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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第4章  竜巻【Homecoming】
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第66話  ~お久しぶりです人形劇師さん~



「も~、リュビアさん機嫌直して下さいよ~」


 サニー達に新しい服を買ってもらい、華のクライメントシティの光景に馴染むような、可愛らしい町娘の姿に変わったリュビア。乳白色のゆったりとした服装で、ひだのついたスカートも、おとなしい彼女に似合って清純な18歳の町娘を表す装飾としてぴったりだ。これをチョイスしたのもサニーであって、真面目にコーディネイトすれば、なかなかいいものを人に勧めるセンスがあるのも確かだろう。


 とはいえ道着で遊ばれていた時の記憶を引きずるのか、サニーが近づくとすすっと離れていくリュビア。今はあんまり、サニーに心を許しきれない気分のようだ。今の素敵で可愛い服を見繕って貰い、お金まで出してくれたサニーを本気で嫌いになるわけもないが、ちょっと今はまだ。日が暮れる頃には元の空気に戻っているだろうから、ファインも心配はしていないが。


「結局サニー、その色にしたんだ?」


「迷ったんだけどね。やっぱりこれが、私には一番しっくりきてると思うわ」


 道着の新調に伴って、色を変えることも視野に入れていたサニーだが、最終的には以前と同じ、橙の道着に落ち着いたようだ。いつかはまたクライメントシティを離れ、再びファインと共に長い旅に踏み出すサニーの立場でもあるし、長い目で見て安定したものを選んだということだろう。着てから長い色という側面もある色だが、自他共にそれが一番自分に似合っていると評じる色なのも確かなので。


「クラウドは武具、買い換えたの?」


「手甲だけな。前の戦いでちょっとひび入ってたし」


 サニー達が遊んでいる間、同じ武具屋でクラウドも武器を新調していた。長年愛用していた鋼の手甲に代わり、ちょっと値が張るいい手甲を購入したようだ。やや青白い色をしたその新しい手甲は、晶銀鋼と呼ばれる材質で出来ており、鋼のそれよりもずっと頑丈かつ耐久性もある。えらくいいもの買ったわねぇ、とサニーが感想を口にするぐらいには、値が張るぶん製品としては非常に良質なものだ。


 クラウドが長年愛用していた鋼の手甲は、前の街でリュビアを守るための戦いの際、亀裂が入って駄目になってしまっていたらしい。鋼の武具が壊れてしまうなんて、確かに時を経て老朽化が進んでいたのもあるだろうが、持ち主クラウドの規格外のパワーも一因であったはず。面積も大きい鋼の手甲なんていうのは、普通に使っていれば長年連れ添える武具であり、壊れてしまうというのは余程の要因あってのことだ。年を経るごとに上昇しているクラウドの身体能力が、鋼の武具の寿命さえ縮めているのは、自分の力について知っているつもりのクラウドさえ、その実無自覚なままである。


「これからどうしようか? 夕食まで、まだ時間があるけど」


「それじゃ、先に宿探しでもしましょ。クライメントシティは人も多いし、早めに取っとかないと、どこもいっぱいになりやすいからさ」


 クライメントシティにはファインの実家もあり、その気になれば無料で何日でも泊まれるのだが、流石にファインも一人立ちした年頃。実家に毎日寝泊りするのは甘え過ぎな気がして、今日からは宿を探して泊まる心積もりだ。クラウド達にしたって、失敬ながらあの広くない家に、毎日4人で上がり込むようなことは心苦しい。ファインのお婆ちゃん、フェアはいい人だし、泊めてと言えば泊めてくれそうだが、でしたらばと軽々に甘えるのは何か違う。


 その辺りは今朝のうちにフェアにも話してあることで、向こうも見守るような笑顔で背中を押してくれた。気が向いたらいつでも来ていいよ、と言ってくれる、人の良さのおまけつきではあったが、決めた以上は4人も今日は宿を探したい。最悪どこの宿もいっぱいで、屋根が確保できなかったらファインの実家に甘える最終手段もあるが、そうならないためにも早めに宿を確保したいところである。


「そこの角を右に曲がったら天人エリアよ。単独行動することがあっても、そっちには行かないようにね」


「天人エリア、広いなぁ。案内してくれる人がいてよかったよ」


「クライメントシティは基本的に、天人にとっての楽園として有名ですので……」


 この街育ちのファインとサニーが、クラウドとリュビアをガイドしてくれるのは本当にありがたい。天人が闊歩する区画と、地人が集まる区画の把握は、どんな人里でも必ず把握しておくべきことだ。


 どんな街でも暗黙で、天人と地人の住み分けが区画分けされているものだが、天人はともかく地人は向こう側の領地に入ると色々面倒くさい。店も天人優遇が露骨なものが多くなるし、地人よりも立場が上の天人様の多い通りにおいては、肩をぶつけたりしないように神経を遣う必要もある。地人は地人が集まる区画内にて、手足を自由にして普通に歩けるエリアで行動した方が、ストレスも溜まらないし血筋で損することもない。天人も、地人達がたむろする区画には、穢れを嫌うかのようにあまり近づきたがらないから、それでいいのだ。


「もうこの辺りはすっかり地人エリアかな。存分に羽伸ばして歩いてくれていいわよ」


「ごめん、俺最初っからそんな感じ」


「クラウドは度胸あるからねぇ。うっかり天人様に絡まれたりしないよう気をつけてね?」


 過去に運び屋なる仕事をしていて、ある街を縦横無尽に駆け回っていたクラウドは、天人様の区画にも堂々と足を踏み入れてきた経験も多く、立ち回りには長けている。どこでも自然体であっても、クラウドが天人様に因縁をつけられることはないだろうと充分に信頼していい。そこは既に、よく働いてきて大人に近づいている彼が、養ってきた能力を開花させている部分だろう。


「後で説明するけど街の中央区には、厳格に地人立ち入り禁止の区画もあるからさ。まあ、今夜にでも……」


 ふと、言葉半ばにしてサニーが足を止める。彼女の目を引いたものは、他の3人の目にも入っている。地人区画の片隅、人だかりが小さく出来上がっているのだ。


「あれ、何だろ? 旅芸人が見世物でもしてるのかな?」


「店の前だから、特売でもやってるんじゃない?」


 人だかりの真ん中で何があるのかは、いくつもの背中に遮られてここからは見えない。どうもその人だかりは盛り上がっているようで、輪の真ん中に視線を注ぐ人ばかりで、こちらからは数多くの人の背中ばかりが見える。


「行ってみよっか?」


「そうですね。なんだか楽しそうですし」


 サニーの提案に、待ってましたとばかりにリュビアが食いついた。3人にお世話になり続けてきた自覚がある彼女は、何をしたいどうしたいと、つい遠慮して主張しづらいのだ。人だかりの中身が気になっていたリュビアにとって、サニーが言ってくれた言葉は、待ち望んでいた提案そのものだ。


 他の3人に聞くまでもなく、すでに興味津々でそちらの方に歩き出していたファインなんて、好奇心に対して素直なものである。彼女を一番前にして、4人が人だかりに向かって歩いていくのだった。











「はい、以上をもって演目は終了です。ありがとうございました」


 ファイン達が人だかりに近づいたのとほぼ同時、あれだけ集まっていた人達が、蜘蛛の子を散らすように解散していく。おかげで人混みの向こうにある何かまで、人をかき分けていかねばならない手間は省けたが、人が散った輪の中心にあったのは、既に荷物を片付け始めた一人の青年だ。


「あのー、すいません。もしかして、もう終わったとか?」


「ん? あぁ、すまないね。今ちょうど終わったところだよ」


 片付けの手を止めて、地面に片膝立ちの青年は、サニー達に申し訳なさそうに返答する。残念ながら彼が演じていた何かは、サニー達が到着するまさに直前、終わってしまったようだ。


「何してたんですか?」


「人形劇だよ。これで……」


「……んっ?」


 片付けかけていた荷物の中から、糸で操る人形を取り出す青年。彼が人形を操って、さっきまで人形劇を行なっていたことを話そうとしたところで、ファインがきゅっと目を細める。青年に近づき、その顔をまじまじと見つめる。


「あれ……あの、もしかして……」


「おっとそうか、君達か。久しぶりだね」


 青年は、自分の口の前に指を立て、あまり多くを語らないでくれと、先に釘を刺してきた。その挙動を見て、まずはクラウドが気付いたようで、それに一瞬遅れてサニーも、あっ、と声を出しそうになる。


「ファインさん達のお知り合いですか?」


「……カラザさん。有名な、舞台役者の」


 リュビアに顔を近づけて、自分も指を口の前に立て、ぼそっと青年の名を口にするファイン。遠き地に故郷を持つリュビアとて、その名は聞いたことがあるようで、思わずえっ、と声を漏らしてしまった。それに応じて、しっ、とファインが口にしたことによって、騒いじゃいけないよという忠告がリュビアに伝わる。


「……カラザさんは有名だし、いるってわかったら人が集まってきちゃう。お忍びみたいだし、あんまり名前を呼んじゃいけないんですよ」


「そ、そうなんですか……うわぁ、信じられない……カラザ様が……」


 以前会った時とは服装もがらりと変え、ぼろを纏った旅芸人のような風貌のカラザ。顔も少し、前とは違う顔立ちにメイクされている。元よりカラザは、演劇の舞台上の顔ばかりが有名で、素顔があまり割れていない人物だから、意外に街の人達には気付かれていないようだ。以前、素顔のカラザに会ったことのあるクラウドでさえ、ちょっと以前と化粧を変えられただけで、カラザのことにはすぐには気付けなかった。


「カラ……芸者さん、前とだいぶ印象変わってません?」


「変えてるからね。お忍びはロマンだ」


 すっかり有名になった上、端正な顔立ちの彼は、所在がばれるとすぐに人が寄ってくる。騒がれないよう自由気ままに歩くための工夫には手も込んでいるようで、自前のメイクが見事なものだ。わかってしまえば脳内で、目の前の少し年経た顔立ちのカラザが、以前と同じ端正なお顔立ちに修正されていくのだが、すぐにはそうならないぐらいには、彼のメイクによる顔作りは見事である。


「人形劇って、また緻密な芸持ってますねぇ」


「まあ暇潰しだよ。私一人では野外演劇も出来ないし、一人でやるならこれぐらいしかやりようがなくてね」


「お仕事は今ないんですか?」


「先日、長い舞台の千秋楽を迎えてね。しばらくは休暇を頂いているんだ」


 見たところ、人形劇というたいした芸を街角でやっていながら、客からおひねりを貰っているふうでもない。休暇中でもこんな街の片隅で、無料の見世物作って客を喜ばせているカラザというのは、根っからのエンターテイナー気質なのだろう。


「人形劇、終わっちゃったんですか?」


「朝から数回に分けてやってきて、最終章が今終わったところなんだよ。やるとしても明日かな」


「えー、残念。見てみたかったなぁ」


「いやぁ、申し訳ない。私もそろそろ、明日のぶんの脚本を作りたいからなぁ」


「えっ、内容日替わりなんですか?」


「勿論だよ。昨日と同じものを見せたって、二度目に来てくれるお客さんは退屈するだろう?」


 テンポよく話を繋ぐサニーだが、それに応答するカラザの言葉も流麗。脚本、セリフ、演出、すべて一人でこなして、明日も人形劇をやろうというカラザの演者根性には、ファイン達もびっくりだ。


「本当は人形劇じゃなく、ちゃんとした野外演劇でもやりたいんだがね。人手がなくては……」


 その言葉の途中で、カラザが何かを閃いたように眼差しをゆらめかせる。目の前にいるファイン達、4人を一人一人見渡したかと思えば、少し軽くなった声で、思いついたことを提案する。


「そうだ。君達さえよければ、私と一緒に短い舞台に出てくれないか」


「えっ!?」


 多くの役者が敬う対象、名役者として名高いカラザからの申し出。思わず声を上げてしまったのは、ファインとサニーの二人だけ。しかし、声を出さなかったクラウドとリュビアも目を丸くしてしまうほど、カラザの提案に驚かずにはいられなかった。

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