第77話 ~戦火の中の再会~
「舐めやがって、地人どもめ……!」
地上を駆ける天界兵ハルサは、舌打ちしながら抜き身のサーベルを振るう。土属性の魔術で岩石を生成し、街の一角を破壊していた暴徒の一人を、その一振りで粛清するのだ。あまりに速いハルサの接近と剣術は、戦闘能力を持つはずの魔術士に回避すら許さず、あっという間に切り伏せて戦闘不能にしてしまう。
さらには、棍棒を振り上げて襲い掛かってくる暴徒の一撃をかわし、難なく返す刃で敵の胴を断つハルサ。卓越したその実力は、天界兵の名に恥じぬものだ。そして、視界内にあった敵を全滅させたことを確認したハルサは、背中に巨大な翼を顕現させた。
古き血を流す者、燕種と呼ばれる一人のハルサが、内は白く外は黒い翼をはためかせて飛翔する。空から一望すれば一目瞭然だ。粉塵、煙、炎、爆発、それはあらゆる方面にて発生し、逃げ惑う人が離れようとする方向では、多数の者達が大暴れしている。クライメントシティ、各方面にて潜伏していた、悪意ある連中が一斉蜂起し、街の破壊行為に繰り出しているのがわかる。
「ハルサ!」
怒り心頭で地上へと急降下しようとしたハルサを引き止めたのは、同じく翼を背負って飛翔するテフォナス。黒い翼を持つ古き血を流す者、鴉種と呼ばれる一人の彼は、激情任せに粛清活動へ踏み出すハルサを止められる、数少ない上官だ。
「どうなってるんすかねぇ!? 敵の数は!?」
「未知数だ! 街の外から今もなだれ込み、数を増やし続けてる!」
クライメントシティ襲撃に踏み込んだ集団は、相応の兵力を注いできている。街中各地にて蜂起した一陣、さらにそれを出撃の合図とするかの如く、関所から街へと突入してくる第二陣。もはや単発のテロではない、これは一組織による侵略行為そのものだ。平穏なクライメントシティは突然にして、戦争の一様に変わっている。
「"アトモスの遺志"っすかね……!?」
「なんでもいいさ……! それと目的は大差ない!」
天人支配の世を変えようとした魔女アトモス、それが率いた軍勢の残党、アトモスの遺志。クライメントシティを侵略する者達が、それかどうかは関係ない。天人達の都たるこの地を脅かさんとする者達は、目的が何であれ、天人に仇為す存在には変わりないからだ。
「ハルサは北地区へ! 僕は東地区へ行く! 近しい兵と連携を取り、鎮圧しろ!」
「わーってますよ!」
空を並んで飛んでいた、天人二人の有力兵が、道を分かつかのように離れていく。いずれも向かう先は地上、降下していく彼らの動きを見受けた地上の暴徒、その中で魔術を使える者達が、二人めがけて火球や岩石を放ってくる。
「クソどもが……! ただで済むと思うんじゃねえぞ……!」
減速せずに滑空軌道を操るハルサが、無数飛来する火や岩石の魔術弾丸を回避し、敵に急接近。多数の敵陣営が集まるその場所に迫るハルサは、ぎらつくサーベルを構えていた。一人も逃がさず切り伏せる、そう強く決意したハルサの目は、命を賭してこの戦いに臨んだ暴徒達の心にも、戦慄を落とし込むほど鋭かった。
「次は西地区第7エリア……! そのまま突き進め!」
明確な目的を持つ組織には、必ず司令塔がいる。若禿げの男が指示を下せば、老若多数の男達がその方向へ突き進む。彼らが通過した後には燃え盛る街路樹、壊された建物、立ち上る黒煙。平穏だったクライメントシティの一角が、次々と破壊跡に変えられていく。
迎え撃つクライメントシティの警備兵達、怯まず突撃する暴徒達。地上をキャンパスにして軍勢と軍勢が、絵の具のように混ざり合う。それと同時に生じるのは、武器と武器を打ち鳴らす金属音と、戦う者達の怒号と吠え声だ。こんな光景が、街の至る場所で発生している。
「見くびるんじゃねえぞ、天人のイヌどもが……!」
「のうのう剣術ごっこしてたてめえらに、俺達を止められると思うな!」
鍛え抜かれた警備兵達は兵力でも暴徒に勝り、それでも暴徒達は引き退がらない。数秒前まで隣に立っていた同胞が倒れてなお、死をも恐れず突き進む暴徒達は、まるで命を捨てているかのようだ。はじめから生存を諦めているかのような、暴徒達の猛襲には、地力や数で勝るはずの警備兵達も、翻弄されるまま兵力を削られる。二の腕に真新しい刀傷を受けてなお、逆の手に握るハンマーを警備兵にぶつけ、骨を砕いて戦闘不能にする暴徒の荒くれの目には、鬼気迫るものがある。
「調子に乗るなよ……!」
兵力が半数以下になり、押され始めた警備兵の陣営に、後方から合流してきた若作りの男。テフォナスやハルサとは別、天界から遣わされた特級戦士は、その手に握る槍の先で、暴徒の一人の肩を貫いた。貫かれた側がうめく頃には、長槍を扱うとは思えぬ細身の腕を振る天界兵が、貫いた人間ごと槍先を振り回す。さなかで傷から槍を引き抜かれた暴徒は、そのまま遠方の壁へと叩きつけられて動かなくなる。
「我ら天人の世を穢すダニどもめ……! 一人残らず駆逐してくれる!」
「天界兵様に続け! 勝利は我らの手にあり!」
たじろぎ始めていた警備兵達も、一騎当千の天界兵様の参戦により、闘志を蘇らせて突撃する。無双の力と長槍を武器に戦う天兵を中心に、数でも勝る警備兵達は、次々に敵を討ち倒していく。たった一人の強兵が参入しただけで、がらりと戦況が変わることは往々にしてあることだ。
「リーダー、このままじゃ……!」
「心配いらねえ、すぐに来る!」
若禿のリーダーに不安を訴えた、同じ年頃の男に、リーダーと呼ばれた男は自信満々の声。明らかに劣勢、しかし自分のもとへと迫り来た警備兵の一人を、その手に握るブロードソードで切り払う彼は、まったく戦意を衰えさせていない。あるいは、勝利を疑っていない。
その根拠は、突然にしてリーダーの遥か後方から姿を現した。十字路の真ん中へ躍り出たそれは、走行軌道を直角に折り、この戦場へと猛突進してくる。大柄の大人ほどの直径を持つ大岩石、まるで落盤のようなサイズのそれは、いびつな球形の自らを転がして、凄まじい速度でこちらに向かって来る。
暴徒達のリーダーが、散れと叫んだ瞬間、それが来ると知っていたかのように暴徒達が散開する。超速度で転がってくる大岩石は、こんなものが突然襲い掛かってくるとは思っていなかった警備兵達に、対処する暇も与えない。道狭しの径を持つ巨大な岩石が、逃げ場を見つけられなかった警備兵達を次々と轢き飛ばす。天災のような大岩石の急襲により、一気にクライメントシティの一角を守っていた警備兵達の布陣が崩された。
天界兵は素早い判断でそれを回避していたが、岩石はある地面に差しかかったその瞬間、ぎゅるぎゅると逆回転。東から西へと一直線だった巨岩が、150度方向転換、Vターンして天界兵へと急加速を得て迫る姿は、まるで生き物のようだ。何だこれはと驚愕しつつも、自らへと迫る巨岩を回避した天界兵により、対象を失った巨岩は建物の壁に激突する。
その瞬間に巨岩は砕け、爆散するように岩石の破片を飛び散らせる。近しき警備兵をそれらの一部が撃ち抜く中、巨岩の中から現れた一人の豪傑。まるで怪獣の卵から生まれたかのように、姿を現した男の姿を目にした天界兵は、まさかの人物の到来に思考が停止しかけてしまう。
その一瞬の隙が命取り。巨体に見合わぬ超加速度で天界兵に迫った豪傑は、接近した瞬間には回し蹴りを放っていた。はっとして槍を引き上げた瞬間、豪傑の太い脚が槍の柄に激突し、天界兵の表情を歪めさせる。長槍を握るほどの筋力を持つ男が、その蹴り一発で腕の骨をやられたかと思うほど重い蹴り。しかし直後、豪傑が天界兵の顔を真正面から掴み、一気に地面へと叩きつける。
あまりの怪力に抗うことも出来ず、後頭部から地面に叩きつけられた天界兵は、その瞬間に意識を失った。たとえ目覚めても、もう戦うことなど出来ないだろう。クライメントシティ陣営の救世主であった人物が、あっという間に叩き潰されたことに、警備兵達が青ざめて動きを失ってしまう。対する暴徒達は、豪傑の暴れぶりに勢いを増し、有力兵を失った敵陣営を圧倒していくのみ。
「流石っすなぁ、チャンピオンさんよ……!」
「いいから行け。あとはてめぇらだけでやれるだろ」
ぶっきらぼうな言葉とともに、豪傑は若禿のリーダーを前に進ませる。タクスの都の闘技場、そこで最強の名を冠する男が友軍にいることは、アトモスの遺志と呼ばれる暴徒達にとって、あまりに頼もしい。
混乱の渦中にあるクライメントシティに紛れた、数々の強豪。それは天界兵という最強の駒を揃え、万全を期していたはずの天人陣営の想像を上回り、街を勢いよく侵略する。
クライメントシティの警備兵といえば、天人達にとって聖地とさえ言えるこの街を守る、誉れ高き人材だ。若き頃から有望とされ、厳粛な基準のもと選ばれてきた者達であり、それだけの実力がある。天界の特級兵のような、世界有数の強豪と比較すれば見劣りはするものの、単体の兵として能力が低いわけではない。
若き警備兵の一人、アウラだってその一員だ。18歳で警備兵となり、2年間で先輩に揉まれ、力を培ってきた彼は、剣を片手に暴徒に立ち向かっている。敵も傭兵、10歳は年上、経験も豊富、そんな敵兵の青竜刀を一対一で押し返し、容易に優勢を譲らない姿は、その若さに似合わない実力を物語っている。
しかし、死をも恐れぬ敵の強行突撃には、アウラの味方の先輩も何人かが倒されている。敵の数も確かに減っているが、苦しい戦況は変わらない。厳しい訓練によって、長期戦にも耐え得る体力を得たはずのアウラが、短い戦闘で息を切らし始めているのは、悪い風向きに心を蝕まれているからだろう。誰しも調子のいい時は、疲労を意識せず動けるものだが、逆境にあればあるほど、疲れというのはより重くのしかかってくる。
「見つけたあっ! クラウド、あの人が私の知り合い!」
「オッケー……!」
そんな戦場に突然響いた高い声。叫んだサニーの声に応じ、アウラのことを友人の知り合いと見たクラウドが、急加速して一気に戦場へと参入した。アウラと交戦していた男に横入りの形で突撃し、首を刈る青竜刀を振るってきた攻撃をかがんで回避。そのまま肩口を敵の腹部に突き刺すタックルで、同時に敵の両脚を抱え上げたクラウドが、一気に敵を背中と後頭部から石畳に叩きつけた。棍棒で肋骨を砕かれるようなダメージと、やばい回転速度で頭を打ちつけた男は、間違いなく一発で戦闘不能になっている。
「天魔、立水渦……!」
驚くアウラをよそに、戦場いっぱいに突然生じる、逆円錐のような水の竜巻が多数。呑み込まれた者を渦の中に捕え、数度回して渦の外に放り投げる水の竜巻が、クライメントシティを侵略する暴徒の数名を、地面や壁に叩きつける。見上げたアウラの目線の先には、風の翼を背負って空から魔術を展開した、ファインの姿がある。
「私達の故郷に何てことしてくれんのよ……!」
そして危険な渦から逃れた敵兵の一人へ、渦の間隙を駆け抜けるサニーが迫る。剣を握った敵兵が、迎え討とうとした頃には、既に敵を射程距離内に捉えているほどサニーは速い。目にも止まらぬ速度の回し蹴りで、がら空きの敵の腹を打ち抜いた一撃だけで決定打だが、それによって吹っ飛ばされた者が、ファインの作った渦に突っ込まされ、振り回された末に別方向に投げ出される。それで受け身も取れずに石壁に叩きつけられたら、もう戦えない。
「アウラ! 状況は!?」
「お、お前ら……助けてくれるのか……?」
「無駄口いらない! 悪いことする連中が誰かだけ教えて!」
どこもかしこも乱戦模様、サニー達からすればクライメントシティ陣営に加勢したくても、誰が味方で誰が敵かもわからない状況。サニー達が頼りにしたのは、間違いなくクライメントシティを守る立場であり、顔も見知ったアウラの存在だ。彼が敵だと認識した対象なら、間違いなく街を守るために鎮圧すべき対象のはずだから。
「やべえな……! お前ら、退がれ! 別陣営に合流して、加勢してこい!」
「何!?」
「あいつらはてめぇらでどうにか出来るような奴らじゃねえ……! 俺が時間を稼ぐから、お前らは行け!」
アウラがサニーに応える前に、暴徒達の中で叫んでいた男がいる。それはまるで、突然この戦場に参入した3人の少年少女の実力を、始めから知っていたかのような口ぶりだ。空から戦場を見下ろしていたファインは、粉塵の中から聞こえたその声を聞き逃していない。
「……えっ!?」
その人物の姿を見た時、ファインはぎょっとせずにはいられなかった。その男の迫真の声に押され、ほんのついさっきまで警備兵達といい勝負をしていた暴徒達が、散らばるように撤退していく。いったい何事だ、と警備兵達が戸惑う中、粉塵の中から姿を現した人物は、ファインに遅れてクラウド達をも驚かせただろう。
トンファーを両手に握る、ふとっちょの風貌には見覚えがあった。その体つきにも、武器にも、顔にさえも。クラウド達の強さを、その人物が知っていたのは当然だ。クラウド達はこの人物と、酒の席でさえ語らった間柄だ。
「ホゼさん!?」
「こんな場所で巡り会いたくはなかったんだがな……!」
タクスの都の闘技場、名だたる強豪集いしその場所で、有能な闘士として名を馳せてきた男。かつてクラウドとも好勝負を繰り広げた、強き闘士が敵陣営にいる。言い換えるならば、親しかった知人が敵陣営に現れたことに、ファインもサニーもクラウドも絶句する想いだった。




