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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第5章  砂嵐【Rescue】
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第83話  ~総崩れの予兆~



 クライメントシティを侵攻する暴徒達の中でも、タクスの都の闘技場出身の闘士、ホゼを中心とした部隊は猛威を振るっていた。トンファー二本を巧みに操り、若者相手なら5人がかりでかかってこられても対応できるホゼは、それだけで戦場下で大きな影響力を持つ。そこに彼の友人であり闘士でもある、ヴィントの魔術による支援砲撃が加わることで、誰もホゼを止めることが出来ない。さらにはそこへ、血気盛んな"アトモスの遺志"の暴徒達による加勢が入るのだから、獅子を先頭にした豹の群れが一気に襲い掛かるようなものだ。いかに日々を修練に注ぎ込んできた警備兵達とて、この勢いは容易に食い止められるものではない。


 こんな軍勢に雑兵をぶつけたところで、少数に多数を撃破されるディスアドバンテージを生むだけであり、天人陣営からすれば失策もいいところ。ホゼやヴィントというダークホースを半ばに得たこの部隊は、適切な戦術を天人達に取らせぬまま、多くの警備兵達を撃破してきた。勝利に伴い味方からも脱落者が出て、今や指の数以下の人数になったホゼ達の部隊だが、こちら当初の兵力の、3倍以上の敵を撃破してきた時点で、ここの仕事は大成功だ。


「――来たぞ、ホゼ! 天界兵だろうよ!」


「ははっ、今さらか!」


 だが、当人達も薄々意識していたとおり、潮時は必ず訪れる。天人陣営も、敵の有力兵の存在が割れれば、ならばとばかりに大駒をぶつけてくる。ついに窮地を意識するホゼ達だが、一方では充分に暴れきった後だから、今さら俺達を倒したって遅ぇよとほくそ笑み返してやりたい気分だ。隠し玉として参戦し、さんざん相手を翻弄しまくった果て、天界兵なんて強兵を差し向けられるのなら、一兵として誇らしく思えるぐらいである。


 燕模様の大きな翼を背負った天界兵が、怒りの形相とともに空から急降下してきても、ホゼとヴィントの得意顔は揺らがない。やるだけのことはやった、後は天界兵様とやらに、どこまで自分達の力が通用するか試せる、ボーナスゲームのおまけつき。闘士冥利に尽きるこのシチュエーション、死に瀕する現実を知ってなお、心躍る想いがある。


「くたばれや、ジジイどもが……!」


「やんちゃなガキは大歓迎だぜ……!」


 さらに加速を得た天界兵ハルサは、ホゼの側面上方から隕石のように迫り、抜き身のサーベルを振り抜きながら、敵の側面を滑空していく。ハルサの振るったサーベルを、ホゼがトンファーではじき返した瞬間には、そのまま降下していたら地面に激突していたはずのハルサが、地表に平行な軌道に滑空航路を折り曲げ、ホゼの後方へと過ぎ去っていく。


 そんなハルサを目で追うことも出来なかった暴徒の一人は、瞬く間にハルサに接近され、サーベルの刃で脇腹を深く切りつけられていく。いやな予感に僅か身をよじったのがせいぜい、ほぼ無防備にボディを切り裂かれた男はそのまま崩れ落ち、やがて帰らぬ人となるのみだ。


 風のような速度で低空を舞うハルサ目がけて、廃屋の屋上のヴィントも火球を放つが、自在に滑空軌道を操るハルサには着弾させられない。やっぱり一味違うなとヴィントが苦笑したその瞬間には、急上昇して滑空軌道を翻したハルサが、火球の使い手めがけて矢のように突っ込んでくる。


「うざってえよ、お前……!」


「お褒めに預かり光栄だ……!」


 魔術師でありながら杖術にも秀でたヴィントは、天界兵ハルサの瞬迅のサーベルを、振り上げた杖で打ち払う。同時にハルサのパワーに押される形、半ば自分から跳ぶ形も伴い、地上へと落ちていくヴィントは、勢いよく着地してすぐ、上空のハルサを見上げる。高所から飛び降りても脚を駄目にしないための、接地の緩衝を為す土の魔力はしっかり行使している。


 ああ、なんと充実した時間か。日々を戦い、戦い、戦うばかりで安月給を手にして、細々と生きてきたこれまでが馬鹿らしくなるほど、最期に輝けるこの時間が楽しい。培ってきた力を、天人達に虐げられてきた過去を一新するため戦う連中に添え、挙句には天界兵のような強き者から、うざったいとまで評価されて。実力者に厄介者扱いされるのは、それだけの武力が自分達にあると認識されたのと同じであり、戦う者にとっては最高の賞賛だ。


「あの世で乾杯、楽しみだな!」


「酒代は当然、トルボー持ちでな!」


 酒癖が悪く、さんざん手を焼かせてくれた友人を思い返して笑う二人が立ち並び、滑空軌道を低くしたハルサが迫る3秒後に備える。二人の真正面から燕の速度で迫るハルサを前に、杖を構えたヴィントが魔力を練り上げる。


 人一人をまるまる呑み込めるような大火球を放つヴィントの砲撃を、卓越した反射神経で急上昇したハルサが回避。目で追う二人のほぼ真上、上向き軌道の自らの進行方向をへし折ったハルサは、二人の斜め後方の廃屋へと突き進む。激突するかのような速度で壁に迫るも、瞬時に身を翻したハルサが壁を蹴り、跳弾のように二人へと差し迫る。


 急接近するハルサにも、振り返りざまにトンファーを振るうホゼ。サーベルとトンファーが火花を散らした直後、はじき飛ばされたかのように二人から離れたハルサは、1秒の間も挟まず近しい地面に着地。そして二人が次の行動に移るより早く、翼で我が身の重心を一気に傾けると、人の体ではあり得ぬほどの最速で地を蹴った。


 再接近してくるハルサにトンファーのカウンターを返すホゼだが、一気に身を沈めたハルサは頭上すれすれでその一撃を回避。さらにはホゼのすぐ横を通過していくままに振り抜くサーベルで、ホゼの右太ももを切り落としにかかっている。あわやで身をひねり、脚を引いたホゼだから切断されずに済んだものの、ばっくりと服の上から太ももが裂かれた傷は、一気にホゼの体をぐらつかせる。この深手は、まともに立って走れる傷ではない。


 さらにはホゼ後方の地面を蹴り返し、進行方向を真逆に折ったハルサが、とどめの一撃を食らわせるべく迫っている。敵と味方の間に素早く割り込むヴィントも素早い。ハルサに背を向け、しかも振り返る余裕すらないホゼを守るため、瞬時に魔力を展開。振り下ろした杖とともに、地表から爆裂音とともに火柱を上げる地術を行使したヴィントが、止まれず炎に突っ込まざるを得ないハルサを強制する。


 薄くだが水の魔力を瞬時に纏ったハルサは、加速任せに火柱の中を突っ切る力技に出る。目の前に炸裂させた火柱で視界を失った直後のヴィント、肌を焦がしつつ火の中から飛び出してくる強襲兵が、突如姿を現す光景はぞっとさえする。胴を狙ったサーベルの一振りの予感に杖を構えたヴィントが、自らをホゼにとっての盾にするのも兼ね後方に跳ぶ。


 どん、とヴィントとホゼの背中がぶつかった瞬間、ハルサはサーベルの太刀筋を切り替える。ヴィントの目の前2歩ぶんで跳躍し、構えられた杖に邪魔されぬ軌道でサーベルを振り上げた。ヴィントを飛び越える軌道で空に跳んだハルサのサーベルは、振り上げられざまの剣先でヴィントの肩口を捉え、首のすぐ横を深々と切り裂いた。


「がっ、ぐ……! や、やっぱり強ぇなぁ~……!」


「へへ、腐るなよヴィント……! 最高の死に場所じゃねえかよ……!」


 やはり天界兵は強かった。ろくに敵を捉えられぬまま、継戦能力を著しく欠かすような傷を負わされた二人には、もう目の前に死が見えている。直面して現実視すると、やはり怖いのが死というものだ。それでも、覚悟の上で来たんじゃねえかと友人を囃し立てるホゼに、顔も合わせずヴィントはふっと笑った。


 空に舞うハルサが上空で旋回し、やがてこちらに急降下してくる。あと3度同じ光景を見る頃には、自分達は血にまみれて倒れ伏しているだろう。見え透いた未来、元より本望。ぜぇと息を同時に吐いた二人は、空より迫る断罪者に武器を構えた。


 まさにその時だ。二人の後方からとんでもない速度で転がってきた大岩の襲来は、ハルサは勿論ホゼとヴィントにも予想外の出来事。二人の闘士が気付くか気付かぬかのところで、二人の後方で地上を離れて跳んだ大岩が、まるで巨大投石器が放つ特大砲弾のように、ハルサ目がけて飛んでいく。


 咄嗟に身をよじって非空軌道を乱した、ハルサの側面すれすれを、自分達の背後から飛び出した巨大岩石が通過していく光景は、ホゼとヴィントも唖然としてしまう。しかし、遠き空に飛んでいくより早く、巨大岩石がばこんと砕け、礫岩を飛び散らせながら岩石の中から大男が姿を現す。怪獣の卵から生まれたかのように現れた豪傑は、そのまま地面に着地すると同時、素早く地を蹴りホゼ達との距離を詰めてくる。


「間に合ったようだな……!」


「た、タルナダの親分……」


 なんとか軌道を整えて、建物の屋上の角のそばを通過して上昇するハルサは、舌打ちしながら地上を見返している。自分とあの二人の間に立ち塞がり、あと少しで仕留められそうだった獲物を守り通す姿には、あの二人を超える実力者である風格も充分に漂っている。天人陣営には嫌な展開だ。


 二人が死を覚悟してここまで来たことを知りつつも、タルナダは二人が生き残るための道を作ろうとしている。後輩闘士、ヴィントもホゼも強いには強いが、天界兵を超えられるほどではないともわかっている。捨て置き、死にたいなら勝手に死ねなどと言えるものか。


「天界兵狩りは俺の仕事だ……! 悪いが、獲物は俺が頂くぞ!」


 お前達は退がれという言外をその言葉に含んで。やがて目の色を切り替えたハルサが、地上に向けて軌道を曲げてくる姿を見上げ、タクスの都の闘技場の王者タルナダは隙なく構えた。











「はや?」


 とことこ走っていた、青白赤の服に身を包んだ少女は、いつの間にか多数の警備兵に包囲されていた。特に何も考えず、目的地に向かっていた彼女だったが、不審な存在を見受けた警備兵達の素早い動きが、四方八方から一人の少女を取り囲んでいる。


「え、えっとぉ……私は、見てのとおりか弱い女の子でぇ……」


 胸の前で両手を組み、てへっと首をかしげて笑う少女の周囲、警備兵達は誰もその言葉を信じていない。燃え盛るクライメントシティの真ん中を、へらへら楽しそうに笑いながら歩いていたこの少女って、まともな神経を持ち合わせた街娘だろうか。突然の騒動に混乱し、狂ってしまった女の子だったとでも仮定してようやく説得力が出るかもしれないが、少女が放つ異様な気質はそんなものではない。


 警備兵達に混ざるアウラも、剣を構えつつも前に出られずにいる。じんわり流れる汗が止まらないのは、周りの炎のせいで気温が上がっているからではない。何かやばい、こいつはやばい。根拠なくそう感じてしまう、少女の全身から漂う危険な香りは、もはや人の本能にまで訴える瘴気と言っても過言ではない。


「みのがして?」


 今度は両手をばんざいして、なんにもしないから許してと笑う少女に、警備兵達がじりじりと詰め寄る。誰もが不思議とわかっているのだ。こいつを野放しにしていたら、何かとんでもないことを起こすのではないかと。クライメントシティを守るという、第一目的を掲げる彼らにとってこの少女は、理屈抜きで絶対に見過ごせない。


「……頼んでるのに見逃してくれないんだったらぁ」


 肩の力をかくんと抜いて、一転だらけた姿勢で少女が腕を垂れ下がらせる。体をゆらゆら左右に揺らし、力の入っていない頭もそれに合わせて揺れる。頭と体が右に傾けば目線が右に寄り、左に傾けば目線が左寄り。そうして周囲を見渡す少女の浮かべる笑みは、まるで多数の生け贄に囲まれて満足げな悪魔のように、黒く妖しく恐ろしい。


 その笑顔にアウラが全身の鳥肌を立てたその瞬間のことだ。揺らしていた体をぴたりと止め、普通ならば見る者の心を和ませるはずの、屈託ない笑顔をにぱっと浮かべて。


「見逃して貰えなくっても、文句言っちゃダメだよ?」


 まるでその言葉を開戦の合図にするかの如く、少女の真正面最前列の警備兵が、地を蹴り剣を振り上げる。鬼気迫る男の形相と気合、その手に握った刃は目前。それでも少女は笑顔を崩さず、瞬時に全身に魔力を練り上げた。

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