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玉座に近づくとキャロンはスッと脇に寄り、私は必然的に玉座に座る威厳のある男性と1対1で向き合う形になった。
間違いなくこの人が国王陛下だと私は感じ取った。じっと見下ろされて居心地の悪さを感じ、少しだけ俯いた。
「其方が今回召喚された聖女か。よく来てくれた。名は何という。」
頭の上から貫禄のある声がして顔を上げると、国王陛下がこちらを見つめていた。国王陛下の目元はやや緩み、表情から察するに恐らく歓迎されているような気がする。
「高木莉奈です。」
私は聞かれたことだけ手短にこたえた。広間に確実に戻って家に帰るために、相手の出方を確かめておきたかったのだ。
「タカギリナか。タカギリナ殿の居室は王宮内に用意し、不自由の無いように手配する。何か困った事があれば侍女か、そこに居る召喚士達に言うと良い。」
国王陛下の指した先を見るとキャロンと白いケープの集団。白いケープの集団は全部で5人いて、そのうちの2人には見覚えがある。あいつらに頼るなんてまっぴら御免だ。困った時はキャロンに頼ることにしようと私は心の中でこっそり誓った。
「タカギリナ殿の知識を我が国の発展に活かして貰うことに感謝するぞ。」
続けて穏やかに国王陛下が言い放った言葉を聞き、私は耳を疑った。
「あの?知識とは??」
「タカギリナ殿の世界の知識を我が国に与えてくれるのだろう?タカギリナ殿のお陰で我が国は益々繁栄するであろう。」
ええっ!私、知識なんてありませんけど?しがない会社員で専門職でもなければ、短大の英文科しか出てませんけど?
聖女っていうのも盛大な勘違いだけど、知識を与えるってのもとんでもない勘違いだ。私は何も教えられる事なんてないと、サアーっと血の気が引いていくのを感じた。
「それと、こちらに控えているのが王子と王女達だ。ゆくゆくは国政を担う重要な立場に立つ。大いに彼らにその叡智を授けてくれ。」
紹介された先には豪華な衣装を身に纏った精悍な佇まいの美形の青年と、同じく豪華なドレス姿の愛らしいお姫様が2人。丁寧に名乗られて挨拶されたが、私はあまりのことに呆然としてしまい全て左から右に抜けていった。
どうしよう、帰りますなんてとても言い出せる雰囲気じゃない。
聖女じゃない上に、なにも知識がないとバレたら自分はどうなっちゃうんだろう。冷や汗が背筋を伝い、目の前が暗くなってくる。静かに控えていたキャロンが異変に気づきハッとした。
「リナ様!」
私はふらついて倒れそうになったところを力強い腕に支えられた。
「陛下、恐れながら聖女さまは召喚間もないためお疲れのようです。詳しい話は後程にしてはいかがでしょうか。」
私の体を支えているのは先ほどの2人とは別の白いケープの青年で、その青年はそう国王陛下に進言した。
「ふむ。それもそうだな。今日のところは下がって良い。」
国王陛下の言葉を聞くと青年は深く一礼して私を軽々と抱き上げるとそのまま退室した。廊下に出たとたんにキャロンが心配して駆け寄ってきた。
「リナ様!大丈夫ですか。」
「ごめんなさい。ちょっと眩暈がしてしまって。すぐに良くなるわ。」
心配かけるのが申し訳なくて私は力無く笑顔を向ける。動揺の余り、貧血を起こしてしまったようだ。
「顔色が悪い。このまま送っていこう。部屋はどちらに?」
私を抱き上げていた白いケープの男性がキャロンに部屋の場所を確認する。
私はその姿を腕に抱かれながらぼーっと見ていて気付いてしまった。もしかして今の状況はお姫様抱っこというやつでは!?
自分の状況に気づいた私は急激に頬が朱くなるのを感じた。
「ごめんなさい!降ります。歩けますので降ろして。」
白いケープの男性の胸をぐいぐい押して必死におりようともがくがびくともしない。
「暴れると危ないぞ。」
男性に冷静に諭されると取り乱している自分がおかしいような気がしてくる。私が諦めて大人しくなると頭の上でふっと笑ったような声がした。
男性を見上げると薄茶色の瞳と目が合い、すぐに視線を外されて少し肩を震わせて笑っている。
むむ、この人わかっててやってるよね。
私は腹いせに部屋まで有難く運んで貰うことにした。
腕の筋トレになってちょうどいいでしょ。抱き上げた事を後悔しても遅いんだからね。と心の中で開き直った。
男性はケープを纏っていたが、その上からでも程良く逞しい胸板がわかる。先程見た美形の王子とはまた違う、野性的な雰囲気を纏う整った顔立ちで、漆黒の髪は短く切られていた。
男の人とこんなに密着したの初めてだな。
自分とは違う筋肉質は腕や胸板にどぎまぎする。腹いせとは言ってもやっぱりちょっと恥ずかしい。私は俯いて男性を出来るだけ見ないようにした。
扉を開ける音がして自分が先程の部屋に戻って来たことに気付いた。キャロンがベットにすぐに寝られるように布団を捲って用意してくれた。それを見た男性はひょいと私をベットに降ろしてくれた。
「ついたぞ。タカギリナ殿。今日はもう休むと良い。食事はそこの侍女に言って部屋に運んで貰え。また明日、国王陛下の謁見があるはずだ。」
国王陛下という言葉が聞こえて、私は再び血の気が引いてくるのを感じた。
「違う・・・」
私の小さな呟きをその白いケープの男性は聞き逃さなかった。
「何か言ったか?」
「違うの!私は聖女さまじゃない!!」
ここでちゃんと言わないとずるずると言えなくなる気がした。今度は大きな声ではっきりと言った私の言葉に、目を瞠った男と視線が合い、数秒間の沈黙が流れた。
「・・・。タカギリナ殿は降臨の間の扉の向こうから来たのではないのか?」
「確かにそこから来たけど、私は聖女じゃない。」
白いケープの男性は眉間に皺を寄せて怪訝な顔をした。
「あの扉の向こうから来たならばタカギリナ殿が聖女で間違いは無い。」
「だから、それが誤解なんだってば!私は聖女じゃないの。お願い、あなたからも私は聖女じゃなかったようだってあの王様に伝えて。私はあの扉の向こうに帰らないと!」
私は必死に白いケープの男性に縋りついた。なんとしてもあの広間に行かなければ帰れない。
「それは出来ない相談だ。」
白いケープの男性は私を無表情に見つめると、冷ややかな口調で言い放った。