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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第5章  砂嵐【Rescue】
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第81話  ~暴徒達の狙い~



 クライメントシティの一角、燃え盛る街中での一戦。16歳の少年と、30代半ばの熟練闘士の一対一に、誰も割って入ることが出来ない。多数のクライメントシティ警備兵と、侵攻する暴徒達の入り交ざる乱戦模様の中においても、この二人のレベルは飛び抜け過ぎている。


「やるな、クラウド……! 出来ることなら、闘技場でクリーンにやり合いたかったもんだ!」


「く……!」


 トルボーは強い。自分の体を隠せてしまうほどの大きな盾、それを片手になんと素早いことか。接近戦では壁相当の大盾を操り、迫るクラウドの攻撃をいなしながら、逆の腕の肘から拳方向に備え付けた鉄棍を振り回して反撃。堅固な守りと大きな盾を持て余していないフットワーク、さらにはその間隙を埋める攻撃と、すべての行為に捨てが無い。


 そして何より彼の立ち回り。長い鉄棍の一振りで胴を薙ぎ払われそうになったクラウドが、後方に跳んで回避したところへ、素早くトルボーが差し迫る。何度も鉄棍を振り抜いて、攻める、攻める、攻め立てる。速いが単調、クラウドには捌ききれないものではない。しかし、それをかわす、打ち払う、回避するの繰り返しのクラウドは、トルボーとの戦いから逃れられない。


「あと少しだ! もう少し辛抱して下せぇや旦那ァ!」


「おおよ!」


 トルボーという強力な用心棒を得た暴徒達も、周囲戦場で警備兵達と戦いながら、着々と任務を遂行し続けている。武器を振るい、魔術を放ち、仲間達が倒されても怯まず街を破壊していくその姿には、間違いなく明確な目的がある。これは、恨めしい天人達の住処を破壊してやろうだとか、そんな乱暴な破壊衝動に任せただけのものではない。


「てめえにゃ俺の相手をして貰うぜ……!」


「くそ……!」


 それが察せるクラウドも、トルボー単体に構うべきでなく、周囲の暴徒を打ち倒していくべきだとわかっている。だが、それを阻むのがトルボーだ。攻め続け、クラウドに防御と回避を強い、周囲の戦場にクラウドを解き放たせない。大跳びにトルボーから離れ、一度高所にでも退避してしまうことさえ視野に入れるクラウドだが、やや高めのスイングを繰り返すトルボーは、そうしたクラウドの狙いも封じている。妙な動きは一切認めず、未然に防ごうとする判断力は、巨大闘技場でAランクという地位を獲得した名に恥じぬものだ。


 クラウドも、この苦境を逸するための反撃には踏み出している。しかし、来たと思えば大きな盾を適所に構えるトルボーは、牛の頭突きにも勝るほどのクラウドの拳をはじき返す。頑強な盾を持ちながら、拳の一撃を真正面から受けることをしないのは、それだけ正しくクラウドの攻撃力を侮っていないからだ。


 そしてクラウドが反撃に移れば距離は縮まる。素早いトルボーの反撃はクラウドを後退させるが、中距離未満の間合いしか両者間に生じない。手の届かぬ距離まで逃れられるより早く、急接近するトルボーの追撃が、またもクラウドを拘束する。周囲から聞こえる破壊音、決定打を受けて崩れる警備兵達のうめき声や悲鳴。手を貸すべき周囲があるとわかっていても、クラウドにはそれが出来ない。苦戦する事実以上に高まる焦燥感が、クラウドの表情を歪めさせ続けている。


「よっしゃあ! 青の街灯破壊完了! これで全部っすわぁ!」


「よぉーし、よくやった! 旦那ァ! ミッションクリアですぜ!」


「おぉ、やるじゃねえかお前らも……!」


 少し離れた場所での爆発音に続き、大きな石造りの柱が根元から折れて倒れたような轟音が聞こえて数秒後、そんな声が響き渡る。用心棒のトルボーが荒っぽい声で友軍に応える目の前、敵の明らかな前進を示唆されたクラウドの焦りはいっそう募る。


「次の区画へ向かえ! こいつは極力、俺が縛りつけるからよ!」


「恩に着ますぜ、闘士の旦那! ――お前ら、行くぞ! 別舞台に合流して、任務を続行する!」


 警備兵達に殆どの兵力を削がれ、数少なくなった暴徒達の動きが変わり始めた。直接交戦する相手との決着を先送りにし、武器を交わし敵に隙が生じた瞬間、指導者と思しき男の声に導かれて駆けていく。挙動だけで言えば撤退、しかしその本質は侵攻対象のシフトにしか過ぎまい。次なる破壊対象へと駆ける暴徒達の動きを、警備兵達も追う。


 クラウドはそれを追うことが出来ない。友軍について駆けないトルボーは、徹底的にクラウドに交戦を強いて、自由にさせない心積もりだ。こいつを野放しにしていたら、一人で味方を何人片付けてしまうか本気でわからない。


「こいつ……!」


 だが、警備兵達の中にも賢明な者はいる。自分達の誰よりも強いクラウドのことを理解し、それの自由を奪うトルボーが、どれだけのアドバンテージを稼いでいるか理解していた警備兵の一人。30歳手前、警備兵の中では中堅を担う一兵が、敵がこの地を去った今、二人の世界に割り込んできた。仲間達は逃げた暴徒を追いかけていく中、それに従わぬ機転を利かせた男の剣が、トルボーの右側面から差し迫る。


「舐めんなよ若造が……!」


 働き盛りの年頃の一兵とて、闘士トルボーから見れば年下の若者。側面からの剣を盾ではじき返したトルボーは、体勢を崩された一兵の腹部へ鉄棍の突きを放つ。男を貫いたその一撃は骨まで重みを伝え、ばきばきと体の中身を砕いたのち吹っ飛ばす。奇襲にも怯むどころか一連の攻防を突っ返し、あっという間に仕留めてしまう手腕は流石だろう。


 だが、それに構った一瞬はあまりにも大きい。僅かな隙も見逃さないクラウドが、兵の剣をはじくために振るったトルボーの盾をかがんでかわし、一気に敵へと急接近。この素早い踏み込みを見逃さぬトルボーも、脳裏に非常警報を響かせる。


 それでも男を突き放した鉄棍を素早く振り払うトルボーは、踏み出した直後のクラウドに武器を迫らせていた。苦しい反撃を手甲で叩き上げたクラウド、同時に自己最速のバックステップで距離を作るトルボー。しかし、浮いたトルボーの足が地に着くよりも早く、敵を射程距離内に捉えたクラウドが、引いていた逆の拳を突き出す。接近速度に無双の腕力を乗せた、手甲纏いし剛拳がトルボーの胸に突き刺さった。


「げあっ……!!」


「くが、っ!?」


 詰まるようなうめき声、同時に二つ。避けられなかった決定打により、胸の筋肉とその奥の骨を砕かれたトルボー。そして、完全に勝負を決めたと思った瞬間、あばらが砕けるような激痛で息も止まりかけたクラウド。何が起こったのか一瞬わからなかったクラウドの右っ腹には、トルボーの手から放たれた鉄分銅が、深く深く突き刺さっている。


 怪力無双のクラウドの鉄拳を受けたトルボーは、凄まじい勢いで後方に吹っ飛ばされ、背中から石壁にぶつかって地面に崩れ落ちる。力を失った彼の手から離れた盾に、結び付けられていた一本の鎖。その逆端に結び付けられた鉄分銅は、盾が地面にがしゃんと落ちると同時、クラウドの腹から離れて地面に転がった。すでに後方によろめいていたクラウドが、鉄分銅が我が身から離れると同時に、げはっと口の中のものを全部吐き出してうずくまる。


 胸を押さえて膝から崩れたトルボーは、前のめり、顔面から地面にぶつかるのを回避するかのように、ごろりと体を横に逃がして倒れる。片膝ついて脂汗いっぱいの顔を苦悶に染めるクラウドを遠方から眺め、仕事は果たしたと確信できた。後頭部を石壁に打ちつけた衝撃、胸の奥まで粉砕されたダメージ、それがすぐにトルボーの意識を真っ白に染めるも、目を閉じたトルボーは満足げな表情のまま動かなくなった。


「っ、く……かふっ……!」


 勝ったはずのクラウドも、鉄分銅で砕かれた左脇腹を抱えたまま動けない。難敵トルボーとの戦いの中、降って沸いた好機を前にして一瞬油断してしまった数秒前は、詰めの甘かった自分を責めたくなるほど手痛い。完全に拳が入った瞬間の直後、トルボーがクラウドの脇腹に投げつけていた鉄分銅に、気付くことが出来なかったのだ。


 少し体を動かしただけで、左の腹がびきりと悲鳴をあげ、抑えきれないうめき声が溢れる。あばらの何本かが確実にやられている。大の大人でも泣きたくなるような痛みにボディを蝕まれ、クラウドは走り出すことが出来ない。片膝立ちのまま両腕で腹を抱えてうずくまり、危険な戦場下で隙だらけの姿を晒すほど、この痛みは凄まじい。


 顔を上げたクラウドの離れには、気を失って横たわるトルボーの姿がある。勝利したのは確かに自分だ。しかし、敗北してなお敵軍の一兵に痛烈な一打を浴びせ、半ば引き分けに近い形にまで持ち込んだトルボーの意地には、クラウドも強い批難の表情を隠せない。


 敵に対する批難ではない。それを甘く見ていた自分の弱さにだ。











「よしよし、要石(かなめいし)はぶっ壊してくれたようだな……!」


 真っ暗闇の地下トンネルで、自分の周囲に火球を舞わせる男が、火に照らされる土壁に手を当ててほくそ笑む。地から伝わる手応えは、彼の望みが地上で叶えられたことを物語っている。クライメントシティに分散する、地底にかつての地人の王を封印する魔力を携えた要石。それらの一部が破壊されたことにより、地質は大きく変わっている。


 男は土壁に当てた手に力を込め、五本の指を土に突き立てると、指先まで魔力を送り込んだ。びり、と土壁が小さく揺れた瞬間、男の魔力を指先から受け取った土壁が変質する。そして男が掴んだ土壁を引っ張った瞬間、ぼろりと土の塊が大きく壁から引き抜かれた。まるで、型の中に詰め込まれた粘土が引き抜かれたかのように、大きく綺麗な形でだ。


 男の後ろに投げ捨てられたそれは、間もなくして形を崩して地面へと沈んでいく。水の塊が砂に沁み込んでいくかのように、形状を失い地表へと溶けていくのだ。そして男は、今と同じように前方の土壁に指を突き刺し、また大きな土の塊を引き抜く。それを後ろに放り投げて形無くしていく行動が、地中の長いトンネルを掘り進める結果に繋げていく。


「地上の連中、調子は悪くねえみたいだな……! このまま頼むぜ……!」


 いくつかの要石が破壊されるたび、男はこうして地中を掘り進んできた。クライメントシティを舞台とした、"アトモスの遺志"が起こす大規模な騒乱。その首領格を務める男は暗い地中を進み、ゆっくりと街の核心部へと進んでいる。目指しているのは街の中心に位置するクライメント神殿、厳密にはその下、神殿の地下深くに封じられたものだ。


 目的地までの距離はもう半ばを過ぎている。亡きアトモスに代わり、天人支配の時代を終わらせることを強く決意した男の一人、ザームは滾るモチベーションを胸に地中を進んでいく。

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