第92話 ~ファインの天敵~
ザームとサニー、一対一の接近戦は、凄まじい数の打撃の応酬だ。風と水を纏いし速さと重さ、鉄の棒とも打ち合い出来る手足を武器に、あらゆる角度からサニーがザームを打ち据える。ザームも器用に棒の手元近くを操って、それら打撃をきっちり防ぎおおしている。サニーの攻撃を回避したザームが退がり、サニーの射程距離圏外まで至れば、今度はザームの素早い棒術のスイングが返される。重いその一撃を食い止めたサニーが、ザームの棒を握り締め、共通一本の棒を握る両者が、がちりと止まって睨み合う。
「強ぇなあ、お前……!」
「お褒めに預かりどーも……!」
疎通はそれだけ、ふんと鼻を鳴らしたザームが、突如にして凄まじいパワーで棒を振り上げる。棒を握ったサニーごと持ち上げるんじゃないかというパワーでだ。沈めていた重心が浮きかけたことに、握ったままでは空に放り投げられると思ったサニーはすぐ手放すが、腰の浮いたサニーに突進するザームが、棒の尻の部分を振るって近距離戦を仕掛けてくる。
側頭部を殴られる寸前にかがんでかわしたサニーが、カウンター気味に距離を詰めて蹴りを放てば、腹を撃ち抜くその一撃をザームも身をよじって回避。片手でサニーの足首に手を伸ばして掴むのも速く、それでサニーの動きを一瞬止めたと思えば、もう片方の手だけで長い棒を操り、サニーの胸元めがけて棒の先端を突き降ろしてくる。器用さ以上に、この怪力は尋常ではない。
掴まれていない方の足を跳ばせて振り上げ、迫る棒先を蹴り上げるようにして、自分後方へ逸らすのがサニー唯一の回避法。後頭部の下、肩口両面から勢いよく自ら地面に叩きつけられるサニーだが、振り上げた両腕で地面を叩くようにして受け身、さらに足を引いてザームを引き寄せると、もう片方の足でザームの顎を蹴飛ばす突きを放つ。引き寄せられた瞬間に手を離したザームが、顎の前にその手を構えて受けるものの、押し出された手の甲が顎にぶつけられる形で後方によろめく。直撃よりはましという程度。
くるんとすばやく後転して立ち上がるサニーに、怯む時間も最短に、彼女を横殴りにする棒をザームが振るってくる。中腰から、胸が地面につきそうなぐらいまで身を沈めて回避、さらに地を蹴り急接近するサニーが、再びザームに連続攻撃だ。サニーの拳や脚が、よく動くザームの棒の手元に何度もぶつかり、ばちばちと衝撃音を鳴らし続ける。
どちらにも言えることだが、守りに入れば負けは免れるものの、圧倒できないほどに相手の守りや回避力が強い。攻勢に勢いを乗せても、攻めきれないのは双方に言えることだ。目先の相手との白兵戦に集中しつつ、この状況を打破する何かがあるなら、自分にとっての味方であるあいつだと、どちらもわかっている。
「カゲの卵さんよ、頼むぜ……!」
「ファイン、早く……!」
交戦位置を移してしまったファインと、トリコロールカラーの少女。サニーとザームの一騎打ちの結末は、もはやそちらの勝敗に依存するとさえ言ってもいい。
元よりザームがクライメントシティから逃亡しようと思えば、ファインかサニーのせめて片方を戦闘不能にしなければならない。あの機動力も実力も持ち合わせた二人に、手を組んで追いかけられては自由に動くことも難しくなる。ましてザームはクライメントシティ侵攻軍のキーパーソンであり、二人を相手にもたもたしていたら、やがて他の天人陣営の兵も集まってきて包囲されてしまう。そうなったらおしまいだ。
「火炎幕」
「っ、また……!」
青白赤の全身の少女は、それを阻むのが仕事。風の翼で飛翔するファイン周辺の空域に、大きな炎の幕を作り出し、ファインを自由に動かせない。ファインの立場からすれば、伯仲した実力者同士のサニーとザームの戦い、それに援護することさえ出来ればほぼ勝ちなのに。突然空中に発生する炎の幕や、それに突っ込まされる直前に回避した矢先、火球を投げつけてくる少女の動きに翻弄され、好きな滑空軌道を作ることが出来ない。
炎熱と炎の幕で視界の悪い空中、ファインも少女の姿を何度も見失う。少女の立ち回りは素早い。足元、地面を高速隆起させる地術で自分自身を跳ね上げ、身体能力以上に跳ぶ少女は、乱立する建物の屋上や、傾いた建物の窓枠に手足をかけて静止、それを繰り返して頻繁に立ち位置を変えている。
「あははは、どこ見てるの?」
「くっ、あ……!?」
やっと空中、迷路のように張り巡らされた炎の幕を切り抜けたかと思ったら、ふとすぐ近くの建物の窓から顔を覗かせる少女に声をかけられる。声をかけると同時に火球を投げつける少女の攻撃、それを回避するために急上昇したら、またサニー達から遠のく。さらにその上昇方向にもまた炎の幕を作られ、気を抜く暇もない。計算立てた滑空軌道を作れない。
完全にファインの動きを見切って操る少女は、ザーム達の場所からファインを充分に引き離した今も、執拗にファインを追い詰める。早くサニー達の所に戻らなきゃ、その一念に焦るファインの余裕のなさ、それによって狭まる彼女の視野、発生する盲点から攻め、あらゆる自由を束縛する。
「さ~ってと、そろそろ終わりにしようかな」
炎の空中幕を断続的に発生させながら、ファインの滑空軌道を先回りした地上一点に移動し、少女は両手を広げて魔力を練り上げる。炎に視界を遮られ、それらの回避に必死なファインは、敵の動きに気付くことも出来ない。
「命綱切♪」
少女を中心とした中範囲の円形、その領域内の真上領空に、少女の魔力が噴き上がる。それは魔力の領域内を異常な重力に満たす空間であり、誘導される形でファインがその空域に突入してしまう。その後のファインがどうなるか、知った上で楽しみだから、少女の声も機嫌が良い。
「っ、が……!?」
空を飛ぶためのファインの翼の力と相殺以上、少女の生み出す超重力が、空域内に侵入したファインを容赦なく地上へと引き寄せる。ただでさえ体を傾かせて飛んでいたファインが、がくんと進行方向を折り、前向きと下向きの合力で前方斜めに落ちていく。何が起こったのかわからず、しかし必死で上昇するための力を振り絞るファインが、重力空間から脱出する頃には、既に高度もかなり下がっている。
体勢も崩れたファインを後方から見据える少女が、パチンと指を鳴らした瞬間、ファインの眼前に炎の幕が発生する。もはや逃げられず、炎に突っ込むしかなくなったファインは、唯一残された生存への手段、水の魔力を全身に纏う。空を飛ぶための魔力に意識を割く暇もなく、ファインを包んだ水の魔力が、炎に突入した彼女を守る。しかし、それによって火傷を負わずに済んだものの、飛ぶ力を失ったファインは投げ出されるように地面へ真っ逆さま。
斜めに地面へ突っ込むファインは、不時着の瞬間に緩衝の魔力をぎりぎりで投じ、半身で地面をがつがつ跳ねて転がっていく。間もなくようやくファインの体が止まったものの、勢いを弱めたとはいえ何度も地面に叩きつけられたファインが、立ち上がれずに体をひくつかせている。
「つっかま~えたっ♪」
「んぅ……!?」
倒れて身動きの取れなかったファインに、のしりと覆いかぶさってくる少女がいる。半身で倒れていたファインの体に上からかぶさり、ファインをうつ伏せにして全身で押さえつける。胸をファインの背中に押し付け、両肩を持ち、下げた頬をファインの耳元にすり寄せる。
「ねぇねぇ、あなたがファイン? 混血児の?」
体の痛みに全身を震わせていたファインが、その問いを耳にしてぴたりと止まる。体が痛いのは変わっていない。しかし、急に問われた内容と、この状況で突然訊かれたことで、ファインの思考が硬直したのだ。
「答えてよ~。答えてくれないと、殺しちゃうよ?」
「ひ……!? そ、そう……そうだけどっ……!?」
「うふふ、そっかぁ。そうなんだぁ」
喉元にちくりと爪を立ててくる少女の行動で、ぞっとしたファインは思わず応えた。嬉しい回答に笑う少女は、上体を起こしてファインの腰の上に座る形になり、自分の胸の前で掌同士を近づける。
「大食いピエロ」
自分の上に乗っかった少女の、詠唱めいた一言に、ファインはぞくりとして振り返る。両腕を張って上体を逸らし、首を回して振り返るファインの目の前には、満面の笑みの少女がいる。近い両手の間に、真っ黒な球体を浮かせてだ。
「これ、何だと思う?」
一目でそれが、どういう魔術なのかわかったファインは、血相変えて這ってでも逃げようとした。ファインの腰の上に乗った少女が、急に動いたファインによってぐらついたぐらいだ。落ち着いて重心を落とした少女のお尻が、ぐっとファインの腰元を改めて押さえ、右手でファインの背中を押す少女が、逃げようとしていたファインを地面に押さえつける。
「逃がさないよ~?」
「いっ、嫌……嫌……! やめ……」
片手で地面を引っかき、逃げたい遠くにもう片方の手を伸ばすファインの挙動は、少女にとってすごく楽しい。既に恐怖で心を満たしたファインを、さらなる絶望に陥れるための黒い球体。左掌の上に浮かせていたそれを、少女はファインの首元にぐいっと押し付けた。
黒い球体はファインの体の中に沈んでいく。それと同時に、死に物狂いで暴れていたファインの動きがぴたりと止まってしまう。体の中に侵入してきたそれを、異物感に近い実感で知ってしまったファインは、血の気の引いた顔で動かない。
「さーてと。これであなたも、ただの普通の女の子♪」
立ち上がり、ファインを解放する少女の下、地を這っていた姿のままファインががたがた震えている。まさか、そんな、間違いであって欲しいと祈り、体内に魔力を練り上げるも、ファインが実感するのは虚無。ファインの生み出した魔力が、彼女の体内に侵入した少女の黒い魔力に吸い取られ、形にならずに消えていく感覚は、ファインに最悪の現実を知らしめる。
「逃げなくていいの? じっとしてるなら殺しちゃうけど」
恐ろしい言葉に慌ててファインが振り返ると、ファインを見下ろしている少女がその手に、尖った石の槍を握っている。それを振り下ろす直前の少女の姿勢にぞっとしたファインが、無我夢中で体を横に転がした瞬間、石の槍を振り下ろした少女が、さっきまでファインが寝ていた地面を突き刺す。
慌てて立ち上がるファインが少女の方を向き、両の掌を突き出した。強い風を生み出す魔力を行使し、少女を吹き飛ばそうとするも、何も起きない。それ以前に、生み出そうとした魔力が体内で吸収されて完結し、魔術行使にまで繋がらない実感が、さらにファインに重い絶望感を与える。
「魔術、使えないでしょ。あなたそれで、私と戦うつもり?」
少女の黒い魔力はファインの体内に、ファインの生み出す魔力を食う毒として居座っている。今のファインはそのせいで、魔術を使うことが出来ない。クラウドやサニーと違って、体ひとつで戦う力の無いファインにとって、魔術を封じられるのは戦闘手段の剥奪と同義。天界兵さえ手玉に取り、余裕の顔であしらえる魔術師の少女を前にして、武器もなく丸腰だ。震える体で一歩後ずさるファインにとって、無力な獲物に満面の笑みで一歩近付いてくる少女の姿は、過去に見たどんな人や敵よりも恐ろしい。
「っ……!」
「あははは、鬼ごっこだね! 捕まえたら、いーっぱいいじめてあげる!」
二歩三歩後ずさってすぐ、少女に背を向け走り出すファイン。高い声で笑う少女はとことこと駆け出し、今や戦う力を持たない町娘同然のファインを追いかけ始めた。




