第67話 ~共同制作野良演劇~
「来てくれたね。待っていたよ」
「こんにちは」
日中、ある宿の一室。一人ながら、大きめの部屋を借りて休んでいたカラザのもとへ、4人の少年少女が訪問する。ご挨拶と一緒に会釈する4人に、カラザも小さく頭を下げて歓迎すると、その辺りにでも座ってくれと促してくれる。
さっそく話は本題へ。カラザは4冊の冊子、手書きの文字が書き連ねられた紙の束を、ファイン達一人一人に手渡してくる。薄いがページ数はそこそこあるし、1日でこんなものを人数分作ってきたのかと思うと、ファイン達もちょっとびっくりである。
「それじゃあ、まずはこちらに目を通してくれるかな。おおまかなストーリーだ」
「もう出来てるんですか? 早いですね……」
「簡単な骨組みだけ、だけどね。細かい部分は、これから一緒に作っていこう」
昨日の日中、カラザがファイン達に提案してきたこと。それは、昨日から数えて明後日、今日から数えて明日、5人で街角演劇をしようというものだった。街の一角、野外にて、道行く人を相手にお金を貰わずに演劇を見せる、言わば旅芸人の芸の延長のようなものだ。
明日はちょうど安息日。カラザは元々、その日に照準を合わせて、とっておきの脚本片手に人形劇でもやろうと思っていたが、ファイン達と出会って気が変わったそうだ。本職は役者、人形劇よりも人前での演劇をやれれば一番いいと思っていたカラザとて、一人だけでの演劇は難しい。だが、頭数になる人手さえ確保できるなら、話は変わってくる。ファイン達を勧誘したカラザは、自分含めたこの5人で明日、地人が住まう区画の中心にて、野外演劇をやりたいと申し出た形である。
著名も著名、役者間に置いては知らぬ者なしとさえ言われるカラザのお誘いで、まさか一緒に演劇が出来るなんて相当に珍しい機会である。戸惑い、いいんですかと恐縮しながらも、誘いかけてくるカラザの申し出を承諾し、今日は明日に向けての打ち合わせだ。
「お姫様を救い出す勇者のお話、か。王道ですねぇ」
「急造だし、わかりやすい方がいいと思ってね。安息日は子供連れの人も多いし、きっとそういう内容が楽しんでもらえると思う」
一夜で大まかな脚本を作ってきたカラザだが、やはり素人4人を急に確保しての演劇に、無茶に複雑な脚本を作ったりはしない。人手は確保できたと言ってもたったの5人、登場人物の数も限られるから、そういうシンプルな内容が丁度いいだろう。
「ひとまず配役かな。登場人物は勇者、ヒロイン、聖女、魔王の側近、魔王。暫定こちらで勝手に決めさせて貰っているが、希望があれば変えて貰っても構わないよ」
カラザが提示した配役は、勇者がクラウド、ヒロインがファイン、聖女がリュビア、魔王の側近がサニー、魔王がカラザ。その立ち位置をカラザが持っていくのは、善玉の美味しい役回りを、少年少女に任せようとする意向なのだろう。
「俺、勇者かぁ……そんな柄じゃないと思うけどなぁ」
「この中では一番似合ってると思うわよ?」
頭をかりかりかくクラウドだが、ヒロインありの物語だし、主人公をクラウドが務めるのは安定した配役である。女の子が主人公を張るお話で、ダブルヒロインという脚本も悪くはなさそうだが、今回はそれよりも、普通に普通な内容に纏める方針のようだ。
「君には悪役をやって貰う形になるが、大丈夫かな」
「いえいえ、私が合ってると思いますよ。ファインやリュビアさんがこういうポジションやっても、似合わない気がしますし」
サニーは出演者全員を客観視して、自分の立ち位置を快く受け入れていた。本当は聖女様のような役をやってみたいなとも思っていたが、適任なのは他にいると、自分も含めて客観的に考え、結論を出しているのが彼女らしい。
「せ、聖女役、ですか……どんなことをするんですか?」
「そんなに難しいことをやらせるつもりはないよ。初めは魔王に攫われて、やがて――」
カラザがリュビアに近づいて、演ずる中身を説明する。端正なお顔立ちのカラザに至近距離でお話して貰えて、リュビアも少しどきどきする。下心なしに近い距離で、真剣に、しかし優しく教えてくれるから、余計にだ。
「……ファイン、ファイン」
「ん……?」
カラザがリュビアに色々説明している隙に、サニーがファインにすすっと近づく。小声で話しかけてくるサニーに、脚本冊子から目を離したファインが振り向く。
「ヒロイン役、リュビアさんに譲ってあげられないかな」
「え……」
「ほら、リュビアさんって今、私達が言うのも何だけど"守られる立場"じゃない? せっかくこうやって遊べる時ぐらい、ちょっと違った役回りをやらせてあげたいと思わない?」
ぼそぼそ説明するサニーは、脚本に目を通しながら、聖女役の担う役目と今の提案の目的を噛み合わせる。確かにこのお話、聖女役というのは序盤に魔王に攫われて、ストーリーの鍵を握りつつも勇者に守られる場面が目立つ。一方ヒロインは、勇者の隣で能動的に活躍する場面もあり、おいしい場面もいっぱいある。
出会った時から、ファイン達に守られるばかりで、本人も気にしている立場のリュビア。そんな彼女に、こんな時ぐらい気持ちよく活躍できる役をさせてあげたいというのが、サニーの提案している真意である。
「ん、んん……わかる、けど……」
「ファインは、ヒロインやりたい?」
「…………」
すっと呑み込まない辺り、本音を言えばやりたいのだろう。ちらちらと、黙々と脚本に目を通すクラウドを見やって、迷う仕草にも表れている。単にヒロイン役をやりたいというだけでなく、その役をやりたい動機に、目線の先にあるものも関係あるのだろうか。
「もしかして、アレかな。クラウドが主人公やってるから、ヒロインやってみたいとか?」
「っ……ち、違……そういうわけじゃ……」
真っ赤にした顔をサニーに近づけ、大きい声でそんなこと言わないでとばかりに、ひそひそファインが否認する。今のがクラウドに聞こえていやしないかと、冷や汗かきながらまたちらちらとクラウドの横顔を見て。見るからに余裕のないファインを見ると、存外的外れじゃなかったのかな? とサニーも感じてしまう。
「まあ、あなたがどうしてもって言うなら、別にこのままでもいいとは思うけどさ」
「んん~……」
真意はさておき未練はありそう。それでもやっぱり人の良さが引き金なのか、サニーの提案はリュビアにとって、魅力的な話だろうと考える辺りがファインである。結局この後、ファインがカラザに直訴して、ヒロイン役と聖女役を交換して貰うのだった。
聖女様役がやってみたいんですなんて、リュビアが気にしないよう、見え見えの嘘までついて交渉したファインを見ると、サニーもちょっと悪いことしたかなと思った。これほど惜しむとは、正直計算外だったのだ。
さて、配役が決まったところで改めてストーリーをおさらい。
とある小さな村で生まれ育った、主人公のクラウド、ヒロインのリュビア、この二人は幼馴染。その村の教会には、愛の大切さを謳う美しい聖女様、ファインがいたそうな。それが魔王に目をつけられ、攫われてしまう。主人公クラウドとヒロインのリュビアは、聖女ファイン様を助けるために、魔王の居城を目指して旅立つというあらすじだ。
旅の中では魔王の配下、小悪魔サニーが様々な妨害をしてくる。そんな苦難を乗り越えて、聖女様囚われし居城に辿り着いたクラウドは、愛の力やら何やら素敵な加護を受け、魔王を討伐して終幕。大まかにはこんな所である。
「愛の伝導師、聖女ファイン様かぁ。なんなのそれ、すんごい似合ってるんだけど」
「そ、そうかな? じゃあ、頑張ってみるけど……」
建前上は、やりたいと言って聖女枠に収まったファインだからこれで通しているが、内心では聖女様なんて役目が、自分に務まるのか不安という心持ち。他の4人は、清楚な聖女様という立場には、ファインこそ最も適任そうだと見ているのだけど。
カラザが最初、ファインを聖女でなくヒロインに据えていたのだって、セリフの少ない聖女枠に、引っ込み思案そうなリュビアを置いたからに過ぎない。そうした事情抜きで言えば、カラザだって聖女役には、ファインが一番合ってそうだと思っている。
「愛の力で勝つ、なんてベタだけどいいですよね。どうせだったらもっとこう、そのテーマ押しで作ってみません?」
「ほう、もっとかい?」
「例えばファインのセリフをこうして……リュビアさんもここでセリフ増やして……あ、私も一枚噛んで」
「あっ、サニーの出番増えてる。したたかだなお前」
「んふふ~、打算ありますよ。私もはっちゃけてみたいもん」
「そういう展開にするんだったら、リュビアさんの立ち位置もこうしません? そしたら上手く繋がって……」
「ふむ、それはいいな。では、その間にこうした展開を挟んで……」
積極的に脚本いじりに走る3人と比べれば、リュビアは発言もせずに目を泳がせるだけだ。この人達の、何でも前向きに楽しもうという姿勢は魅力的だし、自分もそうありたいのだけど、なかなか一歩が踏み出せない。
「ならば、サニー君とここで対立する役目に、リュビア君を持ってきてみようか」
「あー、それすっごくいいですね! リュビアさんにもすごくいい場面回ってきた!」
「それじゃ私は、その時は引っ込んでいた方がいいかな? リュビアさんの見せ場ですし」
何も口出ししなくても、自分の場面を良くしようとしてくれる人達がいる。いいのかな、なんて思うのも勿論だが、任せられた役目をしっかり果たそうと頭を切り替えるぐらいにはリュビアも前向きだ。泳いでいた目が、次第に聞き手として集中した眼差しに変わっているのを、彼女を案じるファインもちゃんと見守っている。
そうして3時間ほど、脚本をいじってみた頃だろうか。暫定、だいたいのセリフや展開が決まったところで、カラザは改めてお話の全体像を見渡してみる。
「……くっさいなぁ~、これ」
「ですよねぇ、カラザさん。俺も途中から恥ずかしくなってきましたもん」
「えへへ、やり過ぎた?」
「えっ、えっ、そうですか? 素敵なお話じゃないですか?」
大人の笑いを乾いて吐くカラザと、この脚本を恥ずかしがらずにやれるのか不安視するクラウド。悪ノリが過ぎたかなと舌を出すサニーの隣、この脚本の臭さがわからないファインは自信満々。リュビアは既に、任せられた役目をしっかりこなすべく、集中力全開でイメージトレーニングを始めている。
「あとは舞台ですけど……設備とか無いんですよね」
「なに、その辺りはなんとかなる。とりあえず、この脚本を覚えてくれればいいさ。あとのことは、明日の現地でなんとかしよう」
話は概ね纏まった。約束事は1つ。たとえばセリフを忘れてしまっても、アドリブで適当に回すこと。どんなふうに展開が崩れそうになっても、カラザがフォローしてくれるとのことだ。とりあえず、緊張して怖くなっても、逃げたりしなければ絶対何とかなると、カラザは約束してくれた。
「さて、まだ時間があるし、少しぐらいは演技指導させてもらおうかな」
「演技指導! プロのですかっ!」
「プロだよ。まあ、簡単なことしか言わないけどね」
どうせ素人を集めて1日の急造でやる舞台、カラザも肩の力を抜いて取り組んでいる。高名な名優様に演技指導までつけて貰えるなんて、本職なら緊張して恐縮しそうなものだが、ファイン達の立場からすれば、そうそう無い機会に胸が躍るのみ。
思わぬ形で訪れた、クライメントシティにての素敵な思い出作り。明日が楽しみになってきていたのは、カラザ含めての5人全員に共通する想いだった。




