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聖女  作者:    
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2

 「お母さん、今日は実家帰ってもいいかな?」


 「いいけど、あんたから帰りたいって連絡してくるなんて珍しいわね。鍵でも無くしたの?」


 会社の昼休み中に実家の母に電話をすると、母は突然の帰宅の連絡に驚きこそしたものの、一応は私を歓迎してくれた。


 あのドアは朝になっても消えていなかった。マンションの管理会社に連絡すると、確認には入居者の立会が必要というので週末まで無理だ。とりあえず、あのドアがある状態のあの部屋には居たくない。突然コスプレイヤーが部屋に踏み込んできたらと思うと怖すぎる。私は貴重品だけ持って実家に帰ることにした。


 「なんかあったの?」


 実家のリビングで寛いでテレビを見ていると、ダイニングテーブルに置いてある煎餅を頬張っていた母親がこちらを見ていた。


 「うーん。実は水漏れがあってさ-。私の立ち合いがいるから週末まで修理できないんだって。」


 「えー。あんたのマンション、まだ新築じゃないの?欠陥住宅じゃない。」


 「そうなの。ほんとにヒドい話だよね。」


 母は呆れたような声で顔を顰めた。

 私はさすがにドアの話はするのをやめておいた。きっと両親は心配して、『独り暮らし禁止』とか言い出しかねない。


 くそっ!隣の住人め、許さないんだから。唯でさえ疲れていたのに、私はその週は通勤の殺人的ラッシュの中を通勤する羽目になった。



***


 

 今日は待ちに待った週末の土曜日。やっと管理会社の人にあのドアをみてもらえる。私はやってきた管理会社の担当者に向かって、ベッドとガムテープに封鎖されたドアを指差した。

 数日ぶりに帰ってきた我が家の壁にはやっぱりあのドアがついている。


 「これなんですけど。」


 「これはずいぶん思い切ったことされましたね。ちょっとお隣さんに声かけてくるから。」


 不機嫌に顔を歪めた私に管理会社の担当者は慇懃に頷いて見せた。そして、ドアノブに手をかけて開かないことを確かめると、隣の部屋の状況確認のために部屋を出て行った。あの人にも見えるってことは、やっぱりこのドアは疲れからくる私の幻覚ではないらしい。

 でも、許可も無く賃貸マンションをコネクティングルームに改築なんて、ほんとになんてことするんだ。隣の住人にあったら一発くらいは捻った嫌味でも入れてやろう。


 「高木さーん。ちょっといいですかー。」


 私が部家で一人で待っていると共用廊下から管理会社の担当者の声がして、そちらに向かうと困惑顔の人が2人いた。一人は管理会社の担当者で、もう一人は大人しそうな若い女性。


 この人が隣の住人か。虫も殺さぬような清廉潔白っぽい雰囲気だけど、この人があんなにリアリティあるコスプレヤー仲間と盛り上がっていたとは人は見かけによらない。

 キッとその女性を睨みつける私に声をかけたのは管理会社の担当者だった。


 「高木さん。今こっちの部屋を確認させて貰ったんだけど、壁はいつも通りだし、もちろんドアもないよ。高木さんの部屋側から壁をくり抜いてドアをつけたんじゃない?」


 私は管理会社の担当者の言葉に耳を疑った。


 「そんなわけ無い!じゃあ証拠を見せてよ。」


 私のあまりの剣幕に少し怯えたような女性は、「どうぞ」と小さな声で答えた。


 何被害者面してんのよ、頭来るわこの女!私の怒りは更にヒートアップした。勢いに任せて踏み込んだ女性の部屋の壁に・・・








 ドアは無かった。


 「うそ!?そんなはずない!!」


 私はドアがあるはずのあたりに咄嗟に近づいた。傷一つない白い壁紙を触って感触を確かめたが、裏にドアが隠してあるようにも見えない。気づけば、熱心に壁紙を探る私を先程の2人が呆れた目線で眺めていた。


 「お騒がせして申し訳ありませんでした。」


 かなり納得いかないが、今の状況では私が完全に悪役なので謝るしかない。

 自分で自分の部屋の壁を加工したあげくにお隣さんにいちゃもんつける変な女。2人には自分がそんなふうに見えているに違いない。


 「高木さん、ここ賃貸だから現状回復義務があるんですよ。退去までにどうにかして貰えなかったらきっちり修理代は頂きますから。」


 淡々とした口調に益々気分が沈んでくる。管理会社の担当者の有名ブランドのアニマル柄ネクタイが目に入り、それさえも妙に腹が立ってくる。


 「はい。お騒がせして申し訳ありませんでした。」


 なんで私がこんな目にあわなきゃならないのよ。不貞腐れながらも戻った部屋の壁にはやっぱりドアがある。私は閉まったままのドアを恨めし気に見つめた。


 もう訳がわからない。このドアはきっと未来から来た猫型ロボットが持っている、かの有名などこでも行けてしまうドアに違いない。そうじゃないと説明がつかない。

 じゃあ、あのコスプレイヤーは全員未来人ってことか。私にこんな迷惑をかけたんだから一言くらいは謝罪があってもいいんじゃないの!?

 私の沈んでいた気持ちが、今度は激しい怒りにかわってきた。


 よし、文句の一つも言ってやるわ。私はドアノブのガムテープを剥がすと、勢いよくドアを開けて中に飛び込んだ。



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