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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第3章  快晴【Fires】
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第43話  ~人を探しているのですが~



 タクスの都は、朝も昼も人通りが多い。安息日でもないのにこれだけの人が往来する町景色、流石は都の名を冠するだけのことはある。


 一人、町をぶらつくサニーの姿も、行き交う人々に馴染んだものだ。道着に下衣、さらに赤毛という特徴的な風貌であって特別目立たないのは、それだけ人通りが多いから。旅人含め、色んな風貌の人がよく出入りする都ゆえ、よほどに奇抜な容姿でもない限りは目立たない。


「ん~……」


 関所前の広場にて出店で飲み物を買い、ストロー咥えたサニーは考え込んでいた。今日はリュビアを人攫いの馬車から救い出してから、3度目の朝を迎えた日。そろそろ、彼女をこの都から連れ出す具体案を練り出したいと、サニーも急ぎたい頃合いだ。


 最重要視される課題は1つ。リュビアを攫った連中に、彼女を発見されないこと。当たり前だが人攫いは重犯罪行為だ。被害者リュビアはその生き証人であって、連中からすれば身柄を確保しなきゃまずい対象である。もしも連中がリュビアを捕縛したら、口封じを前提に彼女をどうするかわからない。付け加えるならば、サニー達だって人攫いの真実を知る者として、確実に命を狙われることになるだろう。死人に口無し、という言葉が嫌でも連想される。


 本来ならば、しっかりした法の機関にリュビアを連れて行き、攫われた子ですと訴えかけるべきなのだろう。だが、闘技場に身売りされる予定だったと見えるリュビアを鑑みると、それもしていいものかどうか悩ましい。そもそも前提として、リュビアの誘拐に闘技場が関わっている証拠もなく、その推察さえ事実かどうかも確定出来ないのだ。そんな中でリュビアの身柄を役所に預けたところで、事態がいい方向に転んでくれるだろうと読めるものではない。それに、それをやった時点で、リュビアを攫った何者かに、彼女の居場所は露呈する。


 その場合、想定される最悪1。役所も闘技場も天人が統べる場所、まさか無いとは思うが、役所と闘技場が裏で繋がっていたりしたら、みすみす悪の巣窟にリュビアの首を差し出すだけだ。流石にサニー達もそこまで強く疑うわけではないが、この都の闘技場は相当に儲かっている。それこそ、お偉い様に取り入れるレベルでだ。タクスの都全体の収入源に、闘技場が大きく関わっている点も相まって、極めて薄くても無いとは言いきれない。リュビアの命にさえ関わる話なんだから、しくじれば取り返しがつかないだけあって、万一の可能性も無視しづらいところ。


 想定される最悪2。首尾よくリュビアを役所に保護して貰えて、先述の危惧は杞憂だったとしよう。しかし、地人リュビアの保護に、どれだけ天人たる役人が真剣に取り組んでくれるか怪しいものだ。はっきり言って、連中が地人の安全確保に、そこまで熱を入れてくれる気がしない。その緩みを、リュビアの所在を知った悪しき連中が突いて、彼女を歯牙にかける未来の方が濃い。役所にリュビアを預けてしまえば、自分達が彼女に関わる線も消えてしまう上、あてにならない奴らにリュビアの命を預けることになる。本当にリュビアのことを思うのなら、賢明に見えて無責任とさえ言える選択肢だ。


「どうしよっかなぁ……」


 となればやはり、リュビアをこの町から連れ出すのが一番だろう。しかし、それはそれで難題だ。そのためには2つ選択肢があるのだが、どちらもかなり大きなリスクを孕んでいる。


 1つ目。リュビアを連れて普通に関所を出る。これは何ら問題のない行動だ。だが、リュビアの行方を追う連中からすれば、関所なんか片時たりとも目を離さず監視しているはず。関所をくぐった瞬間から、敵の数もわからない状況で、リュビアを追う連中から逃げる日々が始まってしまう。向こうも必死であろう、連中に見つからず関所を抜けるなんて、可能なことだと思わない方がいい。


 2つ目。関所を通らない手段で町を出る。しかし、こちらはこちらで犯罪行為には違いない。どんな事情があったとしても、関所を通らず人里の外壁を越えるのは罪深い行為として定義されている。それを認めていたら関税無視の貿易も、密輸もやりたい放題なんだから。だからどんな人里でも、外壁越えが発生しないように、監視の目はかなりきつく行き届かされている。母体の大きなタクスの都、まして金の流れも大きな都なんだから、その監視の厳重さは折り紙つきだ。それに見つからずに外壁越えなんて、一番現実的ではない。


 つくづく、攫ってきたリュビアをどうやって都の中に入れたのか、連中の手口がサニーも知りたいところだ。あんな誘拐してきたのが明らかなリュビアを、関所の検閲に触れずか、あるいは関所以外の道から外壁よりも内側に入れたんだから、気になって仕方がないところである。それがわかれば同じ手口で、逆にリュビアをこっそり外界に解放できるのに。そんなふうに、考えても仕方ないことを考えてしまうほどには、サニーも悩んでいる。


「もしもし、そこのお嬢」


「――はい?」


 人が出入りする関所を眺めていたサニーに、ふと声をかけてきた人物がいた。振り向いたサニーの前には、ちょっと珍しい風貌の男が立っている。


「人を探しちょるんじゃが……心当たりがあれば教えてくれんかの」


「人探しですか? どんな人です?」


 口調だけでなく発音も訛った男は、朽葉色の着物を身に纏い、腰に刀を下げている。数珠のようなものを首に下げ、ちらつく首元の筋肉も逞しく、着物の下は実力者相当に筋肉に満ちていることが容易に想像できた。40歳過ぎの顔だと見えるが、年のほどよりさらに彫りの深い面構えは、刀を見ずとも彼が数々の修羅場を切り抜けてきた人物だと察せる要素だ。何よりも、右手で顎を触れているのは確認できるが、左腕を覆うはずの袖が、まるで中身がないかのように垂れ下がっている。まさか、隻腕なのだろうか。


「褐色肌で、亜麻色の短い髪をした女の子じゃ。ちょうど、おんしより少し背が低いぐらいじゃのう。どこかで見んかったか?」


 サニーは無表情を貫くのに相当な神経を要した。その特徴は、あまりにもリュビアと一致し過ぎている。剣客を思わせるこの男が探している人物が、もしもリュビアなのだとしたら。


「んー、思い当たるとこはないですけど……」


「ふーむ、そうか」


「お連れさんですか?」


「手のかかる子でな。ちょっとしたきっかけで、ふらっとどこかに行ってしもうて、見つけるのに一苦労しちょるんじゃ」


 敵対陣営の気配を如実に感じつつ、知らぬふりの顔を努めて一貫し、少し話を伸ばすサニー。よもや自分の態度から、自分とリュビアの関係を悟られようものならまずい。そそくさと引き取りたいところだが、知りませんのでさようなら、と早足に逃げたら、何か怪しまれそうな気もする。つい敏感になってしまうサニーは、努めて平常の口ぶりを貫いている。


「見かけたら、"ケイモン"が探しとったと伝えてくれんかの。それで、わかるはずじゃ」


「わかりました。お兄さんのお名前ですか?」


「そうじゃ。まあ、お兄さんと呼ばれるような年でもないがの」


 朗らかに笑った後、時間を取らせてすまなかったと一礼し、ケイモンと名乗った男は去っていく。もしもあれがリュビアを攫った連中と関わっているなら、ああやって自らの名を明かすだろうか。彼の後ろ姿を見送るサニーも、飲み物をストロー越しに吸いながら、安直な結論には辿り着けない。


 ただ、もしもあれが敵対陣営にいるとしたら。隻腕の剣豪、そんな二つ名を思わせるケイモンと名乗った男の風格には、サニーも内心不安を覚えずにはいられなかった。











「人の風呂上がり、わざわざ待ってるもんかねぇ?」


「だいたいわかるでしょ~、どういう事情なのかは」


 湯上がりでさっぱりしたクラウドと共に、宿の玄関口広間で小さく乾杯するサニー。火照った体に冷たいジュースを奢ってくれるサニーの気遣いはありがたいが、二人きりで話したがる彼女を思えば、あまり気楽な想いでもいられない。


 ファインとリュビアは今、泊まり部屋で一対一のしりとり遊びに夢中の模様。そんな単純な遊びでも、6文字以上に縛るとか、食べ物限定にするなどしたら、それなりに暇を潰せる遊びになるものだ。そんな二人と離れて、厳密にはリュビアの前でない場所で、クラウドと話をしたがるサニーというのは、明るくない話を切り出そうとしているんだろうと推察も立つ。その予想は概ね当たっていたようで、今日の出来事をサニーの口から聞かされたクラウドも、雲行きが良くないことを痛感させられる。


「かなり強そうだったのよねぇ、その人。ケイモン、って名乗ってたんだけどさ」


「もしかしてそのこと、リュビアさんには話した?」


「一応聞いてはみたわ。そんな人知らない、って予想通りの回答」


 もしかしたらケイモンと名乗った男は、攫われたリュビアの身内であって、消えた彼女を追ってきてくれた人物かもしれない、という仮説もあったから。リュビアと食事前のお喋りの中で、今日何があったのかを明確には離さず、その名に聞き覚えがあるかどうかを、サニーも念のため尋ねてみたのだ。それに対する返答が、知りませんの一言であった時点で、あれがリュビアの味方でないのはわかった。その名でわかるはず、と言っていたあいつの言葉は、サニーに警戒されないために名乗っただけのものであって、リュビアと関わりのない人物だとわかった今となっては、二倍三倍警戒したくなる。


「悪者だとして、まさか馬鹿正直に名乗ってるとは思えないけどなぁ」


「ああ、偽名ってこと? あり得るわぁ」


 無骨な風体であったものの、人攫いに関わるような連中に組する者なら、頭の回転も早くなければ務まるまい。闘技場近くで見た、近代天地大戦の英雄ニンバスの記憶もあるし、敵対陣営のまだ見ぬ手練を想像で補うと、サニーもクラウドも頭が痛くなる。


「今さらだけど本当、茨の道に足つっこんじゃった気がするわねぇ」


「後悔してない顔でそれを言えるのは流石だって思うけど」


「あ、わかります? 後悔なんかするわけないじゃん」


 誘拐されて、真っ黒な運命に突き落とされる寸前だったリュビアを、確かに救えたのだ。漠然とした苦難の予感が、いよいよ現実味を帯びてきた今になっても、にへっと笑うサニーの表情は変わらない。どんな苦境が目の前に広がっても、かかってきなさいと立ち向かう彼女の未来図が、容易に想像できてしまう。


「にしても、そろそろ相手も動きが大きくなってきた気がするからさ。出来るだけ早く、何か打開策をこっちから打ち出さなきゃいけない頃合いよね」


「そうだなぁ……」


 リュビアと出会って50時間未満のサニー達だが、状況を改善できそうな進展は今のところ無い。だが、時は止まらず進み続け、敵は動く。前進がないのは停滞に見えて、敵が前進し続けているのならば、相対的に後退だ。閉塞した状況が長く続くようなら、賢い敵なら徐々に追い詰めにかかってきて、いつの間にか逃げ場のない状況を完成させられてもおかしくない。


 急ぎ、打破が望まれる局面だ。のちにリュビアの隙を見て、ファインとも再認識し合うべき問題。思った以上に切迫していそうな状況に、具体的な解決策がないのは苦しいところである。

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