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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第5章  砂嵐【Rescue】
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第84話  ~トリコロールカラーの死神~



 勝負は初手でついていた。四方八方から駆け迫る警備兵達の真ん中、両手を広げた少女がくるりと回れば、瞬時に炎が彼女の周囲に生じた。次の瞬間、それは彼女を円形に囲む炎の壁となって立ち上り、一気に全方位へ拡散する炎の波となる。武器を手に少女へ駆け迫ろうとしていた警備兵が、真正面に突然現れた炎の壁に襲われ、次々と火だるまになって吹き飛ばされていく。


 これだけで十数名を焼き払った少女が地面に掌を当てると、彼女の足元の土が突然隆起し、少女一人が立てるほどの面積の土がせり上がる。これによって高所から周囲を見渡せる形を作った少女は、各方位の警備兵達をぐるりと見渡すと、頭の上で拳を握り、手首を交差させて×を作る。そして、彼女が二本の腕を斜めに振り下ろすと同時、開いた掌からあらゆる方向に魔力の塊が放たれる。


 着弾するまで正体を見せない、漠然と空気を歪ませる様から視認できる魔力の塊は、人に直撃した瞬間に大爆発を起こした。頭にその魔力を受けたものは首から上を吹っ飛ばされ、肩に直撃させられた者は片腕を吹っ飛ばされ、腹にそれを受けた者は鎧も貫通する熱で体内を焼かれて吹き飛ばされる。即死した者、数秒後には息絶える形にさせられた者、死にはしないがもう戦えぬ体になった者、合わせてまた十数名の警備兵が、あっという間に戦闘不能だ。


寂しがりやの悪霊グリードソウル・アブダクタ


 脇の前で上向きに構えた、少女の両掌の上に蒼い火の玉が生じる。それはふわりと少女の掌を離れ、ぐるぐると少女の周りを回り始めるが、その間にも次々と蒼い火の玉が生じている。間もなくして無数の蒼い火の玉を、まるで亡霊使いのように周囲に躍らせる少女の姿は、見上げる警備兵達に悪魔のシルエットさえをも髣髴とさせるものだ。


 そして、一方的な虐殺劇が幕を開けた。少女の周囲をぐるぐると回っていた蒼い火の玉は、次々に彼女のそばを離れ、周囲の警備兵達に近付いていく。決して速くない火の玉であり、真正面からそれが来ると見えた警備兵は、容易にそれを回避することが出来た。だが、火の玉は次々に四方八方に散らばり、その間にも少女は火の玉を生み出し続けている。高台の少女から際限なく放たれる火の玉の数々は、やがて周囲いっぱいが蒼い光に染まるほどに散開し、地上の警備兵達に逃げ道を失わせる。


 人に触れた蒼い火の玉は、その瞬間に大きく燃え上がり、肉を焦がして悲鳴を上げさせる。焼かれ苦しむ警備兵、よろめく足取り、そこに別角度から火の玉が迫り、また直撃。一発火の玉を受けて体勢を崩してしまえば、絶え間なく戦場いっぱいをゆらめく火の玉のいずれかが追撃してくる。火の玉4つに触れてしまう頃には、全身を蒼々とした炎に呑み込まれてしまい、転ぶか力を失い倒れた末、永遠に動かなくなる警備兵が次々に量産されていく。


 無機物に着弾した火の玉が、廃屋や街路樹を炎で包み込み、周囲一帯が炎の海と化していく。それでも少女は火の玉の生産をやめようとしない。自分達を取り囲んでいた警備兵達、その遥か後方までを炎で包んで、逃げ道を塞ぐほどに火の手を広げていく。駄目だ、適わないと少女に背を向けて走り出そうとした警備兵の一人の正面、地面に着弾した火の玉が蒼い火柱を上げ、逃亡しようとした者の行動さえ制限する。


 逃げ出そうとした警備兵の中には、サニーの顔見知りの警備兵の青年、アウラの姿もあった。目の前を炎で満たされて、逃げ場を失った彼の横、同い年の警備兵の体がぐらりと傾く。異変を察して振り向いた彼の目の前には、後頭部に岩石の槍を突き刺された友人の姿があり、そのまま前のめりに倒れて動かなくなってしまった。


 友人に声をかけるより早く、アウラが思わず横っ跳びせずにいられなかったのは、視界の端遠くに見えた高台の少女から、自分にも目がけて岩石の槍が飛んできたからだ。倒れた友人から距離が生じたアウラの目の前、また無数の火の玉がゆらゆらと集まってきて、倒れた男に次々着弾して炎で呑み込んでしまう。昨日まで談笑していた友人が灰にされていく姿は、アウラにとって悪夢のような光景だ。


「畜生、化け物め……!」


 混乱に満ちた火の海の中、高所の少女へと駆けながら矢を放つ弓兵もいる。しかし、斜め後方から彼女の腰元を貫くはずだった矢は、ひょいっと高台から飛び降りた少女の頭の上を過ぎ去っていく。まるで背中に目がついているかのように周囲を把握する少女は、地上に降り立つ自分へ駆け迫る、男達の姿も把握している。


 着地の瞬間、両の掌を地に着けた少女の魔力が、自らに向けて駆け迫る男達の足元を襲う。敵が同じ高さまで降りてきてくれた好機、そう信じていた男達の駆ける足首に、突然発生した植物の(つる)がからみつくのだ。全速力の足をいきなり絡め取られた男達は、必然前のめりに転ばされる形になる。身をひねるなり、両腕で地面を叩くなりして、転ばされた二人の男も受け身を取っているが、そんな男の一人のそばには、すでに少女がとことこ駆け寄っている。


「せっかくだから、一発芸♪」


 顔を上げた男の前には、片手を膝に置いてこちらの顔を覗きこんでくる少女が、可愛らしい笑顔で見下ろしている。そして、もう一つの手は人差し指を立て、その先に小さな火の玉。それを自分の口の前に持ってきた少女の行為は、一瞬で男の脳裏に嫌な予感を抱かせたものだが。


 火の玉をふうっと吹いた少女を引き金に、火の玉を起点に前方広範囲を焼き払う炎が一気に広がり、地に屈していた男の体も一瞬で黒焦げにしてしまう。まるで竜がその口から炎を吐き、一気に地上を焼き払うような絵図。一発芸と呼ぶにはあまりに凶悪で、破壊的な一撃だ。


 側面から自らに駆け迫ろうとする、槍を握った警備兵の姿だって見えている。すまし顔の少女がパチンと指を鳴らした瞬間、駆けていた男の足元から突然火柱が上がり、その全身を炎で包んでしまう。いきなりのことに視界を失い、伴う地獄に悶える男が走る足を止めてしまう中、仕留めた相手のことなど無視して少女は、片手を頭上に高く掲げた。


「みんなー! 運試しの時間だよー!」


 小さな体の少女の頭上、彼女の身長の倍ほどある直径の大火球が生じた光景は、目にした者達をすくみ上がらせる。それでも半ばやけくそで飛びかかろうとする者、たじろぎ3歩退がってしまう者、背を向けて逃げ出す者。恐怖と絶望で阿鼻叫喚の戦場下、上機嫌に笑っているのは少女一人だけである。


移り気な葬火ハッピークリメイション


 もう片方の手の指で、耳をひとつ塞いだ少女の頭上、巨大な火球が一瞬の収縮。直後、凄まじい爆音を伴い炸裂した瞬間、全方位に向けて火球が発射される。目では追えぬほどの速度のそれらは、少女に迫っていた男達に正面から激突し、走る勢いも殺して逆方向へと吹っ飛ばす。動けなかった者、逃げようとしていた者に着弾した火球も、少女から遠き方向へと人々を吹っ飛ばす。共通するのは、着弾の瞬間の火球が小爆発を起こし、捉えた対象を火だるまにして地面に転がすこと。


 炎に包まれ苦しみ悶える、やがて死にゆく天人達を見回し、やれやれと肩をすくめる少女。拡散させた火球の弾道は全てランダム、当たれば火だるま、はずれれば生存。完全にほぼ運試しのような火球散弾だったのに、生き残った者はゼロと見れば、運が無い人ばっかりだねぇと、少女はくすくす笑うのだ。


「……あっ! 生きてる!」


 しかし、火球の襲撃を免れた、たった一人の生存者を見つけた少女は、ぱあっと笑って駆け寄っていく。直撃すれすれ、立つ位置のすぐ横に火球の着弾を受けたアウラは、爆風に煽られて横に吹き飛ばされ、尻餅をつくような姿で戦場に屈していた。決して強くない爆風に煽られて転んだのは、すくんだ足が踏み止まるはたらきを為していなかったからだろう。


「あなた運がいいね~。けっこう男前だし、ちょっと私のタイプかも♪」


「ひ……く、来るなっ……!」


 恐ろしさのあまり腰を抜かしたアウラは、取り落とした剣を拾いに行く発想も失い、座り込んだ姿勢のまま少女から後ずさる。両手を腰の後ろに組んだまま近付いてくる少女は、恐怖に引きつるアウラの表情を、頭を下げて覗き込むように見下ろしている。


「もっともっと、色んな顔見せてよ。ほら♪」


 ウインクした少女が片手の顔の横に持ってきて、パチンと指を鳴らすと同時に、アウラの後方と左右で火柱が上がる。驚きのあまり振り返るアウラだが、自らを囲むように立ち上る火柱に逃げ道を塞がれ、改めて前をむけばさらに近付いた少女。二十歳になったばかりの大人が絶望し、既に泣きそうな顔で自分を見上げる姿を、腰の後ろで手を組んだ少女はにこやかに見下ろしている。アウラから見たその表情は、嗜虐心に満ちた悪魔か死神のそれにしか見えない。


 運が良ければ生き残れるという少女の火球から免れたことが、今のアウラには幸運なことだとは思えない。ほんの少し、周りより生き長らえただけ。恐怖に心をいたぶられたのち、今から殺されるだけだって嫌でもわからされている状況だ。


「あなた、"生きたい"って心から祈ったことはある?」


 それがアウラにとっての今。問いかける彼女にとっては、その四文字は特別な意味を持つ言葉なのだろうか。


「願っても、望んでも、誰かが自分の命を奪おうとしてくるのって、どう思う?」


 怖い、泣きたい、恐ろしい。言葉に出来ずともその回答は、すべて今のアウラの表情が物語っている。


「つらくて苦しくてたまらない時、誰も助けてくれないのってどんな気分?」


 終始笑顔を貫く少女の瞳の奥、アウラを追い詰めることを楽しんでいた感情とは別、真っ黒な何かが僅かに揺らめく。顔は笑っている、目も笑っている、心が笑っていない。向き合うだけで心臓をわし掴みにしてくるような、少女の深き心の闇に触れかけたアウラの目の前、それを隠すかのように少女は目を閉じる。1秒の半分の長さ、少し長めのまばたきだ。


「あなた達が知るべき感情って、きっとそういうのだと思うんだよね」


 胸の前に上向きの掌二つを並べた少女が、両手に収まらない大きさの火球を生み出す。自らの命を奪う火を目の前にしたアウラは、死の恐怖で真っ白になった頭で、何も考えることが出来ない。


「じゃあね、天人様。生まれ変わったら、今度は優しい人になってね」


 掌の動きに伴い揺らめく炎を、少女は頭上に掲げた。それを振り下ろし、自分に叩きつけてくる一瞬後を脳裏に描いてなお、アウラは硬直した表情を動かせず、呆けたように火球から目を離すことが出来なかった。


 目を閉じなかったアウラの目には、はっきりと視認できた。火球を自分に投げつける寸前、きゅっと目を細めた少女の表情を。そして直後、自分に投げつけるつもりだった火球を、身を翻して背後方面に投げたのだ。その先で、何かにぶつかった火球が大爆発を起こし、少女はアウラに背を向けたまま跳躍する。腰砕けのアウラを跳び越えて、彼の背後離れた地点に着地する一方、アウラの視界内の空には一つの影がある。


「……ちょっと遊び過ぎたかな」


 反省するようにつぶやく少女の前方、アウラを挟んで高き空から、翼を広げて降りてくる人物。雷の魔術で自分を背後から撃ち抜こうとしたあれは、人の体に鳥の血を流す古き血を流す者ブラッディ・エンシェントだとわかる。アウラにとっての救世主とも言えるその人物は、炎の海と化した街の一角、立てないアウラのそばへと降り立った。


「貴様が"アトモスの影の卵"か」


「おしえなーい」


 両手を頭の後ろで組んで、首を傾け小馬鹿にした態度。剣と翼を携えた、今のクライメントシティに在する天人陣営の中でも、最強の一角を担う天界兵を前にしてなお、少女は余裕を崩さない。剥がれた石畳の上、アウラのそばに立った天界兵は、剣の側面でアウラの背中をぽんと叩いた。


 降臨した英傑は、難敵間違いなしの少女から目を切らず、アウラに立って逃げろと促している。今の行動で我に返ったアウラは、震える足で慌てるように立ち上がり、武器も拾わず逃げていく。天界兵と向き合って目線をはずさない少女は、もはやアウラに興味を失ったようで、新たな獲物に小さく笑っている。


「粛清対象と見なす……!」


「あはははは! 粛清されるのはどっちだろうね!」


 青白赤に彩られた服が、他の色に見えそうなほど濃密な魔力を練り上げる少女。怒気を孕んだ声を発した天界兵テフォナスは、背丈の小さな少女めがけ、我が身を矢のような速度で差し向けた。

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