第69話 ~サニーさん自重しましょう~
聖女ファインが魔王に攫われたことを、村長演じるカラザに聞いた主人公クラウドは、聖女様を救うための旅に出る。幼馴染のリュビアも同行だ。別にあんたのためじゃなくて聖女様のためなんだからね、というリュビアの素敵なセリフもあったのだが、そういう遊んだセリフはだいたいサニーが発案したものだ。
ファインとサニーを中心に脚色された脚本は、そこそこの大作に膨れ上がってしまったようで、意外に凝った内容になっていた。旅の中で、夜を共にするクラウドとリュビアの語らいだとか、通りがかった村の村人(カラザ)に魔王の居城の場所を聞いて目的地を再確認するだとか、ならず者(カラザ)に絡まれそうになったリュビアをクラウドが守ってあげるとか。とにかくクラウドとリュビアの二人で回す場面が多く、その都度衣装とメイクを変えたカラザがエキストラを演じていた。やたら働かされる立場のカラザだが、当人は出番が多くて楽しんでいるようだ。
「やめておきなされ……魔王は恐ろしい存在じゃ。関わり合うべきではない」
「……ぅ」
「……………………それでも行かねばならぬ理由が、おぬしらにはあるのか?」
「……は、はいっ。誰かが聖女様を助けなきゃ、いけないんです」
不慣れなクラウドとリュビア、特に緊張してセリフを忘れかけることも多いリュビアを、常にカラザがフォローしてくれる。詰まった、と思えばアドリブでセリフと間を繋げ、本来彼らが口にするべきだったセリフを、思い出すよう促してくれるのだ。拙い二人の演技まで隠せるものではないが、少なくとも物語は進行出来ている。客も素人演劇だとわかっているし、その粗さも含めて微笑ましく見守ってくれている。
「サニー、そろそろだね」
「ええ。さーってと、頑張ってきますかね……!」
しばらくクラウドとリュビアだけで回す二人旅のシーンが続いて、魔王に囚われた聖女役のファインも、魔王の配下役のサニーも出番がなかった。しかし、場面はいよいよ魔王の居城前。舞台裏でもう一度台本に目を通し、セリフをじっくり確認していたサニーだが、そろそろ出番である。
「見えてきたぞ……! あれが魔王の居城だ!」
「うん……! 聖女様が待ってる……!」
物語の佳境を示すクラウドとリュビアも、ここまでの展開を経て緊張もほぐれ、セリフも上手に口に出来るようになってきた。二人とも、演じる世界に入り込んできた証拠だ。物語の山場に至るまでの時間で、この精神状態を作り上げられたなら、やりきる下地はもう充分だ。
「待ちなさい! これ以上は先に進ませないわよ!」
舞台上に飛び出したサニー。第一声からよく張って、堂々とした登場だ。多数の観客の前にして物怖じせず、最初からこう出来るのは才能である。
「あの方の邪魔はさせないわ! どうしてもと言うなら、私を打ち倒していくことね!」
そう言って、リュビアの前に立つクラウドへ、サニーが飛びかかる。さて、主役の見せ場のバトルシーンだ。取り決めあんまりなし、本気を出さない程度に格闘戦をして、怪我しないように流しましょうという、クラウドとサニーの組み手の開幕である。
サニーが拳や蹴りを放ち、クラウドがそれをかわし、反撃の拳を差し向ける。サニーもそれらを回避して、すかさず反撃。二人にしてみれば遅い攻防をゆったりと演じているだけで、容易にかわして、いなして、怪我せず行なえる演舞である。ただ、レベルは非常に高い。闘技場上がりの格闘家クラウドと、天界上級魔術師や歴戦の戦闘傭兵を一人で撃退するサニーなんだから、手加減いっぱいの二人の攻防でも、一般の目には追いつけないほどの速さだ。素人演劇を生温かく見守っていた観客も、このシーンに入った途端、大人まで目が離せなくなる。子供達なんか、勇者クラウドを応援する眼差しで釘付けだ。
ひとまずクラウドが劣勢に。魔王の片腕だけあって、サニーもけっこう強い設定だ。頃合いを見て、攻めの手を増やしてきたサニーに順応し、防戦一方の様相をクラウドが演じる。反撃しなければいいだけなので、彼にしてみれば楽だ。苦戦するクラウドを、少し離れた場所のリュビアもそわそわした目で見届ける。そわそわしているのは、ひりつく攻防を演じる二人のやり取りに、彼女も客と同じではらはらさせられているせいでもあるけど。
「クラウド、頑張って……! いつものあなただったら、そんな奴に負けない……!」
やばくなってきたクラウドが、リュビアのそばで片膝ついた時が合図。リュビアの声をきっかけに、目に光を取り戻したクラウドが、サニーに再び差し迫る。今度はクラウドが攻める番だ。ヒロインの激励を受けた勇者クラウドが、一転攻勢に移り、今度はサニーが防戦一方に。愛の力って凄いですね。
「く……目障りなのよ、あんたはあっ!」
悪役ばりばりの声を荒げ、突き出されたクラウドの拳を両手で受け止めたサニーが、力任せにクラウドを横に押しのける。勇者クラウドの力を引き出したリュビアを睨みつけ、ヒロインめがけて直進だ。
矢のような速度で迫るサニーの速さには、観客の誰もがリュビアの窮地を意識しただろう。しかし、地を蹴りリュビアとサニーの間に割って入るクラウドの方が速い。サニーもそれが出来るであろう速度にちゃんと調整し、ひりつく最速を演出している。
「な……っ!?」
「っ、この……野郎……!」
リュビア目がけて突き出されたサニーの拳を、自らの体を盾にしたクラウドが、胸で受け止めるシーンの完成だ。サニーの拳も寸止め、ただちょっと勢い余って、だいぶ強くクラウドの胸に拳を当ててしまったが。やばい、ごめん、と素の顔を出してしまうサニーだが、クラウドは気にしていないというふうに、そのまま次の展開に移る。
サニーの腕を取り、引っ張って彼女の立ち位置を操ったクラウドは、一本背負いの要領で投げ飛ばす。捕えていた腕は半ばですっぽ抜かせ、サニーの体を前方に放り投げるのだ。これならサニーも受け身が取りやすい。背中から舞台上に叩きつけられたサニーだが、受け身と魔力でダメージを緩衝し、舞台上に倒れる。痛くないわけではないが、実戦のそれと比べれば微々たる痛みである。
「っ、ぐ……! 覚えてなさい……!」
よろりと立ち上がったサニーが、逃走する動きで舞台裏に去っていく。舞台上に残ったクラウド達は、守ってくれた主人公に感謝を告げるヒロインや、それに対して大丈夫だよと笑いかける主人公を演じていく。
一足先に客の視界外に移り、ふうと息をついたサニーだが、ひと汗かいてさっぱりという顔だ。楽しかったらしい。
「ひとまずお疲れ様、サニー。次がクライマックスだね」
「ええ、このまま最後まで突っ走りましょ」
「よろしく頼むよ、二人とも」
多数のエキストラをこなしてきたカラザも、魔王の衣装とメイクを整え、物語終盤に向けて準備万端。過ぎてしまえばあっという間の演劇、終わりが近づいている。
「……で、後はこれなんだが」
「あー、はい……わかってます……」
気まずそうな顔でカラザが差し出す何かを、ファインも凄く渋い顔で受け取った。これ、必要なの? と。サニーの提案、雰囲気作りに必要な小道具だそうだが、それでもこれは、ちょっと。
「ああもう、やるって決めてたじゃない。今さら怖気づくのはなしよ?」
「ん、んん~……いや、わかるけどさぁ……」
「流石にやめておこうか? 嫌なら私がアドリブで話を回しても……」
「いえ、あの……やり、ます……」
複雑な表情を何とか一新し、決意の表情をあらわにするファイン。そうそう、それでいいのよとサニーがうなずくが、ファインに一瞬だけ、じとりとした目で睨まれてしまう。
何か大事なものを無くしてしまうような気はするけど、舞台のためだ。カラザに手渡された首輪をつけ、ファインはもう一度だけ深呼吸した。
舞台上からはひとまず人が消え、しばらくの間を置く。行くぞ、魔王の居城だ、というクラウドのセリフを最後に、沈黙で包まれた舞台上は、それによって場面転換を表している。一度、クラウド達のいない場面の描写を挟むために。
「休むな。ほら、歩け」
漆黒の衣を纏う魔王に扮したカラザが、鎖を握って舞台上に現れる。その張った鎖がどこに繋がっているのかと言うと、ファインの首輪にである。犬のように首を鎖で繋がれたファインが、背の高いカラザの手によって、あごを上げて苦しそうに引きずられる姿を演出だ。とてもひどい魔王様である。
「貴様もわかるだろう? 家畜のように引きずられる毎日、惨めであろう、苦しいであろう。しかし、誰も貴様を助けになど来ない」
「んっ、く……うぅ……」
「愛を謳い、愛を注ぎ、愛を教えてきた貴様の声が届いているなら、誰かが貴様を助けに来るはずだ。そんな貴様の長い孤独が、貴様の語ってきた愛の無意味さの証明であろう?」
「んぅ……」
「いい加減、認めたらどうだ? 貴様の信じた愛とやらの無力さをな」
乱暴に下向きに鎖を引っ張る形で、ファインを地面に引き寄せる仕草を見せるカラザ。勢いがあるように見せて、ファインの首を引く鎖の力は弱いもので、くんと引かれたのに合わせてファインが倒れただけ。痛いように見せて痛くない演出は、芝居に携わる者達の、繊細な腕が成す職人芸だ。ファインもそれに従っているだけで、やりやすい。
四つん這いのファインの前で片膝つき、ファインの額に親指を当てて、ぐいっと顔を上げさせるカラザ。真正面からカラザに眼差しを返す立場のファインは、強い目を返している。このシーンは、思いっきり睨んできなさいと、あらかじめカラザに教えられているのだ。ファインは童顔、威嚇的な眼差しは不向きだが、そんなファインが彼女なりに全力で睨みつければ、ちょうど"苦しいけれど屈しない聖女様"の演技として、ぴったりの顔になるらしい。
「っ……私はあなたには、屈しません……!」
「ほう、まだそんな口が利けるのか」
ファインを押して横倒しにし、地面に横たわらせるカラザ。そんなカラザが手招きの仕草を見せれば、今度はサニーが姿を見せる。
「お呼びですか? ご主人様」
「こいつを存分に可愛がってやれ。二度とこのような目も出来ぬようにな」
「はぁい、ご主人様♪」
舞台から去っていく魔王に伴い、舞台上にはファインとサニーが残る。傷つけられて鎖つきの首輪をつけた聖女様が倒れ、それを悪の手先が見下ろすという、とっても危ないシーンである。
「さぁて、聖女様。覚悟は出来てるかしら?」
「う……!?」
ファインを仰向けに寝かせ、彼女の腹の上に馬乗りになるサニー。ファインの両腕も、膝の内側にしっかり挟み込んでだ。動けない聖女様の首輪に繋がる鎖、その端も悪の手先が握っており、まさに聖女様大ピンチ。
ファインも、危機を理解しつつも絶対に屈しはしない、という表情と声を、拙いながらも作っている。だが、あくまで演技であったはずのその表情が、彼女も無自覚なまま、素でやばいという顔に変わっていく。見上げる目線の先、サニーの目の色がおかしい。
「……ごめんファイン、もう無理」
小声で何を言ってるんだこの親友は。ただならぬ危機の予感に、思わずファインは身をよじって、馬乗りになったサニーをどかせようとした。だが動かない。
白いドレスに身を包んだファインは、旅着の彼女と比べていっそう可愛らしい風貌だ。見慣れた普段のファインとはまた違い、清楚さと素朴さが日頃より強調されたドレス姿は、ファイン大好きなサニーからすれば、もう。彼女がドレスに身を包み、舞台裏で待機していた時点から、抱きついて愛でまくりたくて仕方なかったらしい。しばらくは我慢できた。
だが、押さえつけられ身動きのとれないファインが目の前、しかも鎖つきの首輪をつけ、その鎖も自分が掌握している。可愛いものを独占したい時の女の子って、こんな強姦魔のような目をするものなのだろうか。いや、流石にそれはサニーだけか。
「ああぁっ……! もうっ、もうっ、我慢できないっ……!」
「ひ……!?」
鳥肌が立つような恐怖をファインが小声で漏らした瞬間、サニーが勢いよく倒れかかってきて、ファインの胸元に顔をうずめてきた。体全体でファインを床に押さえつけ、もがく彼女をがっちり逃がさない。そのままむしゃぶりつくように、ファインの胸元と首元に顔をぐりぐりぐり。こわい。
「ファインごめんねっ……! ホントごめんねっ……!」
「~~~~っ! ~~~~~~~~っ!」
絶叫して逃げ出したい想いを、まだ舞台上だという理性で封じられ、出てない悲鳴を上げて足掻くファイン。体に体を覆いかぶせられた聖女様が、両脚をばたばたさせる光景が、客席からは迫真の演技に見える。演技じゃないけど。
「やめろ!」
これはいかんと真剣に察したクラウドが、聖女様を助けに来た勇者の声で舞台上へ。予定では、もう少ししばらく、魔王の配下が聖女様をいたぶるシーンのはずだったのだが、これ以上放置してはいけない気がしてのアドリブフライングだ。心配しなくても既にお客さんにも、ファインがピンチだったのは充分に伝わっているだろう。
「く……いいところで邪魔してくれるわねえっ!」
マジだか演技だかわからない言葉と共に顔を上げ、膝立ちになってクラウドを睨みつけるサニー。倒れたまま、傷ついて身動きも取れない聖女様を演じるはずだったファインは、サニーが離れてすぐ体を横にし、丸くなってしまった。大事な体を守るようにである。




