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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第3章  快晴【Fires】
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第44話  ~大型新人2号~



 今日もこの日、クラウドは闘技場に足を運んでいた。初期のように朝早くから闘技場に来るような習慣でなくなったのは、今日の試合が夕暮れ時に設定されたからだ。闘技場では、客の期待を煽れるカードを後に持っていく傾向があり、それはメインイベントが一番最後、という風潮も物語ること。最後から数えて、指の数で足りる順番の試合に組まれるようになったクラウドは、それだけ彼の試合に魅せる要素ありとの期待を込められているということだ。デビュー戦以来、別格タルナダとの引き分けを除き、格上であるはずのBランク闘士相手に全勝してきているのだから、そうした評価も当然のものであろう。


 この日勝てれば、5連勝。破竹の勢いでここまで来たクラウド、今日も白星上げられるならば、Bランクへの昇格が約束されている。控え室で武具一式を装備し、握り拳を逆の掌でぎゅっぎゅっと握り締めるクラウドも、今日は特に負けられない日だと意識してやまないところだ。


 やがて時間になれば、闘技場の女の子がクラウドを迎えに来る。出番ですよ、と、日替わりでクラウドを迎えに来る女の子達だが、いずれも健康的な顔色とは言い難く、纏う衣もみすぼらしい。毎日目にする光景なんだし、慣れた方がいいのだろうけど、これはやはり何度目にしても、クラウドも気分が良くないものだ。もしかしたら、リュビアもこんな風にされていたのかもしれないと思うと、目の前の彼女達もどういう経緯でこうなったのか、面白くない方向に想像力が刺激される。


 それでもバトルフィールドに辿り着く直前には、鋼の手甲を胸の前で打ち鳴らし、クラウドも雑念を吹き飛ばす。やるべきことは変わらない。結果を出して、よりよい未来を。他者を哀れむ暇があったって、目の前の出来事につまづいたりしたら、それはその時みっともない言い訳にもなりゃしない。


「さあー、出てきたぞ! お先に入場したのは、デビュー以来快進撃まっしぐらの新星、Cランク闘士のクラウドだあっ!!」


 闘技場の舞台に姿を現したクラウドを迎えるのは、アナウンサーの熱烈なコールと観客の歓声だ。クラウドが無名であったのも少し前のこと、ただでさえ特に若くて別の意味でも目立つ彼が、連勝街道を突き進んできた姿には、ファンの数名だってついているかもしれない。デビューした時よりも、自分に向けられる客の声が随分大きくなったなあって、クラウド自身も感じていることだ。


「対するは、昨日の入門試験で底知れぬ実力を見せ示した大型新人っ! いきなりCランクを勝ち取った闘士、フルトゥナだあっ!」


 そして続いて、クラウドの対面入場口から、この日の対戦相手が登場する。白銀の髪を後ろに束ね、鼻と口元を黒い布で覆った少女は、クラウドと同い年ぐらいだろうか。上半身はぴちぴちの黒のボディスーツに、薄紫のマフラー、下半身は裾に紫のラインが走った白の短いスカート一枚で、晒された生脚は薄い真っ黒なタイツで覆い隠している。肌に吸い付くような薄さのボディスーツとタイツは、彼女の体の凹凸を赤裸々に表面化させるもので、スカートとマフラーを除けば体を黒く塗っただけのようにも見える全身には、対面するクラウドも目のやり場に少し困っている。


 腰元には短剣の収められた鞘が2つ携えられており、二本の短剣が彼女の得物なのだろう。身軽さを重視した服装に、暗色を基調にした全身、さらに顔の半分を隠す姿からは、闇の中で隠密活動を得意とする、特殊戦闘員のような風格が漂う。一方、クラウドの前に離れて立つ彼女が、口を覆う黒い布を下げ、露呈させたその顔は、年相応の可愛らしさも滲み出ている。闘士としての風格は充分、しかし女の子らしい服で町を歩いていたら、きっと闘士の気配なんて感じさせないであろう可憐さだ。


「はじめまして、クラウドさん。負けませんよ?」


「……俺も負けられないからな」


 可愛いけれど、眼差しには確たる力強さを持って。扇情的な着こなしに顔立ちも綺麗、しかしそんな彼女にクラウドが言い返せたのも、相手の戦意を感じ取れたからだ。男だろうと女だろうと、真剣勝負する以上、手を抜くことは無礼だとクラウドもわかっている。


 昨日の朝に入門を願い出、その日の昼休みに早速の入門試験を踏み、並居る敵を薙ぎ倒してCランクを獲得したというフルトゥナ。その経歴は、若さも含めてクラウドとよく似ている。あの日のクラウドと同じだけの可能性を感じさせる少女が、一足先に成功への道を駆け始めたクラウドに、後追いする形で挑むこの一戦。観客の期待が一層高いのは、そうしたシチュエーションが整っているせいだ。


「よし、そろそろ始めるぞ」


 今日のジャッジはクラウドも知らない人物。その声に導かれ、距離を取って構えるクラウドと、再び顔半分を布で覆ったフルトゥナが短剣を抜いて構える姿が対峙する。殺生はご法度の闘技場、フルトゥナの短剣の刃は潰してあるようだが、クラウドにそれが当たった場合は、刃を潰していない場合を鑑みて致死想定。その辺りも踏まえ、ジャッジが勝敗を決定づける図式である。


 騒がしい観客が静まるまで、いくらかの時を経て。客席が小さくどよめく程度の声量に落ち着いた頃合い、両膝に手を置いたジャッジが、アナウンサーを振り向いて小さく頷く。もういいぞ、という合図を受け、待ってましたとばかりにアナウンサーが息を吸う。


「若獅子揃い立つこの一戦……! クラウド対フルトゥナ――試合っ、開始いっ!!」


 アナウンサーの一声とほぼ同時、矢のように放たれたフルトゥナの体がクラウドに迫る。速い、今までに戦った誰よりも。喉元を狙うように見せかけた、クラウドの肩口を切り裂く軌道の短剣の一振りを、僅かに身を逃がしたクラウドが、冷静にその手甲で打ち返した。











「今頃クラウド、また勝ってるのかな~」


 露天の喫茶店でひと休みした後のサニーは、そろそろ宿に帰ろうかなと、町を歩いていた。一人で喫茶店でひと休みっていうのも、寂しいものだ。男の人と優雅なひと時が出来れば理想形だが、親友のファインと一緒にお茶できればもっといい。それも出来ないのは、今現在ではリュビアを一人にできず、ファインが彼女につきっきりの状況だからだ。


「よう、そこの可愛い子。ちょっといいか?」


 そんなサニーに、横から歩み寄って声をかけてくる男がいた。振り向くサニーだが、可愛い子と呼ばれて反応し、自分のことを呼んだわけじゃなかったら恥ずかしい。早い頭の回転で、周りを見渡してごまかすサニーだが、実は案外サニーって、すでに綺麗な自分の風貌に無自覚である。


「君だよ、君」


「えっ、可愛いって私のこと? 嬉しい!」


 だから、見知らぬ男にいきなり可愛いと言われても、テンション上がって笑顔がこぼれる。頬をかりかりとかいて、気恥ずかしげに笑うサニーの表情は、確かに言葉どおり可愛らしいものだろう。


「実は闘技場を探してるんだが、道に迷っちまったみたいでな」


 ははぁ、これはナンパだ。サニーの赤毛よりもさらに紅い、背中まで届く長髪を携えた男は、顔立ちも整っていて遊び慣れていそうだ。上は白ながら黄のラインを流した明るい着こなし、下は濃紺のジーンズで色合いを整え、真っ赤な髪の色も相まって目がまぶしくされる。首元から覗く細い金のネックレスも、二十代半ばに見える今の日までに、よく遊んできたんだろうなと思わせてくれる要素だ。


「え~、ナンパですか?」


「いや、道に迷ってるのは本当なんだ。それともそう感じたなら、あまり声をかけるべきじゃなかったか?」


「いえいえ。ごめんなさい、ちょっと考えすぎちゃった」


 気さくに笑い合う二人は、双方饒舌な性分が噛み合って、初対面のこの瞬間からいい顔を交換している。サニーも、こうして男の人に声をかけられたのは無性に嬉しかったし、最近失いかけていた自分の女子力への自信も、ちょっと取り戻せた気がして気分がいい。


「闘技場、こっちですよ。案内しましょうか?」


「おお、助かる。恩に着るぜ」


 闘技場はそう遠くない。宿に帰る前に、人助けするのも悪くはないだろう。少し帰るのが遅れてしまうが、気のいい青年を闘技場まで導いてから宿に帰ろうと、サニーは段取りを組み直していた。











 闘技場は大盛り上がりだ。若きクラウドとフルトゥナの戦いは、制限時間10分間の半ばを過ぎても決着がつかないでいた。決してクラウドも、女だからって手を抜いているわけではない。それ以上に、フルトゥナの戦い方が堅実であるからだ。


 素早さを活かして戦うフルトゥナは、クラウドに真っ向から立ち向かっても力負けするのをわかっていて、少し遠めの間合いを保ったまま短剣を向かわせてくる。手の長さならクラウドの方が少し上でも、短剣一本ぶん射程距離が伸びれば、やはりフルトゥナの方がリーチが長い。絶妙に手足を届かせにくい位置から、連続して短剣を振り抜いてくるフルトゥナに、クラウドもなかなか反撃しづらい。一方で、クラウドの機敏な回避に対し、フルトゥナ側も攻めあぐねている。そんな図式が長く続いている。


 なかなか動かない戦況に、観客席の熱も上がり始めている。闘技場の掲示板に掲げられている、クラウドとフルトゥナの勝敗オッズは、1.6対2.3。やはりCランク闘士がぶつかり合う一戦、前のクラウド対ホゼのように、極端な偏りは見せていない。実績のあるクラウドに賭けた人が多い一方、フルトゥナの鮮烈なデビュー戦勝利に期待込みで賭けた人も存外多いようだ。具体的には、13:9ぐらいの比率で。


 ギャンブラー達もひしめく観客から沸き立つ熱気は、接戦になってきた今、最高潮に達している。攻勢に転じられないクラウドに、何やってんだいつものようにガンガンいけとか、決定打を見出せないフルトゥナに、もう一押しだぞやっちまえとか、無責任な野次が飛ぶ飛ぶ。目の前の相手に集中しきった二人は意にも介していないが、確かにいずれかにもう一歩前に踏み出す覚悟がないと、この膠着状態は動かないだろう。双方、そろそろそれを意識し始めている。


 ならば、やるのみ。眼差しをより鋭くしたクラウドの目に、来る、とフルトゥナが身構えたその瞬間、少し離れた位置から一気にクラウドが距離を詰めた。


 右の掌底をフルトゥナの顎元目がけて振り抜くクラウドだが、敏感なフルトゥナが回避に至るのは予想できていたこと。右に身をひねって回避すると同時、引き寄せた左手の短剣で反撃するフルトゥナだが、右手の攻撃を空振った体を加速回転させ、フルトゥナの短剣の先がボディに迫っていた一撃を、左の手甲で盾を作るようにして阻害する。


 そのまま振り上げた左脚の回し蹴りで、フルトゥナの脇腹を貫くことで一連の攻撃が完成する。しかしフルトゥナの立ち回りも素早い。かち上げられた短剣を握ったままにして、我が身ごとその力を受けて跳ぶかのように逃れたフルトゥナに、クラウドの一撃は届かない。しかも、それに際して右の短剣を振り上げることで、刃を潰した短剣でクラウドの顎を叩き上げる一撃のおまけつき。


「っ……!?」


 その一撃はかわせた。大袈裟なほど顔を逃がし、後ろに下がったクラウドの行動によってだ。そんなクラウドの眼前、高く跳躍した後のフルトゥナが、宙返りしてクラウドと離れた位置に着地する。


 空中に身を逃した相手の、着地の瞬間を狙うのは常套手段。それをクラウドが出来なかったのは何故か。自らの顔に迫った短剣に込められた、ねばりつく殺気のような気配は何だったのだろう。確かに大事な一戦、殺気にも似た意気込みで相手が臨んでいると言えば聞こえはいい。


 だが、そんな生易しいものじゃなかった。クラウドはその昔、傭兵稼業で生計を立てていた時期がある。その頃の彼は、生意気なガキを殺してやると武器を振り上げて襲ってきた、本物の殺意を持った野盗との戦いを経験している。あれとは毛色も違うものの、確かにフルトゥナの短剣には、自分の命を奪わんとする強烈な殺気があったのだ。


 眼前離れた位置に降り立ったフルトゥナは、まるで暗殺者のようなぎらつく殺意を滲ませ、クラウドを見据えて構えている。強い眼差しで睨み返すクラウドは、既にこれが見世物の戦いでないことを意識し始めていた。

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