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「えーっと、ちなみに国王陛下ってどこの国王陛下かな?」
「もちろん、我がクリスタ王国の国王陛下でごさいます。お湯編みをしてお着替えなさったらお目にかかれますわ。」
おずおずと尋ねる私に、キャロンは当然のように笑顔で言った。
はて、クリスタ王国・・・聞いたことありませんけど?
学生のころから結構色々なところに海外旅行に行ったはずだけど、一度も聞いたことない。ここが未来の世界ならこれからできる国ってことかな。
「ちなみに、おなかにポッケの付いた猫型ロボットはいるの?」
「猫型のなんでございましょう?」
キャロンは不思議そうに首を傾げた。
あの有名な猫を知らないの?世界一有名な猫型ロボットだよ??日本語喋ってるくせに日本のニューカルチャーの代名詞ともいえるあの猫を知らないと!?信じたくないけど様々な状況から信じざるを得ない。
ここ、きっと異世界だ。
考えこむ私の横でキャロンは手際よく湯あみと着替えの準備を調えていく。なんだかあり得ない位にふりふりのドレスが見えた気がするけど、きっと気のせいよね。
ここは異世界。私は帰りたい。となると、やるべきことはただ一つ!
「わかった。私、国王陛下にお会いするわ。それで、広間を開けるようにお願いする。」
私の宣言にキャロンは忙しく動かしていた手を止めて微笑む。
「では急いで支度しましょう。お任せ下さい。」
郷に入っては郷に従えって言うし。私は大人しくキャロンにされるがままに湯あみと着替えをおわらせた。洗って差し上げますとか言われたらどうしようかと身構えたが風呂は自分で入るのが主流のようで、心配は杞憂に終わり私は思いの外寛げた。
先程チラッと見えたドレスは白いチュールと水色の生地が重ねられた豪華なもので、胸の辺りには花の刺繍が施してある。
こちらもガチガチのコルセットを警戒したが、補正下着レベルのものにほっと胸を撫で下ろした。
「まあ。お綺麗ですわ、聖女さま。」
ドレスを着せてお化粧を施してくれたキャロンが褒めてくれた。こんな風にストレートに褒められた経験が無いのでちょっと照れる。
「ありがとう、キャロン。でも、私は高木莉奈って名前があるの。莉奈って呼んで。」
「畏まりました。リナ様」
様はいらなかったんだけどまぁいいか。私はこの親切なキャロンがなんとなく好きになった。頷いてそれでいいと伝えた。
「さあ、リナ様。国王陛下の元に参りましょう。」
「わかったわ。」
キャロンに促されて私も後に続く。部屋の外は長い廊下が続いており、ところどころある風通しのためか壁がなくオープンテラスのようになっている場所から外の様子が覗けた。
外はまだ昼間のようで、太陽が燦々と降り注いでいた。少しだけみえる庭園は美しく刈り込まれていて手がかかっているのが素人の私でさえわかった。
「すごく広いのね」
「ここはクリスタ王国の中心となる王宮ですから。国王陛下のお住まいは勿論、議会や研究所、騎士や兵士達の鍛錬所なども敷地内にございます。侍女の宿舎も敷地内にありまして、私も王宮の端にお部屋を頂いております。」
前を歩いていたキャロンが少しだけ振り向き歩調を緩めると、私の隣をゆっくりと歩きながら説明する。
「ふーん。端から端まで歩いたらどのくらいかかるのかな。」
「歩いたことがございませんので確かなことはわかりませんが、おそらく一時間くらいはかかるかと。」
キャロンは私のどうでもいい質問にも嫌な顔せず答えてくれた。
「散策なさりたいときは迷子にならないように私にお申し付けください。王宮の外の街もとても広くて大変賑やかですのよ。そのうち、王宮の外の街もリナ様にご案内して差し上げますね。」
キャロンがにこやかな笑顔を私にむける。王宮の外の街か、私としてもちょっと行ってみたい気もする。でも、自分は仕事があるから帰らなきゃならないし、もし帰ったら二度とここには来るつもりはないし・・・
私は親切に説明してくれるキャロンに悪いことをしているような気がしてきて、それ以上質問するのをやめた。
しばらく歩くとキャロンは3mくらいある大きな扉の前で立ち止まった。木製の扉は精巧な彫刻が施されていて重厚感があり、扉の両側にはグレーの軍服を身に纏った警備らしき男性が立っている。
「聖女様をおつれいたしました。」
キャロンが少し腰を折ってお辞儀をしながらそう伝えると、扉の両側の男性は黙って頷き扉を開けた。私がキャロンに習って軽くお辞儀をして部屋に入ると、部屋の奥の数段高くなっている場所にある玉座に髭をはやした威厳のある中年男性が座っており、玉座に向かって両側には多くの人が控えているのが見えた。
「うげっ!!」
私は控えている人達の中に見覚えのある白いケープを纏った集団を見つけて思わず小さい声をあげ、慌てて口を手で覆った。
あの二人もいるかもしれない。はっきり言って二度と会いたくない。なんとしても王様を説得して広間に行って元の世界に帰らないと、と私はそっと拳を握りしめた。