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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第2章  曇り【Confidence】
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第39話  ~危険な気配~



 この日、クラウドは朝早くから宿を出て闘技場に向かった。試合は午後からなのだが、これから働く職場になるんだから、中の様子を前より詳しく見知っておきたかったからだ。午前中は広い闘技場内を物見で周り、軽食摂って午後の部の幕開けと同時にバトルフィールドに上がる、という寸法だ。


 その腹積もりも本当なのだが、一方で、昨夜の一件を受けて闘技場側がどういう動きに出ているのかを、踏み込み過ぎない程度に調べてみたかった想いもある。宿から闘技場までの道のりで、昨夜ファイン達が居合わせた事故現場にも差しかかったが、午前中は壊れた荷馬車も片付けられないまま残っていた。通行人の邪魔になりながらも、働き手らしき人々が集まって、荷馬車に積まれていた木箱を運んでいる。まあ、夜のうちに壊れた荷馬車、それに積まれた荷物の回収にいそしんでいる光景として不自然ない。


「……この箱の中身は?」


「わかりません。御者もいませんし……」


 この馬車を導いていた御者が逃げてしまったため、運んでいた荷物の全容もわからないらしく、空っぽの黒塗りの箱の中身を、働き手達も怪訝な顔で考えている。そばを通りかかる通行人の中、黒塗り箱の中身が何であったかを知るのは、恐らくクラウドだけだろう。中身が中身であるだけに、御者が逃げたことには納得のいくクラウドだが、それは中身を知っているからであって、働き手達は御者が逃げ出した動機まではわからず、無責任な運び屋だと愚痴を漏らしている。


 働き手達は実は中身を知っていて、周囲の目を気にしてあんなふうに振る舞っているだけなのか。それとも雑用しか任せられない立場ゆえ、何が運ばれてきていたかを本当に知らず、ああした態度になっているのか。いずれにせよ周囲目線では、崩壊事故に苛まれた荷台が崩れ、その中に空っぽの箱がある程度の認識でしかないだろう。表面的にはこの一件、闘技場に向かって進んでいた馬車が手入れ不足で壊れ、荷物の一部がこそ泥に持ち去られたという事件として扱われそうだ。


 となると、闘技場側も何らかのアクションを起こすはず。黒塗りの箱の中身を取り戻すべく、闘技場陣営の人間が動き出すのではないかという予感に、クラウドも今後に向けて、腹をくくりはじめていた。











「はい、どうぞ」


「……ありがとうございます」


 目が覚めた少女に、目を腫らしたファインが冷たい飲み物を差し出す。椅子に腰掛けた少女と目線を等しく、むしろ下から見上げるような形にするため、膝立ちでそれを差し出すファインの姿勢というのは、人を上から見たがらない性分によるものだろう。細かい仕草でよく性格が出る。


 少女が目覚めた時、ファインは彼女に身を預ける形で寝息を立てていた。サニーやクラウドが寝静まった後、やっぱり少女のことが心配になって、ほぼ一晩寝ずにそばにいたのだろう。目が覚めた時、少女の額に冷たいタオルが置かれていたのは、顔色の悪かった少女の容態を気遣ってファインが乗せたものだ。ファインの目が赤いのだって、ずっとそうして少女を気遣っていて、寝不足だからと見てとれる。


 普通、目覚めていきなり知らない人物が目の前にいたら、人見知りでなくても警戒してしまうものだ。まして少女のような境遇で、この町に運ばれてきた者なら尚更だ。そんな少女がファインに受け取った、甘いジュースを口にして、ほうと安らぐ息をつけたのは、既にいくらかファインに心を許している表れなのだろう。


「私は、ファインといいます。あなたのお名前、教えて頂けませんか?」


「……リュビア、です」


 短いけれど量のある亜麻色の髪、褐色肌の少女はそう名乗った。薄紫で袖のない服で体を纏い、膝までをゆったりと包むズボンを身につけたリュビアは、足首や腕が露出している形だ。見える部分からでも、女の子にしては手足が少ししっかりしていて、女同士だったら腕っ節が強そうな分類に入りそう。座ったままでも背丈がそこそこあるのは察せて、背筋を伸ばして立てば、きっとサニーより少し小さいぐらいだろう。顔立ちもファイン目線では少し大人びていて、ウエストの上下も発育よく、自分よりも少し年上の人なんだろうなとファインも思っている。しばらく後に知ることだが、実際ファインより2つ年上で、サニーの1つ年上だ。


「……何があったのか、差し支えなければ話してくれませんか?」


 話したくないことがあるなら伏せてもいい。そういう言葉も裏に乗ったファインの申し出だ。無垢な瞳でファインに見上げられ、過去を思い返すリュビアも、一度は飲み物の入った器を握り締め、体を震わせたものだ。しかし、絞っていた口をゆっくり開いたかと思えば、ゆっくりとだが何があったのかを説明してくれた。


 リュビアはここより遠く離れた地で、妹と二人で慎ましやかに過ごしていたという。しかしある日、何者かがリュビア達の住む家を襲撃。姉妹揃って抗ったものの、急襲をかけた男達の実力には歯が立たず、やがては妹を人質に取られ、その隙を後ろから殴られ気を失ったそうだ。目覚めた時には、すでに両手両足を鎖で縛られて身動きとれない状態、そのまま闘技場に奴隷として売り払ってやると宣告され、暗い箱の中に入れられて蓋を閉じられてしまった。


 そこから外の様子を見ることも許されず、馬車に乗せられたかのように揺れる箱の中の毎日。一日三食、蓋を開けて餌をやりに来る覆面の男達は、リュビアの首元にナイフを当て、騒ぐなよと念押ししてから猿ぐつわをほどいて、口の中に食べ物と水を流し込むのだ。そんな毎日がいくつも続き、とうとうここ、タクスの都にまで辿り着いたという。もはや何日経っているのかリュビア自身にもわからず、言い換えれば、それだけ遠くの地から長い時間をかけて、ここまで運ばれてきたということだろう。


「ひどい……」


「妹のことが、心配で……あの子も同じようなことになっているのかと思うと……」


 飲み物入りの器を握り締め、涙ぐむリュビアの両手を、ファインの二つの掌が優しく包み込む。ふわりと体温を伝えてくれる、しかしその存在を強く伝えるだけの力だけは確かに込められた、強くもなく弱くもない掌の抱擁だ。飲み物の温度で冷えた器、それによって体温を奪われ始めていたリュビアの手に、ファインの掌のぬくもりは一層伝わる。


「しばらく私達は、この街に留まるつもりです。ほとぼりが冷めるまでは、ここで静かにお過ごし下さい。不自由させるかもしれませんが、今はそれが得策だと思います」


 しばらくの滞在、つまりファインはしばらくこの宿を借り続けるから、リュビアもしばらくここでゆっくりしてもいいという提案だ。自分を助けてくれたばかりか、攫われた身であった自分を匿うことを厭わない、ファインの申し出には、リュビアも驚きを隠せない。


「だ、だけど……私をそばに置いていたら……」


「いいんです。私だって、混血種ですから」


 誰にも明かしてこなかった、自分最大の秘密を容易に晒すファイン。その真意とは、厄介者扱いされることは慣れていて、あなたを匿うことによって発生する問題なんてへっちゃらですという表明だ。少し寂しげながらも、柔らかい笑顔でリュビアを見上げるファインの表情は、見るものの心に彼女に対する疑念を抱かせない。


「苦しい状況におかれたら、そばにいる誰かを頼ってもいいんですよ」


 混血種という肩書きを背負うファインが、その半生で多くの苦を身に受けてきたことは、血筋を知った時点でリュビアにも想像がつく。そしてファインは、そんな自分の半生なんて、今リュビアが置かれている危険な状況と比べればどうということもない、そんな顔で語りかけてくる。実際にそうなのだ。混血種と知られたファインに対する世間の風当たりはきついが、もしもしつこい追っ手がリュビアを発見すれば、再びリュビアは闇に向けて攫われてしまうかもしれない。


「……私じゃ、心細いですか?」


 今にも泣きそうな顔で、首を振るリュビア。誘拐されて以来、孤独と四面楚歌の繰り返しで、日の光もろくに拝めずここまで来た。そんな中で自分を受け入れ、力になると言ってくれるファインとは、どれほど今のリュビアにとって大きな救いだろう。


 見返りを求めない瞳は、追い詰められて持たざる者には、すがりたくなるほど頼もしい。どんなにつらい苦境にあっても、ふと光が差す奇跡があるならば、決してそれを見過ごしてはならない。











 今は昼過ぎ、クラウドは闘技場で一戦やっている頃合いだろうか。昨日と同じく、Bランク相手の闘士との試合に臨むそうだが、今のサニーは観戦しに行く気分にはなれなかった。リュビアを案じ、彼女のそばにいたいと言ったファインが宿でそうしているのに、自分だけ楽しく観戦なんて出来るものか。


 それよりもすべきことは何かといえば、サニーも昨日の事件があった場所へと、クラウドとは時間差で訪れることになる。少し様子を見てから、市場に赴き飲食物を買って、宿でおとなしくしているファイン達に土産を買って帰るぐらいがちょうどいいだろう。昨夜はあの場所に居合わせてしまったサニーだけに、ちょっと事件現場に戻るのは引っ掛かったものの、やはり一目見ておきたい。黒塗りの箱の中身を持ち去ったサニー、犯人は現場に一度戻ってくるの法則。


 闘技場そばで起こった事件であったため、闘技場向かいの人通りも多く、そこで事件の跡があれば人だかりも出来よう。野次馬いっぱい、人混みで満ちた事件現場は、その場所に顔を出すのはどうかなと思ったサニーには都合がよく、迷いがなくなった。そもそも昨日は夜闇の中での出来事だったし、大きな音に驚いた、事件の目撃者がいたとしても、サニー達の目撃証言なんてろくにないはずだ。


 人混みをかき分け、事件現場を目にできる場所まで来たサニー。馬車に積まれていた崩れ荷物は、既に片付けられた後だが、荷馬車の残骸はまだ残っていた。朝からここは人通りが多い上、片付けに通行人の動きを制限すると面倒な位置取りであるため、急いで片付ける必要のない荷馬車は放置され、今日の夕方にでも片付けられるのだろう。結果的に人混みが出来て、結局人の流れは悪くなっているが、どうせ馬車だけ片付けて現場検証する者がうろついていても出来る人混みだから、一緒。それだったら事件現場をしばらく保存して、ついでに通行人にも、これには近寄るなという明確な線引きを兼ねた方が能率的だ。


「車輪軸が腐っていたようですね。それで後輪が耐え切れず、崩れたと」


「全く、運び屋そもめ……大切なところまでケチを貫きおって……!」


 白髪をがりがり引っかく老人が、現場検証する者の前で不機嫌を露にしている。あら? あれって……と、サニーが心当たりを感じる程度には、見覚えのある人物だ。あれは天人の中でも長者番付に載るほどの資産家、タクスの都の闘技場オーナーだ。確かその名を、ルネイドと言った気がする。この闘技場って、オーナーにとってはそれぐらい儲かるのである。


「にしても、少々車軸の傷み具合がひど過ぎるかな、とも……流石にこんな杜撰な荷馬車を使う運び屋は、今後二度とあてにしない方がいいですよ」


「ふん、知るか! わしらには関係のないことじゃ!」


「え、これは闘技場宛ての運送荷馬車じゃ?」


「さっきから知らんと言うとるじゃろ! 運ばれてきた荷物も確認したが、わしの闘技場に塩やら胡椒やらをこの日取り寄せる予定なんかなかったわ! この馬車は闘技場向かいのものではない!」


 ふーん、とサニーは白けた目で、ルネイドの主張を遠巻きに聞いていた。どこまで本当なのやら。黒塗り木箱の中に買った奴隷が入っていて、それが事故った上に買いたかった女も逃げたから、人買いの事実を隠蔽するため、無関係を貫いているようにも見える。一緒に買った塩やら胡椒の所有権を放棄してでも、関わっていないことを表明するためなら安いものだろう。


 それにこの荷馬車、闘技場宛ての運び屋のものでないのなら、それはうちに来るはずだった馬車ですよと主張する者がいつか現れるはずだ。さて、果たして現れるだろうか。そんな予感はしない。誰も荷馬車の受け入れ口を主張しないなら、本来奴隷を荷物に紛れて受け取るはずだった何者かが、尻尾を切ったと考えた方が自然だろう。黒塗りの箱の中身が何であったか知っているサニーだけが、この場で唯一そこまで思考を巡らせられる。


 いずれにせよ、怪しい。群集の前で無関係アピールを大声で放つルネイドを見ていると、臭いものに蓋をする態度に見えて仕方ない。結論を急ぐのは早いけど、やっぱりあの子は闘技場に買われる形で、ここまで運ばれてきたんだろうなという仮説が揺るがない。とりあえずの結論を抱え、長居は無用とサニーは人混みの中に、姿を消して立ち去ろうとした。


「ん?」


 そんな矢先、ふとサニーの視界の中に一人の人物が映った。その人物は人混みの中列あたりで、事件現場を無表情で眺めている。この群集の中、体は前の人々で隠れていて顔しか見えないから、有象無象の中に紛れて見逃す寸前だったのは確か。


「……えっ、うそっ!?」


 だが、一度視認してしまえば明らかだ。周りが彼の存在に気付いていないのは、事件現場に釘付けか、隣の連れと顔を合わせて話しているからだろうか。しかしその顔を一目確認してしまったサニーからすれば、思わず二度見してしまうほどの人物である。


 サニーは慌ててその身を人混みに隠した。――まさかあれが、人攫いをした闘技場と繋がりを持っているとは思いたくないが、彼が天人である以上、そんな事実があってもおかしくない。あくまで最悪想定でしかないが、もしもそうだったとしたら、今ここであれと目を合わせるのもまずい可能性がある。まさか昨夜の、暗い中での目撃情報だけで、リュビアを匿う自分達まで辿り着くとは到底思えないが、あれが敵に回る可能性を考えれば、ゼロに等しいその可能性ですら、危ない橋に思えてならない。


 仮に、仮にだが、あれが人買い闘技場の協力者であり、少女を匿うサニー達を認識したらどうなるか。敵対関係になる見込みは非常に高い。少女を差し出せ、返せとする闘技場陣営が、口封じも兼ねて刃を差し向けてくる可能性が一気に高くなる。サニーの速い頭の回転は、既にそこまで想定を巡らせている。


 だいたいの脅威からは逃げられる、退けられる自信のあるサニーとて、敵対陣営にあれがいるとわかれば、極力敵に回したくないと思う人物なのだ。数年前の、魔女アトモス率いる軍勢と天人達が争った、近代天地大戦において名を馳せた英傑。古き血を流す者ブラッディ・エンシェントの一人としても名高い、空の戦いの名手として知られたあの人物に、周りが気付いていないことの方が、サニーにとっては驚きだ。


 天界の特級兵にさえ勝る実力の持ち主、鳶色翼の勇者ニンバスの名を知らぬ者は、現代においては相当に少ない。そんな人物がこの地に居合わせたことは、サニーにとってはたまたまの出来事に思えなかった。

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