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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第4章  竜巻【Homecoming】
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第76話  ~なんの予兆も一切なかった~



「ほら、あそこの猫の銅像。あれって実は、要石そのものなのよ」


「銅像が壊されたりしたら?」


「封印の楔がひとつ消えるわ。まあ、あれ一個壊したぐらいでどうってことはないだろうけど」


 強大な存在を地底に封印する魔力を放つ、クライメントシティ全域に散りばめられた要石。ひそひそ声で周りに聞こえないよう、自分の知っている要石の位置を教えるサニーは、一応口の前に指を立てて、大きなリアクションしちゃ駄目よ表明している。一応、機密事項なので。


「あと、そこの建物の柱の一本にも、要石が埋め込まれてるらしいわ。再建する際にも、こっそり職人さんが設置し直してるんでしょうね」


「そんな所にも隠されてるんですねぇ」


「壊されちゃいけないものだからさ。徹底的にカモフラージュされてて、普通に暮らしてたら気付けないようになってるの」


「サニーはどんなきっかけで、こういうのの場所とか知ったんだ?」


「クライメント神殿のお仕事ぶりとか、全部知ってたからね。大工仕事とか町の改修作業に、神殿が介入してたらやっぱおかしいって思うじゃん」


 サニーが知るものの他にも、石畳の下に埋めてあったり、とある民家の煙突が住人も知らない要石そのものであったり、街路樹の根元の砂が要石を粉末にしたものであったり。見えない場所には勿論のこと、見える場所にも案外それはあり、視界に入ってもそうだとわからないような要石が、クライメントシティには散らばっている。誰にも内緒よ、とごく一部をクラウド達に教えてくれるサニーだが、彼女が知る要石の隠し場所なんて、氷山の一角だとサニー自身も言っている。


 神職者ではないとはいっても、クライメント神殿育ちのサニーには、十年近く神殿のお仕事を見てきただけあって、要石の所在のヒントを見つけてしまう機会があったらしい。最重要機密とて、流石に身内の者にまで、完全に秘匿し通すのは難しいものだ。ましてサニーの育ての親は、クライメント神殿における大司教ブリーズ。最高幹部と呼べる者のそばで育ってきてしまった以上、別に知りたくなかったクライメント神殿のあれこれに、意図せず触れる機会もあったということか。


「ほら、あそこにも。風見鶏があるでしょ? あれも実は……」


 サニーが首を回して、斜向かい遠くの建物の屋根を指差す。ファインやクラウド、リュビアもサニーが示す方向を振り向いた瞬間。目線の先でどごんと小爆発が起こった。


 小爆発が起こった。比喩ではなく、本当に。


「……風見鶏って、どこ?」


「……さっきまであそこにあったんだけど」


 突然のことに呆然とする4人の見る先では、三角屋根のてっぺんが黒煙に包まれている。風が吹き、煙が吹き飛ばされた先には、破壊された風見鶏をさっきまで支えていた柱が、ぽっきり折れた状態で立っている。


 周囲ががやがやと騒がしくなり始めた。足早に駆ける人、遠くから聞こえる悲鳴、静かで平穏だったクライメントシティの一角が、徐々に日常を失っていく。


「と、とりあえずこっち来て?」


 何だかやばそう。4人ほぼ同時に思ったことだ。とりあえず安全な所に行きましょう、と、3人を導くサニーに従い、4人が足早に市街地を走り去っていった。






 地人区画の裏路地に駆け込み、ひとまず息を整える4人。走り慣れるどころか戦いにも慣れているファイン達だが、リュビアはそうでないから心配だ。大丈夫ですかとファインに問われるリュビアだが、他の3人より息を乱しつつも、大丈夫ですと返答してくれた。これならまあ、まだ走れるだろう。


 あれから数分、街はすっかり大騒ぎだ。嵐の中の雷音のように、多方から断続的に爆音が聞こえてくる。あらゆる場所で、何者かの爆破行為が繰り返されているらしく、民間人がパニックに陥るのも当然だろう。彼方より聞こえる悲鳴も絶えず、それを耳にするたびなお、リュビアも落ち着かない心地である。


「えーっと、状況でも整理する?」


「いらねーよ……どう考えても"そういう"状況だろ」


 そんな中、参ったなぁと頭をかりかりかくサニーとか、溜め息つくクラウドとか、リュビアの背中をさすってくれるファインとか、混沌とした状況に対して落ち着いたものだ。リュビア目線、この人達の肝の太さってやっぱり普通じゃないと思う。騒動慣れし過ぎ。


 サニーがはじめ指差していたのは、確かに"要石"が埋め込まれた風見鶏だったのだ。屋根の上からでも、建物を介して地表に魔力を届ける要石は、クライメントシティ全体に配置された、結界の構成要素のひとつである。それが、魔術だか物理的砲撃だか知らないが、サニー達の目の前で突然破壊されたのが、少し前に起こったことだ。


 それを皮切りに、町の至る方向から聞こえてくる爆音。要石が埋め込まれた風見鶏が破壊された少し前と同じ事が、各地で起こっているのだろうか。かねてより、ここ最近クライメントシティでは無差別的な爆破行為などが起こっていたらしいが、今日はどうも規模が違いそうだ。数日前の飛び飛びの破壊行為をテロ行為と称するなら、今日の出来事はそれ以上、テロリスト集団による急襲とさえ言ってもいいだろう。


「……要石を埋め込まれた風見鶏が壊されたんだよね?」


「ええ……多分、それが目的なんでしょうね」


 ファインの問いに、補足を加えてサニーが答えた。クライメントシティの機密事項であった要石の所在、それがならず者に割れているとは正直考えにくい。しかし、風見鶏のようなものをピンポイントで爆破する目的なんか、それ以外に考え付かない。何者かが、風見鶏に要石が埋め込まれていることを知った上で、それの破壊に踏み込んだようにしか思えないのだ。あれの中に、要石が埋め込まれていたと知っているサニーだからこそ、思い至れる結論である。


「いやはや、凄いわよねぇ。私達が里帰りしてるタイミングで、テロリストのエックスデーなんてさ」


「あははは……笑い事じゃねえっつの」


 クラウドも笑っているではないか。別にここも安全ではないし、火災に見舞われる建物も少し離れた場所に見えている。全然笑ってる場合じゃない。でも、人は時々、度を越した滅茶苦茶な事象に直面した時、深い意味も無く乾いた笑いが出てしまうものだ。今がちょうど、そんな感じ。


 前触れも予兆も一切なく、風見鶏の突然の爆破から始まったクライメントシティの大混乱。つくづく現実は、脚本で演じる演劇のようにはいかないものだ。お話であれば何かが起こる際、その少し前に予兆や前振りがあったりするものだが、何の前触れもなく突然のドッカンから非日常に突入なんだから。ある意味、それがテロっていうものでもあるけれど。


「どっちにしたって、リュビアさんを安全な所にまでは連れていかなきゃね」


「安全そうな場所、あるか?」


「断言できる場所はないけど、一緒に行動し続けることは難しいわね」


「サニー、もしかして」


「当たり前じゃない、鎮圧活動いくわよ!」


 どんな集団がクライメントシティを襲撃しているのか、全く情報も得ていない中でも、とっくにサニーは決断していた。腐った父親や天人に愛着なくとも、育ちの故郷クライメントシティへの思い入れはあるサニー。それを荒らされて黙ってなどいられないサニーの性格は、問うた側のファインもよく知っている。


「ファインもやるでしょ?」


「勿論……!」


「ああもう、仕方ないな」


「クラウドも協力してくれるんだ?」


「今さら水臭いこと言うなよ」


 お婆ちゃんもいるクライメントシティを守るため、ファインもすぐに決断する。仕方ないなと言いつつも、即決で協力することを決めてくれたクラウドの人の良さには、サニーは嬉しそうに笑った。自分とファインの無茶な駆けっぷりにどこまでも付き合ってくれる、この新しい親友との出会いは、何にも勝って代えがたかったと改めて思う。


「……そうね、フェアさんの所に行きましょう。少なくとも、匿ってはくれるでしょうから」


「クラウドさん、リュビアさんをお願いできますか?」


「わかってる、その方が速いもんな」


 安全な場所とは限らない。それでも、鍵をかけた建物の中に隠れるという行為は成立させられる。行き先を定めたサニーの提案を受け、ファインがクラウドに、リュビアを背負うことを促す。フェアの家、ファインの実家まではそこそこ距離がある。走力もスタミナも一番劣るリュビアだし、彼女をクラウドが背負って走った方が、4人揃って一番早く行動できるはず。クラウドの人間離れした身体能力にかかれば、人一人を背負って走っても、戦う力を持たない女の子より速く、長く走れるから。


「クラウドさん、すみません……よろしくお願いしますね?」


「しっかりつかまってて下さいよ」


 リュビアをおんぶしたクラウドの背中には、彼女の胸元の豊満な何かがむにゅんと押し付けられる。演劇中、同じ感触を背中に受けて動揺していたクラウドも、この状況下ではそれを意にも介さない。今は平穏な演劇の舞台上ではなく、場合によっては一刻を争い、命にすら関わり得る状況だ。シチュエーションに応じて精神状態のオンオフがしっかりしたクラウドの頭は、目立たぬ形でよく活きている。


「飛ばしましょう! しっかりついて来てね!」


 足に風の魔力を纏ったサニーが先頭、同様の足で隣に並ぶファインが、初速から最高速で駆け始める。クライメントシティの地理に明るい二人だからこそ、フェアのもとへの最短距離を選べて、クラウドはそれについていく形だ。そして、魔術の行使で常人以上の速度で駆ける二人に、リュビアを背負ってなおぴったりついて走るクラウドは、やはり規格外の身体能力。いきなり凄いスピードで走り出したクラウドから振り落とされないよう、ぎゅうっとしがみつくのでリュビアは精一杯だというのに。




 改めて混乱の渦中に陥れられた街の中を駆ければ、4人の心にふつふつと沸いてくるものがある。悲鳴をあげて走る人々の中に、親に抱かれて泣き喚く子供もいる。破壊された建物の破片が当たったのか、頭から血を流して壁にもたれかかる男を、青ざめた顔で揺さぶるのは彼の恋人だろうか。火災に見舞われた建物の火が燃え移り、立ち上る大きな火の塊になってしまった街路樹は、火の粉と黒煙でクライメントシティの空を侵食する。戦時中の侵略された人里と何ら変わらず、平穏を失ったクライメントシティの光景は、リュビアを著しく怯えさせ、ファイン達の心に少しずつ火をつける。


 地人にしたって天人にしたって、平和な日々とは貴いものだ。世知辛い世の中に揉まれ、誰だって大小の悩みやしがらみに縛られ、それでも日々を生きてきた。与えられた環境下で得られる小さな幸せを栄養剤に、長い人生を歩んできた人々の暮らしを侵略する火は、正義感の強い少年少女の胸に義憤を生じさせる。こんなことが、当たり前のように起こって放置されていい世の中なら、それに抗う力を持たない人々はどうやって幸せになればいい? そんな人々の中に、優しく自分達を受け入れてくれたフェアのような人も含まれていると思えば、そんな話があってたまるかと、世界の不条理にさえ逆らえる。ファインもクラウドもサニーも、そうした性分を心根にしっかり持っている。


 行き先を見つけられず、混乱した足取りで逃げ惑う人々の間をすり抜け、3人と背負われた1人が素早く駆けていく。リュビアを信頼できる人に預けたのち、何をするかはもう決めている。少し前に決意したことを、より強固な信念に変えた3人の目は、既に戦士と比較して遜色のない意志力に満ちていた。

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