表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第5章  砂嵐【Rescue】
91/300

第86話  ~地の底へ~



 クライメントシティの地人区画には、一つ大きな霊園がある。言い換えれば、共同墓地と言えるような場所だ。街全体が戦火に包まれ、混沌を極めている今日この頃、こんな所に立ち寄ろうとする者は誰もいない。


 たった一人、こんな場所を訪れたサニーの予想どおり、この近くには誰もいない。都合がいい。改めて入念に周囲を見渡し、誰も見ていないことを確認したサニーは、なおも用心深く木の影にしゃがんで地面に手を当てる。練り上げる魔力、親友を探すために発動させる魔術。これは今、誰の目にも見せるわけにはいかないサニーの隠し玉だ。


「宝を隠すなら墓の中、とは言うけど……!」


 墓場とは、人によって掘り返されることが最も少ない場所だ。土の下に何があるかわかっているし、誰もそんなもの見たがるまい。魔力を介して地表から伝わる、霊園いっぱいの地面の様相を把握したサニーは、確信めいた眼差しを上げて、とあるひとつの墓石のそばへと駆けていく。


 助走任せに一気に駆け寄ったサニーは、迷いも容赦もない回し蹴りを放ち、大きな墓石を蹴飛ばした。とんでもなく罰当たりな行為だが、墓石がどいた後の黒い土に、風の力を纏った両掌を振り下ろすサニーは、誰かさんの墓を荒らす無礼を全く顧みていない。


 どうせこの下に仏様が眠っていないことなどわかっているのだ。墓石に刻まれたのは適当な名前あたりであって、墓石そのものが森の中に隠した木に過ぎないことも。


「ぺっぺっ……! あった!」


 墓石の下に隠されていた土を、サニーの掌が起こす風の爆発で吹っ飛ばせば、その下にあった空洞が姿を現した。地下道への入り口だ。跳ね上げた土を浴び、口に入ったものを吐き出して顔を拭うと、サニーは迷わずその穴へと飛び降りた。


 さなかに掌を上に向け、掌のそばについてくる光球を生み出してだ。そこそこの深さを飛び降りて、湿った土の上に着地するころには、光の魔術によって生み出した光球が、サニーの掌の上で闇を照らしている。地下道は、ゆるやかな坂を下るようにして奥へと繋がる道を作っており、サニーは人が走れるほどの広い地下道を駆けていく。


 今のところ、ほぼ一本道。ファインを求めて走るサニーは、墓地まで辿り着くまで駆け続けたにも関わらず、衰え知らずの速さで地中を進んでいく。











「ここだ……!」


 周囲の土を自らの魔力で探り、脱出口を探し求めていたファインだが、ようやく答えに近いものが見えた。今、ファインが両掌で触れているのは天井だ。足元の土をせり上げ、手を伸ばせば天井に届くような高台を作った彼女は、掲げた掌ふたつを天井に押し当てている。


 土で満たされた天井の少し向こう側、空洞が存在しているのが、地を探る魔力を介してはっきりわかった。つまり、天井のこの場所を上向きに掘り進んで行けば、そう遠くなく別の空間に出られるということだ。四方の壁からは見つけられなかった答えを、天井から見つけたファインは練り上げる魔力の色を変え、固い土の天井に10本の指を突き立てる。


 小範囲のみ、土よ柔らかくなれ。地の重みで圧縮され、ぎっしり固まっていた天井の土が、もろもろと柔らかくなり、ファインの指先で撫ぜるだけでぼろぼろ崩れていく。頭の上の土を掘っていく作業の中、ぱらぱら顔の上に落ちてくる土に目を閉じながら、足元の土をまた少し隆起させる魔術を行使するファイン。少し掘り進めれば、自分の位置を上昇させないと、手が届かなくなっていく。


 足元をせり上げる、天井の土に触れて魔力を流して柔らかくする、手を怪我したくないから水の魔力でついでに土を泥に近づける、指先でその柔らかい土を掘る。非力なファインが、浜の砂を掘るかのように、手際よく天井を掘り進める。地上、クライメントシティの現状が気になって仕方ないファインは、脱出への道が作れるとなった途端、急ぐように手も速い。


 進行上々、テンポよし。ただ、それもちょっと遠因になって、ファインの頭上の土が過剰に柔らかくなってきた。指を食い込ませた瞬間、掘り進める天井の小範囲が、ふるふると震えているような気がしたが、生憎それって気のせいではない。


「あっ、やば……」


 直後、どざーっ。軟化させる魔力と水を含みすぎて、凝縮体を保てなくなった土が、ファインの上からどっさり落ちてくる。まずいと思った瞬間に顔を伏せ、両手で頭をかばって目を閉じたファインだが、大量の土はファインの頭の上からたっぷり振ってくる。彼女の足元に落下して、隆起した高台から滑り落ち、多量の土は下方の空間へと流れるように落下していく。


「…………」


 泥まみれ。加えて、巨大植物の粘液に捕えられていた時、服に沁み込んでしまった植物の分泌液もまだ乾いておらず、おかげで土が服にこびりつく。髪も肌も服も泥んこになったファインは、うつむいたまましばらく顔を上げられなかった。これはへこむ。


 なんとか気を取り直して見上げると、遠い場所に天井が見えた。掘り進めた穴の向こうに、新たな空洞と、その空洞の新しい天井があることを示唆する光景だ。さっきまでいた密閉空間からの脱出は叶ったようで、おかげでファインもちょっとだけテンションが回復。ぺたんとその場に座り込み、両手で足元の高台を隆起させる魔力を強く注げば、掘り進んだ穴を機械的に進むかのように、ファインの足元の土もせり上がる。


 そしてようやく辿り着く、横穴の足元がぽっかり空いたかのような地下道。自分のすぐそばに浮かせた光球で、照らして視認できる光景から得られる状況は少ない。だが、少なくとも誰かがこんな地下道をクライメントシティの地中に作り、自分を引きずり込んできたのは確かだ。一方で、そんな何者かの狙いや真意がわからないのは、大掛かりそうな地下道の存在と併せて非常に不気味な点。


 こんなものまで作って、何をするつもりだというのか。地底にいるであろう何者かが、クライメントシティに害を為そうとしているなら、ファインには放っておくことが出来ない。思い至れば行動の早いファインは、悪意あるであろう何者かを探すため、光球を自分のそばに導きながら地下道を走り始めた。











「やー! ごめんなさいごめんなさい、降参ですー!」


 ほとばしる稲妻、渦巻く風。天界兵テフォナスが放つ魔術の砲撃が、青白赤の服を纏う少女に迫る。まるで力なき少女がいたぶられるかのように、あわあわ走って逃げ惑う少女を追いながら、テフォナスは全く鋭い眼差しを緩めていない。


「もうしませんからー! 許してくださ……ひゃわーっ!?」


 翼を広げて滑空するテフォナスは、少女が走る以上の速さで急速接近。彼女を射程距離内に捉えた瞬間、振り抜く剣の一閃は、容赦なく彼女の体を胴元から真っ二つにするものだ。間の抜けた、裏返った悲鳴をあげる少女だが、跳躍して回避した彼女は手近な建物の壁まで逃げ、それを蹴って離れた地面に着地する。


 降伏しましたもう勘弁して下さい、という口裏とは裏腹、なんと機敏で戦い慣れた動きだろうか。それでいてあのふざけた振る舞い、テフォナスにはかえって、余裕を見せ付けることで遊ばれているようにさえ感じる。


 上空へと舞い上がったテフォナスが振り向けば、彼から離れる方向へ、てこてこ走っていく少女の後ろ姿も見えている。背中を見せて無防備な姿。見せ掛けだけの隙だらけだろうと、冷静な顔の裏で密かにいらつくテフォナスは、突き出した掌から的確な狙いの風の刃を放つ。


「やめてー! 死んじゃう、当たったら死んじゃうからー!」


 振り返りもせず蛇行するように走る少女は、不規則に走っているようでいて、しっかりテフォナスの魔術を回避している。石畳に激突した風の刃が、ぱきんと石の欠片を跳ね上げていることからも、人の体に当たれば殺傷能力を持つ風の刃だ。しかし、当たらなければ意味が無い。当たらなくしているのは少女の方だ。


 少女の背後上空から急降下するように迫るテフォナスは、剣を握り締めた手とは逆の方の掌を振るい、先ほどまでより近い場所から魔術を放つ。少女の背を狙うように放たれた水の塊が、今も前進する彼女の、少し後ろの地面に着弾。その瞬間、ばしゃんとはじけた水の塊は、駆ける少女に追いついて足元を濡らし、さらには僅か遅れて凍り始める。それによって、靴裏と地表を氷で包まれた少女が、足を滑らせ前のめりに転んだ。胸を下にしてずべしゃと転んだ少女に、後方上空から滑空するテフォナスが迫る。


「いたーいっ! もうーっ!」


 不満たらたらの涙声を発した少女は、掌で地面を叩いて地面を魔力を通している。間の抜けた声に反して素早い行動だ。あと少しで少女を剣の射程圏内に届かせようというところ、地面に近付いた瞬間のテフォナスに、突然地表から突き上がる石の槍が襲い掛かった。あまりに唐突かつ速い急襲を、それでも剣を構えたテフォナスが受け、上方へと突き飛ばされる。剣を握る手が痺れる重みに、テフォナスの飛空姿勢も僅かに乱れている。


 地上の少女から魔術による追撃を危惧したテフォナスは、しっかり視野を彼女へと向け直している。だが、空のテフォナスへ少女の攻撃は来ない。のそのそ立ち上がり、擦りむいて膝の部分に穴を開けたハイソックスをはたきながら、テフォナスの方を見上げてもいない。かえって何を考えているのかわからない態度であり、テフォナスも体勢を整えながら目を切れない。


 だから、彼も気付くことが出来なかった。テフォナスのいる空域から少し離れた高い建物の屋上、煙突の陰に隠れていた小さな影は、空中で姿勢を乱したテフォナスの背中を見逃さない。煙突の影から白昼の下に躍り出た小さな影は、屋根からひょいっと飛び降りたその瞬間、黒衣の下の脚を思いっきり縮めている。


 石造りの建物の屋上のふちを蹴った小さな影が、その瞬間に得た加速度は、どんな魔術や矢にも勝る凄まじさ。やや離れた位置から光のような速度で接近するそれに、天界兵テフォナスですら気付くのが遅れる。背筋を騒がす冷たい殺気、それに肌をひりつかされた悪寒に従い、思わず翼を乱暴に振り、僅かその身を横に逃がすテフォナスの行動は的確だっただろう。


 だが、それでも小さな影はテフォナスの翼を捉えた。黒衣の下の、短い手を伸ばしたそれは、拳に装着したかぎ爪状の武器を振るい、勢い任せにテフォナスの右翼の芯を傷つける。隼のような速度でテフォナスのそばを通過した黒い影の伸ばした爪が、テフォナスの翼に深い傷を刻み、地面に着地して別方向へと跳躍して去っていく。


「うっ、が……! くそ……伏兵か……!」


「おぉ~、流石。新兵器さん、絶好調じゃん」


 立ち上がって見上げる少女は、傷つけられた翼で飛べずに落ちていくテフォナスを目で追っている。さて、どうしよう。追いかけてとどめを刺してやってもいいし、しばらく好き放題には飛べまいことを幸いに、この機に逃げてもいい。正直、少女にとってはどちらでもいい。


「……ま、いっか。たいした奴じゃなかったし」


 テフォナスから興味を失った少女は、くるりと当初目指していた方向へと走っていく。両手を紙飛行機の翼のように広げ、遊ぶ子供のように無邪気な姿でだ。燃え盛る街の中において、平常の浮ついた態度を揺るがさない少女を、今や誰も目で追う者はいない。


 向かう先は霊園だ。地下道への入り口がそこの墓石の下にあることを、少女だって知っている。かの地を嗅ぎ付けた何者かの正体が気になって仕方ない少女は、その気分任せにクライメントシティを駆けていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ