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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第3章  快晴【Fires】
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第59話  ~知らないものは知らない~



「以上のことから貴殿の闘技場に、人買いの容疑がかかっているわけですが」


「……事情はわかった」


 タクスの都の役人の一人が、闘技場の会長室に足を踏み入れ、闘技場の主と一対一の密談だ。役人も天人、闘技場の主も天人――ルネイドの名で知られる老人は、会長席に腰掛けたまま、役人相手に一歩も退かない眼差しを返している。


 サニー達が役所に出頭し、事情を説明したことにより、昨夜の騒動から闘技場まで事情は飛び火している。何者かによって遠方の地から攫われたリュビア、彼女がタクスの都の闘技場に売られる立場であったという情報、それによって闘技場側にかけられる容疑。闘技場が主導した誘拐、人身売買を予感する各々の事から、闘技場にガサが入るのは自然な流れだ。


「営業停止を命じることは、現段階では致しません。しかし、事が明るみになることがあれば……」


「事が明るみになれば、とは、どういう意味じゃ?」


「闘技場が、人買いや人攫いに関与していた証拠が出れば、という意味です。その場合は、いかにこの都への貢献深きこの闘技場であろうとも、今後の営業は厳しくなるでしょうね」


 役人の言葉を遮ってでも、ルネイドは厳しい目線と低い声で問いかける。役人も広大な都を統べる要人の一人、初老とはいえルネイドから見て二十歳ほど年下だが、富豪相手に容易に怯まない肝の太さで、堂々とした返答だ。


「証拠とは何じゃ? まさか犯人とっ捕まえて、そいつが自白すればそれが証拠になる、とでも言うつもりではなかろうよな?」


 若い頃から負けん気の強かった男であったルネイドは、老いた今でも口角が強い。年相応に理論的に語る口が備わっただけで、反語を用いて役人に強く反論する口調には、気の強い彼の性格がよく出ていると言えよう。


「そもそもおぬしら、どこの馬の骨とも知らんガキの証言を受け、わしらに容疑をかけておるんじゃろう。そんな理屈で罪人が決まるのであれば、どこかの誰かがわしらを陥れるために、やぶれかぶれで嘘さえつけば、それを理由にわしは大罪人か? そんな馬鹿な理屈で、わしを糾弾しておるわけではないよな?」


「そうとは申しませんが、火のない所に煙は立ちませんし」


「言うてはなんじゃが、わしは敵も多い立場じゃ。地人どもは天人をそもそも良く思うておらんし、金持ちには僻みも集まる。わしのくせの強さを、昔から快く思わん奴らもおる。事実ではない告発やら証言によって、築き上げたものを崩されてはたまらんわ」


 世の中賢く敵を作らず生きていければ良いものだが、上り詰めるほどの立場になれば、それだけ敵も増えやすい。何もやましいことをしていなくたって、謂れなき恨みから風評被害を立てられれば、守るべきものが多い立場の人間は、抗いづらく傷つけられることも多い。事実、闘技場を開いてから数十年の歳月の中で、事実と違う黒い噂を流されて経営に響いたこともあるし、ルネイドが反論しているのはそれゆえだ。


「確かにわしの闘技場には、決していい状況ではない形で雇うておる娘もおる。じゃが、それだってしっかり同意と契約の上で雇うた連中じゃし、向こうも文句は言うておらん。言わんだけで不満の一つや二つは抱えておるかもしれんが、経営者が雇用者に媚びとっては、経営が成り立たんのはわかるじゃろう」


 思いっきり心当たりがあって、過去数年から昨今に渡って評判が悪いのは、たとえば闘技場で雇っている、ぼろを着た少女達のこと。確かに彼女らが、快い青春を送れるような賃金は出していないし、不健康な生活に近い暮らしをさせている部分もあるのは、ルネイドとて自覚していることだ。実際、その働き手の立場から成人した娘達の多くは、体を売るような仕事に飛び立っていくケースも多い。ろくに稼げないから、そういう世界に足を踏み入れてしまうのだ。あちらの世界は、仮にも賃金だけは非常にいいから。


 それに関しては世間の声も少々冷たく、闘技場もつつかれると痛い部分である。儲かっている闘技場なんだから、ちょっとぐらい優しくしてやってもいいはずだという声が、地人側から発せられることも多い。一方でルネイド側としても、その底辺層の賃金を上げれば全体の人件費にも大きく響くから、そのラインを容易に変動出来ないのだ。最下層が給料上がれば、それ以外の場所も昇給しなければ、なんで俺達の賃金にあの下っ端がこんなに近いんだよと不満が発生する。けちなようだが、大金あっても経営者の計算はシビアなものであって、それが普通なのである。


「金に汚いと世間に言われるのは慣れておる。多数の人間を雇う企業の頭の苦労など知らんアホどもに、どうこう言われたところで何とも思わんわ。じゃが、どれだけ守銭奴と認識されておったとしても、よもや人攫いしての人買いまでやっておると思われては、それは聞き捨てならん心外じゃのう……!」


 ルネイドははっきりと否認した。人攫いや誘拐などに、闘技場は関わっていないと。どこの誰とも知らない連中の証言を鵜呑みにし、自分達を罪人と認識しようとする役人に、強い憤慨を抱いた表情でだ。


「……まあ、ご否認されるのは予想しておりましたので」


「当たり前じゃ! やっとらんことをやったと言う馬鹿がどこにおるんじゃ!」


 確定していない罪人は、罪を隠そうとするのが当たり前。そんな冷めた顔の役人と、とうとう怒鳴ったルネイドが目線をぶつけ合う。片や人を信じない目、片や憤りに満ちた目。ふぅと息をついて目線を落とした役人により、対峙する二人の目線が衝突する形が解ける。


「……貴殿の闘技場がもたらす稼ぎは、タクスの都にとってもありがたいものですし」


 急に何の話をし始めたのかと、ルネイドも目の色を変えそうになった。続く言葉は、役人としてはルネイドに気を遣ったつもりの言葉だったが。


「悪い結果が出てこないことをお祈り……」


 言葉半ばにルネイドが、机を拳で殴りつけて轟音を立てる。役人の目の色は、否認したルネイドのことを全く信用していない。その上で、悪い結果が出ないことを祈るという言葉は、闘技場の稼ぎはタクスの都にとっては欠かせないものだから、足がつかないように上手く切り抜けて下さいという意図含み。あるいは同時に、こちらもあなたをきつく追及しないようには努めますよ、と、役所側の利益を守るため、闘技場の罪暴きに前向きにはならないと表明しているようにも見える。


「帰れ!! 話にならんわ!!」


 役人を追放する声を放つルネイドを前にして、法を味方につけた役人も席を立つしかない。やれやれ、と、彼の態度を見ても疑いの目を消すことなく、退出していく役人の背中を、ルネイドは荒れた息で見送っていた。











「……よぉ、お疲れだな」


「まったく、頭の堅い若造どもめ、っ……! 人を疑うことしか、知らぬっ……!」


 老いた体で激情に任せて怒鳴ったルネイドは、会長室から出てきて資料室へと歩いていく。彼に声をかけたのは、ちょうど廊下ですれ違ったタルナダだ。事のいきさつをルネイドに聞いたタルナダは、資料室に向けて歩いていくルネイドについていく形だ。


「けちと言われるだけなら、構わぬがっ……人攫いなどと、っ……! げほっ、げほっ……!」


「無茶するな、爺さん。ほら」


「い、要らぬっ……! 年寄り扱い、す……げほっ!」


 年の体には響くほどの声を荒げて、元より良くない肺を刺激したルネイドは、立ち止まってうずくまる。咳き込む彼を背負おうと、背中と後ろ手を差し出したタルナダだが、ルネイドはその手をはたき返して拒否。何度も何度も咳をして、なかなか立ち上がらないルネイドだが、意地でもタルナダの手を借りずに自分の足で歩こうとする。


「ぜっ……ぜえっ……お前はまさか、わしが人買いに携わっておるなどと、疑ってはおらんよな……!?」


 ようやく目線を上げ、子供のような下からの目線で、巨漢のタルナダを睨みつけるルネイド。雇い主であるとはいえ、強者の風格充分のタルナダをこの体調で見上げ、鋭い目線を突き刺すことが出来るのは、生来の肝太さを如実に表した挙動だろう。


「……俺は疑っちゃいねえがよ」


「ならば、誰じゃ……! 身内にも、わしを疑うとる奴がおるのか……!」


 自分は疑っていない、つまり疑っている奴は他にいる。そう示唆するタルナダの言葉に、ルネイドはタルナダの襟を掴んで体を起こす。タルナダに顔を近づけ、憤慨に満ちた目で睨みつけるが、しわがれた手にこめられた力は弱く、むしろ掴んだ襟を頼りに立っているのが現状だ。


「……前から言っているが、もっと若い奴らへの待遇を良くしてやってくれねえかな。そのために金を割くなら俺への給金は減らしてもいいと、いつも言ってるだろ」


「っ……!」


 乱暴にタルナダの襟を振り払うルネイド。タルナダが足腰のしっかりした男でなければ、よろめいていたほどの力でだ。ルネイドが手を空振って転ばない程度に力を受け止めて、片足引いて立姿勢を崩さないタルナダの目の前、息の荒いルネイドが肩を上下させている。


「俺は理解しているつもりだよ、経営者ってのも大変なんだろう。だが、下の連中は知ったことじゃ……」


「だったら、辞めて他に行けばよい……! 他に行けるアテもないくせに、拾うてやった奴に文句ばかり言うて、何様のつもりじゃ……!」


 自分に不満があるなら辞めてしまえというスタンスを、ルネイドは過去からずっと一貫し続けている。人材は探せばいくらでもあるし、それが足りなくて闘技場が回らないなら縮小経営、あるいは潰しても構わないと、本気でルネイドは考えているんだから。たとえ収入がゼロになろうと、雇ってやってる連中に陰口叩かれて同じ職場で共存するぐらいなら、その方が鬱陶しいという考え方を彼は持っている。


「貴様は……」


「言うな。俺はあんたに預かった恩を忘れてねえ。あんたを信用している」


 闘技場の一等星にして、ルネイドにとっては最も信頼する男であるタルナダは、己の信念そのものを最速で口にした。怒れるルネイドにはっきり伝わったその想いが、僅かでも彼の憤りを鎮める結果に繋がるが、頭に血が昇ったルネイドにはその自覚があまり無い。それが紛れる形で再び咳を繰り返し、背中を丸めるルネイドに、タルナダも横について背中をさすってやる。


「資料室だったか?」


「っ……そうじゃ……! ここ数年の、輸送資料をすべて集める……! 役所の連中に、提出しろと言われておるでな……!」


 書類探しなど小間使いにさせておけばよかろう仕事、闘技場のオーナーたるルネイドが、自分でわざわざするようなことではない。それを人任せにしないルネイドの態度というのは、潔白を証明する大事な仕事を、人に委ねたくないだけなのか。それとも露呈してはならないものを自分の目で確かめ、闇に葬るためなのか。タルナダは、気の強いルネイドのことだから、前者であると信じている。


 ちょうど親子ほどの年の差である二人は、並んで資料室へ歩いていく。今日の仕事を終えた立場のタルナダ、資料室でのルネイドの手元を支える心積もりだろう。道中、何度も荒い息を吐いて苦しそうなルネイドを、タルナダは高い目線からながらずっと見守っていた。途中何度も、老人をいたわるような目でわしを見るなと言われてもだ。


「若造どもめ……わしを見下ろすなど、百年早いわ……!」


「わかったわかった」


 絆はある。間違った道に話が転ばぬことを願っていたのは、ルネイドだけでなくタルナダもそうだ。

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