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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第4章  竜巻【Homecoming】
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第70話  ~クラウドさん我慢しましょう~



 クラウドが素早く迫ればサニーも退き、悪の手からは聖女様を引き剥がすことが出来た。だが、そうやすやすと帰してなどくれないのが、聖女様を攫った魔王である。魔王様を呼ぶサニーの声により、貫禄あるゆっくりとした足取りで、魔王カラザの登場だ。


「聖女は渡さん……!」


「魔王っ……!」


 勇者クラウドと魔王カラザが、言葉を発して同時に急接近。柔らかくしなる、当たってもそんなに痛くない杖を手にしたカラザと、素手でそれに立ち向かうクラウドの一騎討ちだ。カラザも役者、戦いを演じる動きは手馴れたもので、普通に格闘家気質のクラウドに全幅の信頼を寄せ、杖で攻撃する素振りをあらゆる角度から。クラウドもそれに応戦しながら、反撃の足や拳を返せば、カラザもそれを回避する。クラウドVSサニーのような、速さを見世物にした戦いではないが、巧みなカラザの体捌きによって、違った味での魅せ方を叶える演舞となっている。


 だが、やっぱり魔王様はとても強い。程なくして、吹っ飛ばされたように地面に背中から倒れたクラウドに、カラザがゆっくり歩み寄る。サニーを破ってここまで来た勇者クラウドとて、流石にラスボス相手に楽勝とはいくまい。


「やめて下さい……!」


 倒れたクラウドとカラザの間に飛び出し、両手を広げて我が身で壁を作るファイン。どんな苦難にも堂々と立ち向かう、ファインの地の性格が出ているかのように、力強く胸を張ってだ。全体的にこの演劇内において、上手に演技している方のファインだが、性分と役が上手くはまっていることによる恩恵が最も大きい。


「私はどうなっても構いません……! ですが、この子達だけは……!」


「……自分がどうなろうと、自分を愛してくれた子供達を守ろうというのか」


 嘲笑するような声色とともに、勇敢な聖女様に近付くカラザ。悪人演じるカラザの顔を間近で見るファインは、本当に悪意あるかのような表情のカラザを前に、演技だとわかっていてもぞっとしそうになる。


「それが、間違いだと言うんだよ」


 そっとファインの首元に、杖先を当てたカラザ。次の瞬間、ファインが自分で生み出す魔力が、杖先を強く光らせる。それとほぼ同時、くいっと杖を押し出したカラザの行動により、ファインは後方に跳んだ。客から見れば、魔王の杖先の魔力が炸裂し、聖女様を吹き飛ばしたよう見える簡易演出だ。


 吹っ飛ばされるまま、クラウドも越えて後方に吹っ飛んだファインは、そのまま背中から倒れる。勢いよく後方に倒れれば後頭部も持っていかれるわけで、傍から見れば聖女様が相当にやばい倒れ方だ。背中や頭を貫く衝撃は、ファインが自分の魔力でばっちり緩衝しているが。


「愛だの、何だの、そんなものがこの世にあるなら、私はこうはならなかったさ。魔族に生まれたというだけで、誰からも愛されなかった私を前にして、貴様は未だに愛を唱えるのだろう?」


 ファインに歩み寄り、冷たい声でカラザが言い放つ。要するに魔王様、人ならぬ生まれゆえに幼少から排斥され続け、やがて悪に染まり現在に至ると。若干、天人か地人かの生まれだけで扱われ方が変わる現在の世相を、軽く皮肉っているようにも聞こえるセリフだ。観客は地人ばかりの街角演劇、魔王の哀れな境遇に、少し感情移入してしまった客もいたりする。


「愛を語る相手を見誤ったな」


 なんとか立ち上がり、聖女に毒牙をかけようとする魔王を止めようとしたクラウド、しかし魔王の杖の一振りの方が早い。カラザの杖の一振りと同時、ファインが魔力を炸裂させ、自分の周りを爆発演出で包んだ。熱を伴わずに強い光と黒い煙を発する、怪我をしない爆発だ。


 煙が晴れた時、そこにはぴくりとも動かない聖女様が倒れている。魔王の発した強力な魔術が、聖女様にとどめを刺したと思える絵図だ。


「さて……」


 力尽きた聖女様を、呆然と見ることしか出来ないリュビアに魔王が振り向いた。次はこいつだ、と魔王の殺意がヒロインに向いた瞬間から、いよいよクラウドの見せ場が始まる。


 聖女様を殺された怒り、同時にリュビアにまで手をかけようとした魔王への怒り、それが勇者クラウドの力をすっごく引き出した。ほぼ実戦級の速度で魔王に差し迫ったクラウドが、咄嗟に杖を構えたカラザに拳を激突させ、カラザを後ずさらせる。超速度に見えてちゃんと衝突寸前にブレーキ、当たりは実際そんなに強くない。


「許さねぇ……!」


「ふん……! 愛に騙された木偶人形が……!」


 怒りで全力以上の力を引き出すクラウドを表すかのように、さっきよりも素早い動きでのバトル再開。役者の意地で、速いクラウドの動きに対応し、激戦の再開をカラザが演じ通す。ややクラウドが押しているかのようにして、二人は舞台の端へと位置を移し、また客の視界外に消えていく。


「ファイン様……!」


 舞台上に残されたリュビアが、倒れた聖女様に駆け寄る姿にスポットが移る。ぐったりとして動かない聖女様を揺さぶって、しっかりして下さいと言葉にし、顔面蒼白のヒロインを演出する。


「リュビアちゃん……私もう、駄目みたいだけど……」


「嫌です、嫌です……! お願いです、しっかり……」


「クラウド君のこと、大事に、してあげてね……? あなたの気持ち……私は、知ってるから……」


 そう言ってファインは、最後の力を振り絞るかのように、リュビアの右手を両手で包み込む。これに際し、魔力を注ぐファインによって、リュビアの手を握る彼女の手が強い光を発する。


「こ、これは……?」


「あなた、なら……この力……クラウド君の、ため……に……」


 そのまま、かくっ。手を介し、ヒロインになんだか凄そうな力を託した聖女様は、そのまま力尽きてしまった。その悲しみに暮れる暇もなく、舞台上にはクラウドが戻ってくる。さっきと同じように、遠く跳んだバックステップで、魔王に吹っ飛ばされた形を演じてだ。さっきと違うのは、完全劣勢ではないことを表現するため、倒れず二本の足で立っていること。


「っ……クラウド!」


 さあ問題のシーンだ。自分のすぐ前、背を向けて立つクラウドに、後ろからリュビアが抱きついた。並びに、クラウドの背中に柔らかいものがむにゅん。予定どおりの展開だし、そうなることはクラウドだってわかっていたけど、触れたことのない感触で背中を刺激されたら、わかっていても集中力を持っていかれる。


「落ち着いて、クラウド……! ファイン様も言ってたじゃない……憎しみは、何も生み出さないって……!」


 聖女様をやられた怒りで勢いを増した勇者クラウドだが、ヒロインのリュビアは、そんな心持ちじゃ駄目だとクラウドを諭している。憎しみ任せに立ち向かっても魔王を打ち倒すことは出来ない、そういう設定を口頭で語るリュビアのすぐ前、クラウドは別の意味で落ち着きを取り戻せない。お願いだから背中にそれ当てないで。


「お願い、クラウド……! いつもの優しいあなたに、戻って……!」


 このタイミングだ、と、倒れたまま展開を追っていたファインが、リュビアの位置座標を中心に魔力を集中。訴えかけるヒロインの言葉と同時に、彼女の体がまばゆい光を放つ光景は、聖女様に受け取った不思議な力をヒロインが行使した展開を表す。クラウドに差し迫ろうとしていた魔王カラザも、それを前にして踏み込めないふうに立ち止まる。


 やがて光がやんだ時、へなへなとクラウドの後ろで腰を抜かしたかのようにリュビアが座り込む。突然の自分の発した力に驚いたか、力を使い果たしたか、どちらともとれる演技。そして彼女のすぐ前には、光る拳を握り締めた勇者の姿がある。さあ、聖女様からヒロインを介して、不思議な力をその拳に宿した勇者の見せ場へと移行する時間だ。


「……ありがとう、リュビア」


 力をくれたリュビアに礼を言ったクラウドが、小癪なと舌打ちする魔王に立ち向かう。光る拳を武器に攻めるクラウドが、魔王カラザを圧倒する。それこそ、魔王がまったく反撃できないほどわかりやすい優勢。


 やがて、魔王の杖の守りをくぐり抜け、クラウドの拳がカラザの胸元にヒット。芝居なので寸止めだが。


「がはっ……! ば、馬鹿な……なぜ、これほどの力が……!?」


「……………………ゎ」


 カラザから振りが入った。だが、決め台詞がすぐにクラウドの口から出てこない。カラザもだいたいわかっている、恥ずかしいんだろうなって。どうしても言わなきゃ駄目ですか、と、軽く逃げ出したい顔をしたクラウドを前にして、カラザも気の毒だとは思ったけど。


「な、なぜ……貴様ら如きが、私を……」


 セリフを追加、間を稼ぐ。決め台詞、言ってくれなきゃ話が進まない。やるしかないよと態度で示され、一度歯を食いしばったクラウドが、ようやく息を吸って口を開く。


「わから、ないのか……魔王……! 俺達の力の源は、怒りや、憎しみじゃない……! 受け入れられなかった悲しみを怒りに変え、愛を謳う聖女様を傷つけようとした、お前とは違うんだ……!」


 客も見ている、身内も見ている、多数の目の前で歯の浮くようなセリフを今ここで。顔を僅かにひくつかせ、顔を真っ赤にしたクラウドを目の前にしたカラザも、頑張れあと少しだと心の中でエールを贈っている。


「っ……誰かを守ろうとする時にこそ、本当の力は宿るんだ! 聖女様を、助けるためにっ……り、リュビアを守るために、俺は戦ってきたんだ……っ! それがファイン様の教えてくれた……あ、愛の力だあっ!!」


 頭から煙を吹かさん勢いで言い切ったクラウドに、周囲の反応は様々。勇者姿の似合うクラウドなら、こんなセリフを吐いても絵になるなぁと感じるリュビア。よく頑張った、と少しだけ口の端を上げてねぎらってくれるカラザ。うんうんいい絵になった、と内心満足の、このセリフを発案したサニー。そして、いい年こいて愛の力なんて叫ぶ少年の姿を、生温かい目で見守ってくれる無数の観客。すべての視線が、クラウドを羞恥の針のむしろにする。


「あ、愛の力、など……そんなもの、が……」


 決め台詞を聞き受けた魔王が、ぐらりと後ろに倒れる。お願いですからその恥ずかしいセリフを復唱しないで下さいカラザさん、思わくクラウド。


「魔王様……!」


 倒れた魔王に駆け寄って、抱き起こすサニー。異端に生まれて誰からも愛されなかった半生から、悪の道に染まったという設定の魔王だが、こうして彼を案じる者も一人はいた、という図式である。


「死なないで下さい、魔王様……あなたがいなくなったら、私……!」


「貴様……泣いているのか……?」


 泣いてないけど、泣いているということで。流石にサニーも、悲しそうな声を出すことは出来ても、好きな時に涙を流せるほど芸達者でもないので。ともあれ、魔王の死を悲しんでくれる配下はいるのです。


「どうして、私の気持ちに気付いてもくれなかったんですかあっ……! あなたに愛して貰うためなら、何でもやってきたのに……どうして……!」


 まあ要するに、この小悪魔は魔王様のことが好きだったと。愛していたと。悪に手を染めていたのも、魔王様の気を引くためと。しかし魔王様、愛されている自覚なんかなかった半生を歩んできていたので、愛を滅するために聖女を捕らえるなど、そういうことに夢中であったと。気の毒なニブさである。


 でも、この展開を通じてようやく、配下の気持ちに気付けたようで。死の間際に、愛は確かに自分にも注がれていたことに気付き、自分を抱き起こそうとする配下を抱き返す。その絵を5秒表現したところで、力尽きたようにぱたりと手を落とし、魔王カラザの役目は終了だ。


 帰ろう、と、クラウドが、聖女様の亡骸役のファインを抱き上げ、リュビアと共に舞台右へと去っていく。残されたサニーもまた、うんしょうんしょと魔王様の亡骸役のカラザを背負い、舞台左へ去っていった。えらく後味の悪い空気を引きずったまま、舞台上から誰もいなくなる。


「さて、締めてこようか。お疲れ様、ゆっくり休んでくれ」


 客の視界外に消えたカラザは、死体役から解放されて素早く動き出し、終幕用の衣装に着替える。開幕の時と同じく、黒の正装にシルクハットをかぶった姿だ。


「――孤独を信じて疑わなかった男は、その悲しみを暴走させ、やがて数多くの人々に愛された聖女の命を奪った。彼にも確かに、誰かの愛が注がれていたというのに、それに彼が気付いていたならば、この悲劇は起こらなかったのではないか、と、後の勇者は回想する」


 ハッピーエンドとは程遠い幕切れだったが、それによって伝えたかったことを、最後に語り部が発するのも手法の一つ。強引さは否めないが、素人演劇だしこれぐらいでよしと、カラザも割り切っているようだ。


「人は誰しも、孤独ではない。見えているはずのそれを疑った魔王は、非道に手を染め最期に悔い、やがては大悪として後世に語られていくことになった。この世に悲運なる言葉があるとすれば、形無きものを信じる心さえ彼にあったなら、悲運を避けられたであろう運命をこそ、言い表すものではないだろうか」


 ある程度アップテンポでお贈りされた演劇だったが、クラウドやサニーの目を瞠るようなバトルシーンなどもあり、観客の中にもある程度、物語に入り込んでくれている人がいる。そこまで持っていけたからこそ、役者本職のカラザの語り口も、物語の締めとしてよく活きている。


「そばにいる誰かが、自らを案じてくれていることに、人はいつしか忘れがち。しかし、つらい時や苦しい時にこそ、そんな誰かのことを忘れずにいられれば、人は屈さず歩いていくことが出来る。愛を受け止め、最後まで戦い抜いた勇者クラウドのように。そして、今は亡き聖女の想いを胸に生き、悲運を乗り越え幸せな日々を歩んだ、その後の二人のように。

 ――ご清聴、ありがとうございました。これにて、終幕とさせて頂きます」


 流石に本場の劇場で浴びるような喝采ではなかったが、満足してくれた客の多くが、拍手でカラザの閉幕を見送ってくれた。たった5人で作り上げた素人演劇、それにこれだけの観客が拍手を送ってくれることを、舞台陰の4人はどう思ってくれているだろう。観客が手を鳴らす音を真正面から浴びるカラザは、満足してくれる少年少女を想い描き、客に一礼して舞台を降りていく。


「お疲れ様っ……!」


「うん……!」


 舞台裏を回って、ファインやクラウド、リュビアと合流したサニー。カラザの期待は叶っている。耳に届く観客の喝采は、舞台一本やり遂げた4人に、疲れも忘れさせるほどの達成感をもたらしてくれている。


 緊張、羞恥、すんごいセクハラ。苦難は多かったが、やり終えた後になればそれもいい思い出だ。近くして輪を作る4人が、満足いっぱいの表情で笑い合ったこの日は、一生ものの輝かしい思い出になるだろう。

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