第4話:ゆるりと溶ける警戒心
もぐもぐ、ぼろぼろ。
「・・・」
はむはむ、ぽろぽろ。
「・・・あんた喰うの下手だね」
「そうでしょうか?」
本日の朝食はハンバーガー。
包み紙を不慣れな両手で支えながら、ハクはパンくずを口のまわりにまき散らしている。上品にも膝の上に置かれたハンカチは意味をなさず、すでに服のあちこちにソースがとんでいた。
スカスカでぺったんこなバンズに、何の肉かわからないパティとべちゃべちゃのソース。裏路地名物正体不明バーガーは、普通ならこんな坊ちゃんの口に入ることは生涯ないだろう。
この坊ちゃん、ハクは週に一度ヒツギの元に通いにきている。
連絡先は渡されたものの、ヒツギ側から連絡したことはない。する前にふらりとやってきて、事を終えてはふらりと帰る。今回もどこから情報を仕入れたのか、的確に客を取る前のヒツギに会いに来た。
今までより若干安定した収入はありがたいが・・・。
「どうやって僕の居場所わかるの?子供の身売りなんて山ほどいるのに」
「情報通みたいな知り合いがいまして」
この笑顔には時折少々不気味なものを感じる。
純粋すぎる子供の笑みは、その成人男性の外観とあまりに不釣り合いで、今自分が対峙しているこいつは何だと一種の恐怖に似た何かを感じさえもする。
熱狂的なストーカーになら何度か会ってきた。しかしハクは強要も恐喝もしない。ご丁寧に自分で避妊具まで持ってきて使用する気遣いもある。身売りだからと性病も構わず避妊しない輩も多い中で、紳士的と言える姿勢だ。いつも同じペースで、下手くそなセックスをして朝起きて挨拶してお帰りだ。健全すぎる客、というのも不審なものである。
疑いすぎと言われればそれまでだが、ここでは疑うことを忘れた者に明日はやってこない。客に絆されて消息を絶った身売り達の亡骸を横目に、これまで一人で生き抜いてきたのだ。
・・・のだが。
「あーもう、またパンくずとんでる。髪の毛に飛ぶなんてどんな不器用さだい?」
「バンズ、ミート、レタス、ソース、その他よくわからないもの・・・これらの層を崩さずに食べるのは、至難の業ですよ!」
真剣な顔でバーガーに向き合う様子は結構な男前、ただし口周りはパンくずだらけ。
「そもそもお偉いさんは、こういうの口に合わないと思うけど。手づかみだって初めてだろ?」
「初めてで面白いですよ。味には目を瞑ります。胃に入って栄養となれば皆同じ事なので」
貴族の好奇心に付き合わされたバーガーは、無残にも散らばっている。もったいないのでひざ上に落ちたパンくずを摘みつつ、呆れた表情を隠さず出してしまう。
こんな調子の男の隣で、澄まして媚を売っても得にならないことは数度の会合で学んだ。
敵意を、警戒心を削がれてしまう。
笑顔で近づいて喉元を斬り裂くアサシンのような男ならまた別だが、そうとも思えない。言うなれば、危うくてほっとけないというのが一番自分の感情に当てはまる気がする。
そうだ。初めて出会った夜の不用心っぷり、その後の符抜けた自己紹介、この幼児なみに下手な食事方法。伝え歩きからよたよた歩きを覚えたばかりの子供を思い出させる。
必要以上の時間をたっぷりとかけて、なんとかバーガーはハクの胃に収まりきった。
「今回もありがとうございました」
「こちらこそ、おかげさんでちょっといい生活させてもらってるよ」
ハクからの収入で、顔効きの女将の宿の一室を借りることができた。毎夜寝る路地を探さなくていいのはありがたい。治安のよろしくない場所だ。路地で眠ると複数人に成す術なく襲われることもある。それももう慣れてしまったが、やはり毎夜眠れる場所があるにこしたことはない。
週に一度、この宿から彼を見送るのも見慣れた景色になっていた。女将もハクの顔を覚えて言う。
「いいお客さんだね。あんたみたいな子供が乱暴されるのは、ここじゃ当たり前の光景でも辛いもんだ」
警察も自治体もこの地域の人間はゴミ溜めの残骸だと思っている。だから生きていくには己の力のみ。
そう思い続けてきたヒツギにとって、帰っていくハクの後ろ姿はちょっと眩しくて目に痛かった。自分が惨めなドブネズミでいることを忘れてしまいそうで、普通の人間のように幸せになっていい立場だと錯覚してしまいそうで。
この話から最初にスペースをあけて書いてみています。
どちらが読みやすいか若干迷い中。