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ドアを開けて中に踏み込むと、すぐに前と同じ豪華なシャンデリアが目に入った。そして、入ってすぐのところにある螺旋階段の下にはやはり広間が広がっていた。
前回と違うのは、人が誰も居ないこと。 正確に言うと、螺旋階段の下の壁沿いの椅子に白いケープを纏った2人組が座っていている他、私しかいなかった。ただでさえ広い部屋がとてつもく広く感じる。
私は様子を伺うようにして、ゆっくりと階段を降りた。2人組は私が入ってきて階段を降りてきたことに気付いて無いようで、会話に夢中になっていた。
「聖女さま、あれから全然いらっしゃらないな。」
「4日位前にいらしたときは、来たらすぐに帰られたらしい。とてもお怒りの様子だったとか。」
「なんでお怒りだったんだ?宴を開いて盛大に歓迎したんだろ?」
「きっと国王自らがお出迎えしなかったから、ご機嫌を損ねたんだろ。」
「じゃあ今いらしたら、またお怒りになって帰っちゃうな」
「もう4日も来ないんだし、このままいらっしゃらない可能性も高いよな。国王陛下をここに縛り付けとくわけには行かないし。こんなことなら謁見室に召喚口を作ればよかったのにな。」
忍び足で近づき、陰からそっと2人組の様子を伺うと、会話から、2人が『聖女さま』なる人を待っているらしいと言うことはわかった。
しかし、それと私の部屋に無断でドアをつけることに何の関係があるというのか。私は少し迷ってから、この2人に声をかけてみることにした。
「ねえ、ちょっと。」
突然話しかけられて飛び上がらんばかりに驚いた2人組は私を見て目を見開いた。
2人組の一人は茶髪茶目、もう一人は金髪茶目で、どちらも彫りが深く白人のような見た目をしている。そして二人とも肩から足元まですっぽり隠れるほどの布でできた白いケープを纏っていた。
「私、あそこから来たんだけど。勝手に人の部屋にドアをつけるなんてどう言うつもり!?今すぐ外して修理してよ。」
ここで下手に出ると舐められる可能性がある。絶対に弁償させたい私は腕を組み仁王立ちになると、顎でドアを示すとやや強気に上から目線で2人組に言い放った。
「えっ、あっ!聖女さま!!」
一人がおどおどしながら狼狽えていると、もう一人がさっと立ち上がり私の腕を手に取った。手に取ったと言えば聞こえはいいが、ガッチリ掴まれたの方が正しい。
「ちょっと、何するのよ!離して!!」
私はいきなり掴まれた手を振り払おうとぶんぶん振るがびくともしない。初めましての握手にしては力強すぎる。
「聖女さま!俺たちと一緒に来てください。」
「はぁ?何言ってるの??離して!」
私が不機嫌に顔を顰めると、腕をつかんだ茶髪の男は狼狽えるようにもう一人に声をかけた。
「おい!ぼさっとするな。またお帰りになられると厄介だぞ。」
それにハッとしたようにもう一人の男が私の空いていた方の手を掴んだ。
「離して、離しなさいよ!」
「お願いです。来てください。」
「嫌だって言ってるでしょ!?」
必死に抵抗するが男二人に対してこちらは女が一人。敵うはずがなく、私は男達に手を引かれるがままに引きずられていく。
これはまずい。拉致される!
私は激しく抵抗したが男達は少しも力を緩めない。天井の高い広間には私の抵抗する声が響き渡った。
「ちっ。仕方ねぇな。」
先に手をつかんだ茶髪の男が私に向き直り、繫いでない方の腕を振り上げるのが見えた。
殴られる!
そう思った次の瞬間には私の意識はぷつりと途切れた。あぁ、あのドアはきっと呪いの扉だったんだわ。後悔してもしきれなたい。
***
どのくらいの時間、気を失って居たのだろう。私が目を覚ますと、あたりには知らない景色がみえた。
あれ・・・
ぼんやりする意識の中で周りを見渡す。私はいつの間にか、ふかふかで真新しいシーツの敷かれたダブルサイズベットに寝ていた。
部屋は8畳の私の部屋よりもはるかに広く、ピカピカに光るアンチーク調の鏡台やタンスなどが置いてある。自らの格好を確認すると、今朝身に着けたジーパンにカットソーのまま。
良かった。とりあえずは乱暴はされてなさそうだわ。
私はほっと胸を撫でおろした。でも安心はできない。そもそもここは一体どこなのか。さっきの広間に戻らないと自宅にも帰れない。
私がベットからそっと抜け出そうとした時、部屋の扉が開いて若い女性が入ってきた。女性は私が起きていることに気づくと少し驚いた顔をしたが、すぐに柔らかい笑顔を見せてきた。
「お目覚めですか、聖女さま。私は聖女様のお世話係を承っておりますキャロンと申します。どうぞ、キャロンとお呼びください。」
丁寧に腰を折ってあいさつした女性はキャロンと名乗った。水色のやや長めの丈のワンピースに白いエプロンを身に着けており、茶色い髪を後ろでお団子にまとめている。 大きな瞳がとても印象的な柔らかい雰囲気の美人だ。
「聖女さまってなんのこと?私、そんなことより広間に行きたいの。連れて行ってもらえないかな。螺旋階段があって上の踊り場にドアがついている広間。わかる?」
彼女の年齢が近そうなことと物腰が柔らかいことから私は張りつめていた緊張がわずかに解けるのを感じた。
キャロンと名乗る若い女性に広間の場所を聞いてみることにした。やみくもに探すのは先ほどの白いケープの男に見つかるかもしれないから危険だ。
「降臨の間のことでございましょうか?あちらは降臨の儀が行われている時以外は閉ざされており近づけません。降臨の儀は4日ほど前に執り行われました。」
キャロンは少しだけ首を斜めにかしげ、申し訳なさそうに眉尻を下げた。
近づけない!?冗談じゃないわ。帰れないじゃない!
「私、あの広間に行けないと困るの。どうにかならないの?」
私の真剣さが伝わったのか、キャロンは少し考え込んだ。
「この後、お身支度を整えましてから国王陛下との謁見がございます。そこで国王陛下にお願いしてはいかがでしょう?」
キャロンの言葉がよく理解できない。
国王陛下って誰のこと?なんで私が国王陛下と会わなきゃいけないの?だいたい、ここってなんて国なの?私の頭に次々と疑問がわいてくる。
「国王陛下をはじめ、皆聖女様のご降臨を心から歓んでおります。きっと国王陛下も聖女さまのお願いを無下にはなさらないはずですわ。」
キャロンの続ける言葉に私は気づいてしまった。
「あの、さっきから『聖女さま』って呼び名が何度も出てくるけど、それってもしかして私のこと?」
「もちろんでございます。私、聖女さまのお世話係ができることを本当に光栄に思っております。」
本当に嬉しそうな様子で満面の笑顔で答えるキャロンの様子に私の顔は引き攣った。
なんなの、ここ・・・
訳が分からない国に迷い込んだ挙句になんで私が聖女さま?私は聖女じゃなーい!!