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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第5章  砂嵐【Rescue】
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第88話  ~立ち上がれるなら立ち止まらない~



「あ、あはははは……危なかったわねぇ……」


「う、上手くいってよかった……死ぬかと思った……」


 ファインもサニーも心臓ばっくばく。本気で死ぬかと思った。今はもう窮地を乗り越えた直後であるが、死に瀕した余韻っていうのはなかなか引いてくれないものだ。


 逃げ場なき一本道で土石流の気配を感じたあの瞬間、ファインは真上の土天井に魔力を放出した。ぎっしり圧縮された土の塊に触れ、軟化させて分解する土の魔力は、ファイン達の頭上に長い縦穴を作ったのだ。それとほぼ同時、足元から放つ土の魔力で立っている場所を隆起させ、自分達の体を上方に逃がす。こうして、一本道の上方に作った急造の逃げ道へ、二人の体をファインが避難させたのだ。


 二人がそこへ逃げ込んだ直後、ついさっきまで二人のいた場所を、凄まじい轟音とともに多量の土砂が駆け抜けていった。あのままあそこに立っていたら、間違いなく二人とも土石流に飲み込まれ、全身を粉砕された上で生き埋めになっていただろう。まさに僅差の脱出劇だった。


「よっ、と」


 ファインにしがみつかれたままで、サニーは掌の上に再び光球を生み出す。突然の展開で、生じさせていた光球もどこかにやってしまったが、改めて作り直せばまた真っ暗闇を照らせる。ファインが作った緊急避難空間は、手を左右に広げられないぐらいの狭いスペースで、肌を密着させる二人が距離感を作れない窮屈さだ。


「せ、狭いね……ちょっと待ってて、すぐ広げるから……」


「ん~? 私はこのままでもいいよ~?」


「やっ、ちょ……! そ、そんな場合じゃないでしょ……!」


 近いファインの顔に頬をすり寄せてくるサニー、こんな状況でよくもまあ。ある意味、この緊急事態でマイペースな友人の姿は緊張をほぐしてくれるけど。サニーの顔をぐいっと押して離すファインは、サニーに背を向け横の土壁に手を触れる。


「なんとかなりそう?」


「んー、あー……遠いなぁ……」


 地中の極めて小さな空間に、二人して生き埋めにされたような状態。魔術でどうにか打開していく手段がなかったら、足掻きようもなく飢えるだけの状況だ。土に魔力を通し、近しい地中全体の様相を探るファインだが、この方向に掘り進めば近い地下道に出られる、というスポットがなかなか見つからない。


 とはいえそれでもやっていかなければ身動きもとれないので、土の壁を軟化させる魔力を流したファインが、その手で壁を掘っていく。非力な女の子の手で、もろもろと容易に土の壁が崩れ、時間もかけずに二人が充分動けるようなスペースが出来ていく。そこまで状況が整えば、サニーもファインの横に並び、彼女が柔らかくしてくれた壁を掘る手伝いに回る。


「えらく簡単にとろけるのねぇ。流石ファインだわ」


「普通の土だし、別にそんな難しいことじゃ……でも、ちょっとゆるすぎかなとは思う」


「どっかの誰かさんがあちこち掘り進んでるから、地盤全体ゆるくなってんのかしら?」


「それもあるかもしれないし、何より要石(かなめいし)が壊されてるせいでもあると思う」


 黙々と掘り進めるのも億劫なので、二人で会話を紡ぎながら。その中で、地上の暴徒達が壊して回っている"要石"の単語が出たところで、ちょっとした間をサニーが設ける。


 二人は、風見鶏を模した要石が破壊されたところを目にしている。暴徒達の暴れる目的の中に、要石の破壊が含まれていることは、他の天人陣営に比べて二人には想像しやすいところだ。


「要石を壊す地上の連中の目的は、地底を掘り進んでいる何者かさんをサポートする、ため?」


「……そう、かもしれないね」


 クライメントシティの地下に、かつての大敵を封印し続ける目的で設置されている要石だが、あれには他に、地盤を安定させるためのはたらきも含まれている。せっかく地底に何かを封印しても、地震やら何やらで、地の様相が変わったりしたら封印にも響きかねない。要石の損壊が、地底を掘る何者かの仕事をさせやすくなる結果に繋がりそう、というのは自然な推測だ。


 しかしそれが本当だとしたら、地底で暗躍している何者かの狙いというのは、想像以上に危険なものであるように感じる。あれほどの兵力を投じて、クライメントシティに戦争を仕掛けるような猛襲をかけ、痛みと犠牲を伴ってまで要石を破壊して、地底を掘り進める何者かを全員で支持する。そこまでして何がしたいのか、と思えば、地中の何者かが企んでいる真意というのは、暴徒達にとってよほど大きな収穫をもたらすものであるのだろう。


 特にクライメントシティの地底には、伝説級のいわくがついている。敵の真意は具体的に看破できぬものの、想像に及べぬからこそ、何をしでかすつもりかわからない敵の思惑に、無性に危機感が募っていく。


「急いだ方がよさそうね」


「うん……!」


 焦らず急ぐ、まさにそれを求められる局面だと二人は感じた。狭く薄暗い地中においても色褪せない二人の強い意志力は、漠然とした脅威から故郷を守るため、身近の光球より強く輝いている。











 タルナダは猛威を振るっていた。仕留めたクラウドを置き去りにして、天人達へと差し迫る。巨体ながらも風のような速度で駆け、あっという間に敵との距離を詰めたタルナダは、いずれも射程範囲内に敵を捉えた瞬間に勝負を決めている。


 どのように武器で迎撃されたところで、腕の片面や手刀で敵の武器をはじき返し、敵の懐に入った瞬間に突き出す拳や、肩口をいからせた体当たりで一撃必殺。魔術や飛び道具で狙撃されても、種族の血が頑強に生まれさせた背中を向け、あらゆる攻撃をほぼ無傷で凌ぐ。唯一タルナダを仕留める手段があるなら、前方から彼を斬りつけたり撃ったりすることだが、隙のないタルナダにそれを出来る人材が、天人陣営には一人もいない。


 誰かに近付く、仕留める、また他の一人に接近して仕留める、そんなタルナダを誰も止められない。しかもタルナダは、有事の際には味方のそばに舞い戻り、友軍を狙撃する飛び道具などを自分の背中を盾にして食い止める立ち回りも見せている。地人陣営の数は、あと僅かでゼロというところから減らない。天人陣営の頭数ばかりが、時を経つごと順調に減っていく。


 天界兵様のような実力者、あるいは他の部隊が合流してくれることを祈りながら、決死の想いで闘いに臨む天人達。それをタルナダがほぼ一人で追い詰めている。決着は時間の問題、それはこのままいけば間違いないことだった。


「ぬ……!?」


 また一人、天人の警備兵一人に接近し、胴元めがけて振るわれた斧を、肘でかち上げて防いだタルナダ。すぐにあったはずの追撃に移らない。武器をはじかれ、後方によろめいた警備兵の眼前には、自分とは全く別の方向を振り返り、視線を固定したタルナダの姿がある。


 おいおい冗談だろ、とタルナダは、口にせずとも心中で強く感じていた。倒れたまま動かなかった一人の強豪が、地面に五本の指を突き立てるようにして、顔を上げようとしているではないか。ふと視界の端、あいつが倒れている位置があったものだが、それが動いただけでもタルナダにとっては見逃せない事象である。


 明らかに自分から意識を逸らしているタルナダへ、斧をはじかれた警備兵も、舐めるなと斧を振るった。しかしタルナダも脇の高さで振るわれた斧に、肘を勢いよくフルスイング。武器と肉体の激突、それでも屈強な筋肉と堅固な守備力を持つタルナダは、敵の斧を衝突の瞬間にはじき飛ばし、武器を手元から失った警備兵に、胴を撃ち抜く回し蹴りを放ってぶっ飛ばす。


 雑兵などどうでもいい、目を切ってはいけないのはあいつだ。体ごと"奴"に振り向いたタルナダの前方遠くには、すでに片膝を引き寄せて、立ち上がりかけた少年の姿がある。どんな敵でも一撃必殺で葬ってきた全力の蹴りを、がら空きのボディに叩き込んでやったはず。そんなあいつが立ち上がってきたというだけで、タルナダにとっては絶句ものの出来事だ。


「ッ、ぐ……ごぷ、っ……!」


 とうとう顔を上げたクラウドの顔色は真っ青で、痛みと苦悶で呼吸もままならないのが明らか。砕けたあばらに鐘突き棒のような重打撃を受けて、無事なはずがない。またも喉奥からせり上がってくる血を、吐かぬように片手で口を押さえ、頬を膨らませている。そして僅かな間を置いて、口内いっぱいにどろりと溜まった血を、自分のペースでどちゃりと吐き出す。そんな体で立ってきた時点で、そもそも相当に異常なこと。


「こいつ……」


 やはり、侮れない少年だと思った。タルナダは一気に駆け寄ることをせず、ゆっくりとクラウドに近付く一歩を踏み出す。最善の間合いに入った瞬間、急加速して一気に仕留めるための予備動作だ。悠長に見えて、ここ最強の敵を今度こそ仕留めるためのタルナダの行動は、彼の目線で最善のものであったはず。


 その正しさが、予想外の形で証明されるのは、次の瞬間のことだ。


 クラウドの姿が、突然に大きくなったような気がした。実際、真正面から見ればそうだったのだ。ぜはぁと息を吐いたクラウドが、二歩目の足音をタルナダが鳴らした瞬間、地を蹴り一気に突進してきたから。そして、遠くにいたはずの少年が突然大きくなったと思えたほどに、ほぼ一瞬でタルナダを至近距離に捉えたクラウドの速度が凄まじい。


 咄嗟に手刀を振り上げたタルナダが、突撃任せのクラウドの正拳突きをはじき上げる。大きく体を上ずらせるクラウドだが、流れるままに体を回し、踵を迫らせる回し蹴りをタルナダの側面から最速で差し向ける。あらゆる人間の腕をへし折るであろう回転蹴りを、タルナダは僅かに腕をひねり、腕の頑丈な部分で受け止める。直立視点で後方にあたる、腕の一面は刀のように頑丈だ。


 腕は折れない、それだけ頑強。しかし、押し出される強さのあまり、タルナダは体を逃がす方向に跳ばずにはいられなかった。踏み止まれば、斧や魔術にも屈さぬ最強の皮殻の下、骨を折られる予感があったからだ。凄まじい衝撃を、体を逃がすことで緩衝するなんて、タルナダにとっては人生でも数少ない経験。クラウドから少し距離が生じている位置で、重心を落として構えるタルナダには、敵が負傷した体であることを踏まえてなお驕らない。


「すげぇな、お前……!」


 その実力だけではない。近くして見据える形になるクラウドが放つ覇気は、百戦錬磨の闘士をして、肌をびりびりと痺れるほどのものだ。並の奴なら至近距離でこれと向き合えば、誰でも腰が引けて後ずさるだろう。クラウドからかなりの距離があるにも関わらず、そんなクラウドを視界に入れた天人や地人が、交戦中なのも忘れて彼から数歩離れようとした姿が、それを物語っている。


 以前からタルナダは知っていたことだ。クラウドもまた、何らかの古き血を流す者ブラッディ・エンシェントの一人であることを。その血の本質が何であるかは解き明かせずとも、滅茶苦茶に破壊されたはずの体を立ち上がらせ、これほどの闘志を露に鋭い眼差しを差し向けてくる、その一事で充分。


 血を吐くほどの手負いの少年、それを相手に、僅かでも気を抜けばやられると感じることなんて、タルナダにとっては前代未聞のことだろう。それを、思い違いや考えすぎではなく、真に迫った現実であると確信するタルナダの眼に、敵を侮る色は一切無い。だから彼は、常に最強で在り続けられたのだ。


「いいぜ、来いよ……! 決着をつけようぜ……!」


「っ……がああっ!!」


 数多の挑戦者を迎え撃ってきた精神力と、すべての闘いで勝利してきたことによる自信を揺らがせぬ王者。そんなタルナダが、これぞ最強の挑戦者と見た相手に声を発した瞬間、けだもののように吠えたクラウドが一気に突進した。

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