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ガラスのこどもたち  作者: 輝
1/8

第1話:ヒツギ

ワドの街。


そこがヒツギが知っている世界の全てだった。

助けてくれる魔法も勇者も、襲ってくる魔王もモンスターもいない。

ファンタジーなんて皆無な平凡な世界の、平凡な街。

自分の知る世界は国の中の一握りで、さらにその外に世界が広がっていることはわかっている。

広がっているからなんだ。ただあるだけなら、ゴミも宝も神も虫けらも同じだろう。

大事なのは、自分が今日も生きられるかどうか。

ヒツギにとって大切なのはそれだけだった。


散々口腔内を蹂躙したにも関わらず、その男が出した紙幣は最初に約束した数より少なかった。

ここでは金は絶対的な力を持ち、それを違えた者には容赦しない。

だから目の前で二度と日の光を拝めない彼を、誰も憐れんだりしない。

ヒツギは慣れた手つきでナイフに付着した血液をぬぐい取り、戦利品を漁る。

しかし実入りは少ない。

この男、初めから金を払うつもりなどなかったようだ。


舌うちさえ億劫。

ボタンとベルトの金具だけ外していく。どちらも粗悪品で収入は微々たるものだろう。

顔にまで掛けられた白濁を水たまりので洗い流す。

どちらにしろ汚れてしまうが、男の精よりドブの方が幾ばくか気分がましだ。

「お客」を探さなくてはいけない。この数刻をこの男で潰したのがもったいない。

もう夜明けもまってくれない時間に、捕まるだろうか。

身売りも少なくなった路地裏で、鷲掴みにされて乱れた髪を申し訳程度に整えた。

唯一の相棒の小型ナイフをコートの下に潜ませ、身支度完了。

ああついてない、ヒツギの小さくため息が暗やみに溶けていく。


薄いコートの裾から冷気が入り込む。

コートの下は客寄せのため下着同然の衣類しか纏っておらず、肌をこすり合わせて寒さを凌ぐ。

今ここで客探しを止めても、帰る家もない。

天涯孤独のストリートチルドレン。どこにでもいるおかわいそうなこども。

それが自分、それがヒツギだ。

一夜限りの恋人をしては僅かな賃金で食っていく、尊厳も権利もないピラミッドの底辺人生。

殊勝な性癖の客を相手に数日立てないことや、客引きに失敗し視界が半分になるほど顔を腫らすこともある。

無遠慮に乱されてきた身体から痣や跡が消えることはなく、肌のシミ同然になっている。

涙を流すことを忘れたのはいつからか、泣き声を喘ぎ声へ変える術を覚えたのはいくつのことだったか。

家族から捨てられたのか、不運にも亡くなったのか、自分を愛してると抱きしめてくれる存在がかつてはいたのか。

ぬくもりひとつ、記憶のひと欠片も持ち合わせちゃあいない。

それでもヒツギは狭い世界で生きていた。


月が空の真上から落ちる時刻をとうに過ぎても客は見つからなかった。

すでに寝床はとられてまともな場所は残っていないだろう。

こうなれば石壁を背に立ち寝で朝を待つしかない。

前方に見える角を曲がった場所で眠りにつこう。

そう思い疲れた細い足が直角を描こうとした時。

「わっ!?」

「っ!」

角の向こうから現れた人影に顔面から衝突してしまった。

向こうもこちらに一切気づいていなかったようで、互いに止まる暇なく結構な衝撃となった。

相手は背が高く丁度胸元のボタンがおでこにぶつかり、ひりひりとした痛みを感じる。

額をさすりながらナイフに手を忍ばせ、その人物を確認するとそれは情けなく地面に尻もちをついていた。

体格的にすっころぶのはヒツギの方だろうに、その男は眉を八の字にしてよろけながら立ちあがった。

「いったた・・・申し訳ありません、お怪我はありませんか?」

ここいらでは耳にできない上品な声と言葉が届く。


この男、名前をハクというこの情けのない男。

この日、この夜、この曲がり角で、ヒツギはハクと出会った。


ガラスのこどもたちの、どこにでもある他愛ない物語、はじまりはじまり。



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