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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第5章  砂嵐【Rescue】
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第90話  ~発掘された真実~



「コイツら……」


 地底を掘り進めていたザームだったが、その手を止めて既存の地下道を奔走する。土の魔力の扱いに秀でるザームにとって、この地下道で動く者の位置は手に取るようにわかる。土石流のトラップで押し潰したと思った二人が、生き延びて自分を追いかけているのも把握しているのだ。


「サニー、そっち行って一つ目の分かれ道を真っ直ぐ、二つ目を右! それで挟める!」


「オッケー!」


 それだけでも二人を厄介者認定はしているのだが、気付けば二手に分かれている動きがさらに面倒。二人の予測走行ルートから計算すると、今いる自分の位置を前後から挟み撃ちにしてくる予感がする。探査能力までしっかりと持ち合わせた難敵ということだ。小さく舌打ちしながら走るザームが、近い場所の分かれ道を左に曲がっていく。


「あれ、ファイン?」


「大丈夫、こっちこっち……!」


 敵を見つけられずにばったり再会した二人だが、ファインが足を止めずにサニーを導く。ファインから見て前、サニーから見て引き返す方向だ。かと思えば、一見なんでもないような一本道の真ん中で、ファインが立ち止まって壁に手を当てる。


「絶対ここ……!」


 両手でぐっと土壁を押すように体重をかけ、ファインが土を崩すための魔力を流す。壁の手応えが変わった実感を得たファインは、はっ、と短い声とともに、体が後ろに後ずさるほど土壁を押す。すると一気にファインの目の前の壁が崩れ落ち、向こう側への道が現れたではないか。


「くぅ~、マジかよあいつら」


 横道の入り口を急造の土で塞いでやったというのに、あっさり看破してくる敵の勘の良さには、ザームも嘆きたい気分。走るザーム、その後ろから追うファインとサニー。見えもしない位置の敵をはっきり認識した両陣営が、逃亡する側と追跡する側に割れて地下道を走り抜けていく。


 体よく発動させられるトラップも無く、覚悟を決めたザームは地下侵攻を諦めて、ある方向へと駆けていく。分かれ道で二つの選択肢の中から片方を選んだザームの後方、追っ手も同じ道を選んでしっかり追ってくる。これ以上逃げても無駄だと判断したザームは、既に二人を迎え撃つ覚悟を決めていた。











「っ……!」


 思わずファインは急ブレーキ気味に立ち止まり、彼女を見受けたサニーも隣で立ち止まる。高い天井、平坦な地面、広い空間。ドーム状にたたずんだ、地底の大きな空間の真ん中に、火の玉を周囲に舞わせて周囲を照らす人影がある。すぐにファインが両手の間に強い光を発する光球を生み出し、この空間の天井の中心へと投げつけた。光球が放つ強い光は、天井からこの空間全体を明るく照らし、火球を操る男の姿を、はっきり目に見える形にする。


「かぁ~、せっかく可愛いのに勿体ねえ格好してやがんなぁ」


 布が余って膨らむほどぶかぶかの黒のズボンに、胸元と二の腕だけを覆う黒の肌着を纏い、手首には幾重にも連なる金の腕飾り。細くも引き締まった腹筋と腕を露出させ、蠍の尾のように束ねた後ろ髪を流す裸足の男は、砂漠の民を思わせるような風体だ。クライメントシティ侵攻軍の首領格に当たる男、ザームの顔立ちは二十代後半の若いものだが、それでも多くの修羅場をくぐってきた風格を匂わせるほど、その眼差しは尖っている。


「あんたが、クライメントシティの地下を荒らしていた奴ね?」


「おう、俺ぁザームってんだ。お前らは?」


「サニー」


「……ファイン、です」


「いい名前もってんじゃねえか。こんな形でなきゃ、口説いて一緒に歩きたい子達なんだがなぁ」


 土まみれで可愛い顔も台無し、そんな二人を勿体ない格好と評したザームは、やれやれと言わんばかりに肩をすくめる。敵対陣営として初めて対峙したファインとサニーを見比べ、俺はこっちの方が好みだなとサニーを見つめるザームの目線には、サニーもしっしっと手を振って対応だ。


「地上の要石を仲間達に壊して貰って、何が目的だったの?」


「要石には大地を安定させるはたらきがあるからな。ぶっ壊して貰わなきゃ、魔力で頑丈に保護された土が掘り進められねえんでよ」


「答えになってなくない? 何が目的だったのって聞いてるんだけど」


 奇襲に備えて構えるサニー、その隣でファインも既に身構えている。普段から"対話"を重んじるサニーだが、たとえ交戦ほぼ確実のシチュエーションでも、敵の真意を問い正しておきたい。真実を語って貰えるかはまた別問題だが、それでもだ。


「クライメントシティの地下に何が眠っているか、お前らは知らねえのか?」


「……地底王オゾンを復活させる、なんてこと出来るはずがないわよね」


「はっはっは、面白い冗談だな。夢見がちな女の子は嫌いじゃねえぞ」


 とうに天寿を全うしているはずであろう、地底王オゾンを蘇らせることなんて絶対に不可能だ。ザームの答えはそういう意味であり、出来もしないことを仮説立てたサニーを笑い飛ばす。だったら何を、と質問を重ねようとしたサニーより早く、ザームが言葉の続きを紡ぐ。


「まあ、若い連中なら尚更想像できねえだろうな」


「話してくれるつもりはないんだ?」


「生きて地上に帰れたら、天人のお偉い様にでも聞いてみな。教えて貰える保証はしかねるがね」


「じゃあ質問を変えさせて貰うけど」


 適当な作り話をしようともしないあたり、ザームも時間を稼ぐなど、そうした目的がありそうには見えない。教えてくれない話はとっとと流して、サニーは自分のリズムで聞きたいことを聞く。


「タクスの都の闘士様達が何人か地上に参戦してるみたいだけど、あれってどういうこと? どうしてこんな離れた街の暴動に、あの人達が参加しているの?」


「あぁ、それは……ん~、まあ少々姑息な手段を使ったし、誰ぞの名誉のためにも話してやってもいいかな」


 天井を指差して地上の騒乱を指し示すサニーの正面、腕を組んだザームは少しの間、考え込む。少しばつの悪そうな顔をしているが、それは数日前に自分が行なった行動に、後ろめたさを感じている表れか。


「ちょっと遠くで、活きのいい娘を攫わせて貰ったんだよな。んで、そいつを使って人買い騒動を演出させて貰って、闘技場の不信感を煽らせてもらったっつーわけよ。おかげで俺達が闘技場の連中に、ひっそり交渉しに行ったところ、何人かがこっち陣営に手を貸してくれるって形になったわけだ」


「……人買い騒動?」


「新聞にも載ったような出来事だが、知らねえか?」


 知らないも何も、ファイン達には思いっきり心当たりがある。黒い箱に閉じ込められ、夜中にタクスの都の闘技場に向けて運ばれていた少女を、ファイン達が助けたのだ。攫われた少女リュビアが、あのままタクスの都の闘技場に、奴隷として売りさばかれる立場だったというのは、ファイン達にとって他人事ではない。現在の友達の身に起こった出来事だ。


「……あれが、演出だったっていうの?」


「タクスの都の闘技場は、一線を超えた悪事をはたらくような施設じゃねえが、オーナーがケチなことやら人使いが荒いことで世間への印象は良くないからな。攫ってきた女を使って、ひと芝居打たせて貰ったってわけよ。苦労したんだぜ? いい場所で壊れる程度に馬車を改造すんのはよ」


 サニーが想像力を巡らせる。今の話が本当なら、数日前にタクスの都の闘技場にかけられた容疑は完全な濡れ衣であり、人攫いになど全く携わっていない線が立つ。あの事件の首謀者は、今サニー達の目の前にいる。それを踏まえて改めて考えれば、あの日の出来事にも新しい真実の一本筋が見えてくる。


 リュビアを攫ったザーム達、"アトモスの遺志"は、彼女を黒い箱に閉じ込めて、関所を介さずタクスの都の中に運び入れた。恐らく手段としては、地を掘り進むザームの力を利用するなどしたのだろう。タクスの都にも、そうした手段で密輸等を行なわせないための要石は設置されているのだが、アトモスの遺志は大きな組織だ。何らかの手段で一時的にでも、それを排除するなりすることは出来た可能性は高い。


 そうして運び込んだリュビアを馬車に積み、闘技場に向かわせる道のりの中、わざと馬車を壊したのだ。敢えて不審に慌てふためく御者が逃げ、放置された馬車の中から、縛り付けられ箱に閉じ込められた女の子が救出されたら、あとは簡単である。お前をタクスの都の闘技場に売り払ってやる、とさんざん脅かしておいた女の子は、タクスの都に身柄を保護して貰えば、そうした事情を証言するはず。こうして、闘技場に人買いの濡れ衣を着せ、闘士達に不信感を抱かせる算段だったのだ。


「ニンバス様も、あんた達の仲間ってわけ?」


「ここ最近、部下と一緒にこっち側に回ってくれてな。戦力としては切り札みたいなもんだ」


 しかし僅かに予定が狂ったのは、リュビアを保護したのがタクスの都の者ではなく、どこの誰とも知らぬ少年少女だったこと。しかも数日待ってみても、そいつらは役所にリュビアのことを報告もしない。だから、ニンバス達がファイン達を襲撃し、騒ぎを大きくしたのだ。そうしてようやく、リュビアの事が公に知られることとなり、少し遠回りしつつもザーム達の狙いは実現したのである。


 一度天人相手にきつい不信感を持ってしまえば、力があるなら誰だって、いつでも暴徒に変わり得る。この世界には、日々は耐えつつも天人優位の世界に苦しむ地人が、星の数ほどいるのだから。ザームは、誰よりもそれを知っている人物の一人である。


「闘士の連中も、流石に多くは闘技場への義理があるのかごっそり引き抜くことは出来なかったが、トルボーやヴィント、ホゼのおっさんがこっち側に回ってくれたのは幸運だったな。タルナダの親分まで来てくれたのは、想定以上の収穫だったしよ」


「……あんた、妙に詳しいわね」


「俺も短い間だったが、闘技場で闘士やってた身分なんでな。二十歳でAランクを獲得したりして、あの頃はまあまあ周囲に持て囃されてたんだが」


 卑怯な手段を用いた割に、ばつの悪そうな顔をするわけだ。かつて闘技場にて生計を立てていた立場でありながら、当時の恩に後ろ足で砂をかけている自覚はザームにもあるのだろう。人は非道に手を染めても、時に気まぐれ、己の行動に後ろめたさを感じることもある。決して美しくはないが、それもまた人の心だ。


「何にせよ、人買い闘技場に不信感抱いた闘士を兵力に加え、クライメントシティの要石をぶっ壊し、その隙に俺が仕事をするっていう段取りだったんだがなぁ。とんだ邪魔者が入っちまって……"カゲ"様も、案外詰めの甘いところがあったりすんのかねぇ?」


 ファインを地上に引きずり込んだ"アトモスの影"は、彼女を味方に引き抜く説得をしてみるとザームに示唆したのだが、そのファインは今こうして目の前にいる。対立する立場のままにしてだ。こうなってくると、混血種のファインまで相手取るのは骨が折れると、ザームにとって気が重くなる展開である。


「……まあ、いい。俺も喧嘩は強い方じゃねえが、まだ捕まるわけにはいかねえんでな。女を叩きのめすのは気が進まねえが、それは災いの箱を自ら開けた自分達を責めてくれや」


 腰の後ろに手を回したザームが、短く太い金属の棒を握り締める。それは畳んだ五節棍を畳んだものであり、がちゃんがちゃんとそれを操ったザームが、鎖で繋がる節を噛み合わせ、一本の細長い鋼の棒の形にする。地底を掘り進んでいた暴徒達の頭、ザームが得意とするのは棒術だ。


「もういいだろ、始めようぜ。お喋りは楽しかったが、俺も早く片付けて仕事に戻りてえからよ」


「ファイン……!」


「うん……!」


 風を纏うサニーが構え、魔力を練り上げるファインが一歩退く。前衛にサニー、後衛にファインを置く形でならず者と対峙するのは、二人の間で最も慣れた陣形だ。


「さあ、かかって来い! アトモスの遺志、クライメントシティ侵攻軍が長ザームの首、取れるもんなら取ってみな!」


 闘技慣れしたザームの声が、広い地下空間で強く響き渡る。拳を握り締め、初速から凄まじい速さで我が身を発射するサニーの後方、ファインは広げた手に力を込め、指を僅かに曲げていた。

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