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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第2章  曇り【Confidence】
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第37話  ~夜の異変~



 酒場からそう遠くない闘技場の前まで、数分かけての夜道を歩いてきたファインは、大きな闘技場の影を見上げてたたずんでいた。夜の街中、月の光によく映える髪を風に揺らしながら、彼女は動かず闘技場を眺めている。


「――ファイン」


 どれぐらいの間、彼女がそうしていたのかはわからない。後ろから声をかけてきた誰かの声に、ゆっくりと振り向いたファインの目は、まるで今までずっと泣いていたかのように、揺らめいている。


「どうしたの? そんな顔してちゃ、可愛い顔が台無しよ?」


「サニー……」


「おいで。少し、座ってお話しましょう?」


 快活な笑みが魅力的なサニーは、普段のそれとは一線画し、妹を案じる姉のような優しい笑みを浮かべる。近付き、肩を抱くようにしてファインを、近場のベンチに導いていくサニー。ファインもそれに従うままに、誰もいない夜の街で、二人の少女がベンチに並んで座る形になる。


「何か、気になることでもあるの?」


 タクスの都に着いてからは、ずっと楽しいことばかりだったはず。クラウドは闘技場の入門試験で快勝し、公式戦でも見事な勝利を飾った。闘技場の親分と呼ばれたタルナダ相手にも善戦した彼の明るい未来を思えば、きっとファインも嬉しかったはず。酔っ払ったトルボーに絡まれた時のことなんて、過ぎてしまえば良い思い出ですらある。


 腰掛けて両手を組んで握り締めたファインは、膝の上に両肘を置いて、背中を丸めて小さくなる。言いたくないならいいけどさ、と、優しく言葉を重ねてくれるサニーの目の前、ファインは顔を伏せたまま口を開いた。


「……クラウドさん、闘技場でこれからやっていくんだよね」


「うん、そうなるわね。あいつの人生だもの」


 漠然と、先の席でも浮かない顔がちらついていたファインを見逃さなかったサニーだが、今の言葉でやっとファインの真意が見えてきた。クラウドが、闘技場で華々しい成功を収めた数日間。彼自身が手応えを感じた以上に、周りの期待も大きく、闘技場がこれからのクラウドの居場所になっていくことは想像に難くない。それを望むクラウドのみならず、周囲もそれを歓迎している。


「お別れ、したくない?」


「……やめて、サニー」


「したくないなら、したくないって言えばいいじゃない。クラウドに言っちゃ駄目かもしれないけど、私に言うぶんにはアリよ? 私、そういうのをクラウドに伝えたりしないからさ」


「…………」


「言わずに堪えるだけじゃ、胸に溜まって疲れるだけよ。相手を選ぶなら、本当の気持ちを口にして、すっきりしたっていいじゃない」


 きっとそうなんだろうとほぼ確信している解答を、あえてファインに口にさせようとするサニー。意図は彼女が言ったとおりだ。人知れぬ悩みを抱え込むぐらいなら、理解者にそれを白状するだけでも、いくらか気持ちが軽くなったりするもの。サニーは自分が、ファインにとっての、そういう存在でいられればいいと昔から思っている。


「駄目だよ、私、そんなふうに思っちゃいけないのに……」


「どうして?」


「だって……! クラウドさんがこれから上手くいきそうなのに、それが嫌で、一緒にいたいなんて……」


 混血児たるファインを差別視せず、友達としてそばにいることを選んでくれたクラウド。そんな人間、故郷で父が急逝した後、自分を引き取って優しく育ててくれたお婆ちゃんか、長年の親友であるサニーしかいない。混血種に対する天人の視線は当然のように冷たく、混血児と仲良くしていると天人様に目をつけられるから、地人だってファインのことを敬遠する。それが当たり前の世界、そんな中でファインはずっと生きてきた。血の繋がらぬ間柄で言えば、たったの3人目でしかない、しかも年も近い友達とせっかく巡り会えたのに、もうお別れなんて寂しいと感じるのは、ファインの立場からすれば当たり前のことだろう。


 自分のことを混血児だと知った後の、以前の町の宿屋の主人や、町長屋敷の使用人達の目が、否応なしにファインの脳裏に蘇る。育ちの故郷クライメントシティにおいては、混血児であることが周知の事実であったファインは、ただその生まれというだけで、どれほど白い目で見られ続けてきたことか。今でもサニーですら、ファインの境遇をあらかじめ知る者達の、彼女に対する眼差しを思い返すたび嫌な気分になる。


「思うだけなら、誰にも迷惑かけないじゃない」


「駄目なの……! 私はそういうふうに、考えちゃいけないの……!」


「いい人に"なろうと"し続けるのにも、どこかに限界があるでしょう」


「諦められないよ……諦めちゃったら、それで終わりじゃない」


 成功できそうな友人を心から喜び、たとえそれで、その人物が自分から離れていく結果になろうとも、見送りながら祝福する。それって本当、気高く美しい生き様だと思う。ファインが目指しているのはそれなのだ。だから、自分の我がクラウドとの別れを拒絶し、闘技場で今後も明るい人生を歩んでいくであろうクラウドを、心から祝福できない――そんな自分を許容できずにいる。


 付き合いの長いサニーだからこそ、そうして苦悩しながらでも、"優しい人になろうと努める"ファインの根幹も知っている。そんな生き方、自分で自分を苦しめるだけだって何度も教えているのに、どうしてもそれを諦められないファインだから、もうこれ以上は否定できない。単に、いい人に見られたいだけでファインが善人ぶりたいのなら、上手な生き方や立ち回りを教えてやれるのに、そうじゃないからかける言葉も難しくなる。


「エゴって私、そんなに悪いことだと思わないけどなぁ」


「……思わない私を、目指したいの」


「クラウド本人にそれを言って、変に悩ませたりしないだけでも及第点なのよ?」


「…………」


 思ってしまうものは仕方ない。どうしようもないのだ。世の真なる善人とて、その多くは口にしないわがままを抱え、表面化させないだけだろうと、サニーも思っている。きっと、その見解の方が正しいはず。ファインが望む自分自身の構想は、彼女が心ある人間である限り、高望みが過ぎるんじゃないかとサニーも常々感じていることだ。恋に恋するより先に、そんな理想を真っ直ぐ掲げるファインだから、若さゆえの揺るがない我がそれに偏り、今でも意固地に揺るがない。こうして彼女のそうした悩みが表面化するのは滅多にないことで、それはサニーが聞き出そうと声をかけたからでしかない。だって普通そうした苦悩、ファインは自分から他人に話したりしないんだから。


 それが出来ているだけでも、あなたは充分周りに対して、いい人たる対応が出来ているよとサニーは言う。だからあまり気にしなくていい、という、過去から告げているその想いを言外に含めてだ。ファインも、優しく与えられるサニーの言葉と気持ちを、しっかり受け取っているから、返す言葉を失って丸くなり、無言に戻ってしまう。人の話が聞けない子供ではないということだ。


「……まあ、諦められない理想を求め続けるあなたを否定はしないけどさ」


「サニー……」


「私はもっと肩の力を抜いたあなたが、気を楽にして生きて欲しいって思うな」


 親友が心から望む生き方を、頭ごなしに賢くないと否定するのは難しい。したって、通じない。きっとファインは、そう感じている自分の表明を受け取り、その上で考えてくれると信じているから、サニーも強い言葉でファインの意志を退けない。相手に自分の望みを伝えて叶えさせるために必要なことは何か、そのために適切な言葉を選ぶのもまた、サニーが思う対話に不可欠な思考である。


 横に座るファインが、傾けた首で自分を見上げてくる姿に、サニーは頭を撫でて応じるだけだ。対等な関係、あくまでも親友同士。それでも手のかかる妹だという思うことが多々あるサニー、頼もしくて優しい姉を見るような目でサニーに甘えてしまうファイン。それが二人なりの間に完成した間柄なのだろう。


「それより、夜道の一人歩きはあまり良くないよ? クラウドも、ちょっと心配してたんだからさ」


「……そっか」


 今の悩みは胸にしまいこみ、ファインはベンチを立ち上がる。ああもうまずは、とファインのお尻をはたき、ベンチに座った彼女の服を綺麗にするサニーの仕草は、いちいち面倒見がいい。そこまでして貰ってはファインも恥ずかしいのか、お尻を払うサニーから逃げ、自分でぱんぱんとはたいていた。


「……あれ?」


 酒場に帰ろうとした二人の足が、正確にはファインの足が止まり、サニーもそれにつられる形で立ち止まる。闘技場のある方向を振り返るファインに、どうしたのとサニーが声をかける。


「……こんな夜中に、荷馬車が走ってるんだ」


「あら、本当。珍しいわね」


 町も静まり、虫の鳴き声が聞こえ始めるような時間帯、蹄と車輪の音を小さく鳴らしながら、荷馬車がゆるゆるとした速さで闘技場に向かっていく。日中と比べて人通りは無く、馬車も歩きやすいのは確かかもしれないいが、こんな時間に運送が行なわれている光景は珍しい。受け入れる側であろう闘技場も、こんな時間に人が働いているとは考えにくいものだが。


「……おい、人がいるぞ」


「わかってるって……」


 御者台に座る二人の男は、小声でひそひそ話しながら、周囲をきょろきょろと気にしている。ファインやサニーの姿を目にした途端、慌てて目線を逸らす態度も含め、まさしく挙動不審である。傍目から見る二人の目からしても、何やら後ろめたそうな気配がする。わかりやす過ぎるぐらいにだ。


 見るからに怪しげな気配を感じつつも、ファインもサニーも訝しげな目線を送るばかりで、わざわざ関わろうとはしなかったものだ。だが、人の目を気にしたのか、急ぐかのように馬の尻を鞭で叩いた御者の行動が、異変のきっかけを作り出す。


「うわっ!? お、おい、こら……!」


 強すぎる鞭の一撃に、老馬が驚きいなないて立ち上がる。荷台が揺らされ、慌てるように御者の二人も御者台にしがみつく。ロデオの荒馬のように、どたばた暴れる馬により、古びた荷台がぎしぎしと揺らされる。


 致命的な出来事が起こったのはその直後だ。荷台の車輪の一つが、ばきりと壊れる音とともに、軸が折れてはずれてしまう。車輪の一つを失った荷台は、そのままバランスを崩して一角から地面に崩れ落ち、積んでいた荷物の数々は荷台から滑り落ちてしまう。静かな夜の街中に、がらがらと荷物が崩れる大きな音を立ててだ。


 いきなりの音にファインが肩を縮こまらせたり、サニーがうわぁと声を漏らしたのと同じく、驚いて周囲の民家の窓から、何事だと顔を出す人々の姿もある。御者台に座った男達は、慌てふためくように周囲を見渡したのち、顔面蒼白といった表情で荷台から飛び降りる。


「よ、よし……! 逃げるぞ……!」


「どこへ……!?」


「どこでもいいさ、ここじゃねえ場所ならよ……!」


 夜の街中に駆け出し、姿をくらます二人の男。周囲の視線に晒されて男達が消えていった街中、荷馬車に繋がれたままの馬は、吠えながらその場で暴れていた。

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