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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第1章  晴れ【Friends】
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第5話  ~運び屋~



 おやつ時を前にして、商人間の荷物運びをしていたクラウドの前に、たいへん目立った変質者がいる。顔を包帯でぐるぐる巻きにして、こそこそとした足取りの二人だ。見るからに怪しい。


「……何やってんだ、ファイン」


 びっくぅ、っと肩を跳ねさせて驚くファイン。振り返ったその顔の包帯がわずかにはだけ、包帯の間から除かせていた目の脇、ファインの鼻がちらっと見える。


「だ、だれとまちがえてるんでしょーか……? わたし、そんなひとじゃ……」


 いや、裏声を作っても地の声を隠しきれてないから。その服装も知ってるから。なんかこう、もしかしたら関わり合いにならない方がいいんじゃないかという予感もしつつ、声をかけてしまった以上クラウドも歩み寄る。


「いいから取ろう? ぶっちゃけ気持ち悪い」


「ああっ、ちょっとちょっと!? ダメっ、ダメですっ……!」


 顔にぐるぐる巻きにした包帯を強引に剥ぎ取るクラウドの前に、やめて返してと慌てふためくファインの表情があらわになる。それがないと顔を隠せないんです、と哀願するような顔のファインだが、まさか本気でこんなもので正体隠せてるとでも思っていたのだろうか。むしろ周りの好奇の目を集めまくってるぐらいなのだが。


「サニー、何これ」


「あ、私のアイデアじゃないからね。ファイン発案の迷案でございます」


 とっくに自分の顔に巻いた包帯をはずしたサニーは、お久しぶりねと快活な笑顔を浮かべている。ファイン発案の下の下策に付き合い、ちょっと遊んでいただけよという言外が、その表情に表れている。


 ぺらぺらっとサニーから事情を説明されたクラウドは、呆れたように溜め息をついた。あの町長に喧嘩を売るなんて、なかなか向こう見ずなことをしてくれる連中だ。一度犬に吠えられただけで、その犬の飼い主を屋敷に連れ込み、鞭で何度も打ちつけたというカルムの話をしたら、こいつらどんな顔するんだろうとクラウドも思う。


「まあ、とっととこの町から逃げ出しちゃえよって言いたいんだけど」


「それが出来ないから困ってる。えへへ」


「どどどどうしましょう……関所も多分、もう押さえられてますよね……」


 町の出入り口たる関所には、ファインやサニーのこともとうに連絡が届いているだろう。町をぐるりと囲む壁を乗り越えて出たい衝動に駆られるが、どこの町でも基本的に緊急時以外、町壁を乗り越えることは外からでも中からでも、それだけで重罪行為と定義されている。意図はともかく、関税を無視した輸入品の持ち込み、つまりは密輸を容易にする行為でもあるし、町壁を乗り越える行動自体を罪深い行為として定義する決まりが、どこでも定着している。


「言っとくけど、あのバカ町長に捕まったら何されるかわかんないぞ」


「ですよねー。あれすっごいスケベそうな顔してたもん」


「笑ってる場合じゃないよぅ、サニー……」


「いや、あんたがきっかけ作ったんだけどね」


 不安げな表情からさらに沈み込むファインだが、けらけら笑って背中を叩くサニーは、特に気にしちゃいないという顔である。揉め事なんて今までもどうにかしてきたし、今回もどうにかしてやると、とっくに腹は括っているのだ。


 まあ、現時点では具体的な解決策はないのだけど。とりあえずあの町長に許してもらって、やんごとなく町の関所から去る方法を考えなくてはならない。いかにも話がわからなそうな町長だったので、考えただけでなかなかの難題である。


「とりあえずなんかいい解決策閃くまで逃げまくりたいのよね。クラウド、何かいい逃げ道知らない?」


「普通に逃げるだけじゃ無理だろ。さっきから自警団がうろうろしてると思ったが、あれってお前ら探してるんだろ?」


 要するに既に、町中ファイン達を探す包囲網でいっぱいですよと。特にこの近辺は、その目がぎんぎらぎんに光っている状況であり、それを含めてそう言ったクラウドの裏の意図も読み取って、サニーはあちゃあと額を叩く。


「じゃー質問変えるわ。包囲網を突破できるいいアイデアとかない?」


「それって思いっきり俺を巻き込むつもりで来てないか?」


「そんな固いこと言わずにさー。ほらファインもお願いして」


「だっ、駄目駄目サニー! クラウドさんまで巻き込んじゃ……」


「そうは言うけど八方塞がりじゃないの。猫の手も借りられた方がいいじゃない」


 流石に露骨な面倒事、勘弁して欲しいなと言いかけたクラウドの前、それより早くサニーを振り向いて抗議するファイン。お願いしますと言われ、勘弁してくれよと返す会話しか想定していなかったクラウドにとって、ちょっと予想外の反応ではあった。


「ねえクラウド、いいの? いいの? この子が捕まってレイプされちゃうかもしれないのよ?」


「そうは言うけどさぁ」


「ね、お願い。鞭で打たれそうな人を助けるための行動だったのよ?」


 抱き寄せたファインの顔を、自分の胸にうずめて黙らせ、クラウドに頼み込むサニー。息苦しいのか、ぺちぺちサニーの二の腕を叩いてもがくファインの後方、まあクラウドもサニーの言い分には耳を傾けている。カルムのことは正直かなりいけ好かないし、そいつに喧嘩売ってくれたという話はちょっと面白くもあるのだが。


 自分に真っ向から逆らってきた地人なんて、カルムからすれば許しがたく、今では血眼になって二人を探しているだろう。見方を変えれば、そんなカルムがすぐに二人を捕まえて、すぐ憂さ晴らししてすっきり、という結末も、それはそれで面白くない気がしてきた。一秒でも長く二人を逃げ長らえさせ、カルムを困らせてやるのも楽しいような気もする。


「……まあ、それじゃ協力しようか。その代わり、これはちょっと貸しにしておくぞ。リスク高いし」


「さっすが~! クラウド様は話がわかるッ!」


「ええっ!? い、いや、でも、そんな……」


 サニーの胸から顔を脱出させたファインが振り向くと、すぐ後ろにクラウドがいた。そして何をするかと思いきや、ファインの肩を持って引き寄せると、ファインのお腹の周りに腕を回し、まるで荷物でも抱えるかのようにファインを脇に抱える。くえ、と声を漏らしたファインのリアクションがささやかだ。


「サニーも来いよ」


「なんか楽しそう! よろしくっ!」


 近付くサニーも同じように、反対側の脇に抱え込むクラウド。サニーもぐえ、と声を漏らす。女二人を両脇に抱え、クラウドはかつかつと靴の先で地面を叩く。人並みはずれた腕力がすでに光る絵図だが、彼の本領はここからだ。


「ちょっと揺れるが我慢しろよ」


 そう言って、クラウドは駆け出した。人二人を抱えて、しかも数歩走った直後、勢い良く地面を蹴ったクラウドは、なんと二階建ての建物の屋上にまで飛び移り、警備隊の見回る地上を離れ、建物と建物のてっぺんを跳び移りながら駆けていく。


「凄い凄い! 飛んでるー!」


「く、クラウドさん……凄い……」


 気分上々でお楽しみのサニー、ただただ驚愕して目を丸くするファイン。二人のリアクションなど意にも介さず、軽快な足取りで二人を"運ぶ"クラウドは、獲物を捕らえられずに苛立つカルムの顔を想像して、ちょっとだけ楽しくなり始めていた。


 クラウドもカルムが嫌いだが、それ以上にこの町で親しくなった人達の中にも、あれを恨む者は多いのだ。ちょっとぐらい、ささやかかつ遠回しな怨念晴らしをしてやってもバチは当たるまい。











「その少女は本当に地人だったのですか?」


「私の腕を土術で撃ち抜いたんだからな……! 間違いなく地人だ!」


 自室で顔を真っ赤にして、声を荒げるカルムの前には白髪の青年が立っている。いくつものボタンで前を止める、真っ黒な司法官のような整然とした服装で、背中に纏うマントも非常に立派な生地だ。血色が表れていないのではないかという真っ白な顔の中にあり、鈍く光った静かな眼差しは、感情を全く表に出さないままにして相手を威圧できそうなほど冷たい。


「珍しい案件ですね、地人が天人に刃向かうなどとは」


「まさか私の言うことを疑っているのではあるまいな……!?」


「いいえ、特には。土術は地人にしか扱えぬ魔術、それが証明でしょう」


 魔術師である青年にとっては基本的な知識だ。火、土、木、闇の魔術は地人にしか扱えない。水、風、雷、光の魔術は天人にしか扱えない。石の矢を放つ土術を行使した少女が、地人であることは明白だ。天人と地人は見た目だけで確実に判別できるものではないが、使う魔術が割れれば明確にどちらであるかは区別できる。


 地人が天人に逆らい傷つけるようなことがあれば、社会的優位に立つ天人側による、容赦なき懲罰が待っていることぐらい常識だ。それも当然知っているであろうに、天人であるカルムに一矢放った地人の少女というのはなかなか興味深い。カルムなんて特に見るからに富豪であり、姿からでも天人だとわかるはずなんだから、間違いなく少女は理解した上でやっている。


「何が可笑しい……!?」


「いえいえ、すみません。その少女とやら、捕えて罰するのが楽しみになりまして」


 くっくっと笑う青年を見て機嫌を損ねかけたカルムも、その返答を聞いて怒りを鎮める。ファインを捕えて滅多打ちにしてやりたいと、カルムの意図に沿うような答えを示してやれば、それなら構わんと機嫌を直す男なのは、青年目線では知っていることだ。


 問題なのは、別に機嫌取りのためだけにそう言ったわけではないという点。天人である青年もまた、地人のファインが天人に逆らったことに、生意気な奴がいるものだという感情を芽生えさせている。同時に、世間知らずにものを教えてやるいい機会だと、腹の底では捕えた後の楽しみを想像しているのだ。


「いいかマラキア、絶対に奴らを捕えて私の前に差し出せ! 一秒でも早くだ!」


「承知しております」


 かしこまったお辞儀を見せ、カルムの自室から退室していく青年。マラキアと呼ばれたその名は、暴政を繰り返す町長カルムのお抱え魔術師であり、これまで何人もの、カルムの意図にそぐわぬ者を捕えて罰してきた人物の名である。


 カルムの部屋を後にしたマラキアは、一人にやりと笑った。聞けば二十歳にも満たぬ少女だというではないか。そんな少女を合法的に打ちのめせる楽しみを、今から顔に出さずにいられなかったのだ。

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