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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第4章  竜巻【Homecoming】
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第78話  ~暗躍する2つの影~



 単純な兵力で言えば、きっと天人陣営の方が上だろう。少なくとも空高くからクライメントシティを一望した、天界兵の数々はそう確信している。敵陣営に、いくらか本来の規格を超えた怪物が混じっていると仮定しても、こちらにも天界から遣わされた兵力が数多い。将を名乗れるレベルの頭数で言えば天人が上で、敵にどんな怪物がいたとしても、相殺以上は天人側に見込める。あとは頭数と地の利の強さで、有象無象の暴徒と警備兵の戦いにおいても、クライメントシティに分があるはずだ。


 問題は、敵陣営の中に明らかに混ざっている、一騎当千の敵兵だ。空から見ただけではわからない、天人有利なはずの戦況を、侵略者優勢に塗り替えていく存在が確かにいる。戦場を移すため、風の翼を背負って空を駆ける天人も、前向きにならない各地の戦況に苛立ち始めている。焦るよりも先に苛立ちを感じるのは、こんな奴らに天人の世が崩されるわけがあるかと、心から信じているからこそだ。


 空を舞うそんな天人の一人を、地上から狙い撃つ何者かがいることに、彼は気付いているだろうか。彼も戦士、決して油断などせず広い視野を持っている。建物の屋上に、黒衣を纏った小さな影があることを視認し、目ざとくそれにも気付いている。明らかに怪しいそれが、こちらへ魔術を放って狙撃してくる可能性も、ちゃんとその一瞬で意識していたはず。


 そんな小さな黒い影が、上空の彼に向かって、投石器の弾丸のように急来したのは予想外の展開ではない。問題は、その速度。二階建ての建物の屋上から、6階建ての建物よりも高い空にある天人めがけ、自らの体を弾丸にして迫るそれは、来たと気付いた時にはもう遅い。全身を真っ黒な衣に包んだそれが、空の天人の腹に体ごとぶつかり、そんな高さまで届くほどの跳躍力が生み出した速度は、激突の瞬間空の天人を内臓まで粉砕する。


 げはっと口の中のものを吐き出した天人をよそに、子供のような小さな黒衣と、その中身は地上へと落ちていく。そんな高さから真っ逆さまに地面に落ちたのに、だんとすごい音を立てて石畳に着地。そのまま駆けていくその姿を、意識朦朧の目で追う天人は、いったい何者なんだという愕然を隠せない。


「余所見してる暇があるのかなぁ?」


 ぽつりと呟くもう一つの存在。著しいダメージに体をよろめかせ、高度を下げながらも飛翔を続けていた天人を、別角度から魔術が襲う。はっと気付いたその瞬間には、岩石の槍が彼の肩口に突き刺さり、風穴開けて空の彼方へ消えていく。致命的な一撃を受けた天人は、やがて乱れた軌道とともに地上に不時着、地面に体を強く打ち付け戦線離脱するだろう。


「っちゃー、ハズレだ……ザコじゃん」


 あの程度の追撃もあしらえない奴が、天界の特級兵なわけがない。大駒を仕留められればよかったのだが、今仕留めたのはそうではないらしく、功として弱いなぁと溜め息つく。街中どこも、苦痛と怒りに満ちた戦場だというのに、こんな肩の力を抜いた仕草をする者など他にいまい。


「ま、いーんだけどねぇ。ほいっ♪」


 ぱちんと指をはじいたその仕草で、とある建物の根元が爆発を起こし、四角い建造物が倒壊する。縞模様の二股別れの帽子、まるでピエロがかぶるような帽子を風にたなびかせるその少女は、目立つ風貌ながら煙突の影に座り込んでいる。空から見ても、角度次第では容易には見つからない位置だ。


 突然倒壊してきた建物に、何人もの警備兵が下敷きにされる阿鼻叫喚。そんな悲鳴を、少女はうっとりした顔で聞いている。あるいはもしかしたら、少女にとっての味方であるはずの、暴徒も巻き添えにしているかもしれないのに。それを目で確かめもせず、何人か殺せたかなぁとにまにまする少女の顔は、無邪気な一方、当たり前のようにあるはずの道徳が欠けた目の色だ。


「さーってと、そろそろ見つかるかなぁ?」


 かくれんぼ気分で建物の屋根から降り、裏路地をスキップして歩く少女は、所々で建物の軒先を通過し、上空から見られていても視界から消える動きを繰り返す。混乱に満ちた戦場下で、彼女一人を目で追える者などいない状況を活かし、クライメントシティで暗躍する。それでいて、見つかった場合はどうしようだとか、あらかじめ考えているでもない。


「おっとぉ?」


 不用意に大通りに飛び出した彼女は、ばったりと一人の天人と出くわした。ピエロのような二股帽子から腰まで届く金髪を流し、太いトリコロールカラーのストライプを斜めに走らせた服を纏う少女を、突然目の前にした男は戸惑っただろう。戦士でもなく、術士でもなく、民間人でもない出で立ちの少女を前にして、何だこの子はと感じるのは普通の反応だ。


 天人の匂いがする、と判断した少女は、戸惑う男の前ですぐに魔術を展開していた。突如、男の足元から爆裂するように噴き出した火柱は、あっという間に男を炎で包んだ。あまりに唐突、殺人的な魔術を無防備に受けた男が絶叫する中、知ーらないとばかりに少女は振り返り、とてとて走っていく。


 男の悲鳴が、やがて天人の仲間達をその場所に呼び寄せる。しかし、炎に包まれて死んだ男を目の前に意識を奪われ、とうに逃げた少女のことなど追ってくるはずがない。残酷な光景を、敵の目を引く道具にして、悠々とその場を離れる少女は、火を放って10秒した頃には、さっきのことなどもう忘れかけていた。


 天人なんか、死のうが苦しもうがどうでもいい。心からそう思う少女にとって、何十年も生きてきた男の生涯が無情にここで散ろうと、哀れむ心も持ち合わせていないのだ。











「ホゼ!」


 そんな惨劇があった場所とそう遠くない位置に、ファイン達もいた。少し離れた位置で建物が倒壊し、悲鳴が上がった光景を、空のファインは振り返って視認していた。そんなファインが地上のホゼから目を離した一瞬、とある建物の屋上から友軍の名を呼ぶ声。その声もまた、ファイン達には聞き覚えのある声で、ホゼと対峙していたクラウドとサニーも、ホゼから目を切り建物の屋上を見上げてしまう。


「チェックポイントは打破した! "カゲの卵"がやってくれたようだ!」


「そうか……!」


「ヴィントさんまで……!?」


 タクスの都、酔っ払いの男にクラウドが絡まれた時、その酔っ払いをなだめてくれていた細身の男。タンクトップにジーンズながら、茶のマントを纏って錫杖を握る姿は、魔術師を思わせる風貌だ。闘技場において、彼の戦う姿を見たことのなかった3人にとっては初めて見る、戦場姿のヴィントの声に、地上のホゼも力強くうなずいて返す。


「悪いなガキども、俺はお前達とは戦いたくねぇんでよ……! ヴィント!」


「わかっている! 地術、岩壁召(ロックウォール)!」


 建物の屋上から術の名を唱えたヴィントにより、ホゼとクラウド達の間に、巨大な岩石の壁が、地中から石畳を破って立ち並ぶ。一枚や二枚ではなく、迷宮の壁のように何枚も、上から見て交互に何枚も。クラウド達の位置からホゼに辿り着こうと思えば、一直線できずに壁に数度阻まれてしまうような形を作り上げる。


「俺達の邪魔をしてくれるなよ……!」


「待って!? ヴィントさ……」


 空から叫んだファインの声を振り切り、踵を返してヴィントは建物の屋上を走り出す。そんなヴィントを追うために、その建物の屋上まですぐさま跳躍したクラウドの行動も、早い決断力の賜物だ。しかし、屋上に着地したクラウドの目の前に、彼の姿はもうない。屋上の端から向こう側に飛び降り、地上に姿を消したヴィントの姿は、今から追いかけても追いつけないだろう。


 サニーやクラウドから離れられないファインも、空に留まったまま動けない。壁の向こう、ホゼが遠くへと駆け去っていく姿を、見送ることしか出来なかった。行く先を失ったファインがサニーのそばに降り立つと、やがてホゼとサニー達を隔てていた岩石の壁も、がらがらと崩れていった。術者がもういいと魔力を絶やせば、急造の魔術建造物は形を失ってしまう。


「な、なんだ……? あれ、お前らの知り合いか……?」


 サニーに問うアウラの声が引きつっているのは、建物の屋上までひとっ跳びしたクラウドの身体能力に、度肝を抜かれたせいもあるだろう。そんな彼のすぐそば、サニーの近くへ帰ってきたクラウドの着地音に、思わずびくっとしてしまうのがその証拠。


「知り合いよ……少なくとも、こんなことに手を貸すような人達じゃないと思ってたのに」


 頭をがりがりかいてしまいたいほど、やりきれない想いを口にするサニーに、アウラも複雑な事情を察せずいられない。彼女の隣のファインの、戸惑い哀しむような表情もそうだ。周りの天人警備兵は、逃げたホゼやヴィントを追うため既に動き出しているのに、4人だけがこの場から動けない。


「アウラ、行くぞ! 本分を忘れるな!」


「っ……はい!」


 先輩に呼ばれ、敵を追撃する同僚の行動について行く動きに駆け出すアウラ。やるべきことは変わらない。サニーからの返答に思う所はあったけど、やはり今はクライメントシティを荒らす、暴徒達の鎮圧が先決だ。


「……行きましょう! じっとしてても、何も始まらないわ!」


「うん……!」


「そうだな……!」


 やはりこうした場において、率先して導く役割を最初に果たすのはサニー。それでも普段の彼女よりは、行こうと発するのが幾らか遅かったものだ。動揺していないはずがない。くせのある出会い、しかし話してみればいい人であった2人が、クライメントシティを攻め込む暴徒に混じっていることなんて、信じたくない一事である。同時に、あの二人と仲が良かった酒癖の悪い男、トルボーも来ているのだろうかと、思わず考えてしまうこともある。惑いは晴れない。


 それでも、この故郷を傷つけたくないというファインやサニーの願いに反し、攻め入る側にあの二人が含まれているのは確かなのだ。どのような意図であれ、そんなことをするヴィントやホゼを、捨て置くわけにはいかない。街を破壊する彼らを止めたいと思うなら、再び彼らと相見えなくてはどうしようもない。


 少年は走る、少女も走る、もう一人の少女は再び風の翼を背負い、地上の二人の上空から広い視野を持つ。漠然としてあったはずの、クライメントシティを侵略する者達を鎮圧するという目的。それが、暴走する知人を追うという具体的な目的に変わったことは、3人にとって悪い夢のようにさえ思えた。

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