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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第1章  晴れ【Friends】
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第6話  ~鞭~



 30分ほど二人を抱え、屋根や屋上を飛び移って駆けていたクラウドは、やがて徐々に高さを降ろし、地上にファインとサニーと立たせた。別にここも安全というわけではないが、騒動を起こした場所からは随分離れた場所だし、まあしばらくは落ち着いて話が出来るだろう。


「すみません、クラウドさん……」


「別にいいよ、またご飯でも奢ってくれれば」


「んじゃ、そこでご飯でも食べましょ。お昼から何も食べてないし、お腹もすいてきたわ」


 今がどういう状況なのか、わかっていないかのような態度のサニーである。これからどうしよう、という悩みと、巻き込んだクラウドへの申し訳なさでいっぱいのファインとはまるで正反対だ。お気楽に屋台に近づいていき、温かいスープに浸した麺料理を頼むサニーを追うように、屋台に座る3人の姿が並ぶ。まるで、非常時の今とは思えないほど日常的に。


「んで、これからどうするんだ?」


「そうねー、ひとまず町長さんに頭下げて、許して貰うとこまではいかなきゃ町を出られそうにないし」


「あれ、謝って許してくれるタイプじゃないぞ」


「まーそれもだいたい予想ついてるけどね。どうやって、苛烈な罰受けずに解放して貰えるかを画策中」


 クラウドも耳にしただけで、それは無理だろと感じてやまない発想だ。町長カルムは自尊心が半端なく高いし、まして地人が自分を傷つけたとなれば、そうそう簡単にその怒りを鎮めたりする人物ではない。確かにある意味で、先に手を出したのが自分達であると認めるなら、謝罪の一つぐらいはしてもいいのかもしれないが、謝罪に対する以上の激烈な懲罰が待っているのは明白だ。


 挨拶なしで目の前を素通りしただけで、町娘相手にも鞭を振るうような人物なのだ。その鞭を叩き落されただけで、別に怪我もしていないであろうに、目には目をどころか、女の顔に深い傷をつけることを厭わない男なのは明らか。まともに謝りに行くなんて、賢い行動であるとは思えない。


「ねえねえクラウド、あのバカ町長の弱味とか知らない? 奥さんに頭が上がらないとか、実はハゲててカツラかぶってるとかさ」


「その弱味を握ってどう有効活用するんだよ」


「ほら、許してくれないなら奥さんに浮気バラすぞー、とかさ。そんな感じの交渉材料はないの?」


 クラウド目線、サニーはまったく真剣に現状に対する打開策を考えているように見えない。世間話程度にしか会話のキャッチボールを嗜んでおらず、普通に楽しくお喋りしているだけだ。部外者――まあもう無関係ではない身だが、当事者でなかったクラウドでさえ、こんな調子で後々大丈夫かという気持ちにさせられる。


「おーい嬢ちゃん、あんまり不穏な言葉使わんでくれよ。お偉いさんの耳に届いたら俺達まで目をつけられる」


「うっへー、あの町長そこまでするんだ。ホンット性格悪いわねぇ」


「天人様なんてだいたいそんなもんだよ。まあ、サニーみたいな天人もいるけどさ」


「こらこら、クラウドも……ん、天人? 嬢ちゃんは天人様なのか?」


「あー気にしないで下さい。私、天人とか地人とか何とも感じてないですから」


 店の軒先で、カルムのことをバカ町長と罵る人物がいたら、それを注意しないだけで屋台の店主もまずい。お前も何を見過ごしているんだと、天人カルムに責められ得るのが実状なのである。サニーが天人であると知った途端、さっきまでの普通の口調にしまったと店主が冷や汗かくぐらい、天人というのは地人にとって無礼をはたらけない存在だ。ひらひら手を振り、普通に接してと地人に話しかけるサニーみたいな天人は、この世界において相当に少ない。


「……まあ、ネギと焼き豚ぐらいはサービスしておくよ」


「もー、別にいいですのに。貰えるものは受け取りますけど」


 天人様だと知った途端、トッピングのサービスをしてくれる店主の態度というのも、この世知辛い世の中で生き抜いてきた商人の知恵なのだろう。申し訳なさげにその贔屓を受け取り、ごめんねの形で片手で一礼しながら、ありがとうと言うサニーみたいな天人は、店主も数年ぶりに見た。そもそもこんな下町の屋台に天人様が来ること自体少ないし、来たとしても、天人贔屓のサービスを受けて当然という顔の天人しか見たことがない。


「話を聞いてる限りだと、随分と面倒なことになっているようだな」


「そうなのよー。まあこっちが先に手を出したんだけどさ」


「今頃カルム様も、当の事件があった場所で暴れてるんじゃねえかな。嬢ちゃん達の気持ちもわかるが、とばっちりを食う連中に恨まれても知らねぇぞ」


「ん、とばっちり?」


 サニーが問う横、うなだれて考え込んでいたファインががばりと顔を上げた。とばっちり、という言葉は、ファインの想像力を相当悪い意味で刺激したようだ。


「カルム様の性格上、今頃中央市場で当たり散らしている頃だと思うんだよな。嬢ちゃん達も、恨みがましい目で見られたくなければ、今後は中央市場には近寄らない方が……」


「……あのっ、お会計はいくらですか?」


 ずっと黙り込んでいたファインが、目の前の料理を食べ終わらないうちに財布を取り出す。あの憎らしい町長に様づけを面倒がっていた店主も、蒼ざめたファインの表情には目を奪われる。


「いや、お代はこれだけだが……嬢ちゃん、まだ食べ終わって……」


「ごちそうさまでした……! すみません、食べ残してしまって……! お釣りは結構です!」


「え、ちょっと!? ファイン!?」


 お釣りは結構、だと相当な大損になるようなお金を置いて、ファインは屋台を立ち去り駆けていく。目を丸くしてそれを目で追うクラウドや店主の手前、ファインの行動パターンをよく知っているサニーは、やばいという顔を隠せない。


「おじさん、私もご馳走様。今すぐお釣り用意して貰えない?」


「お、おぉ……ひい、ふう、みい……」


 流石にこの銭渡されて、お釣り返さず送り出すのは、貪欲な商人でもためらわれる額。急いで、と眼差しで訴えるサニーに押され、素早くお釣りを差し出した店主からそれを受け取ると同時、サニーも席を立つ。


「ごめんねクラウド、ありがとう。助かったわ」


「……うん、まあ」


 にかっと笑うサニーの表情は、快活で気風のいい彼女の性格を表したもの。だが、屋台に背を向け、ファインを追う方向に駆け出したサニーの、振り返った瞬間の表情の機微をクラウドは見逃さなかった。旅慣れしているだけあって、危機や窮地を退ける強さを持つ人物であるのは薄々わかっていたが、真剣な表情で親友を案じたサニーの顔色は、昨日と今日でクラウドも初めて見るものだ。


「……今時、あんな子達もいるんだな」


「あれで天人っていうのが、正直信じられないよ」


 うなずく店主の相槌を尻目に、クラウドは駆けていくサニーの後ろ姿から目を離せずにいた。運び屋として慣らした自分の健脚にも劣らぬ速さ、親友を案じるサニーの駆け足。その姿ひとつで、二人の絆を昨日に引き続いて実感するには充分だった。











「次は貴様だ! こっちへ来い!」


「いや、あの……私は……」


「口答えするな! 早く来い!」


 馬の尻を叩く鞭を振るい、中央市場の露天商を恫喝するカルム。ファイン達がカルムと関わった場所だ。何をされるかわかっている露天商は、目に見えて難色を示すものの、怒髪天のカルムは聞く耳を持たない。何の罪もない若者、もう一人の露天商が、体を鞭で殴打された傷だらけになって、よろよろとカルムから離れていく。


 カルムの衛士に半ば強制的に連行される形で、露天商がカルムの前に引きずり出される。自分よりも背が低い、中肉中背の天人を前に、喧嘩すれば絶対負けないはずの男が縮こまる。格差の壁はあまりにも大きい。


「貴様もだな……! 私が痛い目を見たことを、良い気味だとでも笑っていたのだろう!」


「いや、私は見ては……仕入れに出かけていましたので……」


「黙れ! そんな見え透いた嘘が通ると思うか!」


 話も聞かず、商人のこめかみに鞭を勢いよくぶつけるカルム。頭から血を流し、よろめいた男が膝から崩れたところを、怒り狂ったカルムが背中を何度も鞭で打ちつける。今動いては目をつけられると、居合わせた人々もこの場を離れることが出来ず、陰惨な風景に胸を悪くしながら怯えている。


 嘘なものか。真昼前、カルムにあんなことが起こったのを見た者達は、今日は絶対にこの場所に戻ってこない。犯人を見つけられなかった場合、カルムがこうして八つ当たりに来る人物だと知っているからだ。儲けが一日ぶん吹っ飛んだとしても、体という最大の商売資本を壊されるリスクを思えば、明らかにその方が賢明である。この町に住む商人にとってそんなの当たり前の知識であり、この時間帯にこの場所にいた商人や通行人っていうのは、今日ここでそんなことがあったなんて知らないのだ。うめき声をあげながら、カルムの理不尽な鞭に打ちのめされる商人が、仕入れに出かけていたという言い分は、その場凌ぎの作り話などでは無い。


 カルムにとっては、そんなことは二の次三の次。何かと理由をつけて、自分の立場に逆らえない者を、こうして打ちのめし、憂さを晴らさねば気が済まないだけだ。ファインに一度叩き落された鞭を握り締め、地人の若者を何度も打ちつける。家畜を叩くための鞭で何度も叩かれる側は、体のみならず心も相当に傷つけられるだろうに、カルムのような男にそんな痛みまで想像できるわけがない。


 カルムの後ろで顎に指先を当て、地人が傷だらけにされる様をほくそ笑んでいる人物も同類だ。町長カルムの側近であり、戦闘魔術師としての力量にも秀でたマラキアの存在が、いっそう今のカルムに逆らえない周囲の想いに拍車をかけている。万に一つ、誰かがやけくそになってカルムに襲い掛かったとしても、彼がいる限りカルムのその狂気は届かないだろう。用心棒をそばに置くカルムの暴虐には、今ここにいる誰一人として止められるすべがない。


「次は貴様だ! 今すぐ来……」


「やめて下さい!」


 カルム一人の怒鳴り声が響き渡る中央市場、そこに響いたカルムのものではない声。ひどい光景を目にした衆人の一人が、とうとう耐え切れずに声をあげたかと思えた音に、カルムの衛士達もマラキアも振り返る。明確に、自らに反意を示した何者かの声に、カルムが怒り心頭の目を向けたのもほぼ同時。


 声の主の正体を目にした瞬間、カルムの目が下品に機嫌を良くしたのを、息を切らして駆けつけた彼女も見逃していない。ここまで全力で駆けてきて、両膝に手を置いてはぁはぁと息を乱しながらも、声を発した彼女は汗だくの顔を上げている。


「あなたに手を出したのは私です……他の方々は関係ありません……!」


 憂さ晴らしが、思わぬ形で餌になったような気がした。そばにうずくまる商人の腹を蹴ると、カルムは自らここへ駆けつけてくれたファインに向け、二歩近付いた。

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