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ガラスのこどもたち  作者: 輝
2/8

第2話:ガラス色の男

素人目から見てもわかる上質な服。

もつれのない髪に、労働をしらない肌。

先ほど自分がぶつかったボタン一粒で、何日か喰うに困らないだろう。

形の良い鼻にかかったモノクルも相当な価値がありそうだ。


その男は臀部をさすったまま、ヒツギに向き直った。

「申し訳ない・・・ぼんやりしていたもので」

柔らかく微笑んだ顔は、苦痛などと縁がないかのように純粋だった。

そんな男がこんな場所に用があるとは思えない。


「・・・あんた、暇?」


この男が何の目的で歩いていたか、そんな些細なことはどうでもいい。

ヒツギにとっては数少ない収穫のチャンスを逃すわけにはいかなかった。

さりげなく男の背を壁に向けさせ、滑らかな肌触りのベストへ肌を擦りよせる。

ヒツギは大人と言うにはまだ幼く、大きな瞳がついた顔はそこそこ見れるほどには美形である。

そこに作りなれた綺麗な笑顔を浮かべ、男の耳によく馴染むような愛らしい声を吐き出した。

まだ10と少しの年齢だが、紅をさした唇は小鳥の囀りのような甘えを奏でる。


「今夜限りの恋人はいかが?」


男は何を言われたのか分からぬように数度瞬きをした後、ようやく意味を察したようだ。

困惑した表情で返事をしかねていると、ヒツギに詰め寄られ壁にもたれる形になった。

「僕みたいな子どもは、いや?」

「い、嫌とかそういうことではなくてですね・・・」

未発達な四肢は柔らかく、短いズボンから露出された素肌で男の大腿を挟むようにしなだれかかる。

一回り大きな手に自分の指をからめ、男の苦労知らずの指を愛撫するようになぞった。

月夜に光る爪が少し震えているように感じ、慰めるように握るとびくりと手が跳ねた。

もう片方の手を腹、胸、首元へと滑らせ、反らせぬように顔に添わせる。

もはや距離は零、胸と胸が重なるほどに近づいた様子は遠目では抱き合う恋人に見えるだろう。


「あんたみたいな人は、もっと高級な娼婦がお好みかな?」

「わ、私は、その・・・」

「安心してよ、僕こう見えても慣れてるからさ」


ヒツギの真っ黒な瞳は月光さえ移さず男の顔を捉える。

うろたえ未だにはっきりと言葉に出せない様子は、罠にかかった怯える小鳥だ。

もうひと押しと笑顔の下で思考を巡らせ、ほんの少し背伸びをする。


言葉を紡げない男の唇は、乾いて少し痛かった。

予想に反して男は顔をそむけることなく、舌で唇をこじ開け口腔内に差し込んでも抵抗はない。

相手の舌をつつき挑発し、少し動いたところに絡ませと粘液を混じ合わせる。

冷えた空気の中、そこだけは熱く唾液が伝った部分だけまた冷える。

つい数刻前の客の乱暴な行為と違い、一方的にこちらが浸食していくのは些か心地よかった。

欲に濡れた肉の熱さはとうに慣れたが、この男の反応はかえって新鮮に感じられた。


呼吸を乱した頃を見計らい唇を離すと、名残惜しそうに舌が伸びてきたのを感じた。

密着した脚から、彼の昂りを感じることができる。

ズボン越しに伝わる硬さと熱にほくそ笑み、ゆっくりと自分の脚で撫であげる。

モノクルの向こうの瞳は潤み、男は戸惑いがちにようやく言葉を口に出せる。



「その・・・私は性経験がないので、気持ちよくできませんよ・・・?」



場違いな答えの後、しばしの沈黙が居座った。


乱暴に使われたことはあれど、物のように雑にされたことはあれど。

幾多の人間に暴かれ散々使い古されたこんな身体を、快楽を気遣われたことは初めてであった。

ただただ、この男の答えがヒツギには滑稽だった。

無知で愚かで純粋な、どこまでも透明な、いうなればガラス色を見た気がした。


「ああ、いいよいいよ。気持ちよくするのは僕の役目、ね?」


間抜け面で口を開く男の手を引き、最寄りの宿へ半ば強引へ連れ去る。

馬鹿は食いつぶされ搾取されるこの場所で、こんな色を見かけてしまってはぼったくる気にもなれなかった。



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