表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第3章  快晴【Fires】
55/300

第52話  ~3対4~



 ぐらつきそうな体でも、クラウドはよくやっている。火の壁の向こうから、火球を放つ術士オラージュの攻撃は、いきなり近くから恐るべき致命弾が現れる一撃だ。持ち前の反射神経でそれを回避しても、そんなオラージュとぴったり息を合わせたフルトゥナが、火球をかわした直後で体勢の悪いクラウドに迫る。彼女が接近してくる方向も読めない火の海の中、いかにクラウドでも的確なカウンターで撃退することは出来ない。フルトゥナの振るう短剣、それも今度は闘技場の隠し刃ではない、切れ味鋭い凶器を、手甲を頼りにはじき返すことで精一杯だ。


 闘技場でのフルトゥナは、前半9分の戦いを"緩"に一貫し、最後の1分で"急"を見せる、自らの速度を操った戦い方で、最後にクラウドの首を取りにきていた。その全力速度の"急"を行使し続ける、フルトゥナの短剣の連続攻撃は、クラウドに後退と防御を強い、反撃を許さない。なんとか虚を突く一瞬の逆転手を導き出したいクラウドだが、ふらつく頭では一瞬は生じるはずのチャンスも掴めず、守りに徹するしかない。オラージュの仕込んだ充満ガスは、未だクラウドに最善を取らせぬ毒として彼を蝕んでいる。


 そんなクラウドの背後、炎の壁無き位置から彼の姿を目視し、人一人を飲み込めるほどの火球を放つ術士がいる。オラージュの投じたそれを、ぞっとする殺気で察したクラウドは、高い建物の壁面に向かって跳ぶことで回避。大火球はそのまま、クラウドを攻め立てていたフルトゥナに迫るが、クラウドのいた位置から上空へと逸れる火球の動きは、深く体を沈めるフルトゥナには当たらない。誤爆するような砲撃を放つオラージュではない。


 建物の壁を蹴り、クラウドは地上に降り立つ位置を調整。フルトゥナとオラージュの二人を正面視界に同時に捉えられる位置取りへだ。吐きそうなほど気分が悪い。このコンディションで、あの強敵二人に挟み撃ちにされる状況が長く続いたら、じわじわと体力を削られてやがては命を奪われるだろう。なんとか、隙を見出し一人だけでも戦闘不能に追い込まねば、この苦境を逸することは出来ない。


「南無三」


 訪れた現実はその真逆。その人物が声を発さなくとも、後方から迫ったその殺気には、クラウドは心臓がわしづかみにされたかと思った。血も凍る死の予感に、思わず跳躍したクラウドのいた位置を、冷たい刃が通過する。それはクラウドがそのまま身を置いていれば、間違いなく彼の体を真っ二つにしていた凶刃だ。


「……殺すには惜しい(わっぱ)じゃの」


 現れたもう一人の刺客の後方位置に逃れ、宙返りひとつ挟んで、片膝崩れに着地するクラウド。刀を握ったその人物は、振り返りもしないまま刀を鞘に収める。力量確かなクラウドに、無防備に背中を見せつつも、その背から漂う修羅の覇気は、仮に今すぐ飛びかかっても隙などないことを示唆している。


「ケイモンの旦那!」


「はよう、引導を渡してやらにゃあの。町の人々にも迷惑じゃ」


 駆け寄り並んだオラージュとフルトゥナに、剣客ケイモンは静かに語りかけ、クラウドの方を向き直る。クラウドからすれば最悪の光景だ。陽炎ゆらめく炎の海、近隣の人々の悲鳴が響き渡る地獄絵図。その中心に、3人もの難敵が並び立つ眼前には、誇張抜きでクラウドも目まいが増す。空でニンバスと一対一で戦うファインのことも心配だというのに、状況はより最悪に近づいていく一方だ。


 苦々しい表情で歯ぎしりし、構えたままクラウドは一歩退がる。ケイモンは二歩近付く。そして、掌を上天に向けたオラージュが魔力を放てば、炎の塊がクラウド後方の地面に着弾する。クラウドの背後を炎の海に変え、これで逃げ場まで失ったクラウドが、文字通りの袋小路に陥る。


 絶望か。いや、そうではなかった。本当にその二文字が脳裏をよぎりかけたその一瞬、ある建物の屋上を蹴って、流星のように地上へと舞い降りた人物がいる。それはケイモン達の斜め前方、やや離れた位置に大きな音を立てて舞い降りたかと思えば、瞬時地面を蹴って一気にケイモンへと差し迫ったのだ。


 熟達のケイモンは抜刀とともに、迫るその人物を迎撃する。しかし刀が我が身を断つ寸前、的確に体を沈めたその人物は、たなびく赤髪の先を刀に狩られながら、さらにケイモンへと差し迫る。抜刀、そして回避された、その事実を瞬時に認識したケイモンが素早く身をひねり、顎を殴り上げてくる彼女の攻撃をかわしたのが直後のこと。


 殴り上げた拳を自らの額の上に引き寄せ、同時に地を蹴った彼女は、その場で身を浮かせて頭を下にする。さらに体をひねり、脚を伸ばした彼女の行動が、竹とんぼの羽のように二本の脚で周囲を蹴り払う形を実現させるのだ。思わぬ連続の行動にも、ケイモンが身をかがめて回避して、延髄を蹴飛ばされる結果を回避したのは見事なもの。しかもさらに、かがむと同時に刀を振り抜き、空中の彼女を真っ二つにする反撃まで叶えている。


 頭の下の空中座標一点を、両の掌で押し出した彼女が、まるで地面を蹴って跳躍したかの如く、さらなる高度を得てケイモンの刀から逃れる。フルトゥナも目で追いきれぬ一連の錯綜だが、ケイモンの凶刃から逃れて離れた地面へと着地していく彼女を、オラージュはしっかり目で追っている。地面に向かう彼女めがけ、人の頭ほどの火球を咄嗟に放つ対応力は、並の術士に叶えられるものではない。


 足を下にしてオラージュに背を向けていた彼女は、纏う風で我が身を回すと同時、振るった掌から水の塊を放つ。彼女の放った水の塊はオラージュの火球とぶつかり合い、彼女の目の前で真っ白な煙を生じる爆発を起こさせる。それによって発生する爆風は、遠方のクラウドの片目を閉じさせるほどのものであり、ケイモンもオラージュもフルトゥナも、熱風と粉塵に片腕で目を守らずにいられない。


 そんな爆発の至近距離にいた彼女はどうだ。真っ白な水蒸気が晴れた時、体を沈めて重心を下げた彼女はそこにいた。橙の道着に身を包む、水蒸気混じりの爆風に全身を湿らせた彼女は、敵対する3人の刺客を、怒気に満ちた眼差しで突き刺している。


「あんた達……! ここまでやって、手打ちじゃ済ませないわよ……!」


 対話を重んじる彼女でさえ、和解を一切受け入れぬ姿勢をはっきりと表明する。火の海に満たされた地上、罪のない人々の暮らしさえ脅かす魔手を振り撒くオラージュ達に、怒髪天のサニーの言葉が差し向けられる。只者ではない、リュビアを匿う連中だとはわかっていたものの、この状況下に迷わず推参し、闘志を燃やすサニーの登場には、ケイモンならびにオラージュとフルトゥナも、頭数で勝りながら警戒心を強める。


「旦那、分断しますぜ……! あいつは任せていいっすね!?」


「心得た」


「やるぞ、フルトゥナ! 地術、野生火(ワイルドブレイズ)!!」


 両手を高く掲げたオラージュが、その魔術の名を口にした瞬間、ケイモンが一気にクラウドへと駆け迫った。それは攻勢に移ると同時、オラージュ達から距離を取る動き。次の瞬間、両腕を振り下ろしたオラージュの動きに伴い、地表あらゆる地点から火山噴火のように炎が上がるのだ。町の一角が火柱と爆音、粉砕された石畳の破片に満ち溢れた一事には、空でニンバスと戦っているファインも地上を振り返ってしまう。


 サニーの姿が見えた。少し安心する暇もない。自らから目を切った少女に、急接近してフランベルジュを握るニンバスの行動は、ファインに予断を許さない。振り返りざま、腰の横から振り上げた両手、その手が瞬時に纏う岩石の一枚岩が、迫るニンバスを下方から殴り上げる形で迎撃だ。得物による攻撃をファインの挙動から取りやめ、一枚岩に殴られる寸前に自らの軌道を上空向けに折って逃れる。それに際し、剣を握る手の指をファインに一本向け、一枚岩を振り上げた直後の彼女へ一筋の電撃を発射。


「はが、っ……!」


 振り上げた一枚岩を即座に分解、同時に自らへ素早く迫る細い電撃の前、空中座標上に極小の石の壁を作ったファイン。咄嗟に作られた石壁に直撃した稲妻は、急場凌ぎのファインの防御魔力を貫通し、彼女の胸を貫いた。ある程度威力を殺したとはいえ、痺れる電撃で胸元を貫かれたファインは、全身を強張らせてひくつく。あわや心臓が突然のショックに停止する寸前で、彼女の意識も吹き飛ぶところだった。


「天魔、氷河弾(フリズバーグ)


 目に見えてぐらついた彼女を、首を回して目視するニンバスは、超質量を伴う氷の塊を発射する。ダメージによって集中力を失いかけたファインへ迫る、彼女よりも大きな氷の塊。人間の体など容易に粉砕する巨大な砲弾が、重力加速度をも得てファインに襲い掛かる。


「っ……か……!」


 術の名を口にする余裕もなく、ファインは眼前に巨大な炎の壁を召喚する。歪めた表情が眼前の炎によって照らされる中、巨大な氷の塊は炎に呑まれ、彼女に届かず溶けて消える。あれだけ巨大な氷を一瞬で融解する、激熱と厚みを持つ炎の壁、相当な魔力を注ぎ込まなければ作り得ない。翼を操り続けなければ空に留まれないファインの体が、力を失いかけた翼に伴いぐらつくが、歯を食いしばって翼を再びはためかせる彼女は、地面に吸い寄せられずに空に踏み止まる。


 魔力は無限に生み出せるものではない。魔力とは、物理的には叶えられない、自然発火や強風を生み出すなどといった事象を、叶えたいとする精神力を具現化したものだ。魔力の消費は精神力の消費、それは過剰に行なえば、術者の思考力を著しく損なうことにも繋がる。早い話が、膨大な魔力を一気に消費しようものなら、それに伴い思考力が術者から失われ、頭の回転が完全に停止してしまう。何も出来ない、何も考えられない、目が空いたまま気絶したのと同じ状態になるのだ。仮に戦場でそうなれば、命がないのは明白のこと。


 ニンバスの魔術を防ぐため、炎の壁を生成するために膨大な魔力を注いだファインは、まさしくそれによって意識が吹っ飛ぶ寸前だった。ここからも、無謀に魔力を行使すれば、もっとひどい形で同じことが起こり得る。自分が生成できる魔力の限界はどこにあるのか。乱れる呼吸の中でそれを見定め、手を抜いてなど戦えないニンバスという難敵に立ち向かわねばならない。炎の壁の魔力を打ち切り、空のニンバスを見据えるファインの表情は、すでに憔悴しきっている。追い詰められた状況下、ファインの精神状態も崖っぷちそのものだ。


 リュビアの顔を必死で思い浮かべる。ここで自分達が負ければ彼女はどうなる。戦う理由を糧にして、精神力を奮い立たせるファインが、翼を操り空へと舞い上がる。追撃を試みようとしていたニンバスも、未だ闘志を絶やさぬ少女を目の前にして、頭ごなしの猛襲が愚策であると、正しく頭を切り替える。


 クラウドとサニー、二人の親友は地上で戦っている。ニンバスを抑え続けねば、今以上の窮地が彼らに降りかかる。意地でも翼を休めないファインは、上空のニンバスと地上の仲間達、その間を遮る位置取りをはずさない。






「二人がかりでレイプだなんて、男前台無しの節操の無さね」


「ヤるべき事をヤる時は、確実性が重視されるもんだ」


 構えるサニーの目の前には、型は違えど構えた刺客が二人。白銀の短剣を両手に握るフルトゥナの横、掌に火球を握り締めたオラージュが、サニーの罵言に雑言を返す形である。


 燃焼物に頼らずとも、オラージュの魔力によって立ち上り続ける火柱と炎の壁。それはサニーとクラウドを分断し、ケイモンとクラウドを一騎打ちの形に強いる火の布陣だ。そしてサニーを迎え撃つのは、火の術者オラージュと、その相棒であり近接戦闘を得意とするフルトゥナである。


 クラウドがあの剣客と1対1というのは、彼にとっても苦しい戦いになるだろうと思う。しかしこちらも1対2。ふうっ、と深い息をついて、サニーは前向きな思考力を頭に巡らせるのみ。ニンバス、ケイモン、あの二人と比べれば目の前の二人はまだましな方のはず。決して舐めてかかるわけではないが、兵単体の力量が他に比べて劣るなら、頭数の不利と合わせて帳消し。そうとでも考えないと、この状況やっていられない。


 心頭滅却すれば火もまた涼し。無理なポジティブに感じられても、それが真実であることは苦境にして往々。苛烈な状況下、確かにあるはずの活路に賭けるなら、後ろ向きの思考を持つよりはよほど良い。サニーはそうして、これまでの危機を切り抜けてきた。成功してきた過去の経験則は、何にも勝って当人の精神を奮い立たせる武器になる。


「始めましょうか……!」


「かかってきな!」


 迫るサニーと駆け出すフルトゥナ、交錯した瞬間の二人に向けて援護狙撃を放つ構えに入るオラージュ。燃え盛る都の一角、雌雄を決するための一戦が始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ