
「基本的なところだけ。警察に捕まったりしたら大変だからね。
まず、信号、道路を渡るときの標識のことね、は赤は止まれ、青は渡れを意味します。
お店のものは会計を済ませる前に勝手に開けたり使ったりしてはいけません。
人のものを勝手に触ってはいけません。
エレベーターや電車、人が乗って動く巨大な箱のことです、に乗るときは降りる人が優先です。
車道、人が乗り込んで動く馬無しの馬車みたいなものが通るための道です、に入ってはいけません。
喧嘩は絶対にしないで下さい。
人前で淫らな格好をしてはいけません。
私の携帯電話の番号は090××××××××です。公衆電話からこの番号にかけると私に繫がります。あとで実演してみせます。
困った時はお巡りさん、警察のことです、に聞きましょう。
うーん、あと他に何かあるかなぁ。」
私は他には言うべき事がないかと思案するが、いざ注意事項を教えようと思ってもなかなか思いつかない。
「我々は大人だ。わからない事があればその都度タカギリナ殿に聞こう。」
エルが言った言葉に私は大事な事を思い出した。
「あ、それ!高木莉奈ってフルネームだから。高木が姓で莉奈が名前。あと、殿をつけて呼ぶのは私の世界では一般的じゃないから目立つの。何もつけないか、つけるなら『さん』かな。」
「わかった。タカギリナ殿の世界にいるとき、我々は貴女を『リナさん』と呼ぶことにする。」
「どおりで長ったらしい名前だと思ったぜ。舌噛みそうだったもんな。」
エルが了解の返事をした横でサスケがまた余計な一言を言うのが聞こえた。本当にこいつは・・・
「扉を渡るのは今日からか?」
ギルが横から確認を入れる。確かここへ来たのは土曜日だったから今日は日曜日。
「明日からでも良いのだけど、明日は朝から仕事で貴男たちに付き合えないの。できれば今日、少し案内して慣れておいて欲しいのだけど。」
突然この人達を自分の世界に放置するのは危険過ぎる。私はまずは今日、案内して慣れさせる事を提案した。
「そうだな。では、本日の午後は3人は扉を渡り、2人はこちらに待機とする。いいな。」
「「「「はい。」」」」
エルの言葉に全員が了解の返事をかえす。
はぁ、本当にこの人達を連れて行って大丈夫だろうか。私は1人心の中で深い溜息をついたのだった。