第58話 ~出発計画~
「やっほ~っ、ただいま~」
「あ、おかえりサニー。どうだった?」
「問題なしなし~。全部話は纏めてきました~」
日付を移して夕暮れ。宿の一室、布団の上でごろごろしていたクラウドと、敷きっぱなしの布団に座ってお喋りしていたファインとリュビア。彼ら彼女らが待つ部屋に帰ってきたサニーは、ひと仕事終えたばかりの清々しい顔だ。
「疲れたよ~、ファイン~。肩揉んで~」
「ああっ、もう……ひ、ひっつかないで……」
ファインのすぐ隣にとすんと腰を落とし、サニーは甘えるような声で体をすり寄せてくる。これが1つ年上の行動かと、クラウドもリュビアも呆れるばかりだが、実際肩を落としてファインに重く体を預けるサニーは、実際お疲れのご様子。接点越しにサニーの苦労を感じ取ってしまったファインは、仕方ないなとばかりにサニーの背に回り、相手を猫背にして肩を揉む。
「はぅ~……最高ぅ……」
「変な声出さないの……」
肩がこるような年でも体でもないくせに。結局ファインに揉んでもらえること自体が気持ちいいらしく、握力に乏しいファインの手の動きだけでサニーは顔をとろけさせる。まったくこの人は、と、目を閉じ深々と溜め息つくファインを眺めるクラウドも、手のかかる親友に懐かれた奴だなぁと、少し同情する想いだった。
昨日はあれからも大変だった。ニンバス達を退けたはいいが、全身ずたずたで立ち上がることも出来ないクラウドに、ファインとサニーが治癒魔術で応急処置。ひとまず体を動かせる程度にまでクラウドを回復させ、3人立って、ファインの導くままリュビアの隠れている地下道への入り口まで走った。ニンバスの魔術に数度撃ち抜かれたファイン、脇腹の傷からなお血が溢れるサニー、全身傷だらけかつガス謀殺の名残を体内に残すクラウド。満身創痍の3人にとっては、走るだけでもきつい動きだっただろう。
見るもぼろぼろの3人によって、追っ手退けられたらしき地上に導かれたリュビアは、感謝以上に申し訳なさで泣きやむことが出来なかった。道着も失い血を流すサニー、見るからに満身創痍のクラウド、憔悴しきった土まみれの顔で、もう大丈夫ですよと笑いかけてくれたファイン。3人がどれだけの苦痛を経て、自分を守ろうとしてくれたか、一目でわかるのだから。地面に頭をこすりつけてでも、すみませんとありがとうを言いたい心地のリュビアの手を引き、夜の街を駆けたファイン達は宿に帰り着いた。
傷だらけの少年少女を目にした女将さん達にびっくりされながらも、なんとか泊まり部屋まで辿り着いた4人は、そこから日付が変わるまでの数時間、ひたすら一戦後の治療に明け暮れた。天の魔術と地の魔術の両方を行使できるファインが、クラウドとサニーに交互に治癒魔術をかけ、天の魔術を使えるサニーも、ファインの傷や疲労を癒すための魔術を繰り返す。クラウドは性も根も尽き果てたように動けず、宿の人に貰ってきた傷薬や包帯で介抱してくれるリュビアや、治癒の魔術を行使するファインに身を任せるばかりだった。戦い終えた後もなお、魔力の行使を継続するファインが座ったままふらついたり、閉じきっていないサニーの脇腹の傷が開いて血が溢れ出したり、癒す側も癒される側も、絶えぬ苦しみとの戦いが長く続いたものである。
どうにかこうにか、これぐらいで充分かなと思えるコンディション、手当て後の状況まで各々を持っていき、ようやく就寝した。戦っていないリュビアでさえ、心労と動乱の渦中で疲弊して、疲れ果てるように眠りについたものだ。他の3人なんか、寝ると決めてから10秒も経たないうちに、溶けるように深い眠りについたものである。結局翌朝4人とも、朝食の時間を超過して、昼食前の時間までぐっすりおやすみだった。
昨晩の入念な手当ての甲斐もあり、全身軋むがまあまあ今日も動けそうな状態で目覚めた4人だったが、そこからのことを考えても頭が痛かった。あれだけ盛大にドンパチやった昨夜を思えば、流石にもう、タクスの都に対して何の説明もしないわけにはいかない。目撃者だって無数いるし、知らんぷりを貫こうとしたって、騒ぎの真相を調べる自警団の調べが届けば、やがてファイン達に呼集の声がかけられるだろう。どうせいずれ向こうから声をかけられるぐらいなら、こちらから役所に出向いて、事情を説明した方がいい。遅かれ早かれ発生する面倒事は、一日でも早く能動的に解決しておくに限る。
傷の残るクラウド、そんな彼の傷を引き続き癒すファイン、外出なんてもっての外のリュビアを宿に残し、サニーが役所に赴いた。万が一、リュビアを追い詰めようとする追っ手が宿に再び襲撃をかけても、護衛を担える二人をリュビアのそばに置く形も兼ねてだ。昨日のような連中の襲撃がありませんように、と祈る想いと共に、サニーが役所に"出頭"し、話を終えて帰ってきたのが今のことだ。
「役所の人達も、リュビアさんを保護することは提案してきた。でも、それはNG。理由はリュビアさんも、納得してくれるよね?」
「はい……以前もお話して下さいましたもんね」
昨晩の戦いは街にもそれなりの損壊を与えたものであって、役所側もその修復費用で懐が痛いところである。喧騒の当事者たるサニー達あたりにでも、喧嘩両成敗で賠償金を請求したい役所ではあったが、襲撃された被害者側のサニー達としては、そんな話まで呑まされてはたまらない。誘拐された身のリュビアを個人的な善意で保護していたところ、ならず者達の襲撃を受けのだと、筋道立てて説明するのは不可欠だった。あくまで被害者であった立場を主張せねば、理屈攻めされて本当にあれこれ請求されかねない。
それを聞き及べば役所側も、同じ事がまた繰り返されてはたまらないという本音を枕に、リュビアをこちらで保護するから連れて来いという提案に移る。しかしこの提案、本質は結局はリュビアという、ならず者の標的を手元に置いて、好きなように扱えるようにするためのもの。これを受け入れたら、それはリュビアの最期だと考えていい。だって街を統べる役所の者達は天人、そんな彼らがニンバスやその配下という難敵を相手取ってまで、地人のリュビアを守り通してくれるとは思えないからだ。
強敵と戦うということは、勝敗は別にしても、参戦した両陣営に大きな被害をもたらすもの。いくら役所、街を統べる側が人材と戦力に富んでいたとしても、たかだか一人の地人を守るために、本気でモチベーション上げての防衛戦なんてやらない。相手がニンバスのような化け物だとわかっているなら尚更、リュビア一人の安全と引き換えに、街の防衛力を傷に晒すようなことを、天人陣営が選んでくれるわけがないのだ。リュビアを預かった役所側が強敵による襲撃を受ければ、頑張りましたがすいません、無理でしたという方向に話を持っていくに決まっている。街は傷つかずに済んで良し、悪人側が喜んでもお構いなし、泣くのは死ぬのはリュビアだけ。百人を守るために一人の犠牲、めでたい話ではないか。
「今日のところは適当にはぐらかしておいたわ。とりあえず私達は、明日ぐらいにはこの街を出るつもり。私一人で勝手に思ってたことだけど、多分ファインも同じ考えじゃないかな」
「うん、私もそのつもりだったよ」
そんな役所にリュビアを渡したくないサニーは、口八丁でリュビアの引き渡しを免れ、彼女を連れて次なる旅に出て行く算段を組んでいる。役所側はきっと、せっかくの好意を無碍にしやがってと表面上は言うだろうが、内心ではサニー達がそうすれば大喜びのはずだ。ならず者達を引き寄せる厄介な少女リュビアを、サニー達が独断で勝手に街の外に持っていってくれるのだから。タクスの都は問題解決方向に安泰である。
一方でファインも、この街を出て行く算段を別視点から組んでいた。昨夜の喧騒は既に街中に広まったことであるし、目撃者多数であったあの戦場下、天と地の魔術を両方行使していた混血種がいたことも、同様に広くが知るところだろう。混血種は支配者たる天人が蛇蝎の如く忌み嫌う存在、それを知っていて手厚く扱う者も、天人様には白い目で見られる。やがてはファインがその混血児であると周知されるのも時間の問題であるし、そうなれば、混血児を泊めているこの宿の立場も危うくなる。ああいうことになってしまった以上、お世話になった宿の人達に迷惑をかけないためにも、ファインはこの宿を去らねばならないと決意していた。
「具体的には、明日あたりにでもこの街を離れて、リュビアさんと3人で旅を再開するイメージ。だから、この街でクラウドとはお別れっていうことになっちゃうわけだけ、ど」
闘技場に籍を置くクラウドは、この街に留まることで、旅立つファイン達とは離別することになりそう。妥当な流れを口にしたサニーだったが、寂しがる顔を努めて隠すファインの手前、サニーは座ったままでクラウドの方に体を向ける。
「危険を伴うであろう旅、用心棒様が一人いてくれればいいと思うのですよねぇ。だからクラウド様、ちゃんとお給金も考慮しますので、ご同行願えませんでしょうかっ」
顔の前に手を合わせてちょっと頭を下げ、敢えての堅苦しい言葉でクラウドに懇願するサニー。職場を捨ててついて来て、というお願いだから言葉遣いは丁寧だが、声はそんなに重くない。親しい友達にお金貸してとお願いする程度の、非常にフランクな声色である。
「給金いらないよ。迷惑じゃないなら普通についていくから」
その一言に驚いて顔を上げ、クラウドの顔を凝視するファイン。一方で、彼ならそう言ってくれるんじゃないかって期待していたサニーは、言葉よりも目に見えるガッツポーズを表明だ。実は少しぐらいは説得も必要かなって思っていたのだが、竹を割ったように即答してくれたクラウドの態度は、サニーにとっては想定以上に嬉しいものだった。
「んふ、水臭かった?」
「別に。俺もそう言って貰えるの待ってた感あるし」
「あははは、私ファインプレー?」
「いや嬉しかったよ、マジで」
予想外の展開に置いてけぼりにされたファインをよそに、朗らかに笑ってやりとりを続けるクラウドとサニー。気を遣い過ぎるあまり、クラウドのそういう性格を正しく把握していなかったファインだったが、フラットな目線で彼を見ていたサニーからすれば、こうした展開も充分期待できていたものだ。
「でも、本当にいいの? 闘技場で働くの、夢だったんでしょ?」
「いいよ、別に。俺もちょっと色々考えるところがあって、あのままあそこで働き続けるかどうかは迷ってたとこだしさ」
これは、サニー達も初耳のクラウドの悩み。奴隷のような姿で働かせられる少女達を見て、そういう体制の闘技場で働き続けることが、じわじわクラウドの中で微妙になっていたのは、特に彼も語ってこなかったことだ。わざわざ敢えて、ここでその話を深くはしないクラウドだが。
「それに俺、二人と一緒に旅を続けた方が楽しいと思うんだよな。闘技場よりもさ」
別の本音を、これはこれで一つの解答として発する。最も前向きな言葉で、今後の同行を願ってくれるクラウドには、サニーも綻ぶ顔を抑えられない。未だに頭が追いついていないのか、その目を白黒させているファインだが、サニーに主張を済ませたクラウドが、次に向き合うのはファインの方だ。
「だから、さ。これからもよろしくお願いしたいんだけど」
開いた片手を差し出すクラウドは、その行動でも自らの想いを表明する。そんな彼の心を真正面から受け取ったファインの表情が、やっと今と今後の現実を理解した瞬間、くしゃりと崩れて子供のように幸せな笑顔に変わる。サニーでさえもが、ここまで喜ぶファインを見るのは珍しいって思えるほどに。
「は……っ、はいっ……! これからも、よろしくお願いしますっ!」
無邪気かつ幸せに満ちた笑顔で歓迎されたクラウドも、カウンター気味にどきりとさせられたものだ。心からの幸せに笑うファインって、こんなにも可愛らしいものなんだって、きっと二度と忘れないぐらいに強く、クラウドにも覚えられた。
「じゃ、決定ね? 明日は朝からこの宿を出て、次なる街へと出発!」
「ああ」
「うんっ!」
「……ありがとうございます」
根底で繋がる目的意識は同じものだ。自分のために意志を統合してくれる3人に深々と頭を下げるリュビアだが、あまりに哀れな彼女を救いたい想いは、3人の中で共通する目的。同じ終着点を目指す者達が、共に歩き続けることを選んだのは、確かに有力なきっかけであったのかもしれない。
だけど、心のどこかであったはず。人として好きになれた親友と、別れたくなかった想いが、必ず。目の前に苦難が待ち受けていることを知っていながらも、今後も一緒にいられるという現実が嬉しくて、3人の表情が笑顔に満ちていたのはそういうこと。
人が誰かのそばにいる理由など、ただその一つさえあれば充分だ。それがある限り、絆は決して不滅である。




