第72話 ~サニーの里帰り~
今日は朝から晴天日和。雲ひとつ無い空の下、鼻歌交じりでサニーはクライメントシティを歩いていた。暗黙で地人禁制とされる区画、クライメントシティの中央区へと歩いていくサニーだが、天人の彼女は誰にも咎められない立場である。
昨夜の自爆ダメージが大きいせいもあり、今朝から布団にくるまって、ヤドカリ状態で宿に引き篭もっているファインや、それにべったりのリュビアも今日は外出しないだろう。天人の統治がきついクライメントシティ、地人のクラウドもサニーやファインのガイドなしでは、あまりのびのび町を歩きたい気分ではないらしく、今日はサニー一人での外出だ。ファイン達と一緒に、明るいうちから宿でお喋りしてもいいのだが、昨日カラザから聞いた話の中に気になることがあったので、今日はそれを確かめるべく、サニーは単独で動いていた。
「まーた改装したのかぁ。お金のかけ所が相変わらず偏ってるなぁ」
クライメントシティに帰ってくるのは約1年ぶりだが、以前見た時と比べて、町の中央区の建物のいくつかが綺麗に改装されている。クライメントシティの中央区は、天人の都の中でも富裕層の集まる区画であり、常に上層民が住まう空間として、最高級が保たれている場所だ。少しでもぼろが見えればすぐに補修が入るし、建設5年目の建物でさえ、そろそろ立替の時期かななんて言われて、新しいものに変わったりするのである。
富豪の個人資産がその贅沢を叶えているなら何という話でもないが、それを街の基金で行ってしまうのがクライメントシティ。そんなお金があるんなら、もっと他の区画にも優しくしてあげようよとサニーは思う。地人区画なんて、ひび割れたまま放置されている建物も山ほどあるっていうのに、町を統治する天人様は、そちらには見向きもしないんだから。
「おい、止まれ」
「はい?」
相変わらず、綺麗な反面天人の傲慢さを象徴した中央区だな、と思いながら歩いていた矢先のこと。軽鎧で胸元を覆う男が、サニーに声をかけてきた。腹と腕の引き締まった筋肉を露出させている、身軽さを重視した装備の一兵だ。鋭い紫の髪が後方に流れるオールバックの青年は、サニーのことを知らないらしく、声は強くないが目が鋭い。
「今はあまり、クライメント神殿に人を近づけないように言われてるんだ。お引取り願えねえかな」
「……天界兵様ですか?」
「そうだが」
良くも悪くも有名人だったサニーのことは、クライメント神殿を守る警備兵なら必ず知っているはず。知らないということはつまり、この男が遠き地から派遣されてきた戦闘員、具体的には天界から遣わされた一兵だと推察できる。実際、その読みは当たっていたようだ。
「私、サニーっていいます。ブリーズ様の養子の」
「……証明は出来るか?」
「神殿警備兵か、クライメントシティ自警団の誰かを呼んでくれれば、多分誰でも私のことはわかるんじゃないかなって」
「よし、ちょっと待ってろよ」
そう言って紫髪の天界兵は、指先をくるくる回して風の魔術を行使する。近場にいる、クライメントシティ育ちの部下を魔術の力で呼び、サニーの身柄を照合させるつものようだ。やがて程なくして、サニーよりも少し年上そうな、こちらも軽鎧を身に纏った青年が駆けつける。
「お呼びですか、天界兵ハルサ様」
「ご苦労さん。この少女が、ブリーズ様の養子どのサニーだと名乗ってる。それは本当か?」
「あら? アウラじゃないの」
「げっ、サニー……」
ハルサと呼ばれた天界兵に比べれば線の細い若者だが、ある程度出来上がった二の腕が見える彼は、若くもそれなりの実力は擁すると思わしき風貌。腰に下げた剣の鞘も似合うもので、騎士の卵を思わせる風貌だ。透き通る白さに淡く緑がかった髪は短く切り揃えられており、若々しい顔立ちに爽やかさを上乗せさせている。
「間違いないんだな?」
「あー、はい……間違いありませんよ」
「そうか。悪かったな、妙な足止めをしちまって」
「いえいえ、お疲れ様です。神殿の警備が厳重であることは存じていますので」
気軽に笑って詫びるハルサと、お仕事大変ですねと笑顔を返すサニー。ひとまず警戒を解いて貰えたようで、一安心である。
「ちょっともー、なんでついて来るの?」
「お前何やらかすかわかんねえだろ。要警戒人物を見張るのも警備兵の仕事なんだよ」
「実家に帰るだけじゃないの。それにもういい年なんだから、変なことはしないわよ」
「どうだか。お前俺にやったこと忘れてるわけじゃねえだろ」
クライメント神殿への道のりを歩くサニーと、それにつく形で横並びの青年。サニーよりも3つ年上、二十歳になったばかりの青年アウラは、サニーの過去をよく知る人物だ。過去の破天荒な彼女のことを知る立場からすれば、ある程度その主張も筋が通っているのが困る。
「中指ビンタのこと言ってるの? あれはあんたが悪かったんでしょうが。周りはこぞって私のことを悪者にしようとしたけど、はっきり言って心外だって今でも思ってるからね」
「……ふん」
基本的にサニーは年上の人間に対して、こんなため口を利くタイプではない。救出することになり、恩を売っている立場のリュビアにさえ、年上だということで一貫した敬語を貫いているサニーなんだから。それが3つも年上のアウラに対し、こんな口の利き方をしている時点で、知れた間柄ということだろう。アウラもサニーの言うことに、何か言い返すつもりがあるわけでもなさそうで、むくれて押し黙る。
「ファインって奴、元気にしてんのか」
「元気してるわよ。クライメントシティにいた頃より、ずっとね」
「……ならまあ、よかったけど」
やや珍しい価値観だ。天人のアウラが、混血児のファインが今も元気にしていると聞けば、舌打ちの一つでもしてもおかしくないものだが、よかったとさえ言うこの態度。数年前に一度揉めたことのある相手のアウラであるが、サニーもこの地をファインと一緒に旅立つ前には、少し変わった彼のことを見直していた部分もある。天人にしては、口は悪いところもあるけど、まだ話のわかる人だって。
「最近、クライメントシティどうなってるの? えらく厳戒体勢のようだけど」
だからサニーも、なりゆき任せとはいえ、横並びに歩く彼に自分からこうして話を振ったりもする。嫌いな相手だったら、サニーもわざわざ自分から話しかけたりしない。
「俺みたいな下っ端警備兵に、詳しい話は届いてこないよ。ただ、天人区画の一部の建物が夜中にいきなり爆破されたり、そういう物騒な出来事は少し前にもあった」
「何それ、ほとんどテロ行為じゃないの」
「だから"アトモスの遺志"が何かはたらきかけてるんじゃないかって、町の人達も落ち着かない空気なんだよ。事態を重く見たクライメントシティも、天界兵様の派遣を要請して、町の警備を強化してる」
クライメントシティの自警団も、他の街の組織と比較して堅固な戦闘能力を持つ組織だが、それでも万全を期すために、天界の優秀な戦闘要員を招いているという話のようだ。天界に籍を持つ天界兵と言えば、かつての魔女アトモス率いる軍勢との戦争でも活躍した、比類なき実力者達。それほどの兵力を揃えてでも、クライメントシティが悪意ある者に攻め入られる形を拒むという背景には、それだけ悪人に譲れない何かが、クライメントシティにはあるということだ。サニーもアウラも知っているけど。
「中央区はどうなの?」
「この辺りはまだ大丈夫だよ。不穏な最近よりだいぶ前から、元より警備は周到だからな。被害があったのは、中央区から離れた天人区画ぐらいかな。あとは地人区画の一部も、少しだけ」
「地人区画も?」
「連中の狙いがいまひとつ見えない、ってのが本音だな。まあ結局は、天人の支配体制を終わらせたい誰かのレジスタンス行為だと思うし、地人区画にそういう事件が起こったのも、所詮はカモフラージュなんじゃないのって俺は思ってるけど」
天人達が住まう区画に、いくつかの突然の何者かによる爆破テロあり。しかし、地人区画にもいくらかそういう事件は発生している。白から考えれば何者かによる、無差別破壊行為に見えるが、アウラのような見解も筋違いではなさそうだ。
天人区画ばかりが狙われるなら、恐らく天人を憎む地人の犯行であると推察するのも容易だが、被害は地人区画にも及んでいるから断言がしづらい。そう思わせるために、天人区画に破壊事件を起こす連中は、地人区画にも破壊の波も及ばせているんだろう、と、アウラは考えている。
被害のあった建物の持ち主などを照合しても、今ひとつ共通点が無いらしく、個人的な恨みによる放火めいた事件とも考えにくいらしい。犯人も未だに見つかっていないらしく、組織的な行動で主犯を隠蔽あるいは散開させた事例に見えて、クライメントシティの厳戒体制はこの有り様、というわけだ。アウラに話を聞いたのは、実状を把握するにあたって間違っていなかったようで、サニーも尋ねてみてよかったと思う。
「そんなわけだから、あんまり目立った行動はするなよ。みんな気が立ってるから、不審な行動を起こしたら、すぐに人が寄ってきて取り調べ、なんてことも有り得るんだからな」
「ありがと、一応心配してくれてるのね」
「っ……自警団の仕事を増やされちゃたまらないから言ってるだけだよ」
素直さに欠けた言い回しだが、要はサニーが昔のように破天荒したら、今は目をつけられてしまう状況だと、アウラは警告してくれている。ちゃんとそういう真意も読んで、小さく笑って礼を述べるサニーだが、つんと顔を逸らして突っぱねる辺りも含めて、アウラって不器用なこと。サニーもそれは知っているから、相変わらずの人だなって微笑ましく思う。
やがて二人がこの町の中心、クライメント神殿に近付く。サニーを見張るという名目でここまで同行したアウラだが、ここから先は彼もついていくことが出来ない。サニーの目的がとある人物に会うことなら、親子水入らずの再会になるし、他人のアウラがついて行くことは単なる無粋である。
「それじゃ、私あのバカ親父に会ってくるわ」
「ブリーズ様のことをそんなふうに言えるのはお前だけだよ……」
「善人の皮かぶったクズだもん、あの人。まだ優しく言ってる方よ?」
からっと笑うその顔から、最上級の毒舌を吐くサニーに、アウラもたじたじである。サニーがあの人物のことを大嫌いと公言しているのは知っているが、それにしたってここまで言うとは、どれほど彼女の中でブリーズという人物は評価が低いんだろうと思う。
クライメント神殿に向けて歩いていくサニーの背中を、自警団としての仕事もひと時忘れ、アウラは見送っていた。天人の中でも変わり種の彼女ではあったけど、あそこまで振り切ったタイプはそうそういないなと、相変わらず感じさせられるばかりだった。




