謎多き隣席に夢中
同じクラスの〈松さん〉は、オンとオフの切り替えが驚くほど上手くて、青春を誰よりも謳歌している。そんな彼女が、よりによって僕の隣の席に座っている女の子だ。
中学はここから二駅離れた場所で、同じ中学だった神無月桜さん――大人しくて優しいクラス委員――と毎日一緒に登校しているらしい。
彼女と僕の接点は、クラスメートで隣の席。そして委員会が同じ。それだけだ。
松さんは僕のことを「微妙な人」と呼ぶ。
以前はそのたびに「梅口徹だから!」と訂正していたけれど、最近はどうでもよくなってきた。慣れって怖い。
授業中は真面目だから、彼女から話しかけてくることはほとんどない。
でも、たまに遠慮がちに「梅口さん」と呼ばれる。
授業外では散々「微妙な人」呼ばわりしてくるのに、急に名字で呼ばれると妙に距離を感じて、胸がキュッと締めつけられる。もちろん、彼女には内緒だ。
松さんは“松さん”という愛称でクラスに浸透している。でも、呼ばれるたびに彼女は少しだけ顔を歪める。ほんの、ほんの少しだけ。
それを知っているのに僕は、彼女を“松さん”と呼ぶ。
苗字で呼べば他人行儀すぎるし、下の名前で呼ぶなんて恐れ多い。
……チキンなのは自覚している。
松さんは誰とでも仲良くできる、不思議ちゃん気質の人気者だ。クラスでは、下見ヒロに次ぐ人気と言っていい。
だからこそ、妙な噂も絶えない。
「松さんは元カレに未練があって勉強してるらしい」
「人によってキャラを変える最低なやつだ」
くだらない。けれど、彼女の掴みどころのなさが噂を本当のようにも見せてしまう。
そんなある日の授業中。
「梅口さん、教科書めくるね」
珍しく教科書を忘れたらしく、二人で一つの教科書を使っていた。
うちのクラスは進学クラスで、頭はいいが授業態度は悪い。そのせいで、なぜか松さんだけを相手に先生が授業を進めることも多い。
僕は凡人なので、一生懸命ついていくしかない。
キーンコーン……
チャイムが鳴ると、彼女のスイッチは一気にオフへ。
さっきまで真剣そのものだった表情が、ニンマリ笑顔に変わる。
この顔になると、必ず僕をからかってくるのだ。
「微妙な人ってば、集中しないとおいてかれるぞ!」
はい、ごもっともです。
僕は苦笑いしながら返す。
「でもさ、松さんが教科書忘れるなんて珍しいよね」
言った瞬間、ベシッと肩を叩かれた。地味に痛い。
けれど照れたのはバレバレだ。
自分に非があるときの彼女は、やたら恥ずかしがって可愛い。叩かれるけど。
「可愛げがないぞ、微妙な人」
「今日はいつもより可愛いよ、松さん」
ベシッ!
さっきより強い。痛い。
けれど、耳まで真っ赤になった彼女の顔を見たら、そんな痛みどうでもいい。
僕は、彼女が好きだ。
そんな僕とは裏腹に、松さんはクラス委員の神無月さんを心配そうに見つめていた。
話によると、神無月さんはヒロに「あなたのことが大嫌い」と言ったらしい。でもヒロは何を思ったのか「その言葉で恋に落ちました」とか言い出した。迷惑にもほどがある。
そこからヒロが神無月さんに構い始めて、むしろ困らせている。
松さんは「いい機会だから交流を広げるべき」なんて言っていたけれど、明らかに心配性の母親と化していた。仲はいいからわからなくもないけれど。
僕はといえば――
松さんにとって僕がそんな“特別な存在”になれたらいいのにな、と毎日思っている。
そして僕と松さんは図書委員になった。
先生に押しつけられただけだが、読書は嫌いじゃないし悪くない。
図書室は退屈しない。
マンガみたいな出来事が本当に起きる場所なのだ。
この前なんて、学校中の女子に追いかけられた“ハーレム先輩”が命からがら逃げてきた。すぐ後に大勢の女子がなだれ込んできて――
松さんがまとめて追い払っていたのは見なかったことにした。
さらに彼女は撮影したムービーと、追っ手から助けたことをネタに、その先輩を脅していたらしい。……怖い。
以来、その先輩――下見雅人先輩――は、僕たちの当番の日に必ず手伝いに来る。
「イケメンチキン先輩、この本戻しといてください」
「へい、姉さん」
何なんだこの構図は。
どうして僕はそんな彼女を好きなのか――考えるまでもない。
好きだからだ。
「アニキ、なんか手伝うことあります?」
先輩が僕にも同じノリで話しかけてくる。どうして僕まで家族扱いなのか不明だが、やめてほしい。
「大丈夫です」
笑顔が引きつったが、先輩は元気に本棚へ戻っていった。
松さんのカリスマ(?)は謎だ。
ある日、ヒロが飴を渡しながら言った。
「幸せのおすそ分けな」
眩しい笑顔。
どうやら神無月さんとの恋が順調らしい。
「まあ、お前も頑張れよ」
僕も、負けていられない。
教室に戻ると、松さんが机に突っ伏していた。
雰囲気が重い。やめてほしい。
「松さん、おはよう」
「……」
無視。これはこれで怖い。
そこで、僕は小さく深呼吸をして――
「文乃、今日放課後デートしようか?」
彼女がガバッと顔を上げた。
目が合う。真っ赤だ。
「今日も松さん、可愛いね」
ベシッ。
でも今日のは弱い。手応えが軽い。
……これは、少し期待してもいいんじゃないか。
彼女は誰にでも優しい。だからこそ勘違いしてはいけないとずっと思っていた。
でも、彼女の扱い方を一番理解しているのは――たぶん僕だ。
『僕は脈アリですか? 隣席さん』




